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【第3部】13章 切り裂く刃
12話 取り調べ(1):闇の剣の青年
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セルジュ・シルベストルは、侯爵家の長男として25年前に生を受けた。
跡継ぎとして幼い頃から剣術・魔術・学問等全てにおいて潤沢な教育を受け、何不自由なく育った。
紋章は持たないものの魔術の資質と癒やしの力を持っていた彼は、15歳の時に当時の団長の補佐として聖銀騎士団に入る。
そこに、その男はいた。
「初めまして、セルジュ様。イリアス・トロンヘイムと申します。以後、お見知りおき下さい」
若き司祭、イリアス。7歳年上のノルデン人。
ディオール北部からノルデンにかけては「聖光神団」の信者の割合が多いと聞いたが、もちろんノルデン人のミランダ教信者もいる。
自分が入る2年前からいると聞いた。法力は高く、高等な魔法も難なく使いこなす。
いつも笑顔を絶やさず物腰は柔らか、何を聞いても親切に教えてくれるし、人々の信頼も厚い。
……だが。
だが何故かセルジュは、この男を信頼できないでいた。
理由は分からない。初対面から言い知れぬ不気味さを感じていた。
イリアスはノルデン人で平民だ。そんなつもりはないが、自分の中に平民と異国人を区別し見下す心があるから信じることができないのではないか――そう思って最初は自己嫌悪に陥ったものだ。
◇
「……イリアス様。何度もお聞きして申し訳ありません」
「はい、なんでしょうかセルジュ様」
「この逮捕は、本当に意味のあることなんですね?」
「…………」
セルジュの問いに、イリアスはしばし逡巡する。
そしてすぐに「もちろんですとも」と柔らかい笑みを浮かべた。
「…………」
時が流れ、セルジュは団長になった。
聖銀騎士になってから10年経ちイリアスが腹心となった今も彼に対する疑念は拭えず、全幅の信頼を寄せることができないでいた。
団長は自分だが、実質のリーダーはイリアスだ。人格も実力も備わっている彼を妬む気持ちがあるから、自分は有力貴族であると驕り高ぶる気持ちがどこかにあるから、彼という人間を認められないのだろう。
この不信感と嫌悪感は、ただただ自分が卑小であるから抱いてしまうのだろう――。
◇
「……ジャミル・レッドフォード君、だったね」
「はい」
「改めて自己紹介を。私はセルジュ・シルベストル。聖銀騎士の団長を務めている。よろしく」
「ジャミル・レッドフォードです……」
「手荒な真似をしてすまない。しかしどうしても確認したいことがあって……どうか正直に答えてほしい」
「はい……」
イリアスの命で捕らえた3人のうちの1人――ジャミルという青年が、青ざめた顔で対面に座っている。
彼は闇の紋章の剣の影響で闇堕ちをしかけたが闇に打ち克ち、剣の魂を使い魔として付き従えていると報告書で読んだ。
使い魔を出せないよう沈黙魔法の印が入った手錠を嵌めてはいるが、サイレスは影の術。その上位に位置する"闇"は完全に封じることはできない。
「すまないが、使い魔を出すことは諦めてほしい。サイレスが効かない以上、私はそれを斬ることになってしまう」
「……はい」
「…………」
闇の使い魔――精霊を付き従えているとはいうが、セルジュから見れば普通の青年でしかない。
こんな青年を捕まえて調べ上げて、何の意味があるのか……。
「君のことを色々と調べさせてもらった。……王立ロイエンタール高等学院を出ているんだね」
「え? ……はい」
「すごいじゃないか。私も勉強は好きだが、そこまでの学力はない」
「別にすごくはないです」
「何故? だって君は首席で卒業しているだろう。卒業生の挨拶も君がしたと記録にある。……それは誇っていいことじゃないか?」
「……ありがとう、ございます。けど、オ……僕は別に、目的があって勉強してたわけじゃないので」
「……目的はなかった。でも、使い魔を手に入れてから、何か目的が芽生えた?」
「え……?」
「申し訳ないが、君の家を調べさせてもらった。部屋からは闇魔法と黒魔術、禁呪に関することをまとめたノートが大量に見つかったよ」
「あ……」
「君の書いたもので間違いないね?」
「はい……」
セルジュの問いに、青年は肩をすくめ青ざめた顔でうつむいた。目線が所在なく左右に泳ぐ。
「あんなに事細かに調べて、一体何をするつもりだったのだろう。……例えば、誰かを生き返らせたいとか、時間を戻したいとか」
「な……なんで」
