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第3章 大狼討伐戦
第75話 女帝誕生、破邪の剣
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寒空の下。晴れ渡った空から注ぐ月明かり。
静かな夜であれば、何と美しい景色だろう。
しかし降りたのは、戦場の片隅。
照らし出される機影は、白い塗装が施され、月光を受け淡く銀色に輝いていた。
接した壁の頂端伝いに降りる人影が6人。
その内の一人以外は、周囲を見渡し溜息を垂らした。
「シンシア。私に舵を取らせなかったのはこの為か」
他の4人稽古を付けてやると言った途端。
シンシアは西に進路を変更。
何をしていると訪ねられても。
「丁度良い広い場所が御座いましたわ」
軽い一言で済まされた。
振り返るシンシアは満面の笑みだった。
「お父さん。私もさん…」
「お前は留守番だ」
「ちょっとは娘の話を」
「駄目だ。未成年。正規の冒険者へ登録した訳でもない者を戦場へ帯同するのは認められん。但し、帰りの足を守るのも立派な役目だと思うが?」
娘の身を案じる思いと、役割を与えた。
「わたしもぉ。お留守番…」
ディートがターニャの後ろに回り込もうとした所。
「何の冗談だ?」ゴルザに首を掴まれた。
「で、ですよねぇ」
「ならこの舟を襲って来るのは全部敵だよね?敵なら叩き落としてもいいんだよね?」
「…違いない」
これ以上の問答は時間の浪費と打ち切った。
代わりに3人に言葉を加えた。
「解っているな?蠅一匹舟には近付けるな」
「…当然ですが。この扱いの差は心が痛い」
「もし危なくなったら、ターニャ連れて逃げ回ればいいんでしょ?あれ?違う?」
「ゴルザ様。いざと成ったら逃亡を図っても?」
「好きにしろ」
最悪舟は捨ててもいい。
数千規模の兵団に責め入られては、多勢に無勢。
たったの3人で止められる物ではない。
ターニャを船内へと戻し、改めて周囲を見渡した。
数多くの者が命を散らしたのだろう。
僅かに風に乗る死臭。娘にこれを見せる為に連れて来た訳ではなかったのだが。
「高い貸しだぞ、シンシア」
「まぁゴルザ様ったら、ご無体な。乗りかかった舟とはこの事ではありませんか?」
淑女の言い分に呆れるばかりだ。
接岸したのは孤立した見晴し台の外壁。
背は高い崖となっており、見据え続くのは中央部へ向かう一本道。シンシアは確信的にこの場を選んだ。
「上手く俺を乗せたな。何処まで把握している?」
舟にもこの事案にも。
「これは、少々想定外な…」
東方の都市部を見詰め、シンシアが眉を曲げた。
幾つかの戦火で燻る都市部。その中心。
重なる人混みの中に、一点だけ異質な物を感じた。
「何だ?帝国では内部に魔物を飼っているのか?」
「低位の魔物を殺し合わせる賭け事は存じておりましたがあの様な物は全く以て。下賤な遊びはお止めなさいと何度も前の皇帝には進言していたのですが…」
異物をアルバとシンシアが見逃すとは思えない。
最近生まれたにしては、異常な大きさ。
「これも乗りかかった舟、とやらか」
「そう、ですわねぇ」
進路中腹に残した3人の所まで戻った。
「状況が変わった。お前たちは人間以外の魔物を見掛けたなら直ぐに逃げろ。可能な限り低空でな」
「はい?帝都では魔物も出るので?」
不安げなエストマの肩を軽く叩いた。
「どうやらそうらしい。娘の前で死ぬ事は許さん。お前らの無様な死体を晒す位なら、さっさと逃げる事だ」
「は、はいっ!」
「素直に、死ぬな。でいいのに」
「かなりの偏屈者だって噂。本当だったねぇ」
小煩い女共め。
-----
シンシアの後ろから来る、見事な白銀鎧の男。
ゆっくりと武装を点検しながら、坂を降りて来た。
