167 / 385
◇8-9章 幕間:番外編・小話
足りない、足りない―ジャミル
しおりを挟む
『テオ様との婚約が破棄された。
どうして? 私は何も与えられないのに、価値のないもの同士でくっついていろとあてがわれた彼すらも私から取り上げようというの。
あの人さえいれば他に何もいらない、それなのに。
憎い、何も与えず奪っていく両親。全て与えられて何も不足はないくせに、私のただ1つの大切なものすら奪っていく妹が。許せない、許せない。
剣から声が聞こえる。もう駄目だ、私は家族を斬ってしまいそうだ』
「何回読んでも……強烈……」
図書館のテオじいさんから渡された、奥さんのエルナさんの手記。
テオじいがこれを問題の渦中にいたオレに渡さなかったのもうなずける内容だ――これを読んでいたら間違いなく気分はどん底、そのまま闇に引きずり込まれていただろう。
駆け落ちした後はだんだんと精神が落ち着いていったらしいが、そこに行き着くまでに様々な恨みつらみや葛藤、黒い感情が書き連ねられていた。
与えられない自分、与えられている妹、与えない親。
足りない、足りない、私はずっと足りていない。
醜い自分はあの人にふさわしくない、だけど欲しい、彼は私のもの。
「…………」
オレは別に誰かが憎かったわけじゃない。この人ほどオレは悲惨な境遇じゃない。
それでも剣は何もかも斬って捨ててやろうと持ちかけてきていた。
この人と自分で何か共通項があるような気がしてならない。
――なんでだろう?
オレは別に弟と比較されたり、片方が特別優遇されるようなこともなく、兄だからと我慢させられるようなこともなかった。
親に対しても不満はなかった。過ぎることも足りないこともなく、弟と平等に与えられて愛されていた。
弟がいなくなるまでは、確かにそう考えていた。
どこにいくにもオレにくっついてこようとする弟がウザったくてたまらなかった。
だから一度痛い目見せてやろうと思って、ウソの時間を言って弟を置いていった。
その結果弟は行方をくらまし、数日後にアイツの血塗れのブーツが湖のほとりで見つかった。
カイルが死んでしまった――そう思った両親は打ちひしがれ、肩を寄せ合って大泣きした。
オレは自分のせいでそうなったと後悔しながらも、両親のその姿を見てひどく失望してしまった。
――なんだ、親なのに、大人なのに、随分弱いじゃねえか――そう考えている自分がいた。
そればかりか弟の方が大切なんだと考え、自分のせいでいなくなった弟に嫉妬してすらいた。
あの黒い剣はずっと幻を見せてきていた。
幻の中では赤い眼をした自分が、汚く笑いながら本音をベラベラと喋っていた。
呪いは解けたというが、押し込めていた自分勝手な本性は浮き彫りになったままだ。
先日弟と実家に帰った際、呪いのことを話したら両親に涙ながらに謝られた。
だけどオレは謝ってほしくはなかった。何を泣いてるんだみっともないとすら思った。
5年間ほとんど会話もなく顔も合わせなかった両親――今更話すことも思いつかず、結局実家にはあまり帰っていない。
行くときはカイルも一緒だ。両親はもてなしてくれるし、アイツがいるなら会話もちゃんとできる。
止まっていた時間が動き出した。前のように居心地が悪い空間ではなくなってきている。
だが、使い魔のウィルは両親の前には現れない。
魔法は心の力。だからオレの心が反映されている。
どうやらオレは両親に顔を合わせたくないと思っているらしい。
憎んでいるわけじゃない、あの汚い本音をわざわざぶつけようなんて気もない。
じゃあ、何を望んでいるんだ。分からない。
◇
「やあ、俺が来たよ」
「『俺が来たよ』じゃねぇよ」
「久しぶりだしさあ、ちょっともてなしてよ」
「ざけんな。オレは忙しいんだよ」
黙々と勉強をしていると呼び鈴が鳴り、出てみると案の定弟のカイルだった。
案内もしていないのに勝手にソファーに寝転ぶ。
ガキの頃、コイツと一緒の部屋だったが成長とともに分けられた。
うるさいのがいない自分だけの空間ができたと思っていたのに、何故かコイツは事あるごとにオレの部屋にやってくる。
