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12章 誓い

1話 未来の話をしよう

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「ふう……」
 
 学校の授業が終わって、カバンに勉強道具を詰めながらため息を1つ。
 コートを羽織ってマフラーを巻いて、持ったカバンを前後にオーバーに振り上げながら廊下を歩く。
 メイちゃんは今日家の用事があるとかで先に帰ってしまった。今日は1人だ。
 
「はああぁ……」
 
 またまたため息が出る。
 
 ――あの事件から1ヶ月弱。
 実は年が明けてからお父さんに「当面アルバイト禁止」と言い渡されてしまったため、砦にはほとんど顔を出せていない。
 
 冬休みやテスト休みの日も、家に帰らず砦に泊まってばかり。
 それが隊長――雇い主であるグレンさんの看病をするためで、しかも実はその人と付き合っているというのだから、父親としてはなんだか色々、とっても気に入らないらしい。
「拘束しすぎじゃないのか?」「本当に病気なのか?」「公私混同しているのじゃないか?」……なんて。
 カイルが「あいつの病状は本当に重くて、できればそばについててもらいたいんだ」と説明をしてくれてはいたけれど、それでもやっぱり気に入らない。
「それなら病院に行けばいいのになぜ砦にいるんだ」と、至極当然の疑問を鼻息荒くぶつけられてしまった。
 奇跡的に治ったとはいえ「実は赤眼で治療法を探していました」なんて正直に言うわけにはいかないし……難しいなあ……。
 さすがに外出や会うことまでは禁じられていないけど、お母さんから「程々にね」と釘を刺されているから、日曜日に少し顔を出すだけにとどめている。
 
 グレンさんはあの不死者アンデッドというのになる過程で怪我自体は治っていたものの、一時的に死んでいたために身体の中の方のダメージが深刻だったようだ。
 ああなる前から連日睡眠も食事もとっておらず、魔力があまり回復していない中であの"天蝕呪イクリプス"を放ったことも、彼の病状悪化に拍車をかけていた。
 あの魔法のせいなのか頬がこけるくらいにやつれてしまって――体重10キロ近く減ったって言ってたな……。
 2週間ほどは杖がなければ歩くのも立つのも難しい状態だったけど、最近は日常生活に支障ない程度に回復してきている。食欲も徐々に戻ってきたみたいだ。
 
 ああ、もっと会いたいなあ……。
「レイチェル」
 ごはん作ってグレンさんに食べてもらって、おいしいって言ってもらいたい。
「……レイチェル」
 グレンさんがもっと回復したら、ラーメン夜会だって……。
「……レイチェル!」
「はわっ!?」
 
 ボーッと歩いていたら大声で名前を呼ばれて、びっくりして間抜けな声が出てしまう。
 
「す、すみませ……、えっ、あれっ!? ググググ、グレンさんっ!?」
 
 先生に怒られたのかと思って後ろを振り向くと、声の主はグレンさんだった。校門の前にグレンさんが立っている。
 
「どどど、どうしたんですかどうしたんですか!? なぜこんな所に!」
 
 後ろ歩きでシュバババと彼の所に戻ると、その様がおかしかったのか彼はプッと吹き出す。
 今日はちゃんと気候に適した分厚いグレーのコートを羽織っていて、それだけで安心してしまう。
 前も、その前も、図書館の跡地で出会ったときは薄着で、それがなんだか弱々しく見えて……思い出すと胸がギュッとなる。
 
「冒険者ギルドに行っていて、その帰り」
「ギルドに……でもここ、砦ともグレンさんのお家とも逆方向ですよね? それにどうやってここに……」
「転移魔法」
「あっ、そっか……」
「顔を見たかったから、飛んできた」
「!」
「……行こうか」
「あ……はい」
 
 差し出された手を握って、わたし達は学校をあとにした。
 周りには帰宅途中の生徒がちらほらいて少し恥ずかしいけど、何よりも嬉しい気持ちが勝ってしまう。
 寒いのに、顔が熱い。
 
「顔を見たかったから飛んできた」――グレンさんはクールでドライなのに時々こんな情熱的なことを言うから、心臓が忙しい。
 
 
 ◇
 
 
「……昨日久しぶりに、アパートに戻った」
 
 学校から家に続く並木道を歩いていると、グレンさんがぽつりとつぶやいた。

「アパートに……」
「ポストに、珍しく手紙が届いていた。……モリエール監獄から」
「モリエール、監獄?」
「……キャプテンが収監されていたところだ」
「…………そこから、手紙って」
「聖銀騎士がキャプテンから聞いたという言葉が書き記されていた」
「何が、書いてあったんですか」
 
