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12章 誓い

2話 大きな壁

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「あ、グレンさん。もう来てたんですか」
「今来たところだ」
 
 土曜日。
 いつも帰りに寄っている公園で、グレンさんと待ち合わせ。
 つい先日ここで彼にプロポーズされて……そして、今日。
 彼がわたしの両親に、挨拶をしにくる――。
 
 この日を設定するのに、かなり手間取った。
 プロポーズを受けた日、グレンさんが「今週末にご両親に挨拶に行く」と言うのでそれを両親に告げた。
 お母さんは「思うことがないわけではないけど、レイチェルの選んだ人なら」と喜んでくれたけれど、お父さんはこれまで見たことないくらいに不機嫌になって、以降全く話を聞いてくれなくなったのだ。
 日常会話はできても、彼の話をしようとすると席を立ったり。
 家中追い回して話を持ちかけ、その都度機嫌を悪くして自室に籠もってしまう――ということを数日繰り返し、とうとうわたしが泣きべそかいて「なんでダメなのよ、お父さんのバカ」と言ったらようやく話を聞いてもらえて……。
 
 たった数日の間のやりとりだったけど、1年くらいモメてたくらいに精神がすり減った。
 
 
 ――ああ、でもなんというか。
 それは、それとして……。
 
「…………」
「ん?」
 
 顔を赤くしているわたしを見て、グレンさんが微笑む。
 
「い、いえ。あの……素敵だなぁって」
「ありがとう。王都で色々買い揃えたんだ」
「……すごい」
 
 照れすぎて、全くかみ合わない返事をしてしまう。
 ――今日のグレンさんは、正直言ってすごくかっこいい。
 薄い茶色のコートの中にライトグレーのスーツとベストを着て、スーツより少し濃いグレーのネクタイを締めて、赤いマフラーを巻くことなく首からかけている。
 その他靴も手袋も、「俺金持ってるから」と言うだけあって全身余すところなく高級な出で立ち。
 
 かっこいい。かっこよすぎる。
 今更だけどこの人がわたしの彼氏……どころか、結婚相手なんだよね。
 何かここまでビシッと決めてると、隣を歩くのが不釣り合いな気がしてくる……。
 
「……レイチェルも可愛いな」
「ふぇっ?」
「やっぱり、髪を下ろしている方がいい」
 
 そう言って彼は手袋を外してからハーフアップにしているわたしの髪を少し手に取り、指先でわたしの頬を撫でる。
 
「そう、ですか? でもあの……」
 
 続きを言う前に彼の顔が近づいてきて唇が重なった。
 唇が離れたあと、微笑を浮かべながら彼がわたしの手を取る。
 
「……行こうか」
「……はい、……あ、あの」
「ん?」
「て、手袋、外したままでいいんですか。せっかくいいのを買ったのに」
「ああ。……手を握るのに邪魔だろ?」
「は……」
 
 照れ隠しにどうでもいい話を振ったら思いもしない答えが直球で返ってきてさらに赤面してしまう。
 
「そ、ですね……」
 
 ――どうしよう。
 彼がわたしの両親に会う。だからこれからが本番なのに、数分にも満たないこのやりとりで気絶しそうなくらいドキドキしている。
 もう、心臓があと10個くらいは必要だ……。
 
 
 ◇
 
 
「お父さん、お母さん。えっと……こちらが、グレン・マクロードさんです」
「初めまして、グレン・マクロードと申します」
 
「は……はい。初めまして。……ほら、あなた!」
「……初めまして。レイチェルの父、ダグラス・クラインです」
「母のステラです」
「この度はお時間を取っていただき、ありがとうございます」
「いえ、いえ……」
 
 深々とお辞儀をする彼、手をパタパタさせながらはにかむお母さん、そしてそんなお母さんを見てムスッとしているお父さん……。
 
(き、緊張する……)
 
 グレンさん、すごく堅いな。結婚の挨拶なんだから当然かもしれないけど……。
 ていうか、結婚のご挨拶って何なんだろう。
 何をして、何を言い合うんだろう。台本とかないのかな?
 