「行方不明になった弟さんがいると聞いたよ」
「ち……ちがう! オレはただ……」
「ただ?」
「……知りたかった、だけで」
「知的探究心から、あれだけ調べ上げたと?」
「……そうです。それに、勉強、してると……無心になれるから」
「なるほど。……しかし、先も言ったが君は国で1、2を争うレベルの学校を、首席で出ている。そして傍らには闇の使い魔を従えて……それは何を意味するのか、君は分かっているだろうか」
「……意味」
「その気になれば君はそれらを実現できてしまう力と頭脳を持っている。驕り高ぶるのは無論よくないが……君は少し、君という人間の凄さを正確に認識した方がいい」
「…………」
青年はうつむいたまま何も言わない。
確かに危うい研究をしている、闇を従えている。だがセルジュからすれば、やはりただの一般市民だ。
あの男のようなざわざわとした不安感は、この青年からは感じられない――。
(ああ、そうだった……)
――あの男から、聞いておけと指示されていたことがあった。
一体何の意味があるのか分からない。だが指示された以上、仕方がない。
「君の仲間の、クライブ・ディクソン殿……顔立ちが似ているが、親戚か何かかな?」
「え……はい」
「彼の血を水鏡に垂らして浮き上がった彼の生まれ年が彼の実年齢――28、29歳かな? それと随分食い違っているようなんだ。このことについて何か知っているだろうか」
「…………。いえ、知りません」
「……そうか、ありがとう」
――この青年は嘘をつくのが下手なようだ。おそらく、何かある。
だがこれ以上踏み入っても得るものはないだろう。イリアスからも、「口を閉ざすようならそれ以上は聞かなくていい」と言われている。
「質問は終わりだ。闇魔術の研究については、少し考え直してもらいたい」
「……はい。申し訳、ありません……」
「謝るのは、こちらの方だ」
――もう十分だろう。
30分にも満たない短いやりとりで怯えて言葉が出なくなるような普通の青年だ。
光の塾の残党で子供の命を獲っているなど考えられない。
こんな茶番に、何の意味があるというのだ。
◇
「ご苦労様です」
「…………」
ジャミル・レッドフォードの取り調べが終わったあと、取った調書をイリアスに渡した。
「取り立てて得るものもありませんでしたが」
「いえ、構いません。明日からは私も同席しましょう」
「……イリアス様が?」
「はい。それと、術師を数人呼びます」
「術師? ……そこまでするほどのことなのですか」
「ええ。先のジャミルという青年はともかく、残りの2人は武人です。何かあっては大変ですから」
「……それは」
グレン・マクロードは紋章持ちの元ディオール騎士、そしてクライブ・ディクソンも元竜騎士。
2人ともランクの高い魔物を狩る超一流の戦士だ。先日は、規格外ともいえる呪いの力を持った赤眼の賞金首の男を捕らえた。
彼ら2人が本気で抵抗の意思を見せて向かってきたら、おそらく叶わないだろう。危険であるというのは分かるが、しかし……。
「それは、聖銀騎士の仕事でしょうか? イリアス様は、一体何をお知りになりたいのです」
――納得がいかない。
呪いや禁呪、黒魔術に関するもの、その他聖女の精神を害し、ミランダ教の教えに著しく反すると思われる事件は確かに聖銀騎士団の管轄だ。
とはいえ、別段罪を犯してもいない人間の身辺調査や家捜しなど、本来の職務から逸脱している。
それはどちらかといえば憲兵の管轄だ。
なぜ彼らに報告をせず、聖銀騎士団で受け持っているのだ。
「大事なことですよ。聖女様の存亡に関わる、重大な事実です」
「聖女様の……? 一体、どういう」
「明日はセルジュ様にも魔術で協力していただくことになりますので、どうか早めにお休みください」
「お待ちください、まだ話は――」
「■■■■■■、■■■■■■……」
「え?」
――何を言ったか聞き取れなかった。
確認をする間もなく、「では失礼します」と言ってイリアスは転移魔法でかき消えた。
◇
「まただ……! 何なんだ、一体!」
行き場のない苛つきと不快感を、壁にぶつける。
時折、先ほどのようにイリアスの発する言葉を全く聞き取れないことがある。
騎士団の「朝の集い」で彼が何か言ったあと皆が続いて「女神の加護のあらんことを」と言うから、口の動きからして先ほどもそう言ったのだろう。
皆には聞こえているのに、自分だけが聞き取れない――自分にとってはクライブ・ディクソンの生年月日の食い違いよりも、そちらの方がよほどに不可解で気持ちが悪い。
何のトラブルもないのにあの男への嫌悪感が日に日に募る。
