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【第3部】13章 切り裂く刃
13話 取り調べ(2):怒りの軍将
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翌日は元ディオール騎士グレン・マクロードの取り調べが行われた。
抵抗の意思を見せることなく取調室までついてきてくれた。
昨日の青年ジャミルとちがってどこか堂々たる様で、その表情からは感情が窺えなかった――が。
「初めまして、グレン・マクロード殿。私はミランダ教の司祭、イリアス・トロンヘイムと申します。聖銀騎士団の顧問のようなことをしております。以後お見知りおき下さい」
「…………」
イリアスが登場して恭しくお辞儀をしたあと席につく。
グレン・マクロードの表情は変わらない。だが空気は確実に一変した。
(暖炉が……!)
部屋に備え付けてある暖炉の火が、最初より二回りほど大きく燃え上がった。
グレン・マクロードは火の紋章を宿している。沈黙魔法の印が刻まれた手錠を嵌めてはいるが、紋章保持者の魔法はそれで封じられるものではない。
隣の部屋には術師が4人控えている。彼らが同時に沈黙魔法を発動することで、ようやく紋章の発現を抑えることができるのだ。
セルジュも術師達に魔力を送って手助けをしているが予想以上に魔力の消耗が激しい。
――彼の潜在魔力はそこまでのものなのか。
それとも、怒りの感情がそうさせているのか……。
「……よろしくお願いします、神父様」
正面に座っているイリアスを見据えて、グレンがそう告げた。
大声ではない。だが、まるで舞台役者が自分の台詞を観衆に聞かせるかのような、妙にはっきりとした発声だった。
なぜか"神父様"という部分を強調しているように思えた――イリアスもそれに虚を突かれたように瞠目したが、すぐにまた目を細めて「こちらこそ」と楽しげに笑う。
「……?」
――司祭のことを「神父」とも呼ぶので何も妙なことはないが、何かおもしろい所でもあっただろうか?
「失礼ながら、貴方のことを色々と調べさせてもらいましたよ。素晴らしい経歴をお持ちなのですね」
そう言いながらイリアスが、傍らに立つセルジュに目配せをしてくる。
(くっ……)
――調査結果は貴方も目を通して知っているではないか。嫌なことは私に言わせようというのか……!
「貴方は――……」
「私はノルデン西部の港町の出身です。出生地は北部ですが、生まれてまもなくして光の塾の下位組織に入り、災害で滅亡するまでそこで過ごしました」
「!」
「ほう……?」
セルジュが言うより早くグレンが聖銀騎士も調べていない情報を話し始めたため、イリアスは興味深そうに少し身を乗り出す。
そして机に肘をついてから組み合わせた両手の上にあごをのせ、またニコリと笑った。
「その情報は把握しておりませんでした。光の塾の下位組織ですか……少しお話を聞かせてもらっても?」
「断ります。……私が話さずとも、神父様の方がよくご存知なのではありませんか」
「……?」
――どういう、意味だろう。
確かに光の塾の下位組織のことは聖銀騎士が調べたから、幼い頃に少し属していただけの彼よりは全貌を把握しているといえる。
しかし、それ以上に何か含みがあるように思える。……自分の思い違いだろうか?
それから、グレンは自分の経歴を話し始めた。
災害のあとディオールの孤児院に入ったが放火と窃盗の罪を着せられ追放されたこと。その後数年盗賊に身をやつし、盗みに入った武器屋で捕らえられて下働きをしていたこと。数年後黒天騎士団にスカウトされたこと。そして短期間で出世し将軍に上り詰めたが、突然辞めて国を去ったこと……。
――いくつか知らない情報はあったが、こちら側で調べたものと同じだ。
気になる点はあるものの、しかし……。
「なぜ、騎士を辞められたのですか?」
「イリアス様、それは……」
「質問の意図が分かりかねます。今回の逮捕と何ら関連がないように思えますが」
「民衆は勝手なものです。死神や魔王など物騒な二つ名をつけ、貴方が魔物を呼んでいるだとか殺すのが好きだとか……どれだけ功績を上げても、貴方は黒髪ノルデン人であるために差別と偏見の目に晒され続けました。同郷の者として、心中お察し申し上げます」
「!?」
――そんなことは調べていない。一体何を言い出すのだ。
(くっ……!)
