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旅の誘いと知らない国
しおりを挟む「……ありがとう」
ダークグリーンの瞳を見つめながらお礼を言うと、アンスガーは美しく微笑んだ。そして少し言いづらそうに口を開いた。
「家との縁を切らせるようなことをした後に、申し訳ないんだけど……実は、僕はこの国の出身じゃないんだ」
私は驚いて目を見開いた。この国で商売をしているのに、違う国の出身なんてことがあるのだろうか。
「僕は2つ隣の国……ライムバッハー共和国の出身なんだ。でもこの国は自国民じゃないと、商店を開くことができないから、お金で市民権を買ったんだ」
「そう……だったの。ではこの商家は……」
「ああ、表向きはこの国で誕生したことになっているけれど、事実上、祖国にある商会の支店なんだ」
全く知らなかった事実に口を開けてしまう。
「ごめんなさい……知らなくて……」
「うん、良いんだ。あまり公にしていないからね」
アンスガーは優しく笑うと、緊張をほぐすように、私の手を握った。
「それでエルヴィーラと再会する少し前に、両親は祖国に行ってしまってね……僕もエルヴィーラを紹介したいから、一緒に祖国まで来てくれないかな」
「祖国……」
「ああ、言葉は似てるから、なんとかなるかと思う……ごめんね、重要なことを黙っていて。ライムバッハー共和国に行くのが難しければ、両親にはこちらに来てもらうけれど」
アンスガーの申し訳なさそうな顔に、迷ったが首を横に振った。
「……アンスガーがいれば大丈夫」
アンスガーはほっとしたように笑った。
「本当にごめん、結婚して欲しいと頼んだ時に、言えばよかったんだけど……」
アンスガーのことだから、何かしら事情があったのだろう。
「良いの……話せない事情があるのよね」
苦笑いで言うと、アンスガーは眉を寄せ、何事か考えているようだった。しばらく悩んでいたが、意を決したように口を開いた。
「いや……エルヴィーラが僕の事情を知って、望まない国に住むことになるのが嫌だったんだ」
「……どういうこと?」
アンスガーは私の質問には答えず、握っていた手に力を込めた。
「エルヴィーラは、この国が好きかい?」
思わぬ問いに、視線をさ迷わせてしまった。好きかどうか、なんて考えたこともなかった。この国で生きていくしかないと思っていたからだ。
「わからないわ……他の国に行ったことがないから」
正直に答えると、アンスガーはふっと微笑んだ。
「そうだね……」
アンスガーは息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。
「僕が生まれた国、ライムバッハー共和国は、王はいなくて、貴族と市民の代表が長を選ぶんだ」
私は真剣に聞く姿勢をとった。恥ずかしながら、ライムバッハー共和国の内情を詳しく知らなかった。王族が支配するこの国とは統治法が違うらしい、という知識くらいだ。
「けれど結局は貴族の意見が尊重されるような、議会の仕組みになっているんだ……商会の長である僕の祖父は市民の代表の1人でね。どうにかもっと、市民の意見を汲むように働きかけていて……」
アンスガーは息を吐いて、視線を遠くにやった。
「ライムバッハー共和国も15年前に作物があまり育たなくて、土地を治める貴族の力が弱まったんだ。その時に貴族は祖父を頼ってね……それから祖父は自らの商会の力を強め、貴族と渡り合うことを考えたんだ。そして他国にも商会を展開し、お金を稼ぐことに努めた。やり方は少々強引だけどね」
アンスガーは整った顔をこちらに向けた。
「だから僕の両親はこの国に来たんだ」
そうして難しい顔をすると黙ってしまった。
「この国での経営が軌道に乗ったから帰ったの?」
私の言葉にアンスガーは苦笑いを返した。
「……そうだね。勉強のために残っていたけれど、正式に後を継ぐため、僕も帰るように言われていたんだ。でもエルヴィーラと結婚するとなって、君がこの国を離れたくないと思っているなら残るつもりだったんだ。祖父は貴族を内心は毛嫌いしているから、居心地が悪いかもしれないしね」
私は納得した。確かにこの話を聞けば、この国に残りたい、とは言えない。むしろ力になりたいと思い、たとえアンスガーの祖国の居心地が悪くても、生家にいた時の様に我慢をし続けただろう。
「でも両親はこの結婚をすごく喜んでくれたんだ。それだけは分かって欲しくて……」
アンスガーは慌てた様に付け足して言った。
ご両親が味方してくれるのはとても心強い。ほっとして肩の力を抜いて、苦笑いを浮かべた。
「この国に残る、とは確かに言いにくいわね」
アンスガーは苦笑いを返して頷いた。
「僕もエルヴィーラの立場なら言えないな、と考えたんだ。でも、これからなんでも言い合える仲になりたいと思って、正直に話すことにしたんだ」
私はどきりと心臓が鳴った。たしかに思ったことを言えなければ、待っているのは別れかもしれない。
「ええ……そうね。私も正直に気持ちを話すよう努めるわ」
アンスガーは優しく微笑んでくれた。
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