そしてソファーに寝転んで何も言わずムスッとして、ため息をつきまくっていた。
大抵、親に怒られたとか嫌なことがあった時だった。邪魔でたまらなかった。
……トシ食ってオレより年上になってるのにやること一緒なのか。まあ別にいいけど。
話によると、あの砦に変な女が来て平和を乱しまくっていったらしい。
コイツ自身も術をかけられた上に薬も盛られそうになって、もしかしたら殺されるかもしれなかったとか。
グレンがいなかったから一人で対応していたとか……大変だな。
ちょうど今まとめている内容と似通ったことがあるからとノートを見せてやると、なぜかえらい褒められた。
勉強をしているのがすごいという。
「兄貴は昔から勉強できたのにさ、今でもずっと勉強してるじゃないか。いい学校行ってるし」
「自分の勉強は逃げだからそんなすごいもんでもない」と返すとまた、
「……それでも並大抵の努力じゃできない、すごいことじゃないか。逃げだろうが代償がどうだろうが、もっと誇っていいはずだろ」
と、返ってくる。
笑ってかわしていると、オレの肩に止まっているウィルが飛んでいってアイツの頭に着地してピヨピヨと鳴いた。
どうやらオレは今めちゃくちゃ嬉しいみたいだ。
両親の前には現れないウィル。だけどコイツのことはどうやら苦手ではない……というか、むしろ好きらしい。
――コイツとの関係性は不思議だ。
弟だけどオレよりも人生長く生きている。
恵まれた体格、それに元竜騎士だから武器の扱いにも長けていて、この前オヤジと手合わせをした時は圧倒的なウデでオヤジを打ち負かした。
グレンもかなりすごいが、それと同等くらいだった。
負けたけどオヤジはすごく嬉しそうだった。
それを見てオレは「やっぱり弟の方がオヤジの望む理想なんだろうな」とか思っていた。
オレにとって今のカイルは、ともすればコンプレックスを抱いてしまいそうな存在だ。
ところが別に顔を合わせたくないとかそういう気持ちはない。
コイツはオレをやたらと褒める。オレがロイエンタール高等学院に行っていたと聞いた時も、とんでもなく褒め称えられた。
「えっ、兄貴、ロイ高なの!? あの、伝説の!?」とかなんとか、語彙が消滅した言葉で。
フランツみたいに目がキラキラしていた。
「伝説ってなんだよ……そんなすごくもねえよ」
「いやいやすごいだろ。……もっと誇れよぉ」
シュンとした大型犬みたいな佇まいでそう言われた。
オレは曖昧に笑って済ましたが、ウィルは鳴きまくりながらアイツの周りを飛び回っていた。喜びの舞だ。
――いや、オマエの方がよっぽどすごいんだが。
弟だと知るまでは、別世界のすごいヤツみたいな認識だった。
そいつがガキの頃と同じに「兄ちゃんすごいな!」とオレを褒めまくり、ヘコんだ時はオレの所にやってきてソファーに寝転がりため息をつく。
年上目線の時もあるが、基本的には"弟"として接してくるし"弟"の役をする。だからオレも"兄"の役を気兼ねなくできる。
5年かけて空いていた穴が、心の空白が、コイツに褒められたり"兄弟"をちゃんとすることで少しずつ埋められていくような気がした。
◇
「……なあ、オマエって正確な年いくつなの?」
前々から気になっていたことをふと聞いてみた。
「ええ? 年聞くのやめてほしいなぁ……ちょっと待ってよ」
そう言いながら、カイルは腕に巻いている竜騎士のスカーフをほどき始める。
その中から、小さい頃に買ってもらった子供用のスカーフを取り出して更にほどいてみせた。
中身は前も見たことがあった。アイツが自分で縫い付けた古代文字で書かれた名前と、事故に巻き込まれた日付。
それからいくつかの星の印――カイルはその星の印を指でたどり数え始めた。
「14、15、16……えっとつまり、今28……だから、次の誕生日で29だ」
「へー、その星って年数えてたのか」
「そう。ミランダ教のあの盤は生年月日出るけど本当の生まれ年しか出ないからさあ。年いくつになったかすぐ忘れちゃうんだよね」
「なるほど。これって自分で縫ったのか?」