咎めなければいけない。しかし目の前で怒りを燃やす男の魔力を抑えるために言葉を発することすらできない。
グレンの手に嵌めた手錠がうっすらと赤く光っている。
暖炉の火はさらに燃え上がり、部屋の温度が上昇して額に汗がにじむ。隣の部屋で沈黙魔法を放っている術師達にも相当のプレッシャーがかかっているだろう。
「……それで?」
たった3文字の音の羅列――しかしまるで何か強力な呪文を唱えたかのように魔力と殺気がほとばしる。
声を荒げることはないが、彼の表情は険しい。
部屋は熱いはずなのに、恐怖で寒気がする。
「例えばそのことを恨みに思い、光の塾の知識――禁呪を使って皆殺しにしようとしたとでも?」
「その可能性もゼロではないと思いまして」
「貴方は先ほど、私の光の塾の経歴を『知らなかった』とおっしゃった。ならば、私が光の塾の残党で復権を狙っているなどという考えに先に行き着くのはおかしな話です。結論ありきの推測ではありませんか」
「…………」
そう言われて、イリアスはテーブルについていた肘を下ろし、イスにもたれかかる。
そして……、
「それもそうですね。……失礼、下らないことを言いました」
小さくため息をついて、また優しげに微笑む。
そしてさらに「自分は推理小説と演劇が好きで、つい色々な事象を結びつけて答えを出したり先の展開を予測したくなってしまう。悪いクセですね」などと続けた。
暖炉の薪がバキバキと音を立てて燃え、部屋の温度がまた上昇する……。
「貴様の趣味嗜好などどうでもいい。……ミランダ教の女神というのは随分と懐が広いようだ。下衆でも司祭になれるのだから」
「そのような……私が下衆であることは否定しませんが、それで司祭全部を否定するのはやめていただきたく……ああ、申し訳ありません。どうか怒りを鎮めてください。その手錠には沈黙魔法の印が刻まれていますが万能ではない。あまりに怒ると弾け飛んでしまうのです」
「っ……誰の、せいで……!」
「ああ、どうか冷静に。貴方の紋章の力はここにいるセルジュ様、そして別室にいる術師の5人で抑え込んでおります。怒れば怒るほど5人の身体に負担がかかり、命が危険に晒されます」
「…………」
グレンが歯噛みをしながらイリアスとセルジュを順に睨み付け、机の上に叩き付けるように手を置く。
そして目を閉じて両の拳を握り合わせてから深呼吸をして……しばらくすると赤く光を放っていた手錠が元の白銀色に戻った。
――なんなのだ、これは。
セルジュはイリアスに嫌悪感を抱いていた。
しかしそれは嫉妬心からくるただの好き嫌いで、彼の仕事の腕や司祭としての資質自体は十分であると認識していた。
だが、ここ数日の彼は一体どうしたことだろう。
罪を犯していない市民を疑わしいというだけで捕らえて、参考に話を聞くどころか囚人服に着替えさせ牢へ入れ……彼らそれぞれの自宅や個人情報まで調べさせる。
竜騎士クライブ・ディクソンに至っては、貸倉庫に預けてあるという日記帳まで押収する始末。
今聖銀騎士達が手分けして彼の日記を読みあさっている。
そして、たった今のやりとり……侮辱にも近い憶測で散々に怒りを煽り立てておきながら「落ち着け」とは?
なだめ方もおかしい。まるで私達の命を盾にとっているようではないか。
グレンにとって、今の自分たちは敵だ。敵の命などどうでもいいと彼が怒りを鎮めることなく紋章を発動していた可能性も十分にあった。
今彼の手錠の色は白銀色に戻っているが、怒りの感情は少しも消えていないだろう。
この男は一体、何をやりたい?
