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少女が見つかる日(その3)
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え、と言えたきり、ぼくはことばが続かなかった。
―一城美奈子じゃないんですか、
なら、川南さんですか、
それとも他の誰かですか。
どのサンプルから出たのですか。
そもそも人の骨に間違いないのですか……。
尋ねたいことが、脳裏を一挙に駆け回ってことばが追いつけない。
だから、ただ立ち尽くしているしかなかった。
「発酵槽、でしたか。ちょっと見せてください。それから、チップ置き場を……」
戸田刑事は、ゆっくりと穏やかな音韻《こえ》で言い、ぼくの肩に手を置き、軽く押した。ぼくは押された勢いを借りて、やっと発酵槽へと歩き出せた。
「男性の人骨は数個。大きいものでも一センチ角の破片ですが、七年前の六月五日の日付と1-NO.2と記されたサンプルから見つかりました。これは、日付の日に一次発酵槽のNO.2から採取した試料ということで間違いないでしょうか」
歩きながら、戸田刑事の穏やかな声音が、ゆっくりと斬り込んできた。
「ええ、そうだと思いますが、NO.2の試料なんか残ってたんですね。」
「お預かりしたDVDの中には、NO.2に関する記述は見えませんでしたが、人骨がどこから入り込んだかわかりますか」
「神村産業からのものなら、たぶん、含水比の調整用で放り込んだものだと思います。あの頃、雨続きで含水比がなかなか下がらなくて、曝気して水分を抜いた、例のチップを使ったんだと思います。ちょうど、あそこにあったものです」
ぼくは二次発酵槽の一部を指した。今は、二次発酵中の堆肥で一杯になっている。
「調整用に投入したチップに関しては、作業日報の方に記載があるはずです。渡したDVDには自分のノートと照らし合わせて抜粋してコピーしたので、抜けていたかと」
「わかりました。あとで作業日報の原本をお借りしていきます。で、相談ですが、タブグラインダー動かせますかね。ちょっと見ておきたいんで……」
ええ、ぼくは頷いた。「鍵は預かったままなんで」
ぼくと戸田刑事は神村産業の集積場に入り、タブグラインダーを動かした。ついでにグラップルも動かして見せた。その間黙りこくってじっと見ていた戸田刑事が、
「どちらも重機を動かした経験があれば、初見でもそこそこ操縦できそうですね」
「そう難しい操作はありませんから、誰かが動かすのを一度見ておけば、大丈夫でしょう」
――なるほど、大丈夫ですか。
そう言って、戸田刑事は眉根を深く寄せた。
「その、男性の人骨ですが、誰かわかったんですか。まさか……」
「いや、特定はまだ……。失踪時に川南さんのDNAサンプルの提供を受けていれば、ことは簡単だったんですが……」
「……」
「そうだ。忘れるところだった。これ、見覚えありませんか。発見したものは、二、センチほどの欠片《かけら》だったんで、全体像は想像というか、復元したものですが」
戸田刑事は、髪留めの全体像のスケッチと欠片の数枚の画像を見せた。
「これも……、これもあったんですか」
戸田刑事は静かに頷いた。
――たぶん、一城美奈子がこれを着けていなかったかどうか。
その一点が問われている。ぼくは必死に思い出そうとした。
戸田刑事が柔らかな眼差しでぼくを見つめている。
ぼくは首を振った。小さく、二度、三度……。
「それ。持ってて構いません。繋がっているものなら、いつかは行き着きますから。それと。――サンプルから人骨が出た件は内密にお願いします」
戸田刑事は、やんわりと釘を刺してきた。ぼくは深く頷いた。
その夜、ぼくは寝付けなかった。
てっきり一城美奈子の何かが見つかると思いこんでいたから、男性の骨が出たという話に混乱していた。
――骨は川南さんのものに間違いない。
そう思いながら、どこかしっくりこない。
あるいは、神村産業から持ち込んだチップの中にではなく、生ゴミに混入されていた全くの他人のものかもしれない。そうも考える。
――それよりも気になるのは……。
一城美奈子の似顔絵と髪留めのスケッチを床一面に拡げる。
「なあ、一城美奈子さん。君は本当は誰で、いったい何処にいるんだ」
答はない。さらにあれこれ考えを巡らせたが、間違いなく言えることは、堆肥センターの職員は、誰ひとり気付くこともなく、事務所でその骨と七年間も一緒に過ごしていたこと、ぼくが風に遇わなかったこと。そして、
――おそらく、ぼくは、その骨を、あるいは血肉を含んだ堆肥を口にしていた……。
ぞくり、と二の腕の皮膚が泡だった。
――半年で三割、三年で七八割、条件が揃えば十割……。
それだけの数の死んだ細胞が、生きた細胞を形作っていく。
泰山木に犬の花が咲くように、人にも、他人の脳が、記憶が咲く。
ないとは言い切れない。そう思った。
締め切った部屋の中に、ゆっくりと休み休みしながら微かな風が抜けていく。
