生まれ変わっても無能は無能 ~ハードモード~

大味貞世氏

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第3章 大狼討伐戦

第55話 父と娘

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現われたのは、白き鎧に白き大盾を背に背負った戦士。
ツーザサの広場に向かい落ちて来る者を見上げる。

「哀れな者よ」元よりそれは落ちた者に対してではない。

上空で落とした者の方に向けての言葉。

地面に長剣を突き立て念じた。

-スキル【蒼壁】
 並列スキル【流動】発動が確認されました。-

突いた地面は皹割れ細かく砕けた。
着地まで後数秒。下から手を伸ばす形の壁を起こした。

強い衝撃を分散させ、転がす様に彼女の身体を受け取った。

「わ、私は…。生きている?」

ゴルザの腕の中でエストマは正気を取り戻した。
「その様だな。動けるか」
「ゴ、ゴルザ様!?お、おぉ起きます!」
顔を真っ赤に慌てて身を起こした。

「これを使え。手放すなよ」
手渡されたのは白銀の長剣。英雄が愛用していた名剣。

「は、はい!命に替えましても」

「折角拾ったのだ。命は無駄にしなくていい」
「はい!」
エストマは驚きと戸惑いと、胸の高鳴りを覚えた。


ゴルザは上空を見上げながら、背後の碑まで走り頂上の大剣を掴み、引き抜いた。

「私はこっちを借りよう」

ザイリスの意志を引き継ぎ、2人の少年が打ち直した。
武器に魂が宿るなら、正にこれがそうだろう。

-スキル【蒼壁】【巌窟】同時発動に因り、
 シークレットスキル【ソールキャリバー】
 強制発動されました。-

人生は皮肉の連続だ。
私が…。俺たちが人知れず邪神に挑んだのが凡そ20年前の出来事。若気の至りと言ってしまえばそれまで。

己が強さに溺れ、調子に乗り、たったの3人。
途中で力尽きようと、人類には大した影響は無かろうと。

躊躇した他の仲間たちを欺き、山脈に挑んだ。

冒険者。言わずと知れた愚か者の集団。
その言葉通りに、危険を冒した。


山間の谷底に飲まれ、大狼に出会う事無く山脈の向こう側へと辿り着いた。

北側の造形等の記憶は無い。出会った邪神に消されたのだろうと思う。

突き進み、蛮行の果てに封じられた邪神と遭遇した。
残る記憶は断片でしかない。戦った記憶も定かではなく。

邪神と呼ばれた者の姿も思い出せない。

レバンニル、アルバニル、ゴルザ。我らは共に記憶を曖昧にされた挙句。その結果も知らず。

気が付けば、揃って山の麓まで戻されていた。

初めての生還者として身に余るS級が付与された。

持て囃され、それから幾つかの冒険を重ねた。
しかし暫くすると、自分たちの身に降り掛かった呪いの存在に嫌でも気が付いた。

私には【破滅】に似た何か。
旅を共にした者たちの多くが死に絶える。

レバンニルには【変身】に似た何か。
己の命を削り、強力な魔獣へと変化出来る能力。

アルバニルには【変調】のスキル。
彼はそれを自分の才能へと昇華させた。
魂が弱い者が近付くと、それだけで発狂してしまう。

アルバは魔術に長けていた。
人知れず努力を重ね、制御する方法を編み出した。

3人が一カ所に集まってしまうと、本当に何が起きるか解らず合流を避け、それぞれ別の場所に散った。

先日アルバと久々に言葉を交わしてみたが、拭い切れない違和感を感じ直ぐに別れた。

さて置き、アルバは多くの仲間。異世界の少年少女たちに囲まれ実に楽しそうにしていた。

呪いは乗り越えられる物。
アルバはそれを証明して見せた。成れば私もと。


戦いから離れ、一介の村人として生きている内は何事も起こらなかった。村で添い遂げた妻が、幼馴染みと突然駆け落ちをするまでは。

破滅は関係無いのかも知れない。本当は2人が何を求め、何処を目指していたのかも解らない。
単なる偶然なのかも知れないし、只自分が愛想を尽かされただけなのかも知れない。

