【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

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10章 "悲嘆"

3話 花と少女―アルノー

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「アルノー、ちょっと聞きてえことがあってさ……思い出したくねえだろうけど、どうしても頼みてえんだ」
 
 ある日、学生時代の友達のジャミルからそう言われたので会う約束をした。
 闇堕ちをしかかった時、そして僕が入っていた保養施設の話だ。
 何故そういう話を聞きたいのか分からないけれど、自分の分かる範囲で説明をした。
 
 あの頃の意識ははっきりしない。
 暗い海に投げ出され、水面に浮かんでずっと漂っていた。
 たまに意識が現実に引き戻されたときはずっと景色だけを眺めていた。
 夢の中では常に生ぬるい風が吹いていて気持ち悪かった。
 あの風の感覚、前も一度味わったことがあるような、ないような――何の時だったかな?
 
 学校の連中が見舞いに来た。
 あれだけ偉そうに上から物申して「空調くん」なんていじってくれたのに、立派な花束を抱えて「あの時はごめんね」なんて言ってきた。
 手のひらの返し方がすさまじくて思わず笑ってしまったら、全員悲鳴を上げながら逃げていった。
 
 ――どうでもいい。今考えたいことがあるんだから邪魔しないで欲しかった。
 
 持ってきた花は気分が悪いから職員に持って行ってもらった。
 
(花……)
 
 花に何か引っかかりを覚えるが何故なのか分からない。
 花は嫌いじゃないし、見れば心が綻ぶくらいはする。でもその程度だ。特別好きというわけではないし、育てたり飾ったりもしない。
 特別なエピソードなんか何もない。
 ないはずなのに――。
 
 
 
 闇堕ちをしかかってから、幾度となく同じ夢を見るようになった。
 
 小さな女の子と遊ぶ夢だ――女の子は僕を"お兄ちゃま"と呼ぶ。夢の中ではいつもこの"妹"と遊んでいた。
 僕も女の子を呼ぶが、名前の部分にいつもノイズがかかって聞き取れない。
 でもそれでいい。
 そもそも僕には妹なんていない。
 それなのに、何度も夢を見るうちに本当に妹がいたような気がしてきている――その時点で相当に危ないのに、このうえその「実在しない妹」に名前までついていたら僕はもう本格的に頭がおかしい。
 危険な状況から脱して保養施設から退所はしたが、今もこの夢を見続けている。
 何をもってして闇堕ちをしなかったと言えるのか分からない。この先もずっと妄想と幻覚を見続けるんだろうか?
 
 
 ◇
 
 
「お兄ちゃまっ!!」
「うわっ!?」
 
 友達のジャミルと会ったあと、彼が「連れの女の子を迎えに行く」と言うので何の気なしについて行ったら、その女の子が大声を出しながら僕に抱きついてきた。
 小柄な子だったが無防備なところに全力で突進してきたものだからバランスを崩し、女の子もろとも倒れてしまった。
 
「お兄ちゃま! お兄ちゃま! お兄ちゃまなのね!!」
 
 女の子は僕の上に馬乗りになったままぽろぽろ涙を流し、僕の顔が涙で濡れる。
 
「い、痛い……な、何? 何なの? ……誰!?」
「オイ、ルカ! 何やってんだやめろ!」
 
 慌てたジャミルが僕から女の子を引き剥がす。
 この子は"ルカ"という名前らしい……が、もちろん知らない。
 薄い紫がかったピンク色の髪に、藍色の瞳。どこの国の人間かも分からない。僕を"お兄ちゃま"と呼ぶことだけはあの夢の女の子と同じだが……。
 
「オイ、大丈夫かアルノー……ケガは」
「う、うん、大丈夫……」
「ルカ! オマエいきなり何すんだよ! 謝れよ!」
「お兄ちゃま、お兄ちゃまなの……わたしの」
 
 うるうるとした瞳で震えながら呟く。
 "ルカ"と呼ばれているが、それは多分本当の名前じゃないだろう。試しに言ってみようとしても口から出ない。
 まとっている風の色が違う。それにあの夢の女の子の名前としても何かしっくりこない。
 
(何考えてるんだ……!)
 