整った眉を曲げたシンシアの前に立つ。胃が痛い。
気持ち的には跪きたい気分だったが、他の者たちの目も在るので堪えた。
「お久し振り、とまででは在りませんけれど。これはいったいどう言った状況なのでしょう。ネフタル?」
早馬から飛び降りたネフタルに、シンシアは静かに声を掛けた。
元より感情が読めない人。
無様な惨状を目の当たりに、果たして怒っているのか呆れているのかどうか。
ネフタルは呼吸を整え答えた。
「…ご機嫌麗しゅう、お姉様。ご覧の通りの有様です。総数で言えば五分同等。しかし中央に押し込められ、籠城戦に持ち込まれました」場違いな挨拶と報告。
思わず声も震えてしまう。許される筈も無く。
「それで?」
シンシアは朗らかに笑い首を捻った。やはりか。
絶対に怒っている。
「元老院、貴族院を取り潰し、排除軟禁した上で。交渉の質に早期決着を図りましたが、突如現われた邪神教団に妨害され長期化しました。面目在りません。以降は後手に回り、中央を抑えるのがやっと」
「邪神教…?地下でお遊戯をしていたのは、貴方たちだけではなかったのですね」
自分が起こした反政府組織。遊戯と馬鹿にされても仕方が無い。反抗する怒りよりも、恥ずかしさで胸が重い。
都市部。教団の隠れ蓑から出現したあの魔物。
あれだけはシンシア様には見せられない。これ以上の醜態は晒したくない。
「では。あの中心街で暴れ狂っている魔物は、教団の差し金でしょうか?」
既に見抜かれていた…。
「あれは…。どう、説明すれば良いのか。元老院の爺共に吐かせた教団の幾つかを壊滅。勢いに任せ、炙り出した本拠の奧底に眠っておりました」
「詰りは。踏まなくて良い轍を踏み抜いてしまったと?」
「その様に捉えられても」伏して謝りたい。
控えに回っていた男が口を開いた。
「大体の概要は理解した。シンシア、こちらの拠点の処遇は任せる。都市の略図を寄越せ。少し内部の様子を見てみたい」
何だこの無礼者は。
「ゴルザ様。様子を見るに留めて置いて下さいまし。決戦は明日と致しましょう」
BOXから出された地図を手渡し告げた。
「ゴ…」
この男が、東に名高き英雄ゴルザ。
偉大な三英雄の一人。
神の領域へと挑み、生還した者たち。
実在したのか。
独裁国家の帝国では御伽話だと流布されていた。
しかし国内にも信ずる者は多い。かく言う私もその一人。
ネフタルは安堵と失笑で膝を落とし掛けた。
「ネフタルは大分とお疲れの様子」
シンシアに抱き止められた。
汗臭い身体で気恥ずかしく、大丈夫だと伝えたかったが同時にこの身の限界を感じる。
「お姉様。英雄殿。どうか、帝都を。お助け下さい。この身と命を引き換えに」
兄様に。生まれ変わった帝国をお見せしたかった。
英雄ゴルザ。殲滅のゴルザ。
彼が動く時。敵味方問わず、死体の山が築かれる。
有名な話だ。だから御伽話とされていた一面。
犠牲が私一人で済むのなら。生贄にでも成れる。
「大業な志ですこと。貴方には、この先の帝都を繋ぐ大役が在りますのに」
「私には、手に余る大役ですね」
成し遂げたい思いと、諦めの気持ちが同居する。
「貴方が死ぬ事はありません。ですので。明日まで、手を貸しましょう」
「有り難き幸せに」
シンシアから離れ、膝を今度こそ降ろそうとした。
「帝国の長が屈するな。私たちは一介の冒険者。長なら長らしく、偉そうに依頼を出せ」
「依頼?…どの様な」
「救国の依頼、なのだろ?」
助けてくれる。この傾きつつ在る国を。
胸の鼓動が早くなる。これまで誰にも感じた事の無い初めての感覚。何故だか顔が燃える様に熱い。
「鼻息が荒いですわよ、ネフタル」
感じていた眠気や気怠さも何処かへ消えた。
「これは、お見苦しい所を」
乱れた鼓動が静まるのを待つ。
