【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

文字の大きさ
228 / 385
◇10-11章 幕間:番外編・小話

神とロゴス

しおりを挟む
 暗闇の底、命の育みのない空間の冷たい土壁に、1人の男がはりつけにされていた。
 下半身と両腕は固まった土壁に埋められ、上半身と顔だけが露出する異様な姿態。
 日の射さないその空間は、自分がこうなってどのくらいの時が経過しているかを数えることも叶わない。
 
 男の名は、ニコライ・フリーデン。
 そして彼をここに縛り付けたのは、"ロゴス"だった。
 かつて彼は幼い"ロゴス"に勉強を教えていた。
 覚えが良い上、年下の子の面倒をよく見てくれる優しい子だった。
 塾を開いてからも同輩の紋章保持者とともに自分の補佐として"光の塾"を引っ張ってくれた。
 
 しかし――。
 
「神よ……私の声が、聞こえておりますでしょうか」
 
 長い黒髪をたなびかせながら、ノルデン人の青年がやってきた。
 青年は時折ここへやってきては彼に"食事"をさせ、蕩々とうとうと何かを語って去って行く。
 "食事"とは、光の塾の信徒の魂、あるいは聖者の心臓だった。この"食事"だけが彼の命を繋いでいた。
 どれくらいのスパンか分からない次の"食事"が届くまで、彼は飢餓状態で無為に生かされている。
 
「神よ、我らが神。お伝えせねばならぬことがあります」
「…………」
 
 青年が両手を広げ、大きな声で高らかに告げる。
 舞台俳優のごとき立ち居振る舞い――目線はいつもどこにあるのか分からない。
 
「我ら光の塾の最後の砦であるロレーヌ支部が見つかってしまいました。"天使"は粗方避難させましたが、"天使候補生"はヒトの手に。ゴミはまとめて処分しました。……というわけで、この先貴方の"食料"を用意できなくなりました」
「…………」
「私はずっと考えておりました。"あの方"の命令で貴方を"神様"としてつなぎ止めるため信徒の魂を捧げてきましたが……それはとても不毛ではないかと」
「…………」
「一部私の利害と一致していましたので言われるがままに行動しておりましたが、それももう終わりです。あなたの命はここでついえる……解放されるのです」
「…………っ」
「……おや、口を開くとは珍しい。もしや私に神託をくださるのですか、神よ」
 
 青年は柔らかく微笑みながら顔の横に長く垂らした髪を耳にかけ、耳をそばだてる。
 
「……ぁ、ァ……」
「はい? ……ああ、そうでした、喋れないのでしたね」
 
 青年が目を閉じて額の紋章を光らせると、いつか「誰か」に掻き切られた喉元の傷が癒えていく。
 
「……さあ、これで話ができるはずです。どうしましたか、我らが神よ」
「…………お」
「はい?」
「おまえは……だれ……だ」
 
 いつぶりか分からない発語は、うまく音を紡ぎ出せない。
 それでも乾ききった喉からようやく言葉を絞り出すと、目の前の青年は一瞬きょとんとした顔をしてすぐにまたいつもの微笑みを浮かべた。
 
「おかしなことをおっしゃる。私はロゴスです、神よ」
「ちがう……おまえ、など、しらない……」
「……貴方の知っているロゴスは死にましたよ。今は私がロゴスです」
「……な、なに、を」
「お忘れですか、神よ。貴方をその姿にして縛り付けているのはあのお方――先代の"ロゴス"様ですよ」
「……ち、が……、かはっ」
「おやおや、これは……本当にお忘れのようだ。縛られすぎて良い時代の記憶だけがリフレインしているのかな? これでは先代も浮かばれない。少し、お待ちくださいね」
 
 そう言うと青年は転移魔法で姿を消し、しばらくののち、新聞を手に戻ってきた。
 そして新聞を広げ、とある記事を指さして見せる……それは、光の塾に属していたとある男の日記だった。
 
「覚えておいでですか、この塾生を。名前は確か……そう、パオロでしたね。"神使しんし"でした」
「…………」
「この日記にある通り、神使パオロ殿は脱退をしようとしました。そののち全ての罪を明らかにするつもりだったようですがそれは叶わず、捕らえられ拷問の末に死にました……貴方の命令で」
「…………ち、ちが」
「いいえ違いません。貴方は傍にいる部下に目をやりながら『神罰を下さねばならぬ』と言いました。それは『捕らえよ』という命令に他なりません……それで先代の怒りを買ったことをお忘れでしょうか」
「……パオ……ロ」
 
「先代とパオロ殿は、光の塾が始まるより前からの幼なじみでした。先代は"ロゴス"という"聖なる御名"を名乗り始めたことで過去の記憶を失いましたが、パオロ殿が自分がいない間に殺されていた事実にショックを受け記憶が戻りました。先代がこの新聞にあるパオロ殿の日記を手に貴方を問い詰めた時、貴方は何と言いましたか」
「…………」
 
「『私は殺せなどと命令していない』『全部部下が勝手にやったこと』……貴方はそうおっしゃいました」
「いって、いな……」
「言いましたよ。……また、先代は聖なる御名――"ロゴス"という名を自ら名乗りましたが、それは貴方が先代の前でしきりに『私は無能なので聖なる御名を名乗れない』『誰か魔力と求心力のある者が名乗ってくれればいいのだが』と漏らしておられたからこそ。貴方は、自分を敬愛する先代の気持ちを利用したのです。……そして、パオロ殿の件を問い詰められた貴方は、聖なる御名の件と併せて『私は命令していない』『お前が勝手にそんな大それた名前を名乗りだした』と手のひらを返し、最後には『前々からお前達はやりすぎだと思っていた』と怒鳴り散らしましたね」
「……あ……う」
 
