218 / 385
10章 "悲嘆"
13話 リンドウの花
しおりを挟む
「そこの可愛いお嬢さん」
「え……?」
ポルト市街で買い物をしていたら、後ろから女性に呼び止められた。
振り向くと薄い紫の布で頭と口元を覆い隠した女性が、やはり紫の布をかぶせたテントの中で小さな円卓に腰掛けていた。
布に覆われていて眼しか見えないけれど、青い瞳の女性――見るからに占い師といった風貌だ。
卓上には小さな赤いクッションのようなものに乗った水晶玉と、花を活けた花瓶。
(こんなのさっきまであったかな……?)
「可愛いお嬢さん」なんて呼び止められて振り向いちゃったけど、自分じゃなかったら恥ずかしいな……。周りをキョロキョロ見回してみるも、女の人はいない。
そんなわたしの様子を見て占い師の女性は首を傾け目を細めて「ふふっ」と笑った。
「貴女よ、貴女しかいないじゃない」
「は、はあ……」
「お一人? 今日は、お買い物かしら」
「はい」
ルカを捜したりグレンさんの看病だったりでバタバタしていて買い物が全然できなかったからちょっと行ってきて欲しい、と頼まれてわたしはジャミルと食材の買い出しに来ていた。
今は別の店に買い物に行ってなかなか戻ってこないジャミルをボーッと突っ立って待っている状態。
「もしお暇なら、占いでもいかがかしら?」
「占い……いえ、待ち合わせ中ですし、そういう気分じゃ」
「お連れさんが来るまでの間でもいいわ。お話をしていかない? お金は取らないわ」
「…………それじゃあ」
――わたしはグレンさんのそばにいたいし、今日は本来は仕事の日じゃない。
ジャミルと買い物なら、彼女のベルが行けばいいのに。
そもそも、みんな食べたいもの自分で作れるじゃない――そんな風に思ってイライラしてしまっていた。
このままだと良くない。誰かに八つ当たりしてしまいそうだ。
でも全然関係ない人に話すことで少しはすっきりするかもしれない――わたしは女性の言葉に甘えることにした。
◇
「座ってちょうだいな」
「はい……」
導かれるままテントの中に入り、女性の正面の椅子に腰掛けた。
昼間だけど、テントの布地が意外に厚いらしく中は薄暗い。
天井から、星をかたどったキラキラの物体がいくつもぶら下がっている。
竜騎士団領で見たことある「花水晶」の元になる魔石かな?
(きれい……)
簡素な作りだけど、外とはまるで別世界のよう。
何かアロマでも焚いているのか、リンゴのような香りがする。
それと、テーブルの花瓶に活けてある花は――。
「リンドウの、花……」
「ええ。綺麗でしょう? 私、この花が好きなの。それなのに最近話題の宗教団体のイメージがついて、迷惑しているのよ」
「あ…………」
思わず言葉に詰まってしまう。
光の塾が宗教団体になる前に、人を集めるために開祖のニコライが開いていた"リンドウの集い"という人生相談窓口――まさにそのことを考えていた。怪訝な顔をしてしまっていたのだろうか?
「ごめん、なさい……」
「謝ることはないわ。さあ、あなたのことを聞かせて?」
そう言うと女性はにっこりと笑った。目元しか見えないけど、そのまなざしは温かい。
◇
女性に簡単ながら自分の話をした。
自分の生い立ち、薬師の学校に通っていること、バイトをしていること。
そのバイト先で、今トラブルを抱えていること――。
「そう。雇い主さんとお付き合いをしていて、今その人は倒れてらっしゃるのね」
「はい。その……肉体的にも精神的にも、大変で……それで、わたしにできることはないかって思っているんですけど」
「そう……少し待ってね」
女性が水晶玉に両手をかざし両目を閉じると、水晶が白く淡い光を放つ。
わたしには光ってるようにしか見えないけど、この人には何か見えているんだろうか?
