山無し谷無し落ちもなし!

あるちゃいる

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三話

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 どこまでも続く石畳の道。
 段々痛くなる足の裏。
 肩で息をしながら歩く俺を見る人々は、道を開けてくれるので、歩きやすかった。
 何故道を譲ってくれるのか分からないまま延々と続く道を歩いていくと、街外れに着いたのか、その先は畦道あぜみちになっていた。

 人通りもそんなに無くなってまばらに通り過ぎる人は居るものの、先程通過してきた道の様にウジャウジャとはいなかった。

 何となく戻りたくなかったのでそのまま畦道あぜみちを歩いていく。が、とうとう左足が吊り始めた。
 運動不足が祟ったのか背筋も痛い。
 昨日の山越えの疲れも取れてなかったからだろうけど、流石にこれ以上は限界だったので畦道から外れた草原に転がる様に座る。

 段々肩で息をしなくても呼吸困難にならなくなって来て初めて、俺は周りを見渡した。

 青々と茂る短い草原くさはらが延々と続いている。
 普通なら山とか林とか森とかありそうなのに、見渡す限りの草原だった。

 風が吹けばサワサワと揺れる草達は風の通り道を我先にと避けて行く。

 まるで街中を歩いていた俺の様に。
 その風が俺の頭を撫でながら通り過ぎていった。

 自分を中心にして三百六十度周りを見ても一本の畦道と草原しか見えなかった。
 地平線が見えるから本当に何も無いようだ。
 こんな世界見た事がない。
 こんな広さの草原は見た事がない。
 俺は仰向けに横になると空を見た。
 どこまでも高く青い空はまるで夏の様だ、雲一つない空を見上げて気が付いた。

 どこの空を見ても雲が本当に無いのだ、それになら必ずある筈の物が無い事に気がつく。

 俺は起き上がって空を見ながらキョロキョロと見渡す。
 何かに隠れて見えないとかなら分かる。
 雲であったり山であったり森の木々だったりと、たが三百六十度地平線も見える場所で、雲一つない空で青々としてるのに、無いのだ。
 太陽が無いのだ。
 だが影はある。
 体感的にポカポカと暖かいのに無いのだよ、太陽が。
 意味が分からない現象と恐怖で、俺の頭がどうにかなってしまったのではないかと思えて来た。

 こんな時は素数を数える。
 素数を数え始めてから五分位経っただろうか、だいぶ落ち着いてきた。

 たが空を見上げると何も無いので、また再び素数を数え始めた。

 その繰り返しを三回程終えたところで空を見ても何んとも思わなくなった。

 慣れとは怖いものだ。

 俺は立ち上がると、リュックを背負い直し再び歩き始めた。

 取り敢えずこの道を歩いて行けば何処かに辿り着くんじゃないかと思ったからだ。

 回ら右して戻れば街はあるのだが、そうはしなかった。

 風が通ると避ける草原を見て、俺は自分にあった現象を思い起こし震えた。
 もしかして俺はのでは無いかと疑い始めていた。

 避けた様に見えただけで、実は避けてない。下ばかり見ていたから気が付かなかっただけかもしれないが、どう考えてもおかしいのだ。

 ウイルスが蔓延る前の渋谷や歩行者天国の様に人が沢山居たのに、一人としてのだ。

 あれだけ人が居るんだ。
 そして俺は一度もそれなのに当たらない違和感。

 もしかして俺は既に死んでいるのかとも考えた。
 だが、ドアを探してチップを貰ったではないか?と、思い出すが。ちゃんと見ていた訳ではなかった。

 俺は人の視線が怖いので、足元を見る癖が付いている。
 足は見えたら人だと認識するだろう。
 だがそれが人では無かったら?
 もしくは、たまたま重なっていただけかも知れない。
 この世界の住人と微塵も狂わず同じ動きをしていて、俺の手にコインを渡す動作も一緒だったかも……そこまで考えて思考を停止した。
 そんな偶然ある訳がない。
 もしそうだったとしたらそれは無駄な奇跡だろう。
 それに、ツナギのポケットに手を入れると手に当たるコインの感触。
 コインを貰ったのは、間違いなくの筈だ。

 畦道をひたすら歩いて馬鹿な事を想像していた俺ははははと声を出して笑った。

 俺の右手側から目に入ったソレは、山だった。
 そうだよ、何も無い場所などある筈は無いのだ。それにこの世界は惑星だ、惑星は丸いんだから例え地平線が見えていたとしても、そりゃ丸いんだから当たり前じゃないか?