あれは落盤事故。落石に巻き込まれ、北に向かう途中で潰れて死んだ。魔物は全く関係が無かった。

偶然か、今にして思えばその頃から少しずつ呪いが変化していた様にも感じる。


村を少し離れても、村は消えはしなかった。
このツーザサを襲った惨劇でも、全滅は免れた。
町に残った冒険者や、異世界の彼らの活躍が大きい。

運命は変えられる。神の呪いでさえ打ち破れる。


身の丈程の大剣を振るう。
驚く程に軽く、不自然なまでに手に馴染んだ。

まるでザイリスと対話をしている感覚。

こんな事なら、弟子入りを志願した彼を本気で育てておくべきだった。少年らの時もそう。

不幸を呼び寄せる自分では、余計な物まで与えてしまうと躊躇した。

考え過ぎ。そして実に滑稽。


エストマは先に東へ走って行った。

町の上にはカルバンたちが張った結界が生きていた。
魔術に対しては暫くは堪えられる。

ゴルザは首と空いた方の肩を鳴らしながら、東門に向かって走り出した。

サイカル村の近くの荒野には、国軍の約半数が滞留している。
北方のクロスガング砦にもう半分。あちらはロンジー氏が対応するだろう。

思えばあの人も、数奇な運命の持ち主。
「あんたは一人で背負い込み過ぎなのさ。昔から」
全く以てその通りだ。

人間如きが、神に勝てる謂れも無く。愚かにも。

今一度だけ。いや違う。何度でも、愚を冒そう。
この命が続く限り。




-----

「もしもーし。聞いてますかー」

「聞いている。そちらも何度言えば解るのだ」

「解るのだ、じゃなくてですね。私はちょっと腕っ節が人並みよりも強いだけの狩猟農民ですよ?成人も来年始め。教養も足りない、大した勉学も積んでない。なのにお城へ上がれと言われる。意味が全く解りません。私の父が誰かはご存じで?」

エムールは頭を掻きながら。サイカル村で、絶賛一人の少女を口説き勧誘していた。
その相手は、未成年のターニャ。
「ゴルザ殿だろう。勿論知っている」

「知っておられても、許可は?」

「…と。後で取る積もりだ」

ターニャは化粧気も皆無の作業着。泥だらけの繋ぎ。
都市に出れば縮れた髪を直したり、化粧の一つもしてみたい乙女心は当然在る。
それらは村に立ち寄ったアビさんやフウさんに一式貰い受け、フィーネさんと一緒に勉強中。

先日は練習段階で父に見られ、そんな歳になったんだなと泣かれた。大袈裟な。

「後では無理です。殺されちゃいますよ。王子様だろうと誰であろうと。父が認めた人でないと」
嫌でもそれが田舎娘の掟。

「で、では許可が降りれば良いのだな?」

「嫌です!」ハッキリキッパリお断り。

成人して外への許可が取れたなら、ちょっとは冒険してみたい。色々な場所へ旅もして、仲間と呼べる人たちと冒険をしてみたり、噂で聞いた婚礼のドレスだって着てみたいとは思う。

それを全部飛ばして王都の王宮に入り、側室用の勉学に励み、何れは妾の一人として…。全力で拒否します。

見た目は格好良いお面。少しお話しただけだが、性格は住む世界が違い過ぎるので何とも言えず。
絵本の主人公の様な王子様像とも全然違う。

そもそもこんな田舎娘じゃなくても、妃の候補は両手以上は居るのだから。
口が裂けても出せないが、何だこいつ状態。

頭良さそうなのに。残念無念。

ヒオシ君を豪快に振ったのを思い出し激しく後悔。
人を見る目。特に男を見る目が無かったんだなぁと。

だからこそもう二度と失敗したくない。
だからこその冒険なのだ。
何れは村に戻って来たい気持ちも少し在ったり。

「先ずは許可だな。話はそれからでも」
さっきから嫌だって言ってるんですが?もう怒ったぞ。

目の前の席に尊大に座るエムール様の両耳を引っ張る。
「聞こえてまーすーかー。脳みそ入ってますかー」

慌てて止めに入る側近の人。前任の人はこないだ亡くなったとか、興味も同情も見つからなかった。

この人、私に何をさせたいんだろう。好きでもないのに子供産めって?冗談でしょ?

「許可は、取れる。と思う」その自信は何処から?

エムールの傲慢な態度に到底納得も出来ないが、これ以上王族に居座られても村には迷惑。
「お話をお聞きするだけですよ。行くかどうかは決定ではないですからね」

「良い良い。では早速出掛けよう」
お供を何十人と連れ意気揚々と家を飛び出して行った。

本当に、本当に聞いてくれたのかなぁ。不安しか残らなかった。

父の許可を得て、先に飛び出してしまおう。
クイーズブランの正統な王位継承者。その彼でも届かぬ場所まで。

西の樹海。前まで黒竜の住処とされていた場所。
今では黒竜は居なくなり、平和になったとタッチー君たちから聞いた。

私なら多分入っても大丈夫だとも。不思議な話。
ならばその言葉に甘えよう。
熱りが冷めるまで、籠城でもして…。



エムールの頭の中では既に空絵が描かれていた。
ターニャは只の平民ではない。英雄ゴルザの娘。
磨けば必ず輝く原石。

利発そうな思考性。田舎じみても消しきれない端麗さ。
性格は母に何処か似ていると直感した。

愚弟の件も内包してしまうが、それすら軽々と乗り越えてしまうのではないか。
今回は逆に愚弟を出汁に使い、ゴルザ殿の許可を取る。
それが取れると踏んだ根拠である。

優秀な人材を発掘しに来ただけだった。
ターニャと話をしている内に気が変わった。
妃に迎えたい候補筆頭。否、頂上に躍り出た。

己の中に眠る王父が持つ柔軟性(ドM)
妃母が持つ気性の荒さ(ドS)

うむ成程。相性は決して悪くないぞ。

隣町のツーザサへ向かう足取りも非常に軽く。
エムールは颯爽と馬車に乗り込んだ。
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