未来が見えるっていうなら、黒魔術じゃないのかなあ……なんて、そんなこと考えちゃ駄目だよね。
しばらくすると、女性は静かに目を開けた。
「……水晶の光は"停滞"の様相を示しているわ。現状維持しかないでしょうね……下手に動くと二人とも傷ついてしまう」
「現状、維持……」
水晶の光がぼんやりと消えていく。
――現状維持ということは、このまま彼のそばにいて何か話してくれるのを待つしかない……せめて占いくらいはいい結果が出たら安心できたのに。
「ねえ……レイチェルさん」
「あ、はい」
「言いにくいのだけれど、そのアルバイトを辞めてしまうというのも手よ」
「え、なんで……」
「彼の不調はともかくとして、貴女の不調はそこで働いていることによるもの。なら大元を絶ってしまえば、貴女は苦しまないで済むわ。テストの成績が上がった、下がった……日々の悩みもその程度で済むの」
「……どういう、意味ですか」
自分の日常を"その程度"呼ばわりされたようでカチンときてしまい、語気が強めになってしまう。
「ごめんなさい、誤解しないで。でも、考えてちょうだい……あなたの悩みって、別に抱かなくてもいいものではない? 貴女の愛する男も、今は好きでも別れて年月が経ってしまえば、情熱を燃やしたことを悔いる日が来るかもしれなくてよ」
「やめてください! なんで、別れるなんて言われないといけないんですか!?」
カッとなって立ち上がっても女性の目元は柔らかい笑みのまま……布に覆われて見えない口元はどんな風なんだろう。
表情が読めないから、余計にイライラしてしまう。
「嫌なことを言ってごめんなさいね。でも、何の事情も知らない人間から見れば貴女の恋ってそんなものよ。若いから、お互いが唯一絶対の存在だなんて思ってしまって……それってとても不毛よ」
「……」
「考えてもごらんなさいな。お相手は26歳、貴女は18歳でしょう。そんな年の差のある女の子に支えてもらわないといけないなんて、そんな弱い男果たして必要かしら? 貴女の人生を食い潰すような男を背負っていくよりも、早く見切りを付けて新しい恋を見つけるのも手よ。そう……色々と捧げて、傷ついてしまう前にね――」
「もう、いいです! わたし帰ります! ありがとうございました!」
ガバッと礼をして強制的に話を終わらせる――テントのカーテンを開けると、後ろから「ごめんなさいね」と声が聞こえた。
「さようなら、レイチェル・クラインさん……また、来てね」
「……もう来ませんから、お気遣いなく」
「いいえ、きっとまた会えるわ。……私の名前はエリス。エリス・ディスコルディア。覚えておいてね」
「え……? ……し、失礼します!」
開けたカーテンを力任せに素早く閉めて出る。
次の瞬間、そのテントがスッと消えた。
「……えっ……!?」
テントはもちろん、あの占い師の姿もない。幻のようにかき消えてしまった。
「ど、どうして……」
胸騒ぎがする。
――あの女、"エリス・ディスコルディア"って名乗った。
確か、ベルを拉致した人の名前じゃなかった? ベルが言うには、紋章がなくても分かるくらいに恐ろしい呪いの言葉だって。
そんな人に色々話してしまった……大丈夫なんだろうか? 怖い。
やっぱりただで何かしてもらおうっていうのが間違いだった……、
「よう、お待たせ」
「!」
ジャミルが戻ってきた。にこやかな顔で両手に食材を抱えている。
「わりいわりい。やー、あれこれ回ってたら時間かかっちまっ……」
「遅いよ」
「えっ」
「待ち合わせの時間過ぎてるじゃない、何やってたのよ」
「う……ご、ごめん。ハハ……」
気まずそうにジャミルが笑う。
――早く戻ってきてくれてたら、あんな変な事言われずに済んだのに。
結局相談前よりもさらにイライラして、きつい言葉を投げてしまった。
ああもう、自分が嫌になる。こんなの完全に八つ当たりだ。
◇
「やあ、お帰り、レイチェル」
「うん」
砦に戻って食事の作り置きをしていたらカイルに声をかけられた。
ジャミルは仕事があるから帰った。
ベルは砦に結界を張って疲れたみたいで部屋で休んでいる。
グレンさんも相変わらず具合が悪いようで眠っている。今日もごはんは要らないと言われてしまった。
「……何か用?」
「いやあ、今日の夕飯は何かな、って」
「ごはんって、誰か食べるのかな? みんな自分で作れるよね、ルカはいないしグレンさんは寝てるし」
つっけんどんにそう返すとカイルは困った顔をして「うん……」と唸る。
もしもグレンさんが起きて食べるものが必要となった時のためにポトフを作っている最中だった。
今、あまり誰にも話しかけられたくない。その気分が今の動作に出てしまっている。
