【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

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【第3部】13章 切り裂く刃

14話 取り調べ(3):仮面の司祭

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「……俺に何を言わせたくてここへ連行した」
 
 イリアスを睨み付けながら、グレンが唸るように呟く。
 暖炉の火は一回り小さくなったが相変わらず部屋は暑い。
 
 ――魔力の圧が凄まじい。額に汗がにじみ、手が震える。
 魔力を分け与えているものの、隣の部屋の術師達にも相当の負担がかかっているだろう。
 彼らの放つ沈黙魔法サイレスも自分の魔力も、おそらくあと十数分も持たない――。
 
 そんな状態の仲間に目をやることなく、イリアスは笑顔で話を続ける。
 
「貴方に2つ3つお聞きしたいことがありまして。クライブ・ディクソンさんのお話です」
「奴が何か? 本人に聞けばいいだろう」
「彼とは付き合いが長いのですか」
「……12年ほど前から」
「彼の生まれ年は1545年。12年前とすると、彼が6歳の時に出会ったのですか」
「出会った時から年上だった。……生まれ年がいつだとしても、付き合う上では何の関係もない」
「それはその通りですが……。なるほど、知らなかったと」
 
「言いたいことは端的に言ってもらいたい。奴が一体何だというんだ」
「その前にもうひとつ。貴方は現在の聖女様の名前をご存知ですか」
「聖女? ……それが何だ」
「質問に答えていただきたいです」
「……知らない。そもそも知っていても聖女に関しての記憶は消えるものだと聞いた。……異教徒だろうが無宗教だろうが、それは変わらないのでしょう? セルジュ様」
「え……!? ええ、はい」
 
 突然水を向けられ動揺してしまう。
 質問には何一つ回答されない上に回りくどく意図の分からない質問ばかり――自分に話しかけることで、怒りの感情を少しでも紛らわせたいのかもしれない。
 
「グレン殿のおっしゃる通り、異教徒も紋章保持者も、それに親類縁者や恋人も……聖女様の記憶は皆の頭から消えます。例外はありません」
「なら――」
「それが、例外があったのです。貴方の相棒のクライブ・ディクソンさんです」
 
 何か言おうとしたタイミングでイリアスが口を挟み、それに苛立ったグレンが「俺は団長のセルジュ様と話をしている」と言いながら軽く机を叩く。
 しかし話の内容は気になったようで、怪訝な顔で口をつぐむ。
 それはほんの一拍ほどの間だったがイリアスはその僅かな沈黙を逃さず、続けざまに口を開いた。
 
「実は今、彼の日記を改めさせてもらっているのですが――」
「……日記を?」
 
 イリアスの言葉を聞いたグレンがセルジュに厳しい目を向ける。
「お前がそれを指示したのか」「なぜだ」と聞こえてくるようだ。
 
「はい。彼の日記に、現在の聖女様に関するものと思われる記述がありまして……ごらんください。セルジュ様も、どうか」
「…………」
 
 言いながらイリアスがハードカバーの分厚い手帳を取り出し、しおりを挟んである部分を開いて指さす。
 表紙には「1559年 1月ー」とある……。
 
 ――――――――――――
 
 3月15日(日) 晴れ :K
 
 リタが聖女になった。
 これから5年間、あの子は誰からも忘れられる。
 5年後俺は存在していないかもしれない。
 再会の日は、訪れないだろう。
 
 ――――――――――――
 
「……な、なぜ」
 
 日記には聖女と思われる女性の名がはっきりと記されている。
 聖女の名は即位してから5年間封印され、誰の記憶からも消えて呼べなくなる。
 そればかりでなく、新聞や雑誌などの記録からも名前の記述が消える。
 原理は分からない。書記に使われるインクは影の魔石から抽出しているから魔法の呪文と認識され、呼べないようにと封印されるのかもしれない。
 ……ともかく、この日記のように名前の記述が残るということは絶対にありえない。
 
「全く不思議です。書いてあるのに、私はこの名を読み上げることができない。お二方はどうでしょう?」
「…………」
「…………」
 
 口にしようと思っても何かのどに引っかかる感覚がして、発語することができない。
 おそらく、グレンも同様だろう。眉間にしわを寄せて喉元あたりを手で覆っている。
 その様子を見て、イリアスは満足げに微笑んだ。
 
「貴方は彼が竜騎士を辞めた経緯をご存知でしょうか?」
日記それに書いてあるのだから読めば分かるだろう」
「ええ、辞めた日に『辞めた』とだけ記されていました。日記というよりも備忘録に近いようで、心情まではあまり綴られていないのです」
「…………」
 
 グレンは舌打ちをしたあと、血が滲みそうなくらいに拳を握ってイリアスを睨み付ける。
 
 ――本当に、どうしたことだ。
 これまで、イリアスのことを不気味で信用ならないと感じてはいた。だが自分の知る彼は少なくとも無礼ではなかった。
 ここ数日の彼は、まるで別人に入れ替わったようにすら感じる。
 今一緒にいるのは誰だ?
 