確証がないのに、不信感と疑念が捨てきれない。
――明日もまた意味のない取り調べを、魔術を用いてまで行わなければならないのか。
憂鬱でたまらず、頭痛がする。
跡継ぎとして幼い頃から剣術・魔術・学問等全てにおいて潤沢な教育を受け、何不自由なく育った。
紋章は持たないものの魔術の資質と癒やしの力を持っていた彼は、15歳の時に当時の団長の補佐として聖銀騎士団に入る。
そこに、その男はいた。
「初めまして、セルジュ様。イリアス・トロンヘイムと申します。以後、お見知りおき下さい」
若き司祭、イリアス。7歳年上のノルデン人。
ディオール北部からノルデンにかけては「聖光神団」の信者の割合が多いと聞いたが、もちろんノルデン人のミランダ教信者もいる。
自分が入る2年前からいると聞いた。法力は高く、高等な魔法も難なく使いこなす。
いつも笑顔を絶やさず物腰は柔らか、何を聞いても親切に教えてくれるし、人々の信頼も厚い。
……だが。
だが何故かセルジュは、この男を信頼できないでいた。
理由は分からない。初対面から言い知れぬ不気味さを感じていた。
イリアスはノルデン人で平民だ。そんなつもりはないが、自分の中に平民と異国人を区別し見下す心があるから信じることができないのではないか――そう思って最初は自己嫌悪に陥ったものだ。
◇
「……イリアス様。何度もお聞きして申し訳ありません」
「はい、なんでしょうかセルジュ様」
「この逮捕は、本当に意味のあることなんですね?」
「…………」
セルジュの問いに、イリアスはしばし逡巡する。
そしてすぐに「もちろんですとも」と柔らかい笑みを浮かべた。
「…………」
時が流れ、セルジュは団長になった。
聖銀騎士になってから10年経ちイリアスが腹心となった今も彼に対する疑念は拭えず、全幅の信頼を寄せることができないでいた。
団長は自分だが、実質のリーダーはイリアスだ。人格も実力も備わっている彼を妬む気持ちがあるから、自分は有力貴族であると驕り高ぶる気持ちがどこかにあるから、彼という人間を認められないのだろう。
この不信感と嫌悪感は、ただただ自分が卑小であるから抱いてしまうのだろう――。
◇
「……ジャミル・レッドフォード君、だったね」
「はい」
「改めて自己紹介を。私はセルジュ・シルベストル。聖銀騎士の団長を務めている。よろしく」
「ジャミル・レッドフォードです……」
「手荒な真似をしてすまない。しかしどうしても確認したいことがあって……どうか正直に答えてほしい」
「はい……」
イリアスの命で捕らえた3人のうちの1人――ジャミルという青年が、青ざめた顔で対面に座っている。
彼は闇の紋章の剣の影響で闇堕ちをしかけたが闇に打ち克ち、剣の魂を使い魔として付き従えていると報告書で読んだ。
使い魔を出せないよう沈黙魔法の印が入った手錠を嵌めてはいるが、サイレスは影の術。その上位に位置する"闇"は完全に封じることはできない。
「すまないが、使い魔を出すことは諦めてほしい。サイレスが効かない以上、私はそれを斬ることになってしまう」
「……はい」
「…………」
闇の使い魔――精霊を付き従えているとはいうが、セルジュから見れば普通の青年でしかない。
こんな青年を捕まえて調べ上げて、何の意味があるのか……。
「君のことを色々と調べさせてもらった。……王立ロイエンタール高等学院を出ているんだね」
「え? ……はい」
「すごいじゃないか。私も勉強は好きだが、そこまでの学力はない」
「別にすごくはないです」
「何故? だって君は首席で卒業しているだろう。卒業生の挨拶も君がしたと記録にある。……それは誇っていいことじゃないか?」
「……ありがとう、ございます。けど、オ……僕は別に、目的があって勉強してたわけじゃないので」
「……目的はなかった。でも、使い魔を手に入れてから、何か目的が芽生えた?」
「え……?」
「申し訳ないが、君の家を調べさせてもらった。部屋からは闇魔法と黒魔術、禁呪に関することをまとめたノートが大量に見つかったよ」
「あ……」
「君の書いたもので間違いないね?」
「はい……」
セルジュの問いに、青年は肩をすくめ青ざめた顔でうつむいた。目線が所在なく左右に泳ぐ。
「あんなに事細かに調べて、一体何をするつもりだったのだろう。……例えば、誰かを生き返らせたいとか、時間を戻したいとか」
「な……なんで」
「行方不明になった弟さんがいると聞いたよ」
「ち……ちがう! オレはただ……」
「ただ?」
「……知りたかった、だけで」
「知的探究心から、あれだけ調べ上げたと?」
「……そうです。それに、勉強、してると……無心になれるから」
