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16話

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結局その夜は何事も起こさせずに朝を迎えた


軽く伸びをして窓の外を見ると
裏庭なのか井戸があり
日が昇る前の薄暗い中
女の子が食器を洗っていた
(シルエットの凹凸で判断)
小さいが灯りを燈して一生懸命洗っている


現代ならいざ知らず
日本でも、明治大正昭和初期には井戸水で食器を洗っていた

そしてここ異世界でも、食器を洗う際は井戸水を使う

それを洗うのは料理長では無くそこの宿の子共か奉公に来た子か弟子という事になる

異世界とはいえ料理には油も使って調理された物や肉や魚から出る脂などで食器を汚していく

それを水だけで洗うのだ
時間だってかかる
まして洗剤なども食器に回す程は無いのだろうし
まだまだ高価な物なのだろう
一般普及はしていない筈だった

なので、小一時間ズーッと見ていたが半分も終わっていなかった

その姿をボーッと眺めていると視線を感じたのか此方を見上げた

軽く会釈したときに その手も見えた
皹(あかぎれ)を起こし炎症もしているのか
ふっくらと膨らんでいる

昔の日本でも悴む手で水仕事をして皹(あかぎれ)になるが
炎症で手に熱が通ると暖かいと喜ぶ子も居たそうだ

だが俺は現代日本しか知らない

皹なんてなったら直ぐに薬を付けたものだ

食器だってぬるま湯を使っていたし
米の研ぎ汁を使った事も塩を使った事もある

だがこの世界塩でさえ貴重でヒョイヒョイ使えない世界である

俺は軽く上着を羽織って1階に降りると
食堂を通って裏庭に出て
食器を洗う女性に声を掛けた

「あ、お客さん!2階の旦那さんですよね?おはよう御座います!よく眠れましたか?」

ーああ、おはよーさん
良く眠れたよ、ありがとう


っと一連の挨拶を交したあと

ー手を出してくれないか?薬を塗ってやろう
っと言うと


「え。やさしいんだね!旦那さん…でも、まだ終わってないからさ!気持ちだけ受け取っておくよ!」
少し照れながら言う


漬け置き洗いなのか盥の中に水と食器と入っていた

そこに俺はサラマンダーから貰った
温泉の素(冷凍されていてもお湯にする魔法の粉)
を盥に撒いてやる

すると盥から湯気が舞い踊り
冷たい大気に反発するかの様にその周りも暖めた
「おお!!一瞬でお湯に!?何をしたんだい?魔法かい?え。違う??粉?…まぁ何にしても助かるよ!ありがとう旦那さん!」

奥さんが居なかったら惚れちゃうところだよーっと笑う(奥さんに悪気はないよ?と慌てる)

実はこの粉新商品でね?まだ卸してない代物なんだ!使い心地を調べたいから、手伝ってもらえるかな?
この壺に入ってるから好きに使っていいよ!
減り過ぎても勝手に増えるから気にせず使ってくれ
て、構わないからね!
今度ここへ来たときに感想をくれたらいーから
お願いできるかな?

っと、あげるとは言わずに手伝ってとお願いする

「そんな事ならいいよ!手伝う!お湯を瞬時に作る粉なんて試作品でも売れそうなのに慎重なんだね!良い商売人になるよ!」
っと、快く引き受けてくれた

それとこれも…っと陶器に容れたメンタームを取り出す
これは入れ物をノームが作り劣化防止を付与し

ドライアドの能力で作った薬を
シルフの魔法でパウダー状になる迄細かくし
ウンディーネの水を混ぜて練った
メンタームと効能が同じの塗り薬である

【切り傷、擦り傷、炎症、筋肉痛、打ち身、等によく効く薬だ】

これを壺ごと渡し
これにも使い心地と効能などの感想を求めて
半分まで使うと自然に増える仕様なので
どんどん使ってくれとお願いした


「こんな物までいーのかい!?
これがあれば色んな人が助かるよ!
ありがとう!ありがとう!」

それじゃ!少し冷えてきたからもう少し寝る事にするよっと、また後でーっと声を掛け
部屋へと戻る

その後ろ姿にズーッと頭を下げて少し涙ぐみながら
ぬるく成った汚れをキュキュッと落とし
思った以上に落ちる汚れに一喜一憂しながら
感謝した

数日後、只でお湯を貰えると評判になったり
食器がすごく綺麗と貴族までも来るようになったり
その数年後、魔法の薬で
怪我をした貴族の子供を助けたとして表彰されたり
するが、それはまた別のお話し…


「おー…はー…よー…」っと部屋の扉を押し開けたらシノが扉の裏に立っていた

お…おお、おはよー…心臓に来るから怖い挨拶やめような?

「…」
何故か無言で睨まれている

何かしたっけ?と考えるが特に何も浮かんで来ない

兎に角!怒りを抑えなければ物理的に俺がヤバイ!


