【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

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◇10-11章 幕間:番外編・小話

魔女の誘惑、聖女の加護―カイル

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 赤眼事件のあともやることは山積みだが、俺は無理を言って竜騎士団領に帰らせてもらった。
 流れ着いた時から面倒を見てくれていたロジャーじいさんに会うためだ。ずっと一緒に暮らしていたから、じいさん家も俺の大事な実家だ。
 竜騎士を辞めて冒険者になってからは数ヶ月に1回の割合で顔を出している。
 いつも帰るときは手紙を出してから行っていたが、今回は突然だったので驚いていた。
 
 そういうわけで、何かあったから帰ってきたんだろうということはバレバレだった。
 軽く世間話して帰るつもりだったのに、少し遅れた誕生日の祝いをされた上に食卓には俺の好きな物ばかりが並べられ「何かあったんだろう」「お前は泣きたいだろう時こそやたらに喋る」など穏やかに笑いながら優しく言われたもんだから俺はとうとう号泣して、最近しんどい色々を白状してしまった。
 じいさんは頭を撫でながら黙って聞いてくれて、「お前はがんばっとるよ」「またここに泣きに来るといい」と言ってくれた。
 
 さすが年の功……というか、俺を十数年見てきただけのことはある。さっさと相談してればよかった。
 問題はまだまだ山積みだけど、心の重しが幾分か取れた。
 
 俺は大丈夫だ。……たぶん。うん。
 ――いやあ、チョロすぎるな、俺は。
 
 
 ◇
 
 
 じいさんにもてなされて家に一泊し、翌日飛び立ってまたポルト市街に戻ってきた。
 何か仕事でも取りたいが、正直言って休みたい気持ちの方が強い。
 赤眼の男を捕まえたためにグレンと折半で懸賞金をもらってしまったし、一月くらい休んでもいいくらいだ。
 懸賞金なんてもらったのは初めてだけど、あまり気分のいいものじゃない……。
 
「もし、そこの騎士様……」
「ん?」
 
 ぶらぶらとポルト市街を歩いていると、後ろから女に呼び止められた。
 振り向くと占い師風の女が立っていた。
 薄紫のベールを被っていて目元しか見えない。
 妙な香りがする――香水を付けているのだろうが、正直俺は好きじゃない香りだ。
 
「……何か?」
「すみません。少し貴方の目が、気になったものですから……」
「はあ……?」
 
 女が俺ににじり寄り、俺の手をとり微笑む。
 青い瞳をしているが、ロレーヌ系の色合いとは違う。もっと北方の――ノルデン貴族だろうか。
 近づかれると香水が更に香ってくる。……リンゴの香りだ。
 リンゴは好きだが、香水となると強烈だな……というかこの香り、どこかで嗅いだことが……?
 
「目、ですか? 別に普通でしょう――」
「何か、お悩みごとがあるのではありません?」
「…………」
「よろしければ、お話をしませんか? 貴方の悲しみに、少しでも寄り添えればと思います」
 
 ――こういう系のやつか。引っかかったら最後、妙な勧誘を受けてあれこれ売りつけられる。正直お断りだ。香水の匂いも嫌だし……。
 
「いや……、…………」
 
(……どうした……?)
 
 ――断るつもりが言葉が出ない。
 
 リンゴの香りがする……まるで食べているかのごとく口の中にまでもその香りが充満してきて、なぜかとても不愉快だ。
 やはりどこかで嗅いだことがあるような気がするが、思い出せない。
 思い出そうとすると頭痛がする――それとともに目眩を覚えて身体がふらついてしまい、それを女が支える。
 
「……っ、すみません……」
「いいえ。……どうなさいましたか? どこか、具合でも……」
「いえ……大丈夫です。申し訳ない」
「いいえ、顔色が悪いですわ……すぐそこに私の家がありますから、休まれてはどうです」
 
 女が潤んだ瞳で俺を見上げながら俺の腕を引っ張り、それを胸に押しつけた。
 
「……っ、俺は……貴女と、会ったことがある」
「え……?」
 
 拒絶の言葉の代わりに出たのは信じられない言葉だった。なぜ、そんな言葉が飛び出したのか分からない。
 この香りに覚えがあるが、会ったことなんかない。今俺は何を言っているんだろう?
 
「ほんとう……ですか?」
 
 女は潤んだ瞳で薄紫のベールを脱いだ。
 銀髪に、青い瞳――やはりノルデン人だ。だが、知らない。
 
「はい……」
 
 ――ちがう、知らない。知らない女だ。
 それなのに、口が勝手に肯定の言葉を垂れ流す。
 なぜだ……何か、術にでも、はまっているのか――。
 
「ごめんなさい。私は覚えがなくて……」
 
 女は俺の胸元や顔や首を指でなぞりながら小首を傾げ、困ったように微笑む。
 
「けれど……お話をするうちに、思い出すかもしれませんわね」
 
 さらに俺の顎に右手の指を数本添えながら左手は俺の指を絡め取り、身体を密着させながら耳元で囁いた。
 
「ねえ……ここはとても寒いわ。あたたかいところで、ゆっくりお話を……来てくださるでしょう?」
「…………」
「私の名前はエリス……エリス・ディスコルディア」
「…………」
 
 エリス――その名前は確か、ベルナデッタを拉致した人間の名前だ。
 危険だ、話を聞いてはいけない。
 そう思うのに身体が動かず、拒絶の言葉のために口を開くことすらかなわない。
 
 ――視界がぼやける。
 今、一体、何が……。
 
「ねえ……貴方の名前も教えてくださらない?」
「…………俺の」
「そう。名前を知らなければ、お互いを知ることもかなわない。たくさん呼び合えば、もっともっと……」
 
 周りの音が遮断されて女の声だけが頭に響く。
 吐息が耳にかかり、体温が上昇する感覚がする。
 
「…………」
「……どうなさったの、さあ……」
「……俺の、名前、は……、」
 
 ――本当のお名前を知られると、悪い魔法使いにカゲをつかまえられて、それで地面にぬいつけられちゃって帰れなくなるんだって。
 
(!!)
 
