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12章 誓い
7話 旅立ちの朝
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翌朝……。
「ごめん、親方、おかみさん。寝坊してしまった」
「…………おう」
「ま、まあ……そ、そういう日も、あるわよね……」
「…………」
「寝坊」という言葉だけで色々察してしまったのか、ガストンさんとメリアさんが若干顔を赤くしながら返答する。
「そういう日もある」なんてメリアさんは言うけれど、彼曰く、寝坊をしたことはないらしい。
「何もしなくても俺の体は6時に起きるようにできていると思っていた」ということだ……。
2人にあいさつをするべきだったけれど、赤面しまくっている顔を見られたくなくてわたしは彼の背中に隠れた。
ゆうべは彼と……、
それで……「夜は長いから」とか、「チェックアウトは10時だから」とか言って彼はわたしを放さず……。
それで、それで……、朝、わたしの方が先に目が覚めて、彼の寝顔見るの初めてだなぁ、睫毛ながーい、なんて思ってたら実はチェックアウトの時間過ぎてて……。
宿屋のご主人は「大丈夫ですよー」なんて言ってくれたけど、恥ずかしくてたまらない。
「……ほら、グレン」
ガストンさんが、グレンさんに白い立派な鞘に入った剣を手渡した。
ガストンさんが打ったものだろうか?
昨日ガストンさんと工房で何か話してたけど、この剣のことかな。
「ありがとう」
彼が鞘がついたベルトを腰に巻いた――冒険者風の姿じゃない普通のスーツとコートに剣って、なんだか違和感があるなあ。
「それからこれも……持って行きな」
続いて、メリアさんがアタッシュケースを彼に渡そうとする。
ケースに見覚えがあるのか、彼の顔が少し曇る。
「これは……」
「中はそのままさ……全部持って行きな、あんたの金だよ」
(お金……)
どうやら、あの中にはお金が入っているようだ。
「でも」と言いながら彼はそれを返そうとする――揺れる鞄からは、あまり音が聞こえない。
中にぎっしりとお金が入っているんだろう。
「これはあんたがここを守るために戦って、心血注いで得たもんだ。あんたが使うべき金だよ。あんたと彼女の未来ために使いな」
「でも」
「なめるんじゃないよ。子供の金をアテにするほどあたしらは腐っちゃいないんだよ」
そう言ってメリアさんがニヤリと笑うと、彼は苦笑いしながら鞄を受け取った。
2人にしか分からないやりとりがあるのかな。
彼の心を見たっていっても、何もかも全部ってわけじゃないもんね……。
「それじゃあ」
「ああ」
「たまには顔を出すんだよ」
「……うん」
3人は握手を交わす。
そして彼はこちらを振り返り「行こう」と、わたしの手を取る――。
「えっ……」
ガストンさんメリアさんの前で普通に手つないじゃうんだ……2人も少し驚いている。
わたしはそんな2人に何度も頭を下げ、彼に手を引っ張られながらマードック武器工房をあとにした。
「あのー」
「ん?」
「『親方』『おかみさん』って」
「ああ……長いことそう呼んできたから、やっぱり慣れなくて。……2人も、呼びやすい方で呼んでくれればいいと言ってくれているし」
「そうなんだ……」
「そういう感じで俺達はずっとやってきたから」
「そっかぁ。グレンさん達って、やっぱり似たもの親子ですね」
「…………」
「ん?」
「『グレンさん』『ですね』って」
「あ……」
彼がわたしを見下ろしてプク―と膨れる。
昨日彼に「いい加減に敬語をやめてほしい」と、呼び捨てにして敬語をやめることを約束させられ……約束させていただいた。
でも、それこそやっぱり……。
「し、4月からずっと呼んできたから……慣れなくて」
「約束したじゃないか……ベッドの中で」
「べッ……そそそ、その単語、いりましたか!?」
「悲しい……」
憂いを帯びた瞳で彼が遠くを見つめる。
――まただ、いつものやつだ!
