【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

文字の大きさ
164 / 385
8章 不穏の足音

29話 遠い国の、昔話

しおりを挟む
 久しぶりにみんな揃ってごはんを食べた。
 楽しかったなぁ、ジャミルの作ったごはんは相変わらず美味しいし、ベルのラーメンも久々に食べた。
 
 ところで、ジャミルとベルは恋人になったらしい。
 全然知らなかった……そんな素振りあったかな?
 グレンさんとカイルは付き合い出したことには驚いていたけど、二人が何か想い合ってたことは知っていたみたいだ。
 わたし、ベルの前で幼なじみエピソードとか何の気無しに話しちゃったりしてなかったかなぁ?
 
 夕食を食べているグレンさんはいつものようにクールでドライな彼だった。
 お昼もそうだったけど食欲は旺盛。わたしの作った唐揚げ、ベルのラーメンにジャミルの焼いたピザ、デザートにエクレアも食べた。
 顔洗っただけで切り替えできちゃうものなのかな……?
 
 
 ◇
 
 
 夕食にみんなでラーメンを食べたから、ラーメン夜会は今日はない。
 解散して各自の部屋に戻って、人によってはそろそろ寝る時間。
 
(う――ん、どうしよ……?)
 
 わたしはグレンさんの自室のドアの前であれこれ思案に暮れていた。
 ノックをしようとしてはやめ、深呼吸を何回もする。
 
 ――疲れてるかな? 明日も朝掃除するならその時に……、でもでも話したいのは今だし……。『別になんでもない』でかわされたらどうしよう?
 
(う~~~、いいわ! レイチェル行きます!)
 
 意を決して、とうとう彼の部屋のドアをノックした。
 
「……はい」
「あの、レイチェルです」
 
 少しして、部屋の扉が開く。
 
「レイチェル? どうした」
「ええと……あの」
 
 ――話がしたくて。
 ――明日どこかに行きませんか。
 ――グレンさんが心配で。
 
 色々あるのに、なんだか喉につっかえて出てこない。なんでよ~。
 グレンさんは少し首をかしげつつわたしの言葉を待ってくれている。
 
「あ、あの……グ、グレンさんの顔を、見たくて」
 
 あああああ、なんだか言おうとしてたことと全然違う言葉が出てしまった。
 確かに顔は見たかったけど、何かもっとうまい言葉出ないものかな~~?
 顔を見たくて なんて直球で言っちゃって顔から火が出そうに熱い。
 恥ずかしくて次の言葉を見つけられずにいると、彼はそっとわたしの手をとり握った。
 彼を見上げると伏し目がちに少し笑う。
 
 ドキドキする。
 だけど、日中の彼を思い出してしまいどこか儚げに見えてしまう。
 わたしはそのまま彼に促され、部屋の中へ。
 
 ――入った途端、わたしは強烈な違和感を覚えた。

(……暑い……?)

 部屋の中は異様に気温が高く、11月とは思えない。まるで夏のようだ。
 
 足を進めていくと違和感の正体にすぐに気付いた。
 部屋にある暖炉。その中には大量の薪が入っていて、おかしいくらいに火が燃え盛っていた。
 灯りのついていない部屋――暖炉の大きな火はそれを必要としないくらいに煌々としている。
 この暖炉は魔石を使うタイプのもの。壊れていない限り、薪を入れて燃やしたりはしない。しかもこんなに大量に。
 やっぱり様子がおかしい。
 
「暖炉、壊れちゃったんですか?」
「いや、壊れていない。……暑いか?」
「はい、あの……夏みたいです」
「そうか……」
 
 わたしの言葉を聞いて彼は暖炉の前に左手をかざし、グッと握った。
 すると燃え盛っていた火が少しずつ小さくなっていき、こぶし大くらいの大きさに落ち着いた。
 
「……すまない。寒いのが、嫌いで」
「……」
「俺を心配してくれたんだろう?」
「はい……だって、頭は怪我して、街では嫌な目に遭って……それで、隊長室のソファーでぐったりして……あんなの、初めて見たんだもん」
 
 彼は何も言わず暖炉の前のソファーに腰掛け、立っているわたしの手を握った。
 
「……最近は図書館の客とかレイチェルや仲間達と接していたから、久々に悪意むき出しの人間と出会って疲れてしまった」
「……」
「ああいうのは慣れていたはずなんだが」
「慣れちゃ駄目ですよ……」

 わたしも彼の隣に座り、握られている手と反対の手で彼の手を包んだ。
 わたしの目を見て笑顔を見せてくれるけれど、やっぱりどこか遠い目をしている気がする。
 
「ちょっと昔話をしていいか」
「昔……?」
「20年前、俺が住んでたノルデンで未曾有の災害が起こった」
「あ……」
 
 学校でも習う。
 元々ノルデンの国では内乱が起こっていた。そんな中で、まず大地震が起こった。
 その後猛吹雪に、猛暑や大雨。立て続けに起こった天変地異のせいで国は壊滅に追い込まれ――わたしが生まれるよりも前に起こった遠くの国の出来事。
 