 ――"妄想の妹の名前"としてしっくりこない? 何だそれは、気持ちが悪い。
 なんなんだこの子は、どうして僕をお兄ちゃまと呼ぶんだ。どうして、夢の女の子と同じ呼び方を――。
 
「……ひ、人違いじゃないかな。僕には妹はいないよ」
 
 急におかしなことを言ってくる変な子だが彼女はジャミルの仲間だ、できるだけ穏便に済ませたい。
 表面上は努めて柔らかく対応しているつもりだが、無性にイライラする。
 
「でも、でも、紋章のぬくもりが」
「紋章……なんでそんな、」
 
 彼女は紋章使いなのか。だから僕が紋章を持っていることが分かる。
 でも僕には何も感じない。――駄目だ、早くここから立ち去りたい。不快だ、消えて欲しい。
 
「わたし、今紋章出せない。でもお兄ちゃまなの。わたし、わたしの……わ、たし、は、ル……ア、う……っ、ぐ……っ」
「ル、ルカ! 大丈夫か!?」
 
 苦しそうに首元を抑える"ルカ"にジャミルが駆け寄るが、僕はそれには構わずきびすを返した。
 
「ごめん、僕もう帰るよ」
「え? あ、ああ。……悪かった、アルノー」
「大丈夫――」
「お兄ちゃま! 行かないで!!」
「うるさいっ!! お前なんか知らないよ!!」
「ヒッ……」
 
 自分でも想定外の大声が出てしまった。
 "ルカ"は僕を見上げ、肩と唇を震わせて涙をボロボロと流す。
 
「ア、アルノー! どうしたんだよお前、さすがに言い過ぎ……」
「帰る! 二度とこの子を僕に近づけないで!!」
 
 返事も何も聞かず、僕はその場から全速力で逃げた。
 ――頭の中はグチャグチャだ。
 あんな剣幕で怒鳴りつけることはなかったという後悔と、何故あの子は夢の女の子と同じに僕を"お兄ちゃま"と呼ぶのかという疑問。
 気持ち悪い。不快だ。僕は現実を生きているのに、妄想が実像を形作ろうとしている。
 
 
 ◇
 
 
 ――その夜、また"妹"の夢を見た。
 飽きるほど見た、花畑で僕が作った花冠を"妹"にかぶせてあげる夢だ。
 
 花冠なんて、僕に作れただろうか? 作ってみようと思ったことがないから分からないな。
 今度試しに作ってみようか……いや、何を考えてるんだ。
 妄想の妹に贈った冠を作ってみようだなんて、それこそどうかして――。
 
「こんにちは」
「え? あ、はい。こんにちは……」
 
(……何だ……?)
 
 ――いつもと違う。ただただ妹と二人で遊んでいるだけの夢だったのに、登場人物が増えた。
 黒い法衣を身にまとった男が遊んでいる僕達に話しかけてきた。長い黒髪を束ね、目は灰色、肌は雪のように白い――ノルデン人だ。
 男は僕達にうやうやしくお辞儀をしてにっこりほほえんだ。
 
「君たちは、兄妹なのかな?」
「……はい」
「こんにちは、お嬢さん。その花冠は、お兄ちゃんに作ってもらったの?」
「うん!」
「そう。仲良しなんだね」
「うん! わたし、おにいちゃま、だいすき!!」
「…………」
 
 黒衣の男はまたにっこりとやわらかくほほえむが、何故か僕は彼が優しい人と思えない。
 生ぬるい、気持ち悪い風が吹く。
 
(これは……この風は……!)
 
 闇堕ちしそうな時に感じた風と同じだ――知っているような気がすると思っていたが、これだったのか。
 嫌な風だった……あれは紋章がこの男の危険性を知らせてくれていたんだ。
 ああ――これは夢じゃない、過去の記憶だ。
 どうしてこの出来事がすっぽ抜けていたんだろう? 一体何があった?
 
「君たちのお父さんとお母さんに会いに来たんだけれど、案内してくれるかな?」
「はい。えっと、お兄さんのお名前は……」
「ロゴス。"光の塾"から来ました」
「…………。えと、分かりました」
 
 ――寒気を覚えた。
 あの時は"光の塾"という単語を聞いて「塾に入れられるからだ」と思ったが、違う。
 名前だ。"ロゴス"という名前に底の知れない恐ろしさを感じる。
 この男は危険だ。親を呼びに行っちゃ駄目だ。そう思うのに身体は思うように動かない。
 仕方がない。ただ僕の意識が子供の自分に乗り移り、過去を追体験しているだけに過ぎないんだから。
 幼い僕は男に言われるままに両親を呼びに行った。
 何なんだ、この男は。何をしに来た……?
 