叩きつけるように大きな音を立てながら野菜を無意味に早く切って、それをお水が跳ね返るくらいに投げ入れて……駄目だ、こんなの。不機嫌アピールなんて、子供じゃあるまいし。
だけどそもそもわたしは、今日の占い師の女性の件の他にモヤモヤしていることがいくつもあった。
「カイル……わたしの両親に、ここにテスト休み中も泊まること言ってくれたんだよね?」
「ああ、うん」
「……わざわざありがとう。でも、なんでそこまで」
「なんでって……バイト先とはいえ、男のいる所に勤務時間外も外泊し続けてるのはね……俺達はグレンのこと知ってるけど、おっちゃんおばちゃんにとっては知らない男だし、特におっちゃんは気に入らないんじゃないかなーって思って。……事実、『それならどうして雇い主の男があいさつに来ないんだ』って言ってたし」
「お父さんもカイルも大げさだなあ……」
「大げさじゃないよ。女の子の親なら当然でしょ」
「…………」
「イレギュラーな仕事させることになったけど隊長のグレンが挨拶に行けない、だから副隊長の俺が行った。大人の責任果たしただけだよ」
「……そう。なんか担任の先生みたいだね」
二人とも無言になり、厨房にはぐつぐつと野菜が煮える音だけが響く。
カイルは困ったように笑って頬を掻いている。
さっきから嫌な言い方ばかりしているんだから当然だ。
カイルの言うことは理屈が通っている。何も間違っていない。だけど何か納得がいかない。
「……ベルが最近、砦に何か魔法かけてるよね」
「ああ……あれ。賞金首の男もうろうろしてるし、物騒だからちょっと結界を」
「結界って魔物が入れなくするやつ? ……賞金首の人は赤眼だけど魔物じゃないのに、変なの」
「レイチェル? ……どうしたんだよ。何を、そんな――」
「何もないよ。質問してるだけじゃない」
「…………」
鍋のふたがカタカタと音を立て始めたので火を弱めた。
湯気がもわもわと立ち上って、いい匂いだ。
でも出来上がっても彼は食べないかもしれない――ここ数日、ずっとそうだ。
誰のために、わたしは何をしているのだろう。
「ねえ……グレンさんの魔力欠乏症って、そんなに酷いのかな? 薬飲んで安静にしてたら一日二日で治るって本に書いてあったよ。それにしょっちゅう紋章が光ってるの。あれって魔法かな? 使っても大丈夫なのかな? やっぱり紋章使っての魔法は、ちょっとちがうのかな?」
「…………レイチェル」
「ねえ」
「んっ?」
「……みんな、何か隠してない?」
「え……?」
ポルト市街で買い物をしていたら、後ろから女性に呼び止められた。
振り向くと薄い紫の布で頭と口元を覆い隠した女性が、やはり紫の布をかぶせたテントの中で小さな円卓に腰掛けていた。
布に覆われていて眼しか見えないけれど、青い瞳の女性――見るからに占い師といった風貌だ。
卓上には小さな赤いクッションのようなものに乗った水晶玉と、花を活けた花瓶。
(こんなのさっきまであったかな……?)
「可愛いお嬢さん」なんて呼び止められて振り向いちゃったけど、自分じゃなかったら恥ずかしいな……。周りをキョロキョロ見回してみるも、女の人はいない。
そんなわたしの様子を見て占い師の女性は首を傾け目を細めて「ふふっ」と笑った。
「貴女よ、貴女しかいないじゃない」
「は、はあ……」
「お一人? 今日は、お買い物かしら」
「はい」
ルカを捜したりグレンさんの看病だったりでバタバタしていて買い物が全然できなかったからちょっと行ってきて欲しい、と頼まれてわたしはジャミルと食材の買い出しに来ていた。
今は別の店に買い物に行ってなかなか戻ってこないジャミルをボーッと突っ立って待っている状態。
「もしお暇なら、占いでもいかがかしら?」
「占い……いえ、待ち合わせ中ですし、そういう気分じゃ」
「お連れさんが来るまでの間でもいいわ。お話をしていかない? お金は取らないわ」
「…………それじゃあ」
――わたしはグレンさんのそばにいたいし、今日は本来は仕事の日じゃない。
ジャミルと買い物なら、彼女のベルが行けばいいのに。
そもそも、みんな食べたいもの自分で作れるじゃない――そんな風に思ってイライラしてしまっていた。
このままだと良くない。誰かに八つ当たりしてしまいそうだ。
でも全然関係ない人に話すことで少しはすっきりするかもしれない――わたしは女性の言葉に甘えることにした。
◇
「座ってちょうだいな」
「はい……」
導かれるままテントの中に入り、女性の正面の椅子に腰掛けた。
昼間だけど、テントの布地が意外に厚いらしく中は薄暗い。
天井から、星をかたどったキラキラの物体がいくつもぶら下がっている。
竜騎士団領で見たことある「花水晶」の元になる魔石かな?