「まあね」
「最初らへんの星だけなんかキレイだな」
見れば、最初の3つは銀色の糸で縫い付けてあった。4つめからは歪な形の星――年々腕が上がっているのか星の形はキレイに整っていっていた。
「ああ……これは刺繍の先生がやったから」
「先生? ふーん……。そういやオマエもうすぐ誕生日だよな。どうする?」
「どうするって?」
「兄ちゃんがなんかプレゼント買ってやろうか」
「い、いいよ……やめろよ」
「それか何か料理作ってやろうか? グレンもルカもそうしたし」
「いいって」
「遠慮すんなよ。……あ、そーだ。いちごのケーキ作ってやろうか? 好きだったろ」
「……やめろ」
「『もてなしてよ』っつったじゃんか。今はいちご好きじゃないのか?」
「好きだけどやめろよ」
「どうする? 3段くらいのヤツ作ってやろうか。思う存分いちご食え」
「やめろよ、お前! やめろ!」
カイルは真っ赤な顔でソファーに置いてあるカニの形のクッションをこっちへ投げつけてきた。
「はあ? 兄ちゃんに向かってお前ってなんだよ無礼者がぁ」
そんな風にイジり続けていると、やがてカイルは笑いながらもでかいため息を吐いて「あーもう、今日は帰るよ」と帰る準備をし始めた。
メシ作ってやろうかと持ちかけるも「砦にちびっ子残してきてるし」と断られた。
名残惜しそうに周りを飛び回るウィルに「また来るよ」と笑いかけ、そして去っていった。
◇
カイルが帰ったあと、オレはまた机に向かっている。闇魔術の歴史、それにエルナさんの手記を見ながら。
――足りない、足りない、私はずっと足りていない。
アイツは足りないものはないのかな。
そこは弟とはいえ年上だから、オレが気にかけることじゃないのかもしれないけど。
――醜い自分はあの人にふさわしくない、だけど欲しい、彼は私のもの。
「……醜い自分はふさわしくない。だけど欲しい、彼は私のもの……か」
この一文に、頭をよぎるものは確かにある。
(いやいや、オレのものなんかじゃ全然ねえし……何考えてんだ)
無謀にも貴族令嬢に告白した。……婚約者がいるとお断りされました、それで終わりだ。
けど再会したあの日、泣きそうな目で縋るように見上げてきたあの顔が忘れられない。
ちょっと腕をつかんで引き寄せれば自分のものになってしまうんじゃないだろうかと錯覚した。
(ダメだダメだ……ヤバすぎる)
頭をブンブン振って危険な考えを振り払う。
「オレはどうしたいんだろなぁ、ウィル」
ごまかすように傍らのウィルに訊いてみるも、チチチと鳴くだけ。
「はぁ……」
でかいため息をひとつ。
オレは思い通りにならない"何か"のため、またノートを開いて勉強を始めた。
どうして? 私は何も与えられないのに、価値のないもの同士でくっついていろとあてがわれた彼すらも私から取り上げようというの。
あの人さえいれば他に何もいらない、それなのに。
憎い、何も与えず奪っていく両親。全て与えられて何も不足はないくせに、私のただ1つの大切なものすら奪っていく妹が。許せない、許せない。
剣から声が聞こえる。もう駄目だ、私は家族を斬ってしまいそうだ』
「何回読んでも……強烈……」
図書館のテオじいさんから渡された、奥さんのエルナさんの手記。
テオじいがこれを問題の渦中にいたオレに渡さなかったのもうなずける内容だ――これを読んでいたら間違いなく気分はどん底、そのまま闇に引きずり込まれていただろう。
駆け落ちした後はだんだんと精神が落ち着いていったらしいが、そこに行き着くまでに様々な恨みつらみや葛藤、黒い感情が書き連ねられていた。
与えられない自分、与えられている妹、与えない親。
足りない、足りない、私はずっと足りていない。
醜い自分はあの人にふさわしくない、だけど欲しい、彼は私のもの。
「…………」
オレは別に誰かが憎かったわけじゃない。この人ほどオレは悲惨な境遇じゃない。
それでも剣は何もかも斬って捨ててやろうと持ちかけてきていた。
この人と自分で何か共通項があるような気がしてならない。
――なんでだろう?