 ……次の瞬間にはもう全部終わってて、結婚を許された状態になってないかな……。
 
 
 ◇
 
 
 応接に彼を案内して、飲み物を出した。
 本当はココアを出したいけど、1人だけ特別な飲み物というのもどうかと思って紅茶を。
 角砂糖3つ出すのくらいはさすがにいいよね……?
 
「……ありがとう」
 
 彼の言葉に笑顔で会釈を返して、彼の隣の席につく。
 わたしの向かいの席にはお母さん、そして彼の向かいには、お父さんがあいも変わらずムスッとした顔で腕組みしながら座っている。
 
「…………」
 
 全員、無言になってしまう。
 どうしよう、誰から何を話すべきなの?
 やっぱりここはわたしから……?
 
「……ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。先月頃から伏せっておりまして、今頃になりました」
「!」
 
 ぐるぐると思考を巡らせていると、彼が口を開いた。
 
「また、私の看護のために必要以上にお嬢さんを拘束してしまったことも、お詫びいたします。彼女の好意に甘えて、公私混同してしまいました」
 
 そう言って彼は一度立ち上がって、お父さんお母さんに頭を下げる。
 
「申し訳ありません」
「グ、グレンさん……! 待って、ちがうの、わたしが勝手に――」
「……顔を上げなさい」
「!」
 
 お父さんの言葉に、グレンさんが顔を上げる。
 言葉の調子は少し厳しいし笑顔はないけど、お父さんの表情はさっきまでとちがって幾分穏やかだ。
 
「ねえマクロードさん、座ってちょうだい。私は、謝罪は今ので十分。……今は、病状はいいのね?」
「はい」
「……なら、良かった。ね、娘から聞いてはいるけれど、良ければあなたのことを教えてもらえる?」
 
 再びグレンさんが席についたところで、お母さんがそう切り出す。
 少しの間のあと、彼が口を開いた。
 ノルデンの生まれで、光の塾の下位組織に当たる孤児院で育ったこと、大災害を生き延びたあとはディオールの孤児院に送られ、そして……。
 
「事情があって、そこの孤児院を出されました。その後しばらく……"カラス"をやっていました」
「!!」
 
 カラスという単語を聞いて、両親ともに息を呑んで顔を引きつらせる。
 その単語の意味を知っているからだろう。
 "泥棒をやっているノルデンの孤児"――ずっと前に、他でもない両親からそれを聞いたのだから。

(……グレンさん……)
 
 挨拶に来る前、彼がわたしに「カラスをやっていたことを言う」と告げた。
 赤眼のことは伏せても、この過去はやはりつまびらかにしておかなければいけない、と。
 
「……なぜ、わざわざ馬鹿正直に言うんだ」
 
 お父さんが眉間にしわを寄せて、腕組みしながら首をひねった。
 隣のお母さんもずっとニコニコしていたのに、ここへきて初めて表情が曇ってきている。
 
「……ノルデン人で君くらいの世代であれば、その可能性はあるとは思っていた。……だがそれを、なぜわざわざ言うんだ。黙っていればいいものを……」
「忌まわしい過去ですが、それは今の自分を形作るものでもあります。そこから目をそらしふたをしてはお二方の目の前に現れる資格も、彼女の隣に並ぶ資格もないと考えました」
「…………」
「彼女と出会って、私は何度も救われました。彼女を愛しています。どうか、これから将来を共にすることを許していただけませんでしょうか」
「……お、お父さん、お母さん、お願い……!」
 
 頭を深く下げる彼にならって、わたしも両親に頭を下げた。
 目頭が熱くなって、涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえる。
 なんで泣きそうになっているのか自分でも分からない。どういう感情からくる涙なんだろう?
 