(きれい……)
簡素な作りだけど、外とはまるで別世界のよう。
何かアロマでも焚いているのか、リンゴのような香りがする。
それと、テーブルの花瓶に活けてある花は――。
「リンドウの、花……」
「ええ。綺麗でしょう? 私、この花が好きなの。それなのに最近話題の宗教団体のイメージがついて、迷惑しているのよ」
「あ…………」
思わず言葉に詰まってしまう。
光の塾が宗教団体になる前に、人を集めるために開祖のニコライが開いていた"リンドウの集い"という人生相談窓口――まさにそのことを考えていた。怪訝な顔をしてしまっていたのだろうか?
「ごめん、なさい……」
「謝ることはないわ。さあ、あなたのことを聞かせて?」
そう言うと女性はにっこりと笑った。目元しか見えないけど、そのまなざしは温かい。
◇
女性に簡単ながら自分の話をした。
自分の生い立ち、薬師の学校に通っていること、バイトをしていること。
そのバイト先で、今トラブルを抱えていること――。
「そう。雇い主さんとお付き合いをしていて、今その人は倒れてらっしゃるのね」
「はい。その……肉体的にも精神的にも、大変で……それで、わたしにできることはないかって思っているんですけど」
「そう……少し待ってね」
女性が水晶玉に両手をかざし両目を閉じると、水晶が白く淡い光を放つ。
わたしには光ってるようにしか見えないけど、この人には何か見えているんだろうか?
未来が見えるっていうなら、黒魔術じゃないのかなあ……なんて、そんなこと考えちゃ駄目だよね。
しばらくすると、女性は静かに目を開けた。
「……水晶の光は"停滞"の様相を示しているわ。現状維持しかないでしょうね……下手に動くと二人とも傷ついてしまう」
「現状、維持……」
水晶の光がぼんやりと消えていく。
――現状維持ということは、このまま彼のそばにいて何か話してくれるのを待つしかない……せめて占いくらいはいい結果が出たら安心できたのに。
「ねえ……レイチェルさん」
「あ、はい」
「言いにくいのだけれど、そのアルバイトを辞めてしまうというのも手よ」
「え、なんで……」
「彼の不調はともかくとして、貴女の不調はそこで働いていることによるもの。なら大元を絶ってしまえば、貴女は苦しまないで済むわ。テストの成績が上がった、下がった……日々の悩みもその程度で済むの」
「……どういう、意味ですか」
自分の日常を"その程度"呼ばわりされたようでカチンときてしまい、語気が強めになってしまう。
「ごめんなさい、誤解しないで。でも、考えてちょうだい……あなたの悩みって、別に抱かなくてもいいものではない? 貴女の愛する男も、今は好きでも別れて年月が経ってしまえば、情熱を燃やしたことを悔いる日が来るかもしれなくてよ」
「やめてください! なんで、別れるなんて言われないといけないんですか!?」
カッとなって立ち上がっても女性の目元は柔らかい笑みのまま……布に覆われて見えない口元はどんな風なんだろう。
表情が読めないから、余計にイライラしてしまう。
「嫌なことを言ってごめんなさいね。でも、何の事情も知らない人間から見れば貴女の恋ってそんなものよ。若いから、お互いが唯一絶対の存在だなんて思ってしまって……それってとても不毛よ」
「……」
「考えてもごらんなさいな。お相手は26歳、貴女は18歳でしょう。そんな年の差のある女の子に支えてもらわないといけないなんて、そんな弱い男果たして必要かしら? 貴女の人生を食い潰すような男を背負っていくよりも、早く見切りを付けて新しい恋を見つけるのも手よ。そう……色々と捧げて、傷ついてしまう前にね――」
「もう、いいです! わたし帰ります! ありがとうございました!」
ガバッと礼をして強制的に話を終わらせる――テントのカーテンを開けると、後ろから「ごめんなさいね」と声が聞こえた。
「さようなら、レイチェル・クラインさん……また、来てね」
「……もう来ませんから、お気遣いなく」
「いいえ、きっとまた会えるわ。……私の名前はエリス。エリス・ディスコルディア。覚えておいてね」
「え……? ……し、失礼します!」
開けたカーテンを力任せに素早く閉めて出る。
次の瞬間、そのテントがスッと消えた。
「……えっ……!?」
テントはもちろん、あの占い師の姿もない。幻のようにかき消えてしまった。
「ど、どうして……」
胸騒ぎがする。