オレは別に弟と比較されたり、片方が特別優遇されるようなこともなく、兄だからと我慢させられるようなこともなかった。
親に対しても不満はなかった。過ぎることも足りないこともなく、弟と平等に与えられて愛されていた。
弟がいなくなるまでは、確かにそう考えていた。
どこにいくにもオレにくっついてこようとする弟がウザったくてたまらなかった。
だから一度痛い目見せてやろうと思って、ウソの時間を言って弟を置いていった。
その結果弟は行方をくらまし、数日後にアイツの血塗れのブーツが湖のほとりで見つかった。
カイルが死んでしまった――そう思った両親は打ちひしがれ、肩を寄せ合って大泣きした。
オレは自分のせいでそうなったと後悔しながらも、両親のその姿を見てひどく失望してしまった。
――なんだ、親なのに、大人なのに、随分弱いじゃねえか――そう考えている自分がいた。
そればかりか弟の方が大切なんだと考え、自分のせいでいなくなった弟に嫉妬してすらいた。
あの黒い剣はずっと幻を見せてきていた。
幻の中では赤い眼をした自分が、汚く笑いながら本音をベラベラと喋っていた。
呪いは解けたというが、押し込めていた自分勝手な本性は浮き彫りになったままだ。
先日弟と実家に帰った際、呪いのことを話したら両親に涙ながらに謝られた。
だけどオレは謝ってほしくはなかった。何を泣いてるんだみっともないとすら思った。
5年間ほとんど会話もなく顔も合わせなかった両親――今更話すことも思いつかず、結局実家にはあまり帰っていない。
行くときはカイルも一緒だ。両親はもてなしてくれるし、アイツがいるなら会話もちゃんとできる。
止まっていた時間が動き出した。前のように居心地が悪い空間ではなくなってきている。
だが、使い魔のウィルは両親の前には現れない。
魔法は心の力。だからオレの心が反映されている。
どうやらオレは両親に顔を合わせたくないと思っているらしい。
憎んでいるわけじゃない、あの汚い本音をわざわざぶつけようなんて気もない。
じゃあ、何を望んでいるんだ。分からない。
◇
「やあ、俺が来たよ」
「『俺が来たよ』じゃねぇよ」
「久しぶりだしさあ、ちょっともてなしてよ」
「ざけんな。オレは忙しいんだよ」
黙々と勉強をしていると呼び鈴が鳴り、出てみると案の定弟のカイルだった。
案内もしていないのに勝手にソファーに寝転ぶ。
ガキの頃、コイツと一緒の部屋だったが成長とともに分けられた。
うるさいのがいない自分だけの空間ができたと思っていたのに、何故かコイツは事あるごとにオレの部屋にやってくる。
そしてソファーに寝転んで何も言わずムスッとして、ため息をつきまくっていた。
大抵、親に怒られたとか嫌なことがあった時だった。邪魔でたまらなかった。
……トシ食ってオレより年上になってるのにやること一緒なのか。まあ別にいいけど。
話によると、あの砦に変な女が来て平和を乱しまくっていったらしい。
コイツ自身も術をかけられた上に薬も盛られそうになって、もしかしたら殺されるかもしれなかったとか。
グレンがいなかったから一人で対応していたとか……大変だな。
ちょうど今まとめている内容と似通ったことがあるからとノートを見せてやると、なぜかえらい褒められた。
勉強をしているのがすごいという。
「兄貴は昔から勉強できたのにさ、今でもずっと勉強してるじゃないか。いい学校行ってるし」
「自分の勉強は逃げだからそんなすごいもんでもない」と返すとまた、
「……それでも並大抵の努力じゃできない、すごいことじゃないか。逃げだろうが代償がどうだろうが、もっと誇っていいはずだろ」
と、返ってくる。
笑ってかわしていると、オレの肩に止まっているウィルが飛んでいってアイツの頭に着地してピヨピヨと鳴いた。
どうやらオレは今めちゃくちゃ嬉しいみたいだ。
両親の前には現れないウィル。だけどコイツのことはどうやら苦手ではない……というか、むしろ好きらしい。
――コイツとの関係性は不思議だ。
弟だけどオレよりも人生長く生きている。
恵まれた体格、それに元竜騎士だから武器の扱いにも長けていて、この前オヤジと手合わせをした時は圧倒的なウデでオヤジを打ち負かした。
グレンもかなりすごいが、それと同等くらいだった。
負けたけどオヤジはすごく嬉しそうだった。
それを見てオレは「やっぱり弟の方がオヤジの望む理想なんだろうな」とか思っていた。
オレにとって今のカイルは、ともすればコンプレックスを抱いてしまいそうな存在だ。
ところが別に顔を合わせたくないとかそういう気持ちはない。
コイツはオレをやたらと褒める。オレがロイエンタール高等学院に行っていたと聞いた時も、とんでもなく褒め称えられた。
