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11章 色と名前のない世界

◆テオ館長からの手紙

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 レイチェルさん
 
 お手紙ありがとう。とても嬉しいです。
 大変なことがたくさんあって、悪い風が吹いているようですね。
 グレン君のこと、私も悲しく、とても心配です。
 
 レイチェルさんは「彼を深く傷つけた人が彼の恩人でもある、しかしどうしても許すことができない、こんな自分は狭量だ」と書いていましたが、私は決してそうは思いません。
 それは人間ならば当たり前の感情です。
 事実と感情は時として全く繋がらないものです。
 人間はその齟齬そごと矛盾に苦しみながら生きなければいけません。
 今はその人を許せなくてもいいです。
 でも決してそれで自分を責めないでください。
 その人を許せないあなたを、あなた自身は許してあげてください。
 
 さて、グレン君のことです。
 結論から言いますと、残念ながら赤眼になってしまった人の治療法はどの文献にも「戻ることもある」と記されているだけで、未だ画一されていません。
 せっかく私を頼ってくれたのに、力になれず申し訳ない。
 
 しかし私もかつては闇に囚われそうになった者ですので、その苦しみは想像に難くありません。
 
 闇堕ちとは、過去という影に追い立てられ今が見えなくなり、未来を信じられなくなることです。
 そして赤眼とは、苦しみに気づかず誰にも助けを求められない者の救難信号と私は考えます。
 暗い意識の海に浮かんだまま彷徨さまよい、やがて過去の思考に引きずり込まれ沈んでいきます。
 
 赤眼は悲しい存在です。
 彼らは他者を攻撃しながらそれ以上に自分が傷つき、そうなっても助けの求め方が分からないまま、往々にして、最後は死を望みます。
 グレン君をむしばみ引きずり込むのは、彼の影……過去の彼自身が今の彼に這い寄り、歩みを止めさせ、何も見えない、聞こえない状態にしているのです。
 
 打ち克つには彼1人の力ではなく、他者の力が必要です。
 
 しかし今のグレン君を助けることは容易ではありません。
 差し伸べた手は払われ、そして恐らくどのような言葉も沈みゆく彼には届かないでしょう。
(決してあなたが年若いとか、人生経験が足りないということではありませんよ)
 
 彼を助けるには、共に堕ちていくほどの覚悟が必要です。
 それでもやはり引き上げることは叶わず、あなたは傷つき、自分の無力に打ちのめされることになるでしょう。
 
 そうなったとき、絶対に自分を見失わないでください。
 
 闇に沈み闇を吐き出すようになり、彼が自分を見失い光を捨て去ろうとしても、あなただけは彼のその小さい光を見失わないでください。
 あなたを愛する彼を、彼を愛するあなたを、何があっても信じぬいてください。
 意識の闇に溶け消え彼の姿が見えなくなっても、決して彼の存在をあきらめないでください。
 
 具体的な解決方法を提示してあげられなくて申し訳ない。
 あなたと彼がまた手を取り合い、幸せをつかむことを願っています。
 
 どうか、負けないで。
 2人にまた、いい風が吹きますように。
 
 テオドール・アイレンベルク
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