「トルメキヤ帝国。皇女、ネフタルが告げる。英雄ゴルザ一行よ、我が帝国を邪教徒から救えと。これを正式依頼として発令。西国ドーバンの冒険者ギルドマスターに念書を飛ばせ!」
後ろの護衛にそう告げた。
帝国軍人には有るまじき行為。冒険者ギルドへの依頼。
恥ずべき行為だと捉える者も多い。
「御意に」
言葉に反し、多くは納得為兼ねる表情を浮べていた。
「勿論我らも共に戦う。これを恥じるなら、散った友の屍を踏み越えろ。命じたのは邪教徒の殲滅のみ。それ以外の些事は元より我らの役目。良いな」
「ハッ!!」
活気を取り戻した護衛兵たち。
シンシアと相談する為、護衛兵も帰した。
「話は纏まったな。お前の馬を借りるぞ。それと都心部の状況を教えろ」
少々尊大なゴルザに対しても一切反論は無い。
第二区画。地下から沸いた魔物は、そのまま地盤を崩して地下回廊に押し込めた。
回廊も他と遮断。
結界を巡らせ、封じ込めには成功。
新たな穴を掘られない限りは問題無いと思われる。
自重で最下層まで落下した主格と覚しき魔物は、誰も見た事がない新種だった事。
居住区の住民たちは近接区画へと退避済。
治安維持軍と覇権を争ってはいるが、その全てが教団に取り込まれている訳ではない。保護対象の上流民に手を出す者は居ないと見込んでいた。
後の政治を左右する人民らも多く含まれるので尚更。
「今夜はゆっくり休め。護衛の数名も借り受ける」
出発しようとしていた兵士を止めた。
「危険を感じたら私から離れろ。偵察で死にはすまい」
傲慢な英雄の発言。一応の配慮は窺える。
そうか。何処か傲慢だった頃の兄に似ていた。
国を背負う重責。
責任を負う男は、皆傲慢になるのだろうか。
理解に苦しむのは、私が女だから?
現在の軟化した兄なら違うと信じたい。
シンシアに続いて、乗り付けた飛空挺に入り、言葉に甘えて休ませて貰った。
安心感からか、本当に久々に熟睡出来た。
-----
女子が2人以上集まれば、話の華は何とやら。
「ネフタル様のあの目。恋する女の目、だったよねぇ」
「ちょっとディート。声大きいって」
「皇女殿下が恋敵か…。相手にとって不足無し」
「エストマも諦めが悪いなぁ」
「父親がとてもモテるって話を、娘の目の前でされても困るんですけど?」
「ターニャちゃんにもその内現われるって。白馬に乗った王子様が」
「忘れ掛けてる話を蒸し返さないで!」
「おぉ怒ったターニャちゃんも可愛いねぇ」
部屋をノックする音の後。
「エストマ。見張りの交代と、少しお話が」
見張りから戻ったシンシアが、交代のエストマを呼び出し連れ出した。
「お話とは、何でしょうか」
「率直に武器が足りません。貴方が借り受けている剣」
「嫌です。幾らシンシア様の命でも譲れません」
困った様に頬を掻いた。
「と、仰るとは思っておりましたが。ではこれを」
シンシアがBOXから取り出した、一振りの長剣。
鞘も柄も装飾自体は質素な物だが、渡され手に持つと感じる雰囲気は非常に重かった。
重量ではない、底知れぬ威圧感。
「この様な名剣の類。私には」
「ゴルザ様の長剣を扱えている時点で、恐らく問題ありません」
寧ろ問題なのは、渡すべき時期と人物が想定していた人ではない事だと告げた。
「それは、いったい誰に」
「…ヒオシ様です」
「ヒオシ殿?今、私に渡された意味が」
「ヒオシ様の件は後日。明日、それを貴方からネフタルにお渡し下さい。私から直接お渡しすると、それはそれで問題が在りますので。アビ様を敬愛する貴方なら、その意味がお解りになるかと?」
「あ!あぁ、成程」
兄妹揃って同性に傾倒する血筋。
折角異性に目覚めてくれたのに、蒸し返すのは気が引けると言う物。
それは建前。シンシアの真意は別に在った。
破邪の剣。それに類する剣。
剣自らが持ち手を選ぶ。持ち手が違えば真価は発揮されない。