「君の気持ちは分かった。顔を上げなさい。……レイチェルもだ」
 
 その返答だけだと、了承なのか拒絶なのか分からない。
 顔を上げ、すがるような目で両親を順に見やると、先ほどまでの厳しい表情はなかった。
 
「お父さん、お母さん……」
「私は最初に言った通り。謝罪は先ほど受けましたし、娘が選んだ人なら文句はありません。くだらない男にひっかかるような育て方はしていないつもりです」
「おかあさん……」
 
 鼻がツンとなる。
 お母さんはそう言ってくれたけど、お父さんはどうなんだろう?
 そう思ったわたしと、言葉を促すようなお母さんの視線が同時にお父さんに集まり、お父さんは咳払いをひとつしてからグレンさんに目を向けた。
 
「……私は、仕事柄冒険者ギルドによく顔を出すんだ。ポルト市街のギルドマスターとも顔見知りで……だから、君のことも知っていた」
「!」
「クライブ・ディクソン――カイル君と組んで、定期的に魔物を狩っているそうじゃないか」
「はい」
「それに、ジャミル君が呪いの剣を手にしたときに解呪の手伝いをしていたと聞いたし、赤眼の男を捕まえたのも君だと聞いた」
「…………」
 
「冒険者は、やはりならず者も多い……任務の期日を破る人間も少なくない中、君は必ず期日の2、3日前には任務を果たす。魔物退治のあとに、気になることがあった際は頼んでもいないのに律儀に"報告書"を書いてよこす……『まるで役所の人間みたいなくそ真面目な仕事ぶりだ、冒険者なんだから気楽に、少しは肩の力を抜けばいいのに』――それが、君に対するギルドの人間の評価だ……知っていたかね」
「いえ……」
「私は分からない。せっかく立派な働きをしているのに、なぜそれらのことを一切言わず、後ろ暗い過去だけを言うんだ」
「……立派と言っても私はやるべき仕事をやっているだけで、期日を守るのは当然の――」
 
「えーい!!」
「!!」
「『俺はこれくらいすごい人間です、だから娘さんは俺に惚れて当然です、頂いていきますね』くらい言ってくれ!!」
「あ、あなた! 落ち着いて……」
 
「バンッ」と机を叩いて頭をガシガシと掻くお父さんに全員ドン引きしてしまう。
 
「勘違いしないでくれ、私は別に反対しているんじゃない。だが気に入らないんだ! "どこの馬の骨"なんて言うが、例えば貴族……そう、例えばあの聖銀騎士のセルジュ様なんかが来たって、私はどうしたって気に入らない! ……君は『カラスをやっていた』なんて言うが、なぜ本当にそれを言ったんだ! もしかしてあれか? 私や妻が、君がノルデン人だから差別をするのでは なんて思ったのか!?」
「いえ、あの……そういう、つもりは一切……。誤解を与えて、申し訳な――」
「謝るな、卑下するな! 自分の価値を自分で下げるな! 娘を……私達の宝を持っていくのだから、もっと堂々としなさい!」
「お、お父さん……じゃあ」
 
 お父さんが泣きそうな顔でわたしを見たあと、グレンさんの手を取った。
 驚く彼の顔を見てお父さんは唇を震わせる。
 
「もう一度、『娘をくれ』と言ってくれないか……何もへりくだらず、頭も下げないで、堂々とだ」
 
 何もかも予想外なお父さんの行動にグレンさんは目を丸くして呆然としていたけど、すぐにまた真剣な表情に戻った。
 
「……娘さんを……レイチェルさんを、俺に下さい。俺には彼女が必要です。どうしても、欲しいのです。幸せにします。一生、守ります」
「っ……分かった」
「……おとうさん……!」
 
「……どうか、お願いします。大事に育てた娘です。私達の宝なんです。どうか、どうか……幸せにっ……しあ、わせ、にぃいいい……っ」
 
 お父さんはグレンさんの手を両手で握ったまま机に突っ伏して「おおおお……」と男泣きしてしまった。
 そこそこの勢いでぶつけたおでこが、若干赤くなってしまっている……。
 わたしとお母さんは、それを見て泣き笑いしながら抱き合う。
 
 グレンさんは結婚の許しが出たことにひとまず胸を撫で下ろす。
 ……が、真面目な場面は得意でも、興奮冷めやらぬわたし達家族の熱のこもった感情のやりとりには全くどうしていいか分からないようで、号泣するお父さん、もらい泣きしながらなだめるお母さん、それを見て泣き笑いするわたしなどあちこちに目線をやりながら居心地悪そうに、でも背筋は伸ばして行儀良くずっと座っていた……。
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