「よ、『呼びやすい方で呼んでくれればいい』んじゃないんですか!?」
「私はそうは思いません」
「な、何キャラ……」
「まあいい……存分に、分からせてやる」
「わ、分からせ……な、何を」
顔を真っ赤にしたわたしを見て、彼は「ふふっ」とおかしそうに笑う。
色々と深刻だったけれど、結局つまらない話になる――これからもずっと、彼とはこんな感じで過ごせるのかな。
恥ずかしいけど、やっぱり嬉しい。
そんな風に思っていると、握っている手に少し力が込められた。
「……どうしたの?」
「前の旅立ちも……朝だった。今よりも早い時間だった」
「うん」
「この剣と、金を店に置いて……何も持たず、誰にも見つからないよう1人で逃げた」
「グレン……でも今は、ちがうもんね」
「ああ……」
彼が街を振り返って少し笑みを浮かべると、ふわりと風が吹いた。
火の結界や何やらで寒さは和らいでいるけれど、北方の、冬の冷たい風――でも、もう不安を煽るものじゃない。
「いい風ですねぇ……」
「そうだな」
今日のカンタール市街は、とても良い天気だ。
彼が言った通り、空に張ってある火の結界が虹のように煌めいて、とてもとても、綺麗……。
「ごめん、親方、おかみさん。寝坊してしまった」
「…………おう」
「ま、まあ……そ、そういう日も、あるわよね……」
「…………」
「寝坊」という言葉だけで色々察してしまったのか、ガストンさんとメリアさんが若干顔を赤くしながら返答する。
「そういう日もある」なんてメリアさんは言うけれど、彼曰く、寝坊をしたことはないらしい。
「何もしなくても俺の体は6時に起きるようにできていると思っていた」ということだ……。
2人にあいさつをするべきだったけれど、赤面しまくっている顔を見られたくなくてわたしは彼の背中に隠れた。
ゆうべは彼と……、
それで……「夜は長いから」とか、「チェックアウトは10時だから」とか言って彼はわたしを放さず……。
それで、それで……、朝、わたしの方が先に目が覚めて、彼の寝顔見るの初めてだなぁ、睫毛ながーい、なんて思ってたら実はチェックアウトの時間過ぎてて……。
宿屋のご主人は「大丈夫ですよー」なんて言ってくれたけど、恥ずかしくてたまらない。
「……ほら、グレン」
ガストンさんが、グレンさんに白い立派な鞘に入った剣を手渡した。
ガストンさんが打ったものだろうか?
昨日ガストンさんと工房で何か話してたけど、この剣のことかな。
「ありがとう」
彼が鞘がついたベルトを腰に巻いた――冒険者風の姿じゃない普通のスーツとコートに剣って、なんだか違和感があるなあ。
「それからこれも……持って行きな」
続いて、メリアさんがアタッシュケースを彼に渡そうとする。
ケースに見覚えがあるのか、彼の顔が少し曇る。
「これは……」
「中はそのままさ……全部持って行きな、あんたの金だよ」
(お金……)
どうやら、あの中にはお金が入っているようだ。
「でも」と言いながら彼はそれを返そうとする――揺れる鞄からは、あまり音が聞こえない。
中にぎっしりとお金が入っているんだろう。
「これはあんたがここを守るために戦って、心血注いで得たもんだ。あんたが使うべき金だよ。あんたと彼女の未来ために使いな」
「でも」
「なめるんじゃないよ。子供の金をアテにするほどあたしらは腐っちゃいないんだよ」
そう言ってメリアさんがニヤリと笑うと、彼は苦笑いしながら鞄を受け取った。
2人にしか分からないやりとりがあるのかな。
彼の心を見たっていっても、何もかも全部ってわけじゃないもんね……。
「それじゃあ」
「ああ」
「たまには顔を出すんだよ」
「……うん」
3人は握手を交わす。
そして彼はこちらを振り返り「行こう」と、わたしの手を取る――。
「えっ……」
ガストンさんメリアさんの前で普通に手つないじゃうんだ……2人も少し驚いている。
わたしはそんな2人に何度も頭を下げ、彼に手を引っ張られながらマードック武器工房をあとにした。
「あのー」
「ん?」
「『親方』『おかみさん』って」
「ああ……長いことそう呼んできたから、やっぱり慣れなくて。……2人も、呼びやすい方で呼んでくれればいいと言ってくれているし」
「そうなんだ……」
「そういう感じで俺達はずっとやってきたから」
「そっかぁ。グレンさん達って、やっぱり似たもの親子ですね」
「…………」
「ん?」
「『グレンさん』『ですね』って」
「あ……」
彼がわたしを見下ろしてプク―と膨れる。
昨日彼に「いい加減に敬語をやめてほしい」と、呼び捨てにして敬語をやめることを約束させられ……約束させていただいた。
でも、それこそやっぱり……。
「し、4月からずっと呼んできたから……慣れなくて」
「約束したじゃないか……ベッドの中で」
「べッ……そそそ、その単語、いりましたか!?」
「悲しい……」
憂いを帯びた瞳で彼が遠くを見つめる。
――まただ、いつものやつだ!
「よ、『呼びやすい方で呼んでくれればいい』んじゃないんですか!?」
「私はそうは思いません」
「な、何キャラ……」
「まあいい……存分に、分からせてやる」
「わ、分からせ……な、何を」
顔を真っ赤にしたわたしを見て、彼は「ふふっ」とおかしそうに笑う。
色々と深刻だったけれど、結局つまらない話になる――これからもずっと、彼とはこんな感じで過ごせるのかな。
恥ずかしいけど、やっぱり嬉しい。
そんな風に思っていると、握っている手に少し力が込められた。
「……どうしたの?」
「前の旅立ちも……朝だった。今よりも早い時間だった」
「うん」
「この剣と、金を店に置いて……何も持たず、誰にも見つからないよう1人で逃げた」
「グレン……でも今は、ちがうもんね」
「ああ……」
彼が街を振り返って少し笑みを浮かべると、ふわりと風が吹いた。
火の結界や何やらで寒さは和らいでいるけれど、北方の、冬の冷たい風――でも、もう不安を煽るものじゃない。
「いい風ですねぇ……」
「そうだな」
今日のカンタール市街は、とても良い天気だ。
彼が言った通り、空に張ってある火の結界が虹のように煌めいて、とてもとても、綺麗……。
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