額にチュッとしてみる

額を抑えながら
「な、な、な、な、な…」
と、な行の発声練習が始まった主に【な】が中心らしい


「…もぅいいよ…」
背を向けながら顔を逸し悶えるというよく分からない動作だが、多分許してくれたのだろう


んじゃ少し観光してから村に帰ろうぜ


そう言うと…
「え。もう帰るの?もう少し居ようよ」

ん?まぁシノそうしたいなら…
ただ部屋は変えたいかな…
声が筒抜けになってる部屋に住み続ける趣味は無い


「ん。そだね!しゃあ離れに変えてもらおう!」
…音響かない様に!

え。離れ?
…何か今不穏な声が聴こえたような?

「そう!離れ。駄目?お風呂作れるよ?」
…逃さない

いや、任せますよシノ様
恭しく礼をする
…お手柔らかに


謎の複音を携えながら会話が終了した

(男女の馴れ初めはこの世界は年齢では無いようだ)

そうと決まれば取り敢えずチェックアウトだ


着替えて背負子を片手で持ち、剣鉈をぶら下げる

シノも
着替えて背負子を持ち、バックをぶら下げ…

…何そのバック

「ひみつ道具が入ってるの!

お腹に付けるのが常識らしいけど
僕針仕事苦手だったからバックに作り替えた」


へー…器用なんだな…


「え?不器用だよ?」


え?


「え?」


いや、まぁいーんだ。うん
(器用の定義ってなんだろうな)


「変なコージ!」
行こっ!っと俺の腕を掴み引っ張りながら歩く


分厚く重い扉を開いて1階に降りていく
(こんな分厚いのに音を良く通す造りってある意味天才だと思うんだが…
床とかもそこ迄薄くないし
壁は…まぁ、パカパカしてるから薄いかも知れん)


そんな事を考えていると
「女将さぁーん‼部屋変えるよー!そうそう!離れの音が響かない部屋ねー!」と叫ぶシノさん

あなた朝から何叫んでんのよ恥ずかしいじゃない!


「おぅおぅ朝から何叫んでんだよ、ねぇちゃん」
可愛い声でよぅ

あーほらぁ!テンプレっぽいの湧いちゃったじゃん


「叫ぶんなら夜叫べよ!ったくよー」
楽しみにしてたのにっと続き


俺達を追い抜いて食堂へと入る


…あー、そういえばセクハラ宿でしたっけね

女将も女将なら客も客だったわ


ウッカリ忘れるところだったわ


「これが離れの鍵でーす!庭は弄ってもいーけど帰りに直して帰ってね?綺麗な建物だったら応相談って事で」っと、朝出会って色々渡したお姉さんが言った

(ウィンクして去ってったけど…
何か期待してんだろぉなぁ…)


「コージ!お風呂作るなら排水とか給水とか簡単に出来るの希望だって!」

(やっぱりそっちか…)

分かったーって言っておいて


「ほーい!」っと、ドタドタと走って食堂へと走っていった


(離れって言っても廊下で繋がってるんだな)

俺が村で造った東屋風部屋とは違うらしい
因みにあそこはお義兄さんが暮らしてる

仕事をする時はネット回線を繋いだ、電話線のある家へ出勤してるに過ぎない

まぁそこに(電話線の家)シルフ(シルフィード・風の妖精王)も住んでたりするので、気を使った結果みたいだが


色々な思い出しで意識が飛んでたらしい
いつの間にか目の前に朝飯が並べられていた


なんだ持ってきたのか?


「だって卑猥な揶揄いが多いんだもん」


あーね…


「余りに酷いのは蹴り倒してやったけど…
ご褒美です!って叫ばれて鳥肌立って逃げてきた」


あーソイツは転生者かも知れん
会う気はないが…


「そうなの?勇者様みたいには見えなかったよ?」

勇者なんていんの?さすが異世界


「そーいえば勇者様って
どことなくコージに似てる気がする…目元とか」


他人の空似ってやつだなぁ多分


「ふーん…あ、この煮豆おいし!」


今日も美味しく楽しく朝ご飯が終了しました


「「ごちそーさまでした!」」
食器は僕が片付けて置くよー!って重ねて持っていった

さて、風呂の準備のために雑草毟りますかね…

端から順にブチブチと毟っていくのであった


(良い様に使われてんなー…俺…)

肩掛け草刈り機
小さなエンジンを付けて円盤を回し丸い刃やナイロン製の紐を二本だして草を刈る画基的な機械

コレの登場で多くの腰痛持ちから腰を守った勇者

だが残念な事に村の保護から飛び出した俺には勇者の支援は受けられない

不本意だが…大変不本意だが!


「ノーム召喚!!!」
っと叫ぶと下草が生えたデコボコの地面に幾何学模様の円陣が走り
そこに小さなノームが俯きながら佇んだ


「………コージ………ゴメンナサイ」


…………………………ノーム帰還

幾何学模様が瞬時に消えてノームもまた消えて行った


別にノーム悪くないんだが……謝られると調子狂うんだよ……くそ……嫌な奴だな俺は


はぁぁ妖精草刈り機召喚失敗…


あー…草刈り面倒臭い…な…ぁ!


