Shine Apple

あるちゃいる

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九話

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 「何よあんた、まだ畑作ってないの?」

 宿が出来たとダッズさんに伝えたら、魔女にも話がいったらしく、見に来た。
 そして、第一声が畑を作ってない事への文句だった。

 「すいません……宿に時間がかかってたので……」

 そう言うと、魔法でいくらでも早く作れただろうと怒られた。

 「まったく魔力は多いのに生活魔法しか使えないなんてねぇ……あたしの弟子とは街中では言わないでおくれよ?恥ずかしいからさぁ?」

 最近魔女の本性が見えてきたので反論はしなくなった。頭を下げて愚痴を聞き流していると

 「まぁ、仕方ないから暫くは市場で野菜関係は買うといーよ。 資金は自分で払いなよ?」
 「此処から市場へ買いに行くと間に合わないと言われたので森で何か探すつもりです」

 そう言うと魔女は空間に手を入れると、砂金と水晶の粉と取り出して一摘みずつ水に入れた。

 それを混ぜながら俺の横に来ると

 「買いに走らなくても良いように簡単な召喚術を教えてやるよ、感謝しなよ?」

 そう言うと厨房のまな板の上に幾何学模様の丸い陣を描き始めた。
 特に詠唱は無いらしいので恥ずかしい言葉を呟かなくても良いようで安心した。

 「いいかい? この陣は自分の頭で欲しいものをイメージすると、水晶を媒介して砂金で対価を払い、物が現れる魔術だよ。あんたダッズの所で野菜を触ってたろ?そこでイメージも沸きやすいはずだ。例えば……」

 そう言ったが早いか幾何学模様の真ん中にコロンと転がる玉ねぎみたいな物が突然現れた。

 「欲しいものをイメージしたら、粉が混じった水に指を添えて出ろっと唱えな。言葉にしてもしなくても構わないよ。自分が知ってる物なら生き物以外は現れるから、生活魔法しか使えないあんたでも扱える筈だ」

 魔力が多いだけなら簡単だから後は練習してコツを掴めと言って帰っていった。

 去り際に自分の客に不味いものを提供したら雷を落とすからねと釘を刺された。

 魔女が去るとダッズさんがソソソっと近づいて来て

 「すまん……魔女には内緒にしようとしたが、来る途中で見つかってしまってな……」

 そう謝ってダッズさんも自分の宿へと帰っていった。

 そんなダッズさんの言葉も今の俺には聞こえてなかった。

 (『自分の知ってるモノなら何でも取り寄せられる』そう言ってたな……魔女のやつ……)

 俺はそう言われた瞬間、頭に浮かんだモノがあった。それはこの街には無かったものだった。アレがあればもっと美味しくなるはずの物だった。

 俺は自分のショルダーバックから砂金と水晶の粉を一摘みづつ取り出すと、魔法で水をコップに出してよくかき混ぜた。

 そして幾何学模様を描くと頭にイメージした。何となく言葉も添えた方がより鮮明にイメージ出来ると思ったので水に触りながら欲しいものをイメージした。


 「味付き塩コショウ……」


 俺の頭に浮かんだのは業務スーパーに売っていた1キロの袋に入った業務用の味付き塩コショウだ。

 よく家でも使っていたので、袋の模様まで思い出せた。

 そして、俺は歓喜した。
 目の前に現れた味付き塩コショウの袋が10袋。

 砂金の対価分の数量が出たのか一袋750円の味塩コショウが出てきた。

 砂金の量は一摘みで2gくらいはあった筈だ。
 今のレートで六千円くらいだろうか?
 2gだと一万二千円の筈だけど、世界を渡るからか相場の二倍くらいになるのかも知れない。

 まぁ、大して問題には成らない。
 何故ならこの世界の砂金は安かったからだ。
 金貨にすると価値は上がるのだが、砂金のままだと其処まで高くなかった。
 何か金貨に混ぜてるのかも知れないが、作り方を知らない。

 まぁ、とりあえず対価に見合った物が出る事は分かったので、ケチャップにマヨネーズと思い付く限りの調味料と、野菜を取り寄せまくった。

 パンの焼き方の本とか酵母とかも取り寄せたので、これからはふわふわのパンが焼けると喜んだ。

 あまり目立った事をするのは危険が伴う事は分かっていたが、色々出来る事に意識が向けられていてすっかり調子に乗ってしまった。

 次の日の朝になると、草原周辺にパンの焼ける香りが広がった。

 あまり嗅いだことのない様な美味しそうな薫りに、周辺で宿屋を営む人々が香ばしい薫りに釣られて俺の宿屋へとやって来た。

 その中にはダッズさんも居た。

 自然な感じでカウンター席にそれぞれ座る。

 人の気配がしたので厨房からカウンター席を覗く俺と目があった人達は

 「おい、この匂いはなんだ? 香しい薫りは何だ? 少年が作っている物は何だ?」

 と、そこら中から声がし始めた。
 当然ダッズさんもその中の一人で、ソワソワしながら朝食を頼んでいた。

 余り放っておくと暴れだし兼ねないと感じた俺は、自分用で作った朝食を人数分作り直し、練習兼ねて焼いた生クリーム入り食パンを2切れずつ切って差し出した。

 オカズには目玉焼きと焼いたソーセージにケチャップを掛けて、マスタードを添えて出した。目玉焼きの下にレタスを千切ったのも忘れない。

 量的には少ないかも知れないが、お試し品だと言って無理やり納得させた。

 軽く炙った生クリーム食パンを掴んだダッジさんは、その柔らかさに目を白黒させて驚いていた。

 その横ではソーセージをフォークに刺して、見慣れないケチャップの匂いを嗅いでいる。

 壁際の髭を生やした爺さんが俺に黄色い物は何に使うのか聞いてきたので、ソーセージに付けて食べろと教えてやった。

 一人一人物珍しさと香しい薫りに我慢の限界が来たのか、一斉に齧り付いた。

 そして目を見開いて動きを止めると皿を掴んで流し込む様に貪り食い始め、あっという間に食い切ってしまった。

 食い足りないと叫ばれたが、試作品だからと断って食後の珈琲を出してやった。

 この街にも珈琲は有ったので、しぶしぶそれを飲んでまた来ると言って各々帰っていった。

 ダッジさんだけは裏口へと回ってきてパンの事を聞いてきた。

 「流石に作り方までは聴けないが……うちにも卸すことは出来ないかね? 勿論魔女には内緒にする!」

 大量には作れないと言ったのだが中々しぶとくか言い寄ってくるので、ダッジさん宅だけで食べるならと、毎日二斤渡す事を決められた。

 (遣り繰りすれば日に20は作れるかも知れないが……畑も作らなきゃいけないのになぁ……)

 まぁ世話になったから仕方ないと諦めた。

 そして、一週間もすると草原には黒魔森猪の大群が押し寄せて、3日程すると子供を産み始めた。暫くは子供と一緒に過ごすらしく、手は出せない。

 その間に街から冒険者の団体や傭兵っぽい集団が簡易宿屋へと現れた。

 俺の宿屋にも2パーティ10人の男女が来て挨拶した。

 「おいそこのガキ、ここの宿屋の関係者か? 店主を呼んでくれ、 魔女の紹介と言えば多分通じると思う」

 赤い鎧を纏った麗人の様な女剣士が俺を見て言う……結構口が悪い。
 まぁ、まさか俺がこの宿屋の店主とは思わないわな……見た感じ10歳の少年だしな……(本当は14の姿なんだけど……寧ろ30超えてるんだけど……)

 何となくガックリとしている俺を心配したのか女剣士の後ろから短刀を両脇に差してるお兄さんが寄ってきて

 「すまないな坊主、怖かったか? このお姉さんは顔は綺麗だけど性格はキツイんだ勘弁してやってくれ、 俺達は大魔女ヨネの紹介で暫くこの宿で世話になる事にしなったんだ。君はここの従業員かな?」

 しゃがんで頭をなでながら優しく問いかけられた。

 まんま扱いは子供のそれだった。

 まぁそんな事では怒らない大人な俺は、片手を胸に当て貴族に挨拶するように頭を下げると自己紹介を始めた。

 「申し遅れました、この宿屋の店主でタクミと申します。 旅の疲れもあるでしょうから、お部屋へ案内させて頂きます」

 そう言い終わり頭を上げると、全員目を丸くして佇んでいた。

 

  
 
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