(ちがうのか……)
 
 むしろ、こちらこそが彼の素顔なのかもしれない。
 自分が彼に疑念を抱いていたのは、本能からくる忌避だったのかもしれない。
 今までは善良な司祭の仮面をかぶっていた――いや、しかし、そうだとして。
 それならなぜ今、それを外している?
 
「……6年前」
「!」
「6年前に竜騎士を辞めた。世界を見て回りたいと言っていた」
「なるほど。騎士団の中で何かトラブルがあったというようなことは?」
「知らん。奴は人間関係でいざこざを起こすような男じゃない。道理の通らないようなことがない限りな」
「道理の通らないことというのは」
「差別、言いがかり、卑劣な行い。隠れてコソコソされるのも、ごちゃごちゃと何か探られるのも嫌いだ。今貴様がやっているようなことだ」
「はは、これは手厳しい。貴方は存外友人思いなのですね」
「黙れ。……聖女の名前、生まれ年の食い違い。それが何かの法に触れるとして、何がどうなるというんだ!!」

 そう叫びながら怒りに任せてグレンが机を叩いた、その時。
 
「くっ……!」
「!」
 
 とうとう魔力が枯渇して、セルジュは床に膝をついた。
 短時間でこんなに魔力を放ったのは初めてだ。頭痛と目眩めまい、吐き気が一気に襲ってくる……。
 そんなセルジュの様子を見てか、グレンは目を閉じて大きく深呼吸した。
 
「……もう、いいだろう。尋問は終わりにしろ、沈黙魔法サイレスもいつまでも持たない」
「お待ちください、もうひとつだけ――」
「団長と術師4人の命と引き換えにしても聞きたいことか? ……こっちも正直限界だ、抑えられて行き場のない魔力が、爆発して頭から弾け飛びそうなんだよ!」
 
 暖炉の火が爆発しそうに燃えている。
 イリアスが彼の触れられたくない過去を並べ立てた時のそれよりも大きい。
 彼はおそらく、自分に関わる他人を貶められることが、自分がそうされるよりも許しがたいのだろう。
 
「……そうですか、仕方ありませんね」
「……!!」
 
 仲間であるはずの司祭から飛び出る何の気遣いもない言葉に、セルジュは床に突っ伏したまま歯噛みをした。
 顔が見えないのが幸いだ。
 怒りが、フツフツと湧いてくる。
 
 ――「仕方がない」とは何だ?
 わざととしか思えぬ挑発じみた言動で相手の怒りを買って、仲間の命を危険に晒してまで何をやりたかった?
 理解ができない。理解したくもない……!
 
 そんなセルジュの感情をよそに、イリアスは悠々と立ち上がりグレンに深々とお辞儀をした。
 
「では、私はこれで失礼致しますよ。ご協力ありがとうございました、グレン殿。……貴方にどうか、■■■■■■■、■■■■■■……」
「!」
 
(また……)

また、聞き取れない。ザザザ……という雑音だけが耳に入る。
 
「……『女神の加護』? 貴方の心の中に女神などいないだろう」
 
 吐き捨てるように発したグレンの言葉で何を言ったか察した。
 
 ――ああ、また「女神の加護のあらんことを」と言ったのか。
 なぜいつも自分だけがその一言を聞き取ることができないのだろう。
 
「…………」
 
 ――聞き取れない言葉。
 
 書物から消える文字。
 書いてあっても読めない聖女の名前。
 聖女の名前は呪文として封印され、誰も唱えることができない。
 
 彼の唱えるあの言葉は、もしかして何かの呪文だろうか?
 ジャミル・レッドフォードから押収した魔術の研究ノートに、確かそんなことが書いてあったような……。
 
(……まさか、考えすぎだ)
 
 ――あの男のやりようが気に入らないからといって、全てを悪い事象に結びつけようとするのは愚かだ。
 それでは先ほどまで彼が展開していた意味不明の推理劇と変わらないではないか。
 
 
 ◇
 
 
 取り調べが終わったあと、イリアスの指示によりグレン・マクロードは釈放された。
 ジャミル・レッドフォードはその前日に既に釈放されている。
 残るはクライブ・ディクソンのみ。
「明日彼の取り調べを行う」と言うイリアスに「自分も皆も疲弊しているから休ませてくれ」と訴えたため、彼への尋問は明後日になった。
 
(聖女の名を知り、生まれ年と実年齢が食い違う男……)
 
 確かに、彼の正体は気になる。
 だが数回話をした限りでは、怪しい点などひとつもない全く普通の若者に思えた。
 グレン・マクロードの言う通り、彼の抱える秘密が何か法に触れるとして、それが何だというのだ。

「つ……」
 
 頭痛が治まらない。魔力回復薬エーテルを飲んだものの、枯渇した魔力はなかなか戻らない。

 ――今日は屋敷に帰って休もう。
 考えたいことが、調べたいことが山ほどある。

 本当は拘束した彼らからも聞きたいことがあったのだが、こうなってしまっては、難しいだろうか……?
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