――あの女、"エリス・ディスコルディア"って名乗った。
確か、ベルを拉致した人の名前じゃなかった? ベルが言うには、紋章がなくても分かるくらいに恐ろしい呪いの言葉だって。
そんな人に色々話してしまった……大丈夫なんだろうか? 怖い。
やっぱりただで何かしてもらおうっていうのが間違いだった……、
「よう、お待たせ」
「!」
ジャミルが戻ってきた。にこやかな顔で両手に食材を抱えている。
「わりいわりい。やー、あれこれ回ってたら時間かかっちまっ……」
「遅いよ」
「えっ」
「待ち合わせの時間過ぎてるじゃない、何やってたのよ」
「う……ご、ごめん。ハハ……」
気まずそうにジャミルが笑う。
――早く戻ってきてくれてたら、あんな変な事言われずに済んだのに。
結局相談前よりもさらにイライラして、きつい言葉を投げてしまった。
ああもう、自分が嫌になる。こんなの完全に八つ当たりだ。
◇
「やあ、お帰り、レイチェル」
「うん」
砦に戻って食事の作り置きをしていたらカイルに声をかけられた。
ジャミルは仕事があるから帰った。
ベルは砦に結界を張って疲れたみたいで部屋で休んでいる。
グレンさんも相変わらず具合が悪いようで眠っている。今日もごはんは要らないと言われてしまった。
「……何か用?」
「いやあ、今日の夕飯は何かな、って」
「ごはんって、誰か食べるのかな? みんな自分で作れるよね、ルカはいないしグレンさんは寝てるし」
つっけんどんにそう返すとカイルは困った顔をして「うん……」と唸る。
もしもグレンさんが起きて食べるものが必要となった時のためにポトフを作っている最中だった。
今、あまり誰にも話しかけられたくない。その気分が今の動作に出てしまっている。
叩きつけるように大きな音を立てながら野菜を無意味に早く切って、それをお水が跳ね返るくらいに投げ入れて……駄目だ、こんなの。不機嫌アピールなんて、子供じゃあるまいし。
だけどそもそもわたしは、今日の占い師の女性の件の他にモヤモヤしていることがいくつもあった。
「カイル……わたしの両親に、ここにテスト休み中も泊まること言ってくれたんだよね?」
「ああ、うん」
「……わざわざありがとう。でも、なんでそこまで」
「なんでって……バイト先とはいえ、男のいる所に勤務時間外も外泊し続けてるのはね……俺達はグレンのこと知ってるけど、おっちゃんおばちゃんにとっては知らない男だし、特におっちゃんは気に入らないんじゃないかなーって思って。……事実、『それならどうして雇い主の男があいさつに来ないんだ』って言ってたし」
「お父さんもカイルも大げさだなあ……」
「大げさじゃないよ。女の子の親なら当然でしょ」
「…………」
「イレギュラーな仕事させることになったけど隊長のグレンが挨拶に行けない、だから副隊長の俺が行った。大人の責任果たしただけだよ」
「……そう。なんか担任の先生みたいだね」
二人とも無言になり、厨房にはぐつぐつと野菜が煮える音だけが響く。
カイルは困ったように笑って頬を掻いている。
さっきから嫌な言い方ばかりしているんだから当然だ。
カイルの言うことは理屈が通っている。何も間違っていない。だけど何か納得がいかない。
「……ベルが最近、砦に何か魔法かけてるよね」
「ああ……あれ。賞金首の男もうろうろしてるし、物騒だからちょっと結界を」
「結界って魔物が入れなくするやつ? ……賞金首の人は赤眼だけど魔物じゃないのに、変なの」
「レイチェル? ……どうしたんだよ。何を、そんな――」
「何もないよ。質問してるだけじゃない」
「…………」
鍋のふたがカタカタと音を立て始めたので火を弱めた。
湯気がもわもわと立ち上って、いい匂いだ。
でも出来上がっても彼は食べないかもしれない――ここ数日、ずっとそうだ。
誰のために、わたしは何をしているのだろう。
「ねえ……グレンさんの魔力欠乏症って、そんなに酷いのかな? 薬飲んで安静にしてたら一日二日で治るって本に書いてあったよ。それにしょっちゅう紋章が光ってるの。あれって魔法かな? 使っても大丈夫なのかな? やっぱり紋章使っての魔法は、ちょっとちがうのかな?」
「…………レイチェル」
「ねえ」
「んっ?」
「……みんな、何か隠してない?」
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる