オンライン殺人事件

へへいの兵

文字の大きさ
4 / 4

4 決着

しおりを挟む

「事件の全貌はこうです。

まずは事件当日の会議前。
Aさんと恋人関係、
またはそれに準ずる関係であった犯人は
既にAさんの部屋にいました。

恐らくは前もって掃除などもしていたでしょう。
殺害後に掃除する箇所を減らすことができますから。
それに、同棲相手の部屋を掃除することになんら不自然はありません。
Aさんは疑問も持たなかったでしょう。

そして会議の時間になり、自宅にいるような体で会議に参加します。
しかし、犯人はハウリング現象を失念していたのでしょう。
あわててマイクをオフにし、可能な限り発言をしないことにしました。

会議が進行し、Aさんが休憩を切り出します。
この時、犯人はAさんとEさんの会話を横目に
差し入れのコーヒーを淹れていました。
飲んで一休み、どころか生命がお休みするコーヒーを。

AさんがEさんとの会話を切り上げたのを見計らい、
コーヒーを差し出しました。

Aさんが死亡したのち、
犯人は痕跡を残さないために掃除を始めました。
Aさんが取り落とし、割れたカップもこの時に回収されたのでしょう。

掃除がひと段落し、現場から持ち去れるようにゴミをまとめたのちに
Aさんの遺体の位置を調整し、カメラをつけます。

遺体は椅子の近くにあったでしょうし
Aさんもそこまで大柄でもありませんから、
女性の力でもギリギリ可能でしょう。
それに、あの体勢にできずともPCの方を動かして
カメラに映せばよいだけです。
最低でも出入りに使うドアさえ映らない位置なら
どこでもよかったはず。

自身の姿が映らないように気を付けつつ
AさんのPCのカメラをオンにし、
続けて自分のPCのカメラをオン。

まるで他人事のように驚いて見せ、
110番と119番を呼んで見せる。

通報を終えた犯人はPCを片手に、
持ち去る必要のあるゴミを反対の手に
自身のPCカメラに映り続けながら自宅へと向かいました。

徒歩で2分程度の距離ですから、
僕たちがAさんの家に向かうまでには
帰れたことでしょう。

自宅についた犯人は、
少したって到着した僕たちへ画面越しに
何食わぬ顔で話しかけます。
もうハウリングは起きませんから、チャットではなく音声で」

「一連の流れでAさんを殺害した犯人は」

「Cさん。あなたです。」


ぱちぱち、と。
Cさんが手元で控えめに拍手をしている。

「Fさん、さすがですね。
…正解です~。」

残念そうな笑顔。
しかしそれは、凶行を看破された犯人の顔ではない。
迫る門限のせいで楽しい遊びを切り上げる子供のそれだ。

かくいう僕も、ミステリー好きの業だろうか。
犯行の動機以上に聞きたいことがあった。

「気になることがあります。
この犯行は綿密に練られているようでいて不確定要素が多すぎる。

さっきも話した犯行後の脱出もそうですし、掃除に関してもそうです。
丁寧にやったところで髪の毛一本で終わりです。

ハウリングというイレギュラーが
起きても決行したこともそうです。

事件を複雑にしたBさんのさぼりだって
Cさんがそうさせたわけでもないでしょう」

少しの沈黙。

諦めたような笑顔でCさんは話し始めた。

「そうですね。
私は逃げ切ろうと思って
今回の犯行をやっていません。

私の家に家宅捜索でも入ればそこまでです。
まだ捨てきれていないゴミもありますし。

それに、こんなものも持ったままです」

からん、とCさんが金属を机に転がす。
鍵だ。話の流れから言えば、これは。

「Aくんの部屋の合鍵。
さっさと捨てちゃえばよかったんだけど。
なんか、できなくて」

Cさんは寂しげに窓の外をながめた。
数秒。
彼女は軽く頭を振り、話を続ける。

「Aさんを殺すことは
私の中で確定していたんです。

他の選択肢は、もう、なかった。

最初は私も捕まらないで済む方法を考えました。
ミステリーも、現実の事件も読み漁りました。
で、気付いちゃったんです。

綿密に組んだ謎も、一つの偶然でほどけてしまう。
一方、感情に任せて起こしたであろう事件が
目撃者がいなかったという偶然だけで未解決。

どうせ運しだいで捕まるなら、と私は
捕まらないことよりも、
自分が満足できる謎を生むことを大事にすることにしました。

…皮肉なことに運は良かったですね。
Bさんのさぼりで捜査はかく乱されてたり、目撃者はいなかったり。
それに真実を知るあなたは、とっても無警戒。


…そのコーヒー、おいしいですか?」


頭が真っ白になる。
まさか。

「ふふ。そんなに慌てて。
冗談ですよ。
本当になにも考えてなかったんですね。」

心臓が破裂するかと思った。
それどころか逆プラシーボ効果で
体がおかしくなりかけていた。はあ。

「でも、なぜAさんを殺したんです?」

「それは…」
と言いよどむCさん。

「私、思うんです~。
なんでミステリーの犯人は動機まで全部
話したがるんですかね?

どうやったか、はわかるんです。
必死で考えて作り上げた作品みたいなものですから。
ちょっと自慢したくなっちゃいますよね。
正直、私もさっきはそんな心境でした。

でも。
なんで、は違うじゃないですか。
人を殺そうと思うほど嫌なことがあったんですよ?
思い出すだけでも辛いし、口になんて出したくない。

彼だけが悪いわけじゃないのも、わかってるんですけどね」

「ごめん、なさい」
相手が犯人だからと言って何を言ってもいいわけではない。
配慮が足りなかったことを詫びた。

「いえ、Fさんは悪くありませんよ。
疑問に思うのは当然ですから。

…痴情のもつれ。
この表現で納得していただけると嬉しいです」

先ほどまでとは打って変わり、
同年代とは思えないほど疲れてみえるCさんに
僕はただ頷くことしかできなかった。

「この後はどうするおつもりですか?」
「どうしましょうね?
運もよかったですし、
後処理をきちんとしてあなたを口封じすれば
逃げおおせられそうな気もしますが」

Cさんが流し目でこちらを見る。
肝が冷えた。
その拍子に何を言うべきかわからなくなってしまった。

「なんて、実は決めてました。
だれかが謎を解いてくれたら自首、
だれも解けなかったら…
まあいっか、たらればの話は。

いずれにしても逃げる気はなかったんですよ、私。
えらいでしょう?」

くすくすと自虐的に笑うCさん。


「もう行きますね。
あなたといると余計なことまで話しそう。

あーあ。
Fさんにすればよかったかな~?

…なんてね。それではお先に失礼します」

小銭をテーブルに置き、席を立つ。その背中に声をかける。

「また、ミステリーの話、しましょうね」
僕の感性ではこれくらいしかかける言葉が見つからなかった。

「楽しんでいいんですかね。
これ以上なくミステリーを冒涜した私が」

「楽しめるようになるまで、向き合ってきてください」

Cさんは背中越しの言葉に頷いて店を出て行った。

その日のうちにCさんは自首した。
計画的な殺人であり、罪は軽くない。

彼女の未来はどうなっているだろうか。

犯した罪は消えない。
でも、だからこそ。
生きてほしい。

そう、僕は願った。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

2021.09.23 へへいの兵

お気に入り登録ありがとうございます!

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。