この気持ちは、あの日に。

篠宮 楓

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あの日。

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 大学受験の時期、他の学校は知らないけれどうちの高校の3年生は自由登校になる。
 例にもれず、私も登校する日が減った。それでも、希望者が受けられる補講や図書室を使うという理由で、他の子よりは学校に通っていた。恋愛感情で動くのはどうかとも思ったけれど、おにーさんに会えるのは純粋に嬉しい。
 辛い受験を、支えてくれる。ある意味、薬のようだ。
 何気ない会話を交わすためだけにって言われるかもしれないけれど、それで私の心は安定するのだから通学にかかる時間なんて些細なものだと思った。




「今日、発表なんだ?」
「はい」



 いつもの時間より遅く出てきた私は、珍しく大学に行くおにーさんと電車の中で会った。
 いつもは帰宅中にあっていたから、なんか変な感じ。


 今日は第一志望の大学の、合格発表。
 一度学校に寄ってから、見に行くつもり。

 そうおにーさんに告げれば、視線を彷徨わせて少し考えた後、意を決した様に私を見下ろした。身長差に気付いて少し屈んでくれたのか、いつもなら座らないと近くにはないおにーさんの柔らかそうな髪が目の端に映る。


「あのさ。きみが帰ってくるの、何時くらい?」


 おにーさんの観察をしていた私に告げられたのは、いつも聞かれなかった言葉。だからか、反応が遅れてしまった。
「……え?」

 返したのは、間抜けな言葉にもならない声。
 呆気にとられておにーさんを見上げれば、困ったように右手を首もとに置いてがしがしとかいている。
「いやほら、さすがの俺も緊張するというか。気になるというか。受かったか知りたいというか」

 ……あぁ、そういう事

 確かに、そうだよね。
 たった数か月とはいえ、知り合いになった子の受験結果、知りたいよね。

 でも――

「今日は早いと思います。お昼頃には学校を出ちゃいますので」

 ――私がこう言ったら、どうする?

 おにーさんは少し考えて、頷いた。
「分かった。俺の大学の駅……知ってるよな? そこで待ってるから、悪いけどホームに降りてもらえるか? 時間、お昼に出るなら……一時くらいでどう?」

「……うん、いいよ」

 頷くと、安心した様にふわりと笑った。


 きゅ、と心臓を掴まれるような、焦燥感。



 あぁ、私は。
 私は。


 おにーさんが好きです。
 おにーさんの、そんな笑顔、見ていたいです。


 でも――


「じゃ、俺はここで」

 おにーさんの降りる駅について、彼はホームへと消えて行った。
 その後ろ姿を目で追いながら、私は目を伏せた。



 待ち合わせるのに。
 初めて、待ち合わせるのに。

 気にかけて貰えたことが、本当に嬉しいのに。



 時間を指定して、駅のホームで待ち合わせる。携帯番号もアドレスも、聞かれない。


 ……おにーさんは、連絡手段を聞いてこなかった。

 という事は。


 今だけの、この電車の……駅の中だけの関係しか考えていないって

                              ――コト。
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