風に煽られた、床の上の幾枚もの一城美奈子が、ほんの少しだけ揺らいだ。
「風に遭った……」
ぼくは小さく呟いた。
―一城美奈子じゃないんですか、
なら、川南さんですか、
それとも他の誰かですか。
どのサンプルから出たのですか。
そもそも人の骨に間違いないのですか……。
尋ねたいことが、脳裏を一挙に駆け回ってことばが追いつけない。
だから、ただ立ち尽くしているしかなかった。
「発酵槽、でしたか。ちょっと見せてください。それから、チップ置き場を……」
戸田刑事は、ゆっくりと穏やかな音韻《こえ》で言い、ぼくの肩に手を置き、軽く押した。ぼくは押された勢いを借りて、やっと発酵槽へと歩き出せた。
「男性の人骨は数個。大きいものでも一センチ角の破片ですが、七年前の六月五日の日付と1-NO.2と記されたサンプルから見つかりました。これは、日付の日に一次発酵槽のNO.2から採取した試料ということで間違いないでしょうか」
歩きながら、戸田刑事の穏やかな声音が、ゆっくりと斬り込んできた。
「ええ、そうだと思いますが、NO.2の試料なんか残ってたんですね。」
「お預かりしたDVDの中には、NO.2に関する記述は見えませんでしたが、人骨がどこから入り込んだかわかりますか」
「神村産業からのものなら、たぶん、含水比の調整用で放り込んだものだと思います。あの頃、雨続きで含水比がなかなか下がらなくて、曝気して水分を抜いた、例のチップを使ったんだと思います。ちょうど、あそこにあったものです」
ぼくは二次発酵槽の一部を指した。今は、二次発酵中の堆肥で一杯になっている。
「調整用に投入したチップに関しては、作業日報の方に記載があるはずです。渡したDVDには自分のノートと照らし合わせて抜粋してコピーしたので、抜けていたかと」
「わかりました。あとで作業日報の原本をお借りしていきます。で、相談ですが、タブグラインダー動かせますかね。ちょっと見ておきたいんで……」
ええ、ぼくは頷いた。「鍵は預かったままなんで」
ぼくと戸田刑事は神村産業の集積場に入り、タブグラインダーを動かした。ついでにグラップルも動かして見せた。その間黙りこくってじっと見ていた戸田刑事が、
「どちらも重機を動かした経験があれば、初見でもそこそこ操縦できそうですね」
「そう難しい操作はありませんから、誰かが動かすのを一度見ておけば、大丈夫でしょう」
――なるほど、大丈夫ですか。
そう言って、戸田刑事は眉根を深く寄せた。
「その、男性の人骨ですが、誰かわかったんですか。まさか……」
「いや、特定はまだ……。失踪時に川南さんのDNAサンプルの提供を受けていれば、ことは簡単だったんですが……」
「……」
「そうだ。忘れるところだった。これ、見覚えありませんか。発見したものは、二、センチほどの欠片《かけら》だったんで、全体像は想像というか、復元したものですが」
戸田刑事は、髪留めの全体像のスケッチと欠片の数枚の画像を見せた。
「これも……、これもあったんですか」
戸田刑事は静かに頷いた。
――たぶん、一城美奈子がこれを着けていなかったかどうか。
その一点が問われている。ぼくは必死に思い出そうとした。
戸田刑事が柔らかな眼差しでぼくを見つめている。
ぼくは首を振った。小さく、二度、三度……。
「それ。持ってて構いません。繋がっているものなら、いつかは行き着きますから。それと。――サンプルから人骨が出た件は内密にお願いします」
戸田刑事は、やんわりと釘を刺してきた。ぼくは深く頷いた。
その夜、ぼくは寝付けなかった。
てっきり一城美奈子の何かが見つかると思いこんでいたから、男性の骨が出たという話に混乱していた。
――骨は川南さんのものに間違いない。
そう思いながら、どこかしっくりこない。
あるいは、神村産業から持ち込んだチップの中にではなく、生ゴミに混入されていた全くの他人のものかもしれない。そうも考える。
――それよりも気になるのは……。
一城美奈子の似顔絵と髪留めのスケッチを床一面に拡げる。
「なあ、一城美奈子さん。君は本当は誰で、いったい何処にいるんだ」
答はない。さらにあれこれ考えを巡らせたが、間違いなく言えることは、堆肥センターの職員は、誰ひとり気付くこともなく、事務所でその骨と七年間も一緒に過ごしていたこと、ぼくが風に遇わなかったこと。そして、
――おそらく、ぼくは、その骨を、あるいは血肉を含んだ堆肥を口にしていた……。
ぞくり、と二の腕の皮膚が泡だった。
――半年で三割、三年で七八割、条件が揃えば十割……。
それだけの数の死んだ細胞が、生きた細胞を形作っていく。
泰山木に犬の花が咲くように、人にも、他人の脳が、記憶が咲く。
ないとは言い切れない。そう思った。
締め切った部屋の中に、ゆっくりと休み休みしながら微かな風が抜けていく。
風に煽られた、床の上の幾枚もの一城美奈子が、ほんの少しだけ揺らいだ。
「風に遭った……」
ぼくは小さく呟いた。
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