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3章 おしゃべり貴族令嬢

1話 麗しの来訪者

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 ――女神は聖女ミランダ様を始めとする人間の手に口づけをなさいました
 その口づけを受けた手には紋章が浮かび上がりました
 すると自然の声が聞こえるようになり、紋章をかざせば無限に自然の力を行使できるようになりました
 紋章は女神の祝福の証なのです――
 
 
 お昼前の選択授業、魔法の授業。
 なんとなく選択しただけの人もいるから、寝てる生徒もけっこう多い……わたしも眠気をこらえながら聞いている。神話が混じってくると眠い……。
 
「――魔法というのは通常は魔石のブレスレットや魔石を埋め込んだ魔器ルーンがないと使えないの。魔器っていうのは人によって様々で、杖とか剣とか腕輪とか指輪とか。ちなみに先生はこの杖でーす」

 ジョアンナ先生が愛用の杖を掲げると、杖がピカーッと光って教室をまばゆく照らす。

「ヒャッ! まぶしい……!」

 眩しい光にわたしは強制的に眠気が飛ぶ。寝ている生徒達も眩しすぎて一斉に目を覚ます。

「……で、大抵の人は魔石の何かを介さないと魔法が使えないんだけども、時折この『紋章』を持った人がいます。魔器がなくたってドババーって撃てるからからラクよねー。魔器を忘れちゃうと魔法撃てないのよねー。ちなみに魔石の色は大体属性と対応してるの。水色だったら水の魔力を高めてくれる力があって――」
 
 ジョアンナ先生が早口で色と属性の話をまくしたてるのを必死でノートに書き留める。
 赤は火、青は水、緑は風、黄色は土、光は白、闇は黒。混色は2属性を高めるからオトク――。
 土使いは地味でダサいから若者に不人気。農業や園芸方面に進む人がなりたがる――などなど。

(そういえば、ルカもグレンさんも手首に魔石のブレスレット着けてるなぁ)
 グレンさんは赤だから炎。ルカは青っぽい紫と緑。紫は火と水――かな? 緑は風……色々使えるんだなぁ。
(いいなぁ……魔法)
 
 
 ◇
 
 
(あれれ? 誰かいる……)

 いつも通りに砦に行くと、砦の前で何か紙切れを持った女性が立っていて中の様子を伺っていた。またグレンさんのお客さんかな?

「あのー……」
「はい」

 女性に声をかけるとこちらに振り返る。
 一つにまとめて肩から垂らしている見事なプラチナブロンドの巻髪、そして緑色の瞳。
 身にまとっている白いローブは質素なデザインながらも絹か何かの、たぶん高級な素材だ。
 その手には白い魔石がはまった杖を持っている。ミランダ教の神官のようだ。

(すごい……)

 目の覚めるような美人。金髪で緑色の瞳なら、おそらく身分の高い貴族だろう。
 
「あの……司祭様、ですか?」
「あ……いえ、わたくし、これを見て来ましたの」

 そう言ってわたしに差し出した紙には、わたしがかつてギルドで見た「給仕係募集・アットホームな職場です」の文字が――。
(あれ? まだ募集してたのかな??)
 
「ああ、レイチェル。来たのか」

 そこへ、冒険? を終えたグレンさん達が砦に帰ってきた。

「あ、グレンさん、この方これを見て来たっておっしゃってますけど……」
「……ん? あ、しまった。剥がすの忘れてたな」

 グレンさんが首の辺りを人差し指で掻きながらポロッと言う。

「ええぇ……グレンさん……」
「忘れんなよ……」
「いやー しまったしまった。……そういうわけで、申し訳ないけど――」
「……素敵な方……」
「え?」

 グレンさんを見た女性がそうつぶやき、緑の瞳をうるうるさせる。
 
「……あの、わたくしはベルナデッタ・サンチェスと申します。どうか『ベル』と気軽に呼んでください。貴方のような素敵な方の所で働けるなんて光栄ですわ」

 ベルナデッタと名乗った女性はお祈りのように胸の前で手を組んでグレンさんににじり寄った。

「あ、いや。今は募集はしていなくて……」
「そんな……お願いします。どうか面接だけでも……」
「いや……というか、本当に給仕係に? 貴女は神官さんでは? 何かとお間違えじゃ……仲間募集とか」
 