 あんな再会と別れ方になってしまった割に、彼の顔はそれほど暗いものではなかった。
 なので思い切って問いかけてみた。
 
「『お前の宝物を侮辱してすまなかった。どうかこれからもその名前とともに、誇り高く生きてほしい』……と」
「…………」
 
 涙が出そうになるのをこらえて、つないでいた彼の手をぎゅっと握り込む。
 だけど結局こらえきれず、目から涙がこぼれてしまった。そんなわたしを彼が抱きしめて頭を撫でてくれる。
 
「……泣くことはないだろう」
「だって……、よかった……ですね……よかった……」
「…………ああ」
「……あの人は、名乗らないことで、グレンさんの誇りを、名前を、守ってくれたんだね……」
「…………あれを読んだのが今で、結果的に良かった。あの時に読んでも悪い方にしか考えられなかっただろうから」
「……っ、よかった、……誤解が解けて、よかった……」
 
 わたしは彼の背に手を回して、しがみつくように彼を抱きしめた。
 今歩いている並木道は、たまたま人の往来がほとんどない。
 だけど往来があったとしても、気にせずこうしてしまっていただろう。
 一度身を離すと、ちょうど彼と視線がかち合う。
 そのままどちらからともなく顔を近づけて唇を重ねて、また抱きしめ合った。
 
 
 ◇
 
 
「そういえば、ギルドには何の用事だったんですか?」
 
 自宅近くの公園のベンチに2人並んで座って、話の続きをする。
 ここに2人で来るのも久しぶりだ。
 
「砦借りる期限を1ヶ月延長したんだ」
「あ、そっか……1月で終わりだったんだ」
「ああ……俺もまだ本調子じゃないし、何よりやることがあるから」
「やること?」
「イリアスの行方を追う」
「…………」
 
 あの時、光の塾の司教ロゴス――イリアスは、エリスとアーテを放置して逃げてしまった。
 グレンさんの魂を取り損ねたため、「代わりに大勢殺さなければいけない」と言い残して……。
 
「あの人を、止めるんですか」
「ああ」
「これ以上、人を殺させないため……」
「それもあるけど……少しちがうかな」
「え?」
 
「1つ目は単純に、お礼参りだ」
「お礼参りってまたそんなヤンキーみたいな……」
 
 呆れ顔でそう言うと、彼は口の端を上げてにやりと笑う。
 その後すぐ真顔になり、膝に肘をついて組み合わせた手の上にあごを載せ、少し目線を遠くにやる。
 
「……確かに俺は、イリアスにひどいことをした。あの当時あの場にいた人間はおそらく全員死んでいるから、1人残った俺に恨みの矛先が行くのは仕方のないことだろう」
「…………」
「……が、あそこまでやられるほどじゃない。結果的に闇堕ちから戻れたとはいえ、正直全く納得がいかない。……そういうわけで、何かしらやり返してやりたい。奴の根城を突き止めて、カチコミをかけてやる」
「か……かちこみ」
 
 わたしが復唱したワードを聞いて彼はまたニヤリと笑う。
 ……怖い。完全に何かの抗争だ。
 
「……それと、あともう1つ」
 
 また彼は真顔になる。
 視線は遠くにあるように見えて、でもその目は今までのような無気力でどこか儚げなものではない。
 その目には彼の紋章と同じに、火が宿っている。
 
「俺とあいつは似ている。俺は……俺も、一歩間違えばああなっていたかもしれない。……俺があいつだったかもしれないんだ。あいつは俺の幻影だ……そう思う」
「グレンさん」
「だから俺はあいつを倒す。決着をつけなければ、未来へ進めない」
「未来……」
「うん……それで。全部、終わったら」
「んっ?」
 
 言葉の最初だけを口にして、彼は一度口を閉じる。
 どうしたんだろうと思って彼を見上げると、彼はわたしを一瞥いちべつしたあと微笑を浮かべ、口元に手をやって目をつむってしまう。
 
