ほんのり恋愛小説。

篠宮 楓

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おわり。

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私達がいる場所は、丁度木陰になっていて涼しい風が通り抜けていく。
たまに新谷くんから聞かれる事に答えながら、私は本に没頭していた。
 最初こそこのシチュエーションに緊張していたけれど、しばらく経てば慣れてしまった。
だって、新谷くんが少しも緊張してないから。
いつも通りの彼の態度に、意識しているのが馬鹿らしくなってしまったのだ。

ぺらり

風に遊ばれて、テーブルの上の資料がページをいくつか捲られている。
けれどそれを押さえようとする手が出てくることもなく、ひらひらと視界の端に映っていた。
 「……?」
 顔を上げれば、レポート用紙の上に突っ伏して寝ている新谷くん。
 「寝てる」
 人に課題を教えてとか言って、本人が寝ていたら仕方ないじゃないね。

 思わず口元を緩めて、じっと見つめる。
いつもはずっと上の方にある顔が、目の前にあって。
 相手が寝ているから、見放題。
って、ちょっと変態っぽいな私。

そう思いながら、頬杖をつく。
 風に揺られる髪に、目が留まった。
 髪、柔らかそうだなぁ……

「……新谷くん、寝てるよねー」
ぐっすり熟睡中、だよねー?

 確認しつつも、すでに私の手は伸びていて。
どうせ起きちゃったとしても、ふざけて怒られるくらいだろう。うん。
そう自分を納得させて、手を伸ばす。
ゆっくりと下ろしたその手に、柔らかい感触が伝わってくる。
 「うわー、柔らかい」
こんなチャンス、もうないだろうなぁ。
まず、頭に手が届くことがない。
 「ふふ」
ゆっくりと掌を滑らせたその時。

 「……うわっ!」
がばっと音がしそうなくらいの勢いで、新谷くんが顔を上げた。
 勢いで新谷くんの頭から離れた私の手が、中途半端に空中に浮いている。
 新谷くんは右手で自分の頭を押さえたまま、ぱくぱくと私を見て一気に顔が真っ赤に変わった。
 「あれ?」
 私の方が、どぎまぎしなきゃいけない所な気がするんだけど……
「ななっ何して!」
なんか、慌てまくる新谷くんを見てたらつい笑えてしまった。
 「そんな驚かなくっても」
くすくすと笑いながら宙に浮いたままだった手を引っ込めようとしたら、
 「……そりゃ、驚くっしょ」
 頭を押さえていた新谷くんの手に掴まれて、テーブルの上に押さえられた。
 「!」
 今度真っ赤になるのは、私の方だ。
 顔に集まっていく血液に、ほてっていくのが嫌でもわかる。
 手を取り戻そうと力を込めて引っ張っても、離してくれなくて。
 「好きな子に、触られればさ」
 「うぇ?」
 好きな、子?
その言葉に顔を上げれば、少し照れくさそうに笑う新谷くんの姿。


 「あんまり強く出たら引かれるかなぁと思ったら、そっちから今日会ってくれるの提案してくてさ。もしかして少しは脈ありかなって……なのに」
 「に、新谷くん?」
 「浮かれて早く来すぎて図書館の中に入って裏庭見れば、知らない男に声かけられてるし。居眠りすれば、頭撫でられるし」
 「え、えと」
 今、告白された気がしてたけど、なんか新谷くんの独り言状態になってる感じなんですが??
 「ちょっと、もう俺いっぱいいっぱい。休日に会えて嬉しいなーくらいの期待だったのに、つい突っ走っちゃったよ」
そう一気に言い終えると、私の手を解いた。
ゆっくりと、自分の手を引きよせる。
そんな私を見てくすりと笑うと、転がっていたシャーペンを手に取ってレポート用紙を押さえた。
 「まぁ、そんなわけだから。そういう風に見てくれると嬉しい」
な、と確認するように言うと、言いたい事を言ってすっきりしたのか楽しそうに鼻歌をうたいながら資料をぺらりと捲った。


ちょ、ちょっと待ってよ。
そんな、自分の言いたい事言って終わりとか、私置いてけぼりなんですけど気持ち的に!

 「あ、そうだ。木下って、おじーちゃんに佳月さんって呼ばれてんの?」
 突然凄く関係ない事を口にした新谷くんに頷いて、問い返す。
 「……なんで、知ってるの?」
そんな話、した覚えないんだけど。
すると悪戯っ子のような笑みを浮かべて、シャーペンを指先でくるりと回す。
 「昨日図書室のカウンターでどれだけ木下を呼んでも気づかなかったのに、佳月さんって呼んだら“おじいちゃん?”って」
 「え、そんな事……」
 脳内で昨日の記憶を頑張って引っぱりだすと……
「あれ、空耳じゃなかったんだ」
そういえば、佳月さんって呼ばれて顔を上げたら新谷くんが笑ってたんだっけ。
 「空耳だと思える方が、凄いよな」
けらけらと笑うその口、憎らしいんですけど。
 今、私の事好きだとか何とかおっしゃいませんでした??

 「でもさ、佳月って綺麗な名前」

わなわなと見えない所で拳を握っていたら、さらりとそんな事を言われてその力が抜ける。
 「俺も呼んでいい? そうしたら、少しは俺の事、意識してくれるかなぁ」
 「……っ」
ひきかけた頬の熱さが、再び上昇する。
そんな私を見て楽しそうに新谷くんが笑うから。
なんだか、悔しくて。負けたくなくて。


 「私も圭くんの事、好きだけどね」


 余裕の表情になっていた新谷くんの顔が見る間に赤くなっていくのを、私はしてやったりな気持ちで見ていたけれど。


 「佳月。顔、真っ赤」


 楽しそうに指摘してくる新谷くんに、簡単にその余裕は崩された。


 「……意地悪だ。新谷くん」


 「佳月限定」


にやりと笑うその表情にさえもどきどきとしてしまう私は、なんだかもう、色々駄目かもしれません。
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