ゴルザの剣は真に本流に位置する。
本来ゴルザ以外が振るって、正常な精神が保てているのが不思議な位だ。血縁のターニャなら兎も角。
エストマが持ち手と認められた、何よりもの証拠。
現に自分が賜った剣まで普通に握っている。
性能に違いは出る懸念は残るが、人伝えに渡せば拒絶は緩和されるのではと解釈した。
彼女が持つ閃結のスキル。
光を結ぶ力。或はそれが。
「シンシア様。どうかされました?私の顔変でしょうか」
「いいえ。とても可愛らしいお顔ですよ」
「…シンシア様に言われても。素直に喜べませんけど」
華麗に流し。
「それは名も無き剣。高名な鍛冶師の逸品。念が込められた剣は、自らの持ち手を選ぶと申します。ネフタルが持てない時は。その時は貴方が、魔の止めを」
「解りました。けれど、そうはならない気がします。感覚的にですが」
「貴方の直感を信じましょう」
「見張りをしながら、振ってみても?」
「いけません。その剣の真価は抜刀した瞬間に発揮されますので、無闇に抜かないで下さい」
「抜刀術ですか。それでしたら私は余り得意ではないですね。ミルフィネの縁者か、アジサイ連合の一部部族が得意そうな剣術かと」
「お詳しいのですね」
「プリシラベートは情報収拾に長けた国です。立地から成る収拾能力は世界屈指。一見無駄な情報も、こうして役立つ事もあるのですね」
BOXに剣を納めたエストマを送り出した後。
これまでの考察を練り直した。
渡すべきはヒオシだと考えていた。
エストマの言が示す相手は違う。有りの侭を捉えると、ジェシカとなってしまう。
それでは、余りにも残酷。
愛する者を討てなどと。
神の意に反しても言いたくはない。
✕✕✕様…。
寝室へ向かうシンシアの足が止まった。
消された?何故?何時?どうして私まで。
近くの壁に寄り掛かり、背を預けて腰を下ろした。
冷えた床の冷気が心地良い。
考える。どうして今なのかと。
任を解かれた?
けれども賜った力は何れも失ってはいない。
神の御許で尚、不測の事態が発生した。
そう考えるに至る。
異世界からの招待者たちが、北を目指せば目指す程。予定と調和は軒並み崩れて行った。
丸でこれは。別の神の意志。
答えが欲しい。そう思ってしまうのは、やはり自分がか弱い人間である証明。
「神よ。我が主。やはり、私には…」
天使は荷が重すぎた。
静かな夜であれば、何と美しい景色だろう。
しかし降りたのは、戦場の片隅。
照らし出される機影は、白い塗装が施され、月光を受け淡く銀色に輝いていた。
接した壁の頂端伝いに降りる人影が6人。
その内の一人以外は、周囲を見渡し溜息を垂らした。
「シンシア。私に舵を取らせなかったのはこの為か」
他の4人稽古を付けてやると言った途端。
シンシアは西に進路を変更。
何をしていると訪ねられても。
「丁度良い広い場所が御座いましたわ」
軽い一言で済まされた。
振り返るシンシアは満面の笑みだった。
「お父さん。私もさん…」
「お前は留守番だ」
「ちょっとは娘の話を」
「駄目だ。未成年。正規の冒険者へ登録した訳でもない者を戦場へ帯同するのは認められん。但し、帰りの足を守るのも立派な役目だと思うが?」
娘の身を案じる思いと、役割を与えた。
「わたしもぉ。お留守番…」
ディートがターニャの後ろに回り込もうとした所。
「何の冗談だ?」ゴルザに首を掴まれた。
「で、ですよねぇ」
「ならこの舟を襲って来るのは全部敵だよね?敵なら叩き落としてもいいんだよね?」
「…違いない」
これ以上の問答は時間の浪費と打ち切った。
代わりに3人に言葉を加えた。
「解っているな?蠅一匹舟には近付けるな」
「…当然ですが。この扱いの差は心が痛い」
「もし危なくなったら、ターニャ連れて逃げ回ればいいんでしょ?あれ?違う?」