抵抗の意思を見せることなく取調室までついてきてくれた。
昨日の青年ジャミルとちがってどこか堂々たる様で、その表情からは感情が窺えなかった――が。
「初めまして、グレン・マクロード殿。私はミランダ教の司祭、イリアス・トロンヘイムと申します。聖銀騎士団の顧問のようなことをしております。以後お見知りおき下さい」
「…………」
イリアスが登場して恭しくお辞儀をしたあと席につく。
グレン・マクロードの表情は変わらない。だが空気は確実に一変した。
(暖炉が……!)
部屋に備え付けてある暖炉の火が、最初より二回りほど大きく燃え上がった。
グレン・マクロードは火の紋章を宿している。沈黙魔法の印が刻まれた手錠を嵌めてはいるが、紋章保持者の魔法はそれで封じられるものではない。
隣の部屋には術師が4人控えている。彼らが同時に沈黙魔法を発動することで、ようやく紋章の発現を抑えることができるのだ。
セルジュも術師達に魔力を送って手助けをしているが予想以上に魔力の消耗が激しい。
――彼の潜在魔力はそこまでのものなのか。
それとも、怒りの感情がそうさせているのか……。
「……よろしくお願いします、神父様」
正面に座っているイリアスを見据えて、グレンがそう告げた。
大声ではない。だが、まるで舞台役者が自分の台詞を観衆に聞かせるかのような、妙にはっきりとした発声だった。
なぜか"神父様"という部分を強調しているように思えた――イリアスもそれに虚を突かれたように瞠目したが、すぐにまた目を細めて「こちらこそ」と楽しげに笑う。
「……?」
――司祭のことを「神父」とも呼ぶので何も妙なことはないが、何かおもしろい所でもあっただろうか?
「失礼ながら、貴方のことを色々と調べさせてもらいましたよ。素晴らしい経歴をお持ちなのですね」
そう言いながらイリアスが、傍らに立つセルジュに目配せをしてくる。
(くっ……)
――調査結果は貴方も目を通して知っているではないか。嫌なことは私に言わせようというのか……!
「貴方は――……」
「私はノルデン西部の港町の出身です。出生地は北部ですが、生まれてまもなくして光の塾の下位組織に入り、災害で滅亡するまでそこで過ごしました」
「!」
「ほう……?」
セルジュが言うより早くグレンが聖銀騎士も調べていない情報を話し始めたため、イリアスは興味深そうに少し身を乗り出す。
そして机に肘をついてから組み合わせた両手の上にあごをのせ、またニコリと笑った。
「その情報は把握しておりませんでした。光の塾の下位組織ですか……少しお話を聞かせてもらっても?」
「断ります。……私が話さずとも、神父様の方がよくご存知なのではありませんか」
「……?」
――どういう、意味だろう。
確かに光の塾の下位組織のことは聖銀騎士が調べたから、幼い頃に少し属していただけの彼よりは全貌を把握しているといえる。
しかし、それ以上に何か含みがあるように思える。……自分の思い違いだろうか?
それから、グレンは自分の経歴を話し始めた。
災害のあとディオールの孤児院に入ったが放火と窃盗の罪を着せられ追放されたこと。その後数年盗賊に身をやつし、盗みに入った武器屋で捕らえられて下働きをしていたこと。数年後黒天騎士団にスカウトされたこと。そして短期間で出世し将軍に上り詰めたが、突然辞めて国を去ったこと……。
――いくつか知らない情報はあったが、こちら側で調べたものと同じだ。
気になる点はあるものの、しかし……。
「なぜ、騎士を辞められたのですか?」
「イリアス様、それは……」
「質問の意図が分かりかねます。今回の逮捕と何ら関連がないように思えますが」
「民衆は勝手なものです。死神や魔王など物騒な二つ名をつけ、貴方が魔物を呼んでいるだとか殺すのが好きだとか……どれだけ功績を上げても、貴方は黒髪ノルデン人であるために差別と偏見の目に晒され続けました。同郷の者として、心中お察し申し上げます」
「!?」
――そんなことは調べていない。一体何を言い出すのだ。
(くっ……!)