 
 ――――――――――……………………
 
 
「アルノー? どうしたの」
「えっ」
「ボーッとしちゃって。冷めちゃうから早く食べなさい」
「あ……うん」
 
 急に場面が切り替わり、僕は母と共に食卓にいた。
 ――なんだ? さっきまでのやりとりはどうなった? 気になるが、やはり過去をなぞらえることしかできない。
 
「あれ……? ねえ母さん、これは?」
「え?」
 
 僕の席の隣に、1人分の食事が余分に並べられていた。
 僕と、母と、父――父は家にいないことが多いから、食事は大体僕と母の2人だ。
 それなのに3人分の食事が用意されていた。花柄のかわいい食器に盛り付けられた食事は、大人が食べるにしては量が少なく感じる。
 ……誰の分だろう?
 
「お客さんが来るの?」
「いいえ、違うわ。これは、あの子の……」
「あの子? だーれ?」
「え、誰って、……誰……かしらね……? いやだわ、おかしいわね」
「…………」
 
 苦笑しながら母は余分に用意した食事を片付ける。
 いつからか、母はこんな風に食事を1人分多く作るようになった。
 朝は必ずパンケーキを焼き、飲み物もちゃんと用意する。
 夏頃にはケーキを買ってくる。カットされたものでなく、誕生日で食べるようなホールのケーキだ。
 なぜかろうそくまで付けてもらっていた。始めは7本――年を追うごとに本数は増えていく。
 父は「気味が悪いからやめろ」と怒るが、それでも母はなぜか食事を1人分余計に作り、ケーキを買ってくる。
 さらに、小さい女の子が好むようなぬいぐるみや小物も買い集めていた。
 
 何度言われても母はその儀式じみた行いを繰り返す。腹を立てた父が母を殴り罵倒するようになるのにそう時間はかからなかった。
 母はだんだん壊れていき、やがて父の言うことに従うだけの人形になった。
 僕が父に反抗しても、どれだけ父の言い分が正当性を欠いていても「お父さんを怒らせないで」とこちらをたしなめるのみ。「お前のしつけが悪い」だのなんだのと罵られるからだろう。
 
 粗暴な父はもちろんのこと、僕はこの母も嫌っていた。
 いつもいない人間の食事を作り誕生日ケーキを買う。それも、毎年ろうそくを増やして……。
 父の浮気と暴力に疲れて現実逃避をしているのかもしれないが、それにしたって気味が悪すぎないか?
 父と同じく、僕も母は頭がおかしいと思っていた。だがそれは間違いだった。母はおかしくなんかなかった。
 
 僕には妹がいた。しかしある日――恐らくは"ロゴス"という男が来た日を境にどこかへ行ってしまい、家族は皆あの子の存在を忘れた。
 
 でも唯一、母だけは記憶をなくしても"娘"の存在が魂に刻まれていた。
 だからずっと食事を作っていた。妹が好みそうなおもちゃを買って、誕生日にはケーキを買っていたんだ。
 自分が産んだ、魂と血を分けた娘をずっと求めて……。
 
(母さん……!)
 
 自分はなんて愚かだったんだ。
 目に見えるものだけが真実として、母を壊れた狂人扱いした。
 憎んで軽蔑していた父や、僕を嘘つき無能呼ばわりした魔術学院の人間と何ら変わらないじゃないか。
 
 僕には妹がいた。4人家族だった。だけどあの"ロゴス"が妹を"光の塾"という所に連れて行ったんだ。
 ――あの子が妹かどうかは分からないが、謝らなければいけない。母にもだ。
 どうやったら、あがなえる……。
 
 
 ――――――――――……………………
 
 
 あの女の子と会って数日後、思わぬ形で再び"光の塾"の名を目にすることになった。
 
『孤児院・塾を騙って子供を集め禁呪の素材とする反社会的組織を検挙した』――という、新聞の一面記事だった。
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