 俺の笑いは止まらなかった。
 恐怖からの安堵と恐怖からの馬鹿な想像をしていた自分を思い返すと、笑いが込上げてきて、遂には笑い転げていた。

 本当に怖い想像だった。
 だからこその笑いだったのだろう。
 だけど俺は空は見なかった。
 見ない様に心掛けた。
 だってそうだろう?
 ようやく安堵したのに、再び恐怖する事になるんだから。

 うつ伏せの状態から立ち上がると、俺は山を目指して歩き出した。
 もう畦道は歩いていない。
 何処までも続きそうな畦道をひたすら歩く恐怖より。
 安心感を選んだんだ。

 じわじわとたが近付いてきた山を見る。
 俺の額から汗が流れる。
 体は段々と冷えていく。
 額から流れるのは暑いからではなく、冷や汗だった。

 近付くにつれ、段々と全容が見えて来た。山の上ではに土を入れた人々が大勢見えて来た。
 土気色の山は、横で大きな穴を掘ってる人達からだけの土塊だったからだ。

 俺の足運びは段々と重くなってくる。
 1メートル間隔で歩いていた歩幅は何時しか五十センチも無いほど狭まり、立ち止まりそうに成りながらも、立ち止まる事が何故か出来ずに、アインシュタインの相対性理論の様にジワリジワリと近づきながらも近付けないという、意味のわからなさを演じながら、想像しながら歩いていった。

 ようやく山の陰りが自分の頭に差し掛かる頃、大きな穴を掘ってる作業員とすれ違った。

 俺は何となく声を掛けた。

 「こんにちは」
 「やぁ!どうもこんにちは」
 その人は老人だったが、声は若々しかった。
 肉体労働をしているから体力的にも衰えないのかもしれない。
 「何をしてるんですか?」
 「谷を掘ってる所だよ」
 そのご老人はニコニコ顔で言い切った。
 「何ですって?」
 俺は受け入れ難い言葉を聞いたので聞き返していた。
 「ほら、この辺て何も無いだろ? だからさ、を作る事に決まったのさ。 同時進行でも作ってるけどね」
 そう言って得意気に笑う。
 やはりそうなのか。
 聞き間違いでは無かったようだ。
 俺は肩を落とすと再びやって来た恐怖で身を震わせた。
 そんな姿を見てご老人は不思議そうにいう。
 「お兄さん? 寒いのかい?」
 「寒くは……いや、そうだな寒いんだよ、爺さん。だからその工事を俺もやらせてくれないか?」

 寒くないと答えようとしたが、素直に認めて働きたいと言ってみた。
 何故そう言ったのかは分からなかった。
 何かに没頭出来ればこの恐怖心が無くなるかもと思ったのかも知れない。

 だが爺さんはウンとは言わずに手を差し出した。
 今度は俺が不思議そうに首をかしげる番になった様だ。

 「身分証明だしてくれ」
 そこで俺は初めて笑顔になった。
 それはそうだろう、当然だ。
 日雇いではないんだ、よく分からない奴を雇う訳がない。
 俺は財布からマイナンバーカードを出して爺さんに見せた。
 「ん? 違うよ違う。マイナンバーカードなんかじゃないよ兄さん。こので貰える身分証明だよ」

 そういうと爺さんは首を横に振る。

 俺はその言葉を聞いて今度こそ聞き違いであってくれと祈る事になった。
 
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