この気持ちは、あの日に。

篠宮 楓

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となり。

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 やった……!



 私は電車に揺られながら、にやけそうになる口元に必死に力を入れていた。
 長かった受験が、やっと今日終わりを迎えたのだ。第一志望の大学に、受かることが出来た。おにーさんに初めて会った頃は、合格圏外だったのに。

 嬉しい。嬉しい。
 おにーさんは、喜んでくれるだろうか。
 おにーさんは、褒めてくれるだろうか。
 あの笑顔で、「よかったな」って言ってくれるだろうか。


 ともすれば浮かれそうになる感情を何とか抑えながら、おにーさんと待ち合わせた駅へと電車に揺られていた。
「……少し、早すぎたかな」
 ホームに降りたのは、十二時四十分。待ち合わせまで、あと二十分ある。
 私は駅の改札とホームにある時計を交互に見遣って、小さく頷いた。

 せっかくだから、降りてみよう。
 定期だから、お金かからないし。
 それに――

 おにーさんの日常を、少し垣間見てみたい。
 それくらいなら、許されるよね?

 合否通知をスポーツバッグにしまうと、私はドキドキしながら改札を出た。そこに広がるのは、初めて見る街の景色。電車からしか眺めた事のない街並みが、目の前に広がる。

 こんな事くらいで。
 こうも嬉しくなってしまうのは。

 ――恋は盲目。

 ばかだな、と思う。




 駅のロータリーには、いくつかベンチがあって。雨避けなのか屋根も壁もある、休憩所の様相を呈していた。
 ここで、少し時間をつぶそうかな。しばらく経ったら、ホームに行こう。こんなところにいたら、おにーさんも驚くだろうし……。


 スポーツバッグにいれた合否通知を、上から手で押さえる。


 もし。
 もし、許されるなら。
 名前、聞いてみてもいいかな。
 大学、何年生なのか聞いてみてもいいかな。
 これからも、会ってもらえますかって……言っても……




「ホント、心配なんだ」



 そんな事を考えながらベンチへと向かった私の耳に、届いたのは。朝も聞いた、おにーさんの、声。くるりと視線を巡らせると、こちらを背にしたベンチに座るおにーさんの後姿を見つけた。

「……」

 けれど、動けなかった。

「あなたが緊張してどうするの」

 一人じゃなかったから。

 座っている膝に肘を置いてその手に額をつけているのか、おにーさんの伏せた後頭部しか見えない。その横に座る、髪の長い、女のひと……


「だってさぁ。なんか俺、電車の中の勉強とか邪魔してたような気がするし」

 ……私の、こと?

「何言ってるのよ。そういうのって、いい息抜きになったりするのよ?」
「でも、これでマジで……いやいや、口にするのもダメだ。あー、早く時間になんねぇかなぁ」
「落ち着きなさいって。眉間に皺寄せちゃって」

 そう言って、女の人は、おにーさんの眉間を指先でぐりぐりと押した。

「はいはい。若い頃からちゃんと気を付けてないと、将来後悔することになりますよ~」
「また、それか」

 ふ、と小さく笑う、おにーさんの声。
 反対に、足元へと一気に血の引いていく私。
 すぅっと、視界に靄がかかる。

 覚えのあるやり取りに、私は一歩、後ずさった。
 

「ほら、しっかりしなさい。その子の前で、そんな情けない顔晒しちゃだめよ? 和斗」


 ――かずと。



 初めて聞いたおにーさんの名前を呼ぶ他の人の声に、私は弾かれるように駅へと駆けだした。



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