「きゃ……っ!?」
 
 なぜか、昔聞いた"リタお嬢様"の言葉が頭をよぎり、俺は瞬時に女をバッと突き飛ばした。
 ちょうど教会の正午を告げる鐘が鳴り、飛びそうになっていた意識が一気に現実に引き戻される。
 お互いの唇が間近に迫り、触れ合う寸前だった――。
 
「ど……どう、なさったの」
 
 この事態を予測していなかったのか、女は困惑した表情で髪を耳にかけながら問いかけてきた。
 
「……申し訳ない。急にそういうことをするから、驚いてしまって」
「……いいえ。……それであの、お名前を――」
「教えてやらない」
「え?」
 
「君の名前は、偽物だ。嘘つき野郎に教える名前はない」
「嘘つきだなんて、そんな、どうして……。■■■■、■■■■■……」
「…………?」
 
 そんな小さな声で喋っていないのに、今何を言ったのか全く聞き取れなかった。
 口の動きからして「誤解です」「悲しいわ」と言ったような気がするが……?
 
 ――いいか別に、そんなことは。
 
「すまない。でも君はそんな名前じゃない。君の名前は"テレーゼ"だ」
「……なっ……!?」
 
(え……?)
 
 女がとんでもなく驚いた顔をしているが、それは俺も同じことだ。
 ……"テレーゼ"って誰だ? なんで俺は今、見知らぬ女の名前を呼んだ?
 見れば、女は身体をふらつかせながら頭を押さえていた。頭から湯気のようなものが出ている。
 その部分の髪の銀色がまるで塗料のようにバラバラと剥がれ落ち、黒い色が露わになっていく。
 "エリス"と名乗ることで、髪を銀色に変えていたのだろうか?
 
「なんなの、お前は……!」
「…………」
 
 銀色と焦げ付くような黒色のまだら模様の、決して美しいとはいえない髪になった女――"テレーゼ"は、殺意のこもったまなざしで俺を睨みあげる。
 青色だった眼は、片眼だけが灰色になっていた。
 
「なんなの」と言うが、俺にも全く分からない。
 ――頭が痛い。あの泥人間を見た時から、ずっと同じ頭痛に見舞われている。
 意識の湖に沈んだ記憶が、ほんの少し湖面に浮かぶ――俺はやっぱりこの女を知っている。この香りを知っている。
 前に会った時この女は黒髪灰眼で、"テレーゼ様"と呼ばれていた。
 会ったのは、俺が、時間を超える、寸前の――。
 
「……お前、もしかして聖女の加護を受けた男なの!?」
「!!」
「……っ、許さなくてよ、よくも、よくも忌まわしい名を呼んで……! その顔、覚えたわよ……!!」
 
 考えが一つもまとまらないうちに女が俺を指さしながら金切り声で呪いの言葉を吐き、そして転移魔法でかき消えていった。
 
「…………」
 
(テレーゼって誰だよ……)
 
 何があって何がどうなったのか全く分からない。今のは一体何なんだ。
 
 あの女の正体以前に、自分の言動が全く分からない。
 なんであんな妄言が勝手に口から飛び出してきたのだろうか。
 でも全くの妄言とも言えないのか……抜け落ちていた記憶の一部があのリンゴの香りでなぜか戻った。
 
 ――時間を超えたあの日、あの女が確かにいた。
 それにあともう一人、女を"テレーゼ様"と呼びかける人間が……。
 
「痛……」
 
 記憶をたぐり寄せようとしても、どうやらこれ以上は無理なようだ。
 
 とりあえずは、あの女の術中にはまらなくてよかった。
 恐らくあの女の魔力は相当のものだろう。一瞬で引き込まれる何かがあった。
 リタお嬢様の言葉を思い出さなければ堕ちていたかもしれない。
 
(聖女の、加護……)
 
 ――あのね、ミランダさまに『カイルを守ってください』っておいのりしながらぬったのよ。お守りだからね。ずっと着けててね――。
 
 かつて仕えていたリタお嬢様は今、ミランダ教の聖女になっている。
 子供の頃に買った俺のスカーフに、彼女が祈りを込めて星を縫ってくれた。その戯れに使われた銀糸は、法衣などに使われる神聖な魔力のこもったもの。
 "聖女の加護"と言われて思いつくものはそれしかない。
 聖女をやるくらいだ――子供の頃の魔力も相当のものだったのだろう。
 どうやらアーテの時と同じに、また守ってもらったらしい――しかし、そんな幸運もいつまでも続かなそうだ。
 
 とんでもない相手に目を付けられた。
 一体これから、どうなってしまうんだろう……。
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