「ゴルザ様。いざと成ったら逃亡を図っても?」
「好きにしろ」
最悪舟は捨ててもいい。
数千規模の兵団に責め入られては、多勢に無勢。
たったの3人で止められる物ではない。
ターニャを船内へと戻し、改めて周囲を見渡した。
数多くの者が命を散らしたのだろう。
僅かに風に乗る死臭。娘にこれを見せる為に連れて来た訳ではなかったのだが。
「高い貸しだぞ、シンシア」
「まぁゴルザ様ったら、ご無体な。乗りかかった舟とはこの事ではありませんか?」
淑女の言い分に呆れるばかりだ。
接岸したのは孤立した見晴し台の外壁。
背は高い崖となっており、見据え続くのは中央部へ向かう一本道。シンシアは確信的にこの場を選んだ。
「上手く俺を乗せたな。何処まで把握している?」
舟にもこの事案にも。
「これは、少々想定外な…」
東方の都市部を見詰め、シンシアが眉を曲げた。
幾つかの戦火で燻る都市部。その中心。
重なる人混みの中に、一点だけ異質な物を感じた。
「何だ?帝国では内部に魔物を飼っているのか?」
「低位の魔物を殺し合わせる賭け事は存じておりましたがあの様な物は全く以て。下賤な遊びはお止めなさいと何度も前の皇帝には進言していたのですが…」
異物をアルバとシンシアが見逃すとは思えない。
最近生まれたにしては、異常な大きさ。
「これも乗りかかった舟、とやらか」
「そう、ですわねぇ」
進路中腹に残した3人の所まで戻った。
「状況が変わった。お前たちは人間以外の魔物を見掛けたなら直ぐに逃げろ。可能な限り低空でな」
「はい?帝都では魔物も出るので?」
不安げなエストマの肩を軽く叩いた。
「どうやらそうらしい。娘の前で死ぬ事は許さん。お前らの無様な死体を晒す位なら、さっさと逃げる事だ」
「は、はいっ!」
「素直に、死ぬな。でいいのに」
「かなりの偏屈者だって噂。本当だったねぇ」
小煩い女共め。
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シンシアの後ろから来る、見事な白銀鎧の男。
ゆっくりと武装を点検しながら、坂を降りて来た。
整った眉を曲げたシンシアの前に立つ。胃が痛い。
気持ち的には跪きたい気分だったが、他の者たちの目も在るので堪えた。
「お久し振り、とまででは在りませんけれど。これはいったいどう言った状況なのでしょう。ネフタル?」
早馬から飛び降りたネフタルに、シンシアは静かに声を掛けた。
元より感情が読めない人。
無様な惨状を目の当たりに、果たして怒っているのか呆れているのかどうか。
ネフタルは呼吸を整え答えた。
「…ご機嫌麗しゅう、お姉様。ご覧の通りの有様です。総数で言えば五分同等。しかし中央に押し込められ、籠城戦に持ち込まれました」場違いな挨拶と報告。
思わず声も震えてしまう。許される筈も無く。
「それで?」
シンシアは朗らかに笑い首を捻った。やはりか。
絶対に怒っている。
「元老院、貴族院を取り潰し、排除軟禁した上で。交渉の質に早期決着を図りましたが、突如現われた邪神教団に妨害され長期化しました。面目在りません。以降は後手に回り、中央を抑えるのがやっと」
「邪神教…?地下でお遊戯をしていたのは、貴方たちだけではなかったのですね」
自分が起こした反政府組織。遊戯と馬鹿にされても仕方が無い。反抗する怒りよりも、恥ずかしさで胸が重い。
都市部。教団の隠れ蓑から出現したあの魔物。
あれだけはシンシア様には見せられない。これ以上の醜態は晒したくない。
「では。あの中心街で暴れ狂っている魔物は、教団の差し金でしょうか?」
既に見抜かれていた…。
「あれは…。どう、説明すれば良いのか。元老院の爺共に吐かせた教団の幾つかを壊滅。勢いに任せ、炙り出した本拠の奧底に眠っておりました」
「詰りは。踏まなくて良い轍を踏み抜いてしまったと?」