「グレンさん? どうしたの……」
「レイチェル」
「は、はい」
 
 彼は身体ごとわたしに向き直り、わたしの両手をとって柔らかく微笑む。
 見たことのない表情に心臓の鼓動が早まり、自分の顔が熱くなるのを感じる。
 
「頼みが……ある。俺がこれから進む未来に、レイチェルも一緒にいて欲しい」
「!」
「前、レイチェルが『2人で逃げよう』と言ってくれた時、本当は嬉しかった。『山奥で静かに暮らすなんて未来がないからさせたくない』と言いながらも、その手を取って奪ってしまいたくなるほど」
「…………」
「あの時レイチェルは『また勝手に決める、自分の未来に俺はいるのに逆はないのか、この場面で好きだなんて言うな』と怒って泣いた……だから今、俺の考えに、レイチェルが決断を下して欲しい」
「決断……?」

 わたしが彼の言葉を復唱して一拍もおかない間に、グレンさんがベンチから立ち上がった。
 そして目の前にひざまずいてわたしの左手を取り、こちらを見上げる。
 真剣なまなざし――少し潤んだ灰色の瞳に、わたしが映っている。
 ふとした瞬間にすぐに遠くを見つめていた彼が今、わたしだけを見つめている――心臓が、顔が、身体が熱い。

 「グ……グレンさん、な、なにを……」 
 
 次に続く言葉が何か、想像をしたくない。
 だって、この胸の高鳴りが減ってしまいそうだから。
 彼の口から出る言葉に対する気持ちだけで、この胸を満たしたい。
 
「レイチェル……愛してる。俺にはレイチェルが必要だ。これから先、ずっと俺のそばにいてほしい。俺の未来に、ずっと……」
「……グレン、さ……」
「俺と……結婚してくれ」
 
 そう言って彼は、自分の右手に載せていたわたしの左手の甲にキスをした。
 
「…………あ」
 
 涙がボロボロと流れる。
 もちろん答えは決まっている。だけど言葉を紡ごうとしても唇が震えて、口から出るのは吐息と泣き声ばかり――季節のせいで白くなった吐息が、視界をぼやけさせる。
 彼はわたしを見上げ、答えを待っている。
 言葉が出せないことを拒絶の意志と取られないよう、わたしは彼から目をそらさずに彼の手を両手で包んだ。
 数秒経ってもやっぱり言葉は出ない。
 仕方なしにひたすらに首を縦に振ってうなずくと、グレンさんは目を細めて柔らかく微笑む。
 その笑顔に応えたいのに、胸がいっぱいで涙しか出てこない。
 
「グレンさん、……うれしい、嬉しい……です。……わたし、もっといっぱい、ちゃんとした言葉で、応えたいのに、ごめんなさい、言葉が全然……わたし、わたし」
「……レイチェル」
「……グレンさん、わたしも、ずっと一緒にいたい。……好きです。好きです……」
「そうか。……ありがとう」
 
 つっかえつっかえになりながらもようやく彼の言葉に応えると、彼は少年のように満面の笑みを浮かべた。
 それにドキドキするよりも先に、わたしの身体が宙に浮き上がる――彼がわたしを、縦に抱き上げたのだ。
 さっきの笑顔の時点ですでに限界というくらいに心臓が早鐘を打っているのに、上乗せでさらにさらに高鳴る。
 
「グ、グ、グレンさん! ま、待って、恥ずかしい……」
「誰もいないから」
「い、今はそうですけど! お、下ろしてくださいー」
 
 浮き上がった足をバタバタさせるも、無駄な抵抗。
 下ろすどころか、抱き上げたままくるりと一回転してしまう。
 
「きゃあっ! ちょ、ちょ、ちょっと……」
「ふふ……可愛い」
「な、何言って……ほんとに恥ずかしいから、下ろし――」
「……キスしてくれたら下ろしてもいい」
「えぇ……」
 
 このままだと本当に下ろしてくれそうになかったので、わたしは観念して彼の両頬を持って唇を重ねた。
 そうするとようやく彼はわたしを下に下ろし――でもまた抱きしめられてしまった。
 
「……ばか」
 
 彼の胸元に顔を埋めて苦情を言うと、彼はまた「ふふっ」とおかしそうに笑う。
 まるで夢みたいだ――彼の腕の中に収まりつつ、ぼんやりと彼の吐く白い息を見上げていると、彼が少し身を離して唇を重ねてきた。
 そして、また抱き合う。もう今日こればっかりだな……。
 
 だけど、嬉しい。嬉しくてたまらない。
 
 だって前とちがって、彼の考える未来にはわたしがいる。
 前に進むために「愛してる」って言って、「そばにいてくれ」って抱きしめてくれて。
 
 ――もう、何も怖くない。
 彼のお父様にも約束した。
 ずっと彼のそばにいて、わたしが彼を幸せにするの。
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