「なるほど。……しかし、先も言ったが君は国で1、2を争うレベルの学校を、首席で出ている。そして傍らには闇の使い魔を従えて……それは何を意味するのか、君は分かっているだろうか」
「……意味」
「その気になれば君はそれらを実現できてしまう力と頭脳を持っている。驕り高ぶるのは無論よくないが……君は少し、君という人間の凄さを正確に認識した方がいい」
「…………」
青年はうつむいたまま何も言わない。
確かに危うい研究をしている、闇を従えている。だがセルジュからすれば、やはりただの一般市民だ。
あの男のようなざわざわとした不安感は、この青年からは感じられない――。
(ああ、そうだった……)
――あの男から、聞いておけと指示されていたことがあった。
一体何の意味があるのか分からない。だが指示された以上、仕方がない。
「君の仲間の、クライブ・ディクソン殿……顔立ちが似ているが、親戚か何かかな?」
「え……はい」
「彼の血を水鏡に垂らして浮き上がった彼の生まれ年が彼の実年齢――28、29歳かな? それと随分食い違っているようなんだ。このことについて何か知っているだろうか」
「…………。いえ、知りません」
「……そうか、ありがとう」
――この青年は嘘をつくのが下手なようだ。おそらく、何かある。
だがこれ以上踏み入っても得るものはないだろう。イリアスからも、「口を閉ざすようならそれ以上は聞かなくていい」と言われている。
「質問は終わりだ。闇魔術の研究については、少し考え直してもらいたい」
「……はい。申し訳、ありません……」
「謝るのは、こちらの方だ」
――もう十分だろう。
30分にも満たない短いやりとりで怯えて言葉が出なくなるような普通の青年だ。
光の塾の残党で子供の命を獲っているなど考えられない。
こんな茶番に、何の意味があるというのだ。
◇
「ご苦労様です」
「…………」
ジャミル・レッドフォードの取り調べが終わったあと、取った調書をイリアスに渡した。
「取り立てて得るものもありませんでしたが」
「いえ、構いません。明日からは私も同席しましょう」
「……イリアス様が?」
「はい。それと、術師を数人呼びます」
「術師? ……そこまでするほどのことなのですか」
「ええ。先のジャミルという青年はともかく、残りの2人は武人です。何かあっては大変ですから」
「……それは」
グレン・マクロードは紋章持ちの元ディオール騎士、そしてクライブ・ディクソンも元竜騎士。
2人ともランクの高い魔物を狩る超一流の戦士だ。先日は、規格外ともいえる呪いの力を持った赤眼の賞金首の男を捕らえた。
彼ら2人が本気で抵抗の意思を見せて向かってきたら、おそらく叶わないだろう。危険であるというのは分かるが、しかし……。
「それは、聖銀騎士の仕事でしょうか? イリアス様は、一体何をお知りになりたいのです」
――納得がいかない。
呪いや禁呪、黒魔術に関するもの、その他聖女の精神を害し、ミランダ教の教えに著しく反すると思われる事件は確かに聖銀騎士団の管轄だ。
とはいえ、別段罪を犯してもいない人間の身辺調査や家捜しなど、本来の職務から逸脱している。
それはどちらかといえば憲兵の管轄だ。
なぜ彼らに報告をせず、聖銀騎士団で受け持っているのだ。
「大事なことですよ。聖女様の存亡に関わる、重大な事実です」
「聖女様の……? 一体、どういう」
「明日はセルジュ様にも魔術で協力していただくことになりますので、どうか早めにお休みください」
「お待ちください、まだ話は――」
「■■■■■■、■■■■■■……」
「え?」
――何を言ったか聞き取れなかった。
確認をする間もなく、「では失礼します」と言ってイリアスは転移魔法でかき消えた。
◇
「まただ……! 何なんだ、一体!」
行き場のない苛つきと不快感を、壁にぶつける。
時折、先ほどのようにイリアスの発する言葉を全く聞き取れないことがある。
騎士団の「朝の集い」で彼が何か言ったあと皆が続いて「女神の加護のあらんことを」と言うから、口の動きからして先ほどもそう言ったのだろう。
皆には聞こえているのに、自分だけが聞き取れない――自分にとってはクライブ・ディクソンの生年月日の食い違いよりも、そちらの方がよほどに不可解で気持ちが悪い。
何のトラブルもないのにあの男への嫌悪感が日に日に募る。
確証がないのに、不信感と疑念が捨てきれない。
――明日もまた意味のない取り調べを、魔術を用いてまで行わなければならないのか。
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