ドライアドしょうーっ!かん!

目の前に幾何学模様の円陣が浮かんだと思ったら
木妖精のドライアドが草葉の陰からコチラを睨んでいた…
「…何の用よ…」と右手にバスケットを持ってるあたり、今からピクニックにでも行くところだったようだ…

まぁ気にせずいこう
「実は草を刈りたいんだが、手が足りなくてな?」

「…私忙しいからシーオーク貸してあげる」
じゃね!っといって消えた


すると手の平サイズの小さな翅妖精が数十匹現れた
俺の前に並ぶと一斉に最敬礼のカーテシーを見せた


「あーじゃあ雑草を抜いて行ってほしい
あと土も成らせるならやっちゃってくれ」
報酬は甘い物でいーか?と聞くと

両手を上げて喜んだ
じゃあ用意しとく!っというと
一斉に庭へと飛んでいって毟り始めた

ある集団は黄色いメットを被り
口のまわりを黒く染めニッカポッカを履いて現れるという拘りっぷり

そのまま土をならし始めた

俺は街へと繰り出して、砂糖か砂糖菓子を探した
途中で冒険者ギルドへ寄って魔石を現金に変えたのである程度は贅沢出来る

色々な店を冷やかしていき
お菓子屋を探した
何件か回ってちょっと装いが高級な店の前に来ると
中へと入っていった

特に止められることも無く奥へと進むと
金平糖が並んでいた
店主に幾らか聞いたが
流石の値段に腰が抜けそうになった

何だろーな100g金貨15枚って誰買うの?

しかしどーしたものかと悩んでいると
クズ平糖なる物もあると言う
そっちを見せてもらうと
500g入った粉みたいな金平糖があった
こちらは金貨1枚だというので
ソレを2kg買った 金貨4枚を手渡し
宿に帰った

宿に着くと離れの庭で歓声が上がっていた
何だろうとコッソリ覗くとノームが地面を本格的に整備していた
排水溝は勿論給水する場所も造り
あとは風呂桶を設置するだけって所まで勧めていた

声を掛けようとすると
「コージには内緒」っとシーオーク達を説得していた

そんな仕事出来るのお前くらいだろ?
っと言いながら近付くと

飛び跳ねるくらいビックリしたのか
こちらを振り返りドギマギしていた
「…ありがとうな」
それしか言葉が出なかった
それを聞いたノームは
俯いていた顔をあげ久し振りに笑った

胸を叩き任せる!っといっていたので
程々になっと苦笑い

「あ、うん。程々に任せる!」
といって胸をトンっと叩き

また呑みたいっと言って帰ってった

そのうち帰るから…またその時にっと空を見上げて呟いた

悦に浸ってると下からブーイングが聴こえてきた


仕事終わらせたから甘いものよこせー!
契約を果たせー‼っと足元をグルグル回りながらデモ行進していた


袋からクズ金糖の粉を出し
デモ行進してる奴等に袋毎渡した

皆で分けろよ?と言って違う奴にもう一袋渡した

シーオーク達は踊りながら宙を舞い始め
歌を唄いながら消えてった

御用の際はお呼びください!って名刺を残して

その名刺を大切に財布に仕舞ったあと
残りの仕事を請け負った

排水口に合わせて土台を置き
人が5人くらい並んで入れる程大きな湯船が立て掛けてあったのでそれを使う

多分ノームが作ったやつだな

湯船を置くと端っこに給水出来る場所が上手い具合に嵌まった
それを固定して水を流して見る
適度に傾斜が付いた湯船にジワジワと水が溜まっていった

これで、ほぼ完成だが

風呂の周りに垣根を作る
脱衣所と洗い場も一緒に作っていき
混浴ではあるが、まぁまぁの出来に満足した
9割ノーム作なのだが、発想は俺って事で納得した

排水口にはコルクが嵌っていて
これを抜くと水が排出される

排出された水(お湯)は地下を通りジワーと植物に染み込ませながら余った水は川へと帰る

中々に良く出来ている 流石ノーム良い仕事だ

湯船に水を貼り、サラマンダーの粉を2掬い淹れて
よく混ぜると

服を脱いで掛け湯をしてついでに身体も洗って
頭も洗う 天使の輪ができる頃には湯船に浮かんだ

その後もう一回洗い場に出て丁寧に隅々まで洗った

そして再び浮かんだ 青く澄んだ空と雲がとても綺麗だった


そこを白銀の竜が舞う
遥か高い空に白い雲を引きながら優雅に飛んで行った

因みに白銀竜の尿は高温で
遥か高い空の気温は零下である

つまり、竜が引く雲は…一瞬で気化した聖水である


【夢壊してごめんなさい】


取り敢えず謝っておく







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