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両親の毒と優しい言葉
しおりを挟む「まあ、ではお姉さまは平民になるのね!」
気を取り直したように、ゾフィーナは両手を合わせて言った。
「ええ……そうなるわね」
「とてもお似合いだわ」
悪意がこもったゾフィーナの笑みに、背筋がぞわりとした。父と母に視線を向けるが、興味が無いのか、こちらを見ていない。
「ありがとうございます」
私が何も言えないでいると、アンスガーが綺麗な笑顔で言った。
なぜお礼を言われたのか意味がわからなかったのか、ゾフィーナはぽかんと口を開けたままアンスガーを見た。私も意味が分からなくて、アンスガーの整った横顔を凝視した。
「僕たちを似合いだと言ってくれたんだろう?」
完璧な笑顔で言ったアンスガーに、ゾフィーナは頬を赤くした。
「え、ええ……そうですわね」
珍しく視線を反らしたゾフィーナに、私は怒りがすっと落ち着いた。私が何かしら反応をするから、ゾフィーナは面白がって嫌みを言ってくるのかもしれない。こちらが気にせず反応しなければ、気まずくて何も言えなくなるのかも。
「書類は時間がかかる。出来上がったら知らせよう」
「ええ、その後で正式に婚約をします、結納金はその際に」
父の言葉に、アンスガーは笑顔で答えた。父は面白くなさそうな顔をしながら、ゆっくりと頷いた。
※
「今日は疲れたね」
帰ってきた屋敷の小サロンでお茶を飲みながら、アンスガーは眉を下げて言った。私も苦笑いを返す。
「ええ……家族が貴方にまで失礼な態度を取って……本当にごめんなさい」
アンスガーは苦笑いを深くした。
「エルヴィーラが置いてきた荷物を取りに、部屋に行っている間、僕は居間で待っていただろう?」
アンスガーの言葉に頷いた。タウンハウスに置いたままになっていた、私の数少ない荷物を引き取ろうと、ザーラと部屋に行っていた時がある。家族との話は終わった後だったので、アンスガーには1人で居間にいてもらったのだ。
「その時、エルヴィーラの母君が来てね……愛人にならないかと誘われたよ」
母の余りの痴態に、怒りと恥ずかしさで、頬を赤くしてしまった。母は若くして父に嫁ぎ未だに美しい。けれど娘の婚約者を取ろうとは。
「な、な……何を考えているの」
怒りで震えながら言うと、アンスガーは困ったように笑った。
「書類が届くまでは、と思ってきつい言い方はせず、無難に断っておいたよ……失礼かもしれないけれど、エルヴィーラは妹はもちろんのこと、両親と一緒にいないほうが良さそうだね」
アンスガーの言葉に、頬を赤くしたまま、頷くことしかできない。
「恥ずかしいわ……」
「……僕は小さい頃から、エルヴィーラは両親から離れた方が良いと思ってたんだ」
アンスガーの静かな声に、少し気持ちが落ち着いて来た。アンスガーは苦笑いで続きを話し始める。
「でもエルヴィーラは小さい頃から、両親のことを一番に考えていた……両親にどうすれば受け入れられるのか、いつも悩んでいた。だから言えなかった。けれど今日のエルヴィーラの姿を見て、言っても大丈夫かなと思えたよ」
「今日の姿?」
アンスガーはにっこりと笑顔になった。
「エルヴィーラの両親が可笑しなことを言ったら、君はちゃんと怒った顔をしていただろう」
私ははっとして、今までの自分の姿を思い出した。確かに両親に何を言われようとも、ただ黙って聞いていた。怒った顔を見せることは、いけないことだと思っていた。何よりも、理不尽なことを言われても、仕方のない立場だと思っていたのだ。
「……ええ、そうね。今までも思ってはいたけれど、離れて改めて……あの人たち、少し、いや大分おかしいわよね」
アンスガーは苦笑いを返した。
そうだ、私の両親は性格が悪くて、贅沢をすることしか考えていない、心無い人たちだ。でも両親をおかしい、性格が悪いと心の底から認めることは、自身に流れている血を否定するようで、ずっとできなかった。それは自分を否定することにも繋がると、意識していない心の隅で思っていたからだ。
私は肩の力を抜いて、椅子の背にもたれかかった。
「僕の口からエルヴィーラの両親を評価するようなことは言わないでおくよ……でもエルヴィーラが言われて傷ついた言葉は、両親だからって受け入れる必要はないと思う。両親に言われたからこそ、傷ついただろうしね」
醜い、役立たず、ごく潰し、両親に言われた、決して忘れることができない言葉が、頭の中を巡った。言われる度に、私の心は酷く傷ついていた。
思い出して涙が溢れそうなり、しかしぎゅっと口を引き結んで耐えた。心の底にずっとある両親の言葉を捨てることができれば、どれほど自由に、そして楽になれるだろう。
私は顔を上げて、アンスガーを見た。ダークグリーンの人は、優しく細められている。
「エルヴィーラは頭が良くて、何事にも一生懸命で、素敵な女性だよ」
アンスガーの言葉が、私の心にすっと入ってきた。
心の底から自分を素敵な女性だとは思えない。それでもアンスガーに言われると、いつかは素敵な女性になれる気がした。そうなりたいと思った。
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