【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

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◇8-9章 幕間:番外編・小話

◆エピソード―館長日誌:呼ぶ声が聞こえる

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 7月初旬。
 今日も客はまばら。1時間に1人くればいい方だ。
 マクロード君は本を王立図書館に運んでくれているため、私が司書席に座っている。
 
「ふわぁ……今日も退屈だねぇ……」
 
 今、客は1人もいない。
 妻が好きだったテラスにでも出てひなたぼっこでもしようか、そう思ってカウンターから出た時だった。
 
「……あの」
「んっ?」
 
 声をかけられそちらを振り向くと、青年が立っていた。
 
(しまったしまった、お客さんがいたのか)
 
「はい、なんでしょう」
「ええと……ちょっと本を探していて」
「どんな内容の本ですか?」
「……」
 
 私が問うと、青年は目を伏せて言い淀む。
 茶髪に青い瞳の青年。腰から黒い鞘に入った剣を下げている。

(……闇の紋章の剣か)
 
 紫色のオーラが鞘から漏れ出ている。この青年を闇に引きずり込む気なのだろう。
 そして私の風の紋章を察知してか、私の方へずるずると迫ってくる。
 
(なんとも物騒な……えいっ)
 
 こっそりと指先から光の球を放ち鞘に当ててやると、紫のオーラは面白いように鞘へと吸い込まれていった。
 闇といってもまだ未熟者のようだ、修行が足りない。……してもらっても困るが。
 ――そんな攻防を知るはずもない青年が、ようやく口を開いた。
 
「なんていうか、その……闇の」
「……はい」
「闇の……ヤベー剣……っていうか」
「闇のヤベー剣。」
「ああっ、いや、その……なんつったらいいのか、うーん……」

 馬鹿正直に私が復唱すると青年は焦ったように苦笑いし、首の後ろを掻いた。
 
「闇の紋章についての文献なら、やはり王立図書館ですかねぇ」
「王立図書館……ですか。オ……僕は、そこにはちょっと行きづらくて」

 藁にもすがる思いだったのだろうか、青年はがっくりと肩を落とす。その隙を見てまた鞘から紫のオーラが漏れ出る。
 私はまたこっそりと光球を鞘にぶつけてそのオーラを引っ込めた。
 
「1週間ほどもらっていいなら、取り寄せますがどうですか?」
「え、マジ……いや、本当ですか!? それなら、お願いしたいです!」
「ええ、分かりましたよ。じゃあ、1週間後にここへ来てください」
「はい」
 
 
 ――1週間後、取り寄せた本を受け取りに青年がやってきた。
 あいも変わらず剣の鞘からは紫のオーラが漏れ出ている。
 私はまたまた光球を鞘にぶつけておいた。懲りないものだ。
 
「――これを。約束の品です」
「ありがとうございます……、あれ? なんか違う本混じってるみたいですけど」

 彼は手渡された本のうち1冊をこちらに返そうとしてくる。

「はい、それも読んでみてください」
「えっ?」
「悩みごとがある時に、そのことだけに囚われるのはよくありません。たまには息抜きが必要です。何も考えずに読んだ本の方が内容が入ってきたりするものですよ」
「はあ……じゃあ、まあ。借りていきます。ありがとうございます」
 
 訳がわからないといった風に彼は左手で右頬を掻きながら本を紙袋にしまい込んだ。
 
「返却はいつでも構いませんからね」
 
 
 ◇
 
 
「あのー……こんにちは」
「ん? ああ、こんにちは」
「すんません、これ返しそびれちゃってて。色々あってその……延滞料金とかかかっちゃう?」
 
 本を返すために、あの青年がやってきた。本を貸し出して1ヶ月ほど経っていた。
 
「いいえ、大丈夫ですよ。ふふ、呪いが解けたんですねぇ」
「えっ」
「取り返しのつかないことにならなくて良かった」
 
 私がそう言うと彼は笑いながら頭を掻いた。
 彼は今、あの黒い剣を下げていない。漂っていた紫のオーラは鳥に姿を変え、彼の肩に止まっている。
 そうなるまでに心の中で戦いがあったのだろうか、瞳の色が青から紫に変わっていた。赤眼になる寸前だったようだ。
 
「あの剣はここでも君にちょっかいをかけていましたよ」
「げ、そうなんだ……ありえねえ」
「でも今は君が主人だよ。もう負けることはないでしょう」
「主人かぁ……あんまり納得いってないんですけど……ああっと、これ、これも返します」
「ん?」
 
 彼に貸し出した本は2冊。1つは闇の紋章に関する本。もう1つは、絵本だった。
 
「コイツの姿と名前、それからもらっちゃいました」

 肩に止まった鳥を指差して青年が言うと、鳥はピピピと可愛い声で鳴いた。
『ちいさいウィルのだいぼうけん』――小さい鳥が、広い世界を夢見て旅に出る。
 小さいゆえに様々な困難や敵に遭うが、色んな動物と友達になって助けてもらう――そんな話だ。
 
「ああ、いいですね。どんな困難も乗り越えていけますよ、きっと」

 私の言葉に青年は満面の笑みを返してくれる。やはり、若者はこうでなくては。
 
「君が大変なことにならなくて良かったよ。またおいで、ジャミル・レッドフォード君」
「えっ……」
「うん?」
「や、なんでオレの名前知って……ああ、図書カードか」
「いえいえ、昔よく来てくれたでしょう。図鑑をよく借りていってくれていたよ」
「……覚えてたんですか」
「もちろんだよ、久しぶりだね。昔のように『テオじい』と読んで、普通に喋ってくれて構わないのに」
「そっか、でも……」