「孤児院は安普請やすぶしんだったからか跡形もないほど崩れた。俺はその時別の場所――地下の部屋にいたから助かった。そこにいたらすごい揺れに見舞われて……地上に出てみるとほとんどの家が倒壊していた。崩れた家にはちらほら火が視えた」
「火って……」
「……小さな火、大きな火。色んな色をしていた。燃え続けているものもあれば、やがて色を失って消えていくものもあった」
 
 それはきっと人の生命。小さい頃から彼にはそれが視えていたんだ。
 色を失って消えていく――彼が見たのは、人の生命が消える瞬間。
 
「雪が降ってきて寒いから俺はまた地下に戻った。それからどれくらいの時間が経ったのか……地上に出たら、一面雪に覆われていた。前に見た火は全くといっていいほど無くなっていた」
「……」

 ――何の言葉も出ず、わたしは遠い目で暖炉の火を見つめる彼の腕にしがみつく。
 
「地震も寒いのも嫌いだ。とはいえあれから20年経って、今回のも地震だけなら平気なはずのものだった。でも……嫌な条件が揃ったせいで色々思い出してしまって、調子が」
「嫌な、条件」
「家が崩れていて、人の火が視えた。それに罵倒をされて……頭が痛かった。寒いし腹が減って、早く帰りたかった。レイチェルに……会いたかった」
「グレンさん……!」
 
 今できるのは彼を抱きしめることだけ。
 泣きそうだ。でも今は泣いちゃいけない、辛いのは彼なんだから。
 一度身を離してキスをして、またわたしは彼を抱きしめた。彼の黒髪を撫でて頬を両手で包むと、彼はその手をぎゅっと握った。
 
「怪我してるのに、おじいさんを助け出したのえらいです」
「……ありがとう。でも別にえらくはない。助けたかったわけじゃない、ただその火が消えるのを見たくなかった。昔出来なかったことが今出来る……どうせ理解されないが、自分が間違っていないことを見せたかっただけだ」
「……嘘つき扱いされて、嫌だった?」
「……そうだな。カラスの上に嘘つきとかよく言われていたから」
「ひどい。ひどい、なぁ……もう……」
「レイチェル」
「ごめん、なさい……わたし、結局」
 
 結局泣いてしまった。彼の胸に顔をうずめると、そのまま彼の腕に包まれた。
 話を聞いて元気づけたいって思って来たのに、このざまだ。
 
「いいんだ、別に。泣いてくれても」
「あのね……グレンさんが、あの女の人の名前を呼ぶなって言ってくれてたでしょ。あれ、聖銀騎士の人が『呪詛名』だって言ってたんです」
「呪詛名?」
「うん。名前に込められた意味があって……呼ぶとその意味に近い行動をしちゃうんですって。あの人の場合は『愚か』とか『判断を狂わせる』とかだって」
「そうなのか、知らなかった」
「だからね、みんなグレンさんが言う通りにあの人の名前は呼びませんでした。ベルだけは知り合いだから何度か呼んじゃってたみたいですけど……でも全員があの人の名前呼んでたらもっと大変なことになってたかもしれないです」
「そうか」
「グレンさんのおかげで、みんなおかしくならなくて済みましたよ。あと、わたしに電報くれて……心配してくれたんですよね。ありがとうございます」
 
 ――返事はなかった。彼はわたしを強く抱きしめて、小さく呟いた。
 
「信じてくれて、ありがとう」
「グレンさん……」
 
 話している間、彼の表情はあまり変わらなかった。
 少し痛いくらいの抱擁は、彼の不安や辛い気持ちの表れなんだろうか。
 
「辛い時は、言ってくださいね」
「ありがとう。でも――正直分からないんだ」
「え?」
「ゴミ溜めみたいな孤児院に災害に――あれに比べれば何もかもマシに思えて、多分辛いだろうという時も、悲しいとか泣きたいとかいう気持ちが湧かない」
「今……わたしにできることありますか」
「…………」
 
 長い沈黙。抱きしめられたままで表情は見えない。
『別に』なんて言われてしまったらどうしよう……そんなことを考えてしまう。
 わたしは『彼のために何かをしたい』のかな。それとも『彼のために何かをする自分』になりたいのかな。
 分からないなあ、わたしはどうすればいいんだろう。ただ、一人で耐えないでほしい。
 
「今は……」
「……」
「ただ、隣にいて欲しい」
「はい……」
 
 そのままわたしは彼の腕の中で何も喋らずにいた。
 
 あのアーテという人が"役"とか"台詞"とか言っていたのを、ふと思い出した。
 ジャミルが彼女と会った時も「人生の脚本」がどうのと言っていたそうだ。
 ――もし人生の脚本というのがあるなら、グレンさんの脚本に今わたしの台詞はあるのだろうか。
 あるなら、教えてほしい。ト書きでもいい。彼の心にどうやったら寄り添えるか、わたしには分からなすぎる。
 
 灯りのない部屋。
 暖炉の炎は小さくゆらめき、寄り添うわたし達二人をぼんやりと照らしていた。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...