「その様に捉えられても」伏して謝りたい。
控えに回っていた男が口を開いた。
「大体の概要は理解した。シンシア、こちらの拠点の処遇は任せる。都市の略図を寄越せ。少し内部の様子を見てみたい」
何だこの無礼者は。
「ゴルザ様。様子を見るに留めて置いて下さいまし。決戦は明日と致しましょう」
BOXから出された地図を手渡し告げた。
「ゴ…」
この男が、東に名高き英雄ゴルザ。
偉大な三英雄の一人。
神の領域へと挑み、生還した者たち。
実在したのか。
独裁国家の帝国では御伽話だと流布されていた。
しかし国内にも信ずる者は多い。かく言う私もその一人。
ネフタルは安堵と失笑で膝を落とし掛けた。
「ネフタルは大分とお疲れの様子」
シンシアに抱き止められた。
汗臭い身体で気恥ずかしく、大丈夫だと伝えたかったが同時にこの身の限界を感じる。
「お姉様。英雄殿。どうか、帝都を。お助け下さい。この身と命を引き換えに」
兄様に。生まれ変わった帝国をお見せしたかった。
英雄ゴルザ。殲滅のゴルザ。
彼が動く時。敵味方問わず、死体の山が築かれる。
有名な話だ。だから御伽話とされていた一面。
犠牲が私一人で済むのなら。生贄にでも成れる。
「大業な志ですこと。貴方には、この先の帝都を繋ぐ大役が在りますのに」
「私には、手に余る大役ですね」
成し遂げたい思いと、諦めの気持ちが同居する。
「貴方が死ぬ事はありません。ですので。明日まで、手を貸しましょう」
「有り難き幸せに」
シンシアから離れ、膝を今度こそ降ろそうとした。
「帝国の長が屈するな。私たちは一介の冒険者。長なら長らしく、偉そうに依頼を出せ」
「依頼?…どの様な」
「救国の依頼、なのだろ?」
助けてくれる。この傾きつつ在る国を。
胸の鼓動が早くなる。これまで誰にも感じた事の無い初めての感覚。何故だか顔が燃える様に熱い。
「鼻息が荒いですわよ、ネフタル」
感じていた眠気や気怠さも何処かへ消えた。
「これは、お見苦しい所を」
乱れた鼓動が静まるのを待つ。
「トルメキヤ帝国。皇女、ネフタルが告げる。英雄ゴルザ一行よ、我が帝国を邪教徒から救えと。これを正式依頼として発令。西国ドーバンの冒険者ギルドマスターに念書を飛ばせ!」
後ろの護衛にそう告げた。
帝国軍人には有るまじき行為。冒険者ギルドへの依頼。
恥ずべき行為だと捉える者も多い。
「御意に」
言葉に反し、多くは納得為兼ねる表情を浮べていた。
「勿論我らも共に戦う。これを恥じるなら、散った友の屍を踏み越えろ。命じたのは邪教徒の殲滅のみ。それ以外の些事は元より我らの役目。良いな」
「ハッ!!」
活気を取り戻した護衛兵たち。
シンシアと相談する為、護衛兵も帰した。
「話は纏まったな。お前の馬を借りるぞ。それと都心部の状況を教えろ」
少々尊大なゴルザに対しても一切反論は無い。
第二区画。地下から沸いた魔物は、そのまま地盤を崩して地下回廊に押し込めた。
回廊も他と遮断。
結界を巡らせ、封じ込めには成功。
新たな穴を掘られない限りは問題無いと思われる。
自重で最下層まで落下した主格と覚しき魔物は、誰も見た事がない新種だった事。
居住区の住民たちは近接区画へと退避済。
治安維持軍と覇権を争ってはいるが、その全てが教団に取り込まれている訳ではない。保護対象の上流民に手を出す者は居ないと見込んでいた。
後の政治を左右する人民らも多く含まれるので尚更。
「今夜はゆっくり休め。護衛の数名も借り受ける」
出発しようとしていた兵士を止めた。
「危険を感じたら私から離れろ。偵察で死にはすまい」
傲慢な英雄の発言。一応の配慮は窺える。
そうか。何処か傲慢だった頃の兄に似ていた。
国を背負う重責。
責任を負う男は、皆傲慢になるのだろうか。
理解に苦しむのは、私が女だから?
現在の軟化した兄なら違うと信じたい。
シンシアに続いて、乗り付けた飛空挺に入り、言葉に甘えて休ませて貰った。
安心感からか、本当に久々に熟睡出来た。
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女子が2人以上集まれば、話の華は何とやら。
「ネフタル様のあの目。恋する女の目、だったよねぇ」
「ちょっとディート。声大きいって」
「皇女殿下が恋敵か…。相手にとって不足無し」
「エストマも諦めが悪いなぁ」
「父親がとてもモテるって話を、娘の目の前でされても困るんですけど?」
「ターニャちゃんにもその内現われるって。白馬に乗った王子様が」
「忘れ掛けてる話を蒸し返さないで!」
「おぉ怒ったターニャちゃんも可愛いねぇ」
部屋をノックする音の後。
「エストマ。見張りの交代と、少しお話が」
見張りから戻ったシンシアが、交代のエストマを呼び出し連れ出した。
「お話とは、何でしょうか」
「率直に武器が足りません。貴方が借り受けている剣」
「嫌です。幾らシンシア様の命でも譲れません」
困った様に頬を掻いた。
「と、仰るとは思っておりましたが。ではこれを」
シンシアがBOXから取り出した、一振りの長剣。
鞘も柄も装飾自体は質素な物だが、渡され手に持つと感じる雰囲気は非常に重かった。
重量ではない、底知れぬ威圧感。
「この様な名剣の類。私には」
「ゴルザ様の長剣を扱えている時点で、恐らく問題ありません」
寧ろ問題なのは、渡すべき時期と人物が想定していた人ではない事だと告げた。
「それは、いったい誰に」
「…ヒオシ様です」
「ヒオシ殿?今、私に渡された意味が」
「ヒオシ様の件は後日。明日、それを貴方からネフタルにお渡し下さい。私から直接お渡しすると、それはそれで問題が在りますので。アビ様を敬愛する貴方なら、その意味がお解りになるかと?」
「あ!あぁ、成程」
兄妹揃って同性に傾倒する血筋。
折角異性に目覚めてくれたのに、蒸し返すのは気が引けると言う物。
それは建前。シンシアの真意は別に在った。
破邪の剣。それに類する剣。
剣自らが持ち手を選ぶ。持ち手が違えば真価は発揮されない。
ゴルザの剣は真に本流に位置する。
本来ゴルザ以外が振るって、正常な精神が保てているのが不思議な位だ。血縁のターニャなら兎も角。
エストマが持ち手と認められた、何よりもの証拠。
現に自分が賜った剣まで普通に握っている。
性能に違いは出る懸念は残るが、人伝えに渡せば拒絶は緩和されるのではと解釈した。
彼女が持つ閃結のスキル。
光を結ぶ力。或はそれが。
「シンシア様。どうかされました?私の顔変でしょうか」
「いいえ。とても可愛らしいお顔ですよ」
「…シンシア様に言われても。素直に喜べませんけど」
華麗に流し。
「それは名も無き剣。高名な鍛冶師の逸品。念が込められた剣は、自らの持ち手を選ぶと申します。ネフタルが持てない時は。その時は貴方が、魔の止めを」
「解りました。けれど、そうはならない気がします。感覚的にですが」
「貴方の直感を信じましょう」
「見張りをしながら、振ってみても?」
「いけません。その剣の真価は抜刀した瞬間に発揮されますので、無闇に抜かないで下さい」
「抜刀術ですか。それでしたら私は余り得意ではないですね。ミルフィネの縁者か、アジサイ連合の一部部族が得意そうな剣術かと」
「お詳しいのですね」
「プリシラベートは情報収拾に長けた国です。立地から成る収拾能力は世界屈指。一見無駄な情報も、こうして役立つ事もあるのですね」
BOXに剣を納めたエストマを送り出した後。
これまでの考察を練り直した。
渡すべきはヒオシだと考えていた。
エストマの言が示す相手は違う。有りの侭を捉えると、ジェシカとなってしまう。
それでは、余りにも残酷。
愛する者を討てなどと。
神の意に反しても言いたくはない。
✕✕✕様…。
寝室へ向かうシンシアの足が止まった。
消された?何故?何時?どうして私まで。
近くの壁に寄り掛かり、背を預けて腰を下ろした。
冷えた床の冷気が心地良い。
考える。どうして今なのかと。
任を解かれた?
けれども賜った力は何れも失ってはいない。
神の御許で尚、不測の事態が発生した。
そう考えるに至る。
異世界からの招待者たちが、北を目指せば目指す程。予定と調和は軒並み崩れて行った。
丸でこれは。別の神の意志。
答えが欲しい。そう思ってしまうのは、やはり自分がか弱い人間である証明。
「神よ。我が主。やはり、私には…」
天使は荷が重すぎた。
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しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~
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ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。
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