 そう言うと彼は自分の服をギュッと掴み目を伏せた。
 
「オレ……王立図書館行けば絶対剣に関する本あるだろうって思ってて、でもオレが通ってた学校の人間もきっと来るから、あの黒い剣下げてるのは見られたくなくてそれでここに来たんだ。どうせないだろうなんて思いながらさ。昔ここ好きだったのにちょっとバカにしてたんだ。オレ、ヤなヤツなんだよ」
「ふふ、それを否定をしてほしいかな?」
「う……」
「私に今言えるのは、君にはいい風が吹いているということかな」
「いい風か……昔から思ってたけど、テオじいは賢者みたいだよな。なんでもお見通しっつーか」
「はは、言い過ぎだよ。私はただ視えることを言っているだけ」
「オレまた来てもいいかなあ」
「もちろんだよ。ここは誰でも大歓迎……泥棒はお断りだけどね」
 
 
 ◇
 
 
「こんちは、テオじいさん」
「やあ、来てくれたんだね」
 
 9月下旬、閉館間際にジャミル君が来てくれた。
 マクロード君は配達に出かけている。
 ジャミル君と彼は知り合いのようだった。なぜか昼にカツ丼を届けに来て、一緒に食べていた。
 聞く所によると、一緒に冒険者をしていたそうだ。不思議な縁があるものだ。
 
「ホントに無くなっちゃうんだなぁ、ここ」

 空っぽになった本棚を見て、ジャミル君が呟いた。
 
「ちょうどよかった。ジャミル君、君に渡したいものがあるんだ」
「えっ オレに? なんだろ」

 懐から小さな手帳を取り出し、彼に渡す。

「それは、私の妻のものです」
「えっ、エルナ様の?」
「……エルナ様?」
「昔さあ、"テオじい"の奥さんだからって"エルナばあさん"って呼んだら死ぬほど怒られたんだよな。ホウキ持って追いかけられてさあ、『レディに対してばあさんとは何だ、エルナ様とお呼び!』ってんだよ」
「……はははっ、そうか。いや、彼女らしい」
 妻がそうしている姿を想像して、私は大笑いしてしまった。
 
「で、なんでオレにそんなのくれんの? それ日記?」
「これは妻が書いた、闇の紋章の剣に関する手記です」
「え……?」
「実は、私の妻も君と同じように昔闇の紋章の剣を拾って取り憑かれていたんです」
「えっ、そうなのか? 全然そんな感じなかったけど……」
「実際に剣を持って、魔物をバッサバッサと斬っていましたね」
「パワフルだな……」
 
「彼女は家族を始め色々なものを憎んでいて、それを魔物を斬ることで紛らわしていたんですよ」
「そうなのか……オレは別に、誰かが憎いとか殺したいってわけじゃなかったから。生き物斬るのも嫌だったし」
「本当は君が剣に取り憑かれて悩んでいた時にこそ渡すべきだったかもしれないが……少し迷ってしまった。すまないね」
「いいよ、そんなの……謝んないでくれよ。ていうか、オレこれもらっちゃっていいの?」
「いいんですよ、複製ですから本物は手元にありますし。君の呪いは解けて闇の剣は使い魔になっているけど、役に立つことがあると思う。実は君の扉を使った移動魔法を見て、思い出したことがあってね」
「ああ、あれ。エルナ様も使っちゃったりとか?」
 
「実は、私と妻は駆け落ちしたんだが」
「駆け落ち。へえ……」
「その時私は酷く落ち込むことがあって、さらに妻との婚約も破棄されてしまって本当に死にたいとすら思っていた。それで毎日毎日妻に会いたいと考えて、心の中で名前を呼んでいたんだ。叶うことはないと知りながらも」
「……」
「そうしたら、ある晩、部屋のバルコニーに彼女が立っていたんだ」
「……どういうこと? 剣の力で来たってことか?」
「彼女が言うには『剣を抱えていたら、テオ様が私を呼ぶ声が聞こえた。私も貴方を呼んだら、いつの間にかここにいた』と。それで二人で逃げようとなった時、彼女はまた剣を握り締め『ここではないどこかへ連れて行って』と必死に念じて、次の瞬間には別の場所だったよ。不思議な体験だった」
「へえ……ホントに不思議だ。なんでそうなるんだろ? 闇の力? それとも愛……なんて」
「ふふ、どうだろうね。ともかく、そういう不思議なことがあったという昔話だよ」
「ふーん、その辺もこの手帳に書いてあるのかな……。ありがとう、テオじい。オレ色々調べてみるよ」
「ええ、頑張ってください」
「呼ぶ声かぁ……オレのことも誰かめちゃくちゃ呼んでくれねえかな~」
「ははは、そうなるといいねえ」
 
 
 ――私は最後に、彼に「ちいさいウィルのだいぼうけん」の絵本も手渡した。
 
『ウィルはちいさくてよわいとり。
 だけどともだちがいっぱい。
 みんながいるから、どこにでもいけるし、なんだってできる。
 ウィルは、しあわせなとり。』
 
 妻はこの絵本が小さい頃から大好きだったという。
 小鳥のウィルと自分を重ね合わせていたのだろうか……。
 
 肩に小さいウィルを乗せた青年が去っていった。
 停滞していた彼の風は動き出した。
 彼の"ウィル"とともに風に乗ってどこにでも行ける、何でもできる。
 
「いい風が吹いてますねぇ……」
 
 あと数日で「風と鳥の図書館」は閉館する。
 飛び立っていく鳥を見送ることができるのも、もうあとわずか。
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