「えっ、兄貴、ロイ高なの!? あの、伝説の!?」とかなんとか、語彙が消滅した言葉で。
フランツみたいに目がキラキラしていた。
「伝説ってなんだよ……そんなすごくもねえよ」
「いやいやすごいだろ。……もっと誇れよぉ」
シュンとした大型犬みたいな佇まいでそう言われた。
オレは曖昧に笑って済ましたが、ウィルは鳴きまくりながらアイツの周りを飛び回っていた。喜びの舞だ。
――いや、オマエの方がよっぽどすごいんだが。
弟だと知るまでは、別世界のすごいヤツみたいな認識だった。
そいつがガキの頃と同じに「兄ちゃんすごいな!」とオレを褒めまくり、ヘコんだ時はオレの所にやってきてソファーに寝転がりため息をつく。
年上目線の時もあるが、基本的には"弟"として接してくるし"弟"の役をする。だからオレも"兄"の役を気兼ねなくできる。
5年かけて空いていた穴が、心の空白が、コイツに褒められたり"兄弟"をちゃんとすることで少しずつ埋められていくような気がした。
◇
「……なあ、オマエって正確な年いくつなの?」
前々から気になっていたことをふと聞いてみた。
「ええ? 年聞くのやめてほしいなぁ……ちょっと待ってよ」
そう言いながら、カイルは腕に巻いている竜騎士のスカーフをほどき始める。
その中から、小さい頃に買ってもらった子供用のスカーフを取り出して更にほどいてみせた。
中身は前も見たことがあった。アイツが自分で縫い付けた古代文字で書かれた名前と、事故に巻き込まれた日付。
それからいくつかの星の印――カイルはその星の印を指でたどり数え始めた。
「14、15、16……えっとつまり、今28……だから、次の誕生日で29だ」
「へー、その星って年数えてたのか」
「そう。ミランダ教のあの盤は生年月日出るけど本当の生まれ年しか出ないからさあ。年いくつになったかすぐ忘れちゃうんだよね」
「なるほど。これって自分で縫ったのか?」
「まあね」
「最初らへんの星だけなんかキレイだな」
見れば、最初の3つは銀色の糸で縫い付けてあった。4つめからは歪な形の星――年々腕が上がっているのか星の形はキレイに整っていっていた。
「ああ……これは刺繍の先生がやったから」
「先生? ふーん……。そういやオマエもうすぐ誕生日だよな。どうする?」
「どうするって?」
「兄ちゃんがなんかプレゼント買ってやろうか」
「い、いいよ……やめろよ」
「それか何か料理作ってやろうか? グレンもルカもそうしたし」
「いいって」
「遠慮すんなよ。……あ、そーだ。いちごのケーキ作ってやろうか? 好きだったろ」
「……やめろ」
「『もてなしてよ』っつったじゃんか。今はいちご好きじゃないのか?」
「好きだけどやめろよ」
「どうする? 3段くらいのヤツ作ってやろうか。思う存分いちご食え」
「やめろよ、お前! やめろ!」
カイルは真っ赤な顔でソファーに置いてあるカニの形のクッションをこっちへ投げつけてきた。
「はあ? 兄ちゃんに向かってお前ってなんだよ無礼者がぁ」
そんな風にイジり続けていると、やがてカイルは笑いながらもでかいため息を吐いて「あーもう、今日は帰るよ」と帰る準備をし始めた。
メシ作ってやろうかと持ちかけるも「砦にちびっ子残してきてるし」と断られた。
名残惜しそうに周りを飛び回るウィルに「また来るよ」と笑いかけ、そして去っていった。
◇
カイルが帰ったあと、オレはまた机に向かっている。闇魔術の歴史、それにエルナさんの手記を見ながら。
――足りない、足りない、私はずっと足りていない。
アイツは足りないものはないのかな。
そこは弟とはいえ年上だから、オレが気にかけることじゃないのかもしれないけど。
――醜い自分はあの人にふさわしくない、だけど欲しい、彼は私のもの。
「……醜い自分はふさわしくない。だけど欲しい、彼は私のもの……か」
この一文に、頭をよぎるものは確かにある。
(いやいや、オレのものなんかじゃ全然ねえし……何考えてんだ)
無謀にも貴族令嬢に告白した。……婚約者がいるとお断りされました、それで終わりだ。
けど再会したあの日、泣きそうな目で縋るように見上げてきたあの顔が忘れられない。
ちょっと腕をつかんで引き寄せれば自分のものになってしまうんじゃないだろうかと錯覚した。
(ダメだダメだ……ヤバすぎる)
頭をブンブン振って危険な考えを振り払う。
「オレはどうしたいんだろなぁ、ウィル」
ごまかすように傍らのウィルに訊いてみるも、チチチと鳴くだけ。
「はぁ……」
でかいため息をひとつ。
オレは思い通りにならない"何か"のため、またノートを開いて勉強を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる