埋(うずみふ)風――風が吹いたら死体が見つかり、ぼくは少女を殺す夢を見る

三章企画

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犬と被害者と少女の夢(その3)

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 眠れぬまま、日高源吾さんと約束していた早朝六時半には、まだ充分すぎるほどの時間があったが、ぼくは部屋を出た。
 とうぜん源吾さんの姿は見えない。
 ぼくは、ゴミステーションではなく源吾さんの家に続く路地の前で待つことにした。
 朝早い時間だが、昨日今日ああした事件が起きた場所近くではあっても、人は日常の生活を続けなくてはならない。遠近おちこちで朝の準備をする声や物音が響き始めている。
 その中には、散歩させている犬の鳴き声や人の挨拶の声も入っている。
『犬と一緒なら寂しくもないだろうし、物騒なこともない。いや……。そうともかぎらないか』
 ぼくは、昔見たテレビ番組を思い出して可笑しくなった。
 それは、飼い主に危険が迫ったとき、何匹の犬が身を挺して飼い主を守るか? といった実験だった。
 実験前の飼い主の力強い信頼のことばとは裏腹に、ほとんどの犬が飼い主を置いてさっさと逃げ出す結果になった。意気消沈した飼い主の、犬を見つめる表情が複雑だったのが印象に残っている。
「通じていると思っていたのに……」
 とほとんどの飼い主はことば少なに語り、一様に目を伏せるようにして犬に目をやった。犬は素知らぬ顔をしているか、どことなくばつの悪げな顔をしていた。
 テレビの放映内容を思い出しながら、ぼくには腑に落ちたことがひとつあった。

 昨日、押領寺さんのビニールハウスがひどく静かに感じたのは、いつもならうんざりするほど語りかけてくる押領寺さんが、無口だったこともある。
 それよりも、いつもならハウスの隅に張り巡らしてあるランニングチェーンを、ちぎれるようなせわしない音を立てて走り回り、吠え回っているはずの飼い犬の鳴き声も聞かず、姿も見なかったことだったろう。
『たぶん、あの犬が死んで、押領寺さんはあそこに埋めていたのかもしれない』
 犬は老衰するほどの年ではなかったし、死因はわからないが、押領寺さんがあれほど落胆しているのだから、急死したのだろう。ぼくは残酷な推論を巡らせていた。
「おはよう。朝早くからすまんな」
 源吾さんの声がした。連れだってゴミステーションに向かうと、甲突派出所の巡査ふたりの姿が見えた。なぜか、ぎくりとしたが、ぼくは表情と感情を押し殺した。
 ぼくらは、既に持ち込まれているゴミと三々五々持ち込まれるゴミを、捨てに来る人たちを丁寧に見ていく。
 時折焚かれるフラッシュの閃光が目に入り、連続したシャッター音が響いてくる。物陰に幾組かの報道関係者が潜んでいて、ぼくらを撮っているのだろう。
 巡査ふたりは、この辺で、と言って、別のゴミステーションに移動していった。
「源吾さん。あの様子じゃ、昨夜から張り込んでいる連中もいそうですね。あれだけあからさまだと、もう、遺体がこの辺りに棄てられる可能性はなさそうな気がします」
 源吾さんは笑った。 
「ああ。蝿や蚊のうるささも役に立つことがある、ということじゃっな」
 七時前になると、別なゴミステーションに行ったはずの巡査が血相を変えて走ってきた。巡邏を止めて派出所に戻るようだった。
 源吾さんが無理に引き留めた。
「なにごとな?」
 ほど近い中央署の方角から、どこかへ向かう複数のパトカーのサイレンの音が鳴り響きだし、遠離とざかっていった。
「なにごとな?」
 もう一度源吾さんが尋ねた。
 巡査のひとりが周囲を見回しながら、小声で囁いた。
「犯人が自首してきたようです」
 驚いたのだろう。源吾さんが固まり、その隙に捕まっていた巡査は派出所に向かって駆けていった。
「じゃ、源吾さん。ぼくもそろそろ仕事に行きます」
 ぼくも逃げた。
 乗り込んだ車のバックミラーの中に、源吾さんめがけて蝿のように群がっていく報道関係者の姿が見えたが、次第に遠離っていき、ついに消えた。
『自首か』
 ぼくは呟いてみる。
 今朝、ぼくが死体を捜すたびにいつも見る悪夢も見ず、うなされることもなく目覚めたあの時間……。
――犯人は自首するかどうかどうかで、葛藤していたのだろう。犯人が手元に残していた遺体が、風を通じてぼくに犯人の心を見せたのかもしれないと。
 だから、あんな幻想に、ぼくが少女を殺した幻想に取り憑かれたのだ。
 ぼくは、ぼんやりと言い訳のように考えていたが、不安は消えなかった。
――ぼくは、本当になにもしていないのか、と。
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