「敬愛する貴方に裏切られ怒り狂った先代は貴方をめった刺しにして、ご自身の命を魔器ルーンにして貴方に禁呪――不死の呪いをかけました。その日を境に光の塾はあなたの魂を現世に縛り付けるため祈りを捧げる機関になりました。お忘れですか」
「ぐ……」
「祈りは力。そして、祈りは縛りでもあります。皆が神たる貴方を信じて祈りの言葉を唱えれば、それだけ貴方は生き長らえます。そして……死こそが救済というわけです」
「……がっ、ぐ……」
「喉の調子がお悪いですか? 最後の晩餐は喉にいいものにしましょうか……?」
 
 言いながら、"ロゴス"と名乗る知らない青年は握った手をあごに当てながらくつくつと笑う。
 
「さい、ご……」
「はい。先ほど申し上げた通り、貴方を生かす手段がないのです。先代の呪いも永遠ではない……ですから貴方はこのままここで死んでください」
「……な」
「聖銀騎士とやらに見つかるのが先か、貴方が衰弱死するのが先か……どちらにせよ貴方はきっと後世まで名前が残ります。『信徒の魂を喰らいながら永遠を生きようとした神もどきの男』とでもなるでしょうか? そうすれば、先代の復讐も果たされるでしょう。私ももう、くだらぬ役をやらなくて済むのです」
「だれ、だ……、おまえは、だれだ……!?」
 
 渾身の力で言葉を絞り出した。
 自分がここに磔にされてから目の前に現れるようになったこの青年を彼は知らない。
 死ぬ前に、この得体の知れない男の正体をどうしても知りたかった。
 
「"誰"とは? 貴方にとって、他者の名前などどうでもいいことでしょう。貴方は自分に益をもたらす者の名しか覚えないのですから」
「…………」
「私は"ロゴス"ですよ。貴方が"神"となった日、先代の周りにいました。先代が死の間際に私を選び、その御名と記憶を継承して……とばっちりで"ロゴス"にされてしまいました、全く迷惑な話です」
「おまえは、だれだと、きいている!!」
「"ロゴス"という聖なる御名を授かり通常なら記憶を失うところですが、私は失わなかった。この額の紋章のおかげでしょうか」
 
 額の紋章を光らせ、黒髪の青年は柔らかく微笑む。
 
 ――また勝手に聞いてもいないことを喋り出す。
 何なんだ、この男は。もううんざりだ、一人芝居など聞いていられない。
 もう一度声を出そうと息を吸うと、彼が言葉を発するより前に青年が口を開いた。
 
「名乗ったところで貴方は知らないでしょうが、一応自己紹介させていただきましょうか」
「がっ……!?」
 
 青年はニコライの首を突如つかみ、ギリギリと片手で締めながら満面の笑みを浮かべた。
 
「私の名は、イリアス。イリアス・トロンヘイムと申します。初めまして、神よ。そして――」
「がっ、ぐぁ……ッ」
 
 数秒首を絞めたあと、イリアスと名乗った青年はニコライの首を押し出すようにして放す。
 それまで何の感情も持っていなかった彼の笑みは、狂気と怒気を孕んだものになっていた。
 
「……さようなら、神……いえ、ニコライ・フリーデン。神を気取った愚かなヒトよ。新たな時代は、私が創る――」
 
 そう言い捨てイリアスは転移魔法で姿を消し、その場にはニコライだけが残された。
 
 祈りの力も"食事"もなくした光の塾の"神"ニコライは、そのまま2日と持たずに渇ききって死んだ。
 そして数日後の新聞には「異教の教祖、ニコライ"だったもの"を発見」と記された――。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

婚約破棄されたのでサブスク聖女始めました ―平民がダメ?なら侯爵令嬢にしますが、だから何?―

ふわふわ
恋愛
「真実の愛を見つけた」 そう告げられて、王太子との婚約をあっさり破棄された聖女シャマル。 泣かない。 責めない。 執着もしない。 だって正直、 好きでもない相手との政略結婚も、 毎日王宮に通って無償奉仕する生活も、 もう十分だったから。 「必要なときだけ呼んで。報酬は時給でいいよ」 そうして始めたのは、 前代未聞の サブスク式・聖女制度。 奇跡を振りまくのではなく、 判断基準を明確にし、 数字と仕組みで回す“無理をしない聖女業”。 ところがそれが、なぜか国にとって一番うまくいく。 しかし、 「平民の娘では納得できない」 「聖女は神聖であるべきだ」 そんな声が、王と貴族たちから上がり始め―― 「じゃあ、侯爵令嬢にしましょう」 肩書だけを差し替える、 中身は何ひとつ変えない痛快対応で、 価値観そのものを静かに詰ませていく。 これは、 怒鳴らない、争わない、感情に走らない。 それでも確実に“立場逆転”していく 理屈派・ドライ聖女の静かなザマァ物語。 働きすぎないこと。 全員に好かれようとしないこと。 納得しない自由も、ちゃんと認めること。 そんな聖女が作ったのは、 奇跡ではなく―― 無理をしなくても生きられる仕組みだった。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

処理中です...