 若干引きながら後ずさりして答えるグレンさん。
 確かに神官――僧侶をパーティーに加えたい冒険者はたくさんいる。
 ギルドでも「僧侶のメンバー募集」という紙がいつでも貼られている。それなのにただの給仕係に来るなんて、何かの間違いとしか……。
 
「いいえ。わたくし、ここで料理を作りたいんです。それに回復や補助の魔法も使えますから、きっと冒険のお役にも立てますわ」

 ベルナデッタさんが杖を両手で握りしめながら更に更にグレンさんににじり寄り、彼も更に後ずさりする。
 グレンさんはチラッとジャミルに目線をやったけど、関わりたくないというような表情で目をそらされてしまう。

「えー……せっかくですが、うちは配達とかしかしてないんで回復魔法の出番は……。よそに行かれた方が――それに、貴女はどこかの貴族の令嬢さんでは? うちは平民限定でして」
「……え? そうでしたっけ」

 思わずツッコんでしまった。だってそんな話一度も聞いたことなかったから。『学生可』とは書いてあった気がするけど……。

「ああ。えー……。そうだったんだよ実は……」

 グレンさんが苦笑いする。空気を読むべきだったかな……。

「たしかにわたくしの家は伯爵家ですわ……でも気になさらないで。領地も殆どないショボクレ……いえ、没落貴族ですから」
(『ショボクレ』って言った? 今……)

 見目麗しい貴族の女性から思わぬワードが飛び出して、聞き間違いかと思ってしまう。……けど、たしかに言った。

「……ハデな女。つか、今『ショボクレ』って言いかけたよな?」
「うん……」

 わたし達は少し離れた所で二人の様子をじっと伺うしかできない……ベルナデッタさんはまだまだめげない。

「どうか、どうかお願いします。あたし、お菓子を作るのが得意で――」
「……なるほど。いつから来れる?」

 さっきまで少し引きながら後ずさりしていたグレンさんが急にキリッとして前向きに答えた。

「グ、グレンさん!」
(お菓子だ、お菓子に反応した……!)
「お菓子作ってくれるって、ジャミル君。パンケーキ作ってもらおう」
「アンタが菓子食いてぇだけだろうが……」
 
「じゃあ、雇っていただけるのね!?」

 ベルナデッタさんが両手のひらをパンと叩いて目を輝かせる。

「ああ。何か質問――」
「やった――――っ!!」
「えっ」

 グレンさんが言い終わるよりも前にベルナデッタさんが大きくバンザイしながらピョンと飛び跳ねた。

「これから毎日! お菓子を作って過ごせるのねーっ!? 素敵! ハッピハッピーだわーっ!!」
「ハッピハッピー……」

 最初のおしとやかなお嬢様然とした口調はどこへやら、ベルナデッタさんは大声でキャッキャとはしゃぐ。
 
「あっ ところでさっき、何でしたっけ?」

 ベルナデッタさんは鼻歌まじりにくるくる回りながらグレンさんに問う。

「ああ、えー……何か質問は」
「あなたのことは『隊長さん』とお呼びしてもいいのかしら?」
「……まあ、好きなように」
(わたしの時は『隊長はちょっと違う』って言ってたのに……グレンさん、疲れてるんだな)
 
「あとぉ、ハイ、ハイ! 隊長さんにはぁ、恋人はいらっしゃるの?」
「えぇ……? そういう感じなら帰ってもらっても……」

 グレンさんがめんどくさそうに返すけどベルナデッタさんはめげない。

「いらっしゃるの??」
「……いらっしゃいません」
「誰か作る気は……」
「ありません」
「じゃーあー、好みの女性のタイプは……」
「物静かで質問攻めにしない女性がいいです。――ジャミル君、彼女を厨房に案内して」
(塩対応……)

 こういう質問が好きではないのかグレンさんはとりつく島もない対応だ。

「いいけど……もうメシの時間だろ? 結局みんな厨房に行くことになるんじゃ」
「……くっ」

 厄介払いしたかったらしいグレンさんが悔しげに息を漏らす。

(お菓子につられるのがいけないのでは……)
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