咎めなければいけない。しかし目の前で怒りを燃やす男の魔力を抑えるために言葉を発することすらできない。
グレンの手に嵌めた手錠がうっすらと赤く光っている。
暖炉の火はさらに燃え上がり、部屋の温度が上昇して額に汗がにじむ。隣の部屋で沈黙魔法を放っている術師達にも相当のプレッシャーがかかっているだろう。
「……それで?」
たった3文字の音の羅列――しかしまるで何か強力な呪文を唱えたかのように魔力と殺気がほとばしる。
声を荒げることはないが、彼の表情は険しい。
部屋は熱いはずなのに、恐怖で寒気がする。
「例えばそのことを恨みに思い、光の塾の知識――禁呪を使って皆殺しにしようとしたとでも?」
「その可能性もゼロではないと思いまして」
「貴方は先ほど、私の光の塾の経歴を『知らなかった』とおっしゃった。ならば、私が光の塾の残党で復権を狙っているなどという考えに先に行き着くのはおかしな話です。結論ありきの推測ではありませんか」
「…………」
そう言われて、イリアスはテーブルについていた肘を下ろし、イスにもたれかかる。
そして……、
「それもそうですね。……失礼、下らないことを言いました」
小さくため息をついて、また優しげに微笑む。
そしてさらに「自分は推理小説と演劇が好きで、つい色々な事象を結びつけて答えを出したり先の展開を予測したくなってしまう。悪いクセですね」などと続けた。
暖炉の薪がバキバキと音を立てて燃え、部屋の温度がまた上昇する……。
「貴様の趣味嗜好などどうでもいい。……ミランダ教の女神というのは随分と懐が広いようだ。下衆でも司祭になれるのだから」
「そのような……私が下衆であることは否定しませんが、それで司祭全部を否定するのはやめていただきたく……ああ、申し訳ありません。どうか怒りを鎮めてください。その手錠には沈黙魔法の印が刻まれていますが万能ではない。あまりに怒ると弾け飛んでしまうのです」
「っ……誰の、せいで……!」
「ああ、どうか冷静に。貴方の紋章の力はここにいるセルジュ様、そして別室にいる術師の5人で抑え込んでおります。怒れば怒るほど5人の身体に負担がかかり、命が危険に晒されます」
「…………」
グレンが歯噛みをしながらイリアスとセルジュを順に睨み付け、机の上に叩き付けるように手を置く。
そして目を閉じて両の拳を握り合わせてから深呼吸をして……しばらくすると赤く光を放っていた手錠が元の白銀色に戻った。
――なんなのだ、これは。
セルジュはイリアスに嫌悪感を抱いていた。
しかしそれは嫉妬心からくるただの好き嫌いで、彼の仕事の腕や司祭としての資質自体は十分であると認識していた。
だが、ここ数日の彼は一体どうしたことだろう。
罪を犯していない市民を疑わしいというだけで捕らえて、参考に話を聞くどころか囚人服に着替えさせ牢へ入れ……彼らそれぞれの自宅や個人情報まで調べさせる。
竜騎士クライブ・ディクソンに至っては、貸倉庫に預けてあるという日記帳まで押収する始末。
今聖銀騎士達が手分けして彼の日記を読みあさっている。
そして、たった今のやりとり……侮辱にも近い憶測で散々に怒りを煽り立てておきながら「落ち着け」とは?
なだめ方もおかしい。まるで私達の命を盾にとっているようではないか。
グレンにとって、今の自分たちは敵だ。敵の命などどうでもいいと彼が怒りを鎮めることなく紋章を発動していた可能性も十分にあった。
今彼の手錠の色は白銀色に戻っているが、怒りの感情は少しも消えていないだろう。
この男は一体、何をやりたい?
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