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【第3部】13章 切り裂く刃
20話 切り裂く刃
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「トマスさん! あれって、闇の剣じゃ……!?」
「な、なんでこんな所に……!」
「あ……」
突如現れた薄黒いオーラを放つ禍々しい剣。
剣は一瞬鈍色の光を放ったあと、その切っ先を母に向けた。
「ヒッ……!?」
息つく間もなく、剣は母に向かって一直線に飛んでいく。
「キャアアアッ!」
「お母様っ!!」
剣が母の頬を切り裂き、斬撃の勢いで母は数歩先まで飛ばされて倒れた。
綺麗に磨かれた食堂の白い床に、赤い水たまりがじわりと拡がる……。
「あっ……うう……」
「お、お母様……!」
母の血をまとった剣は空中で急停止してから瞬時に回転し、再びその切っ先を母の方へ。
(どうして……?)
どう考えても剣は母だけを狙っている。
闇の剣がまとわりつくのは、自分が宿主に決めた人間だけのはず。
アルゴスをそうしたように、手に取った人間を乗っ取り殺戮に走らせることはあっても、剣自体が意志を持って人を切り裂くことなんて……。
(まさか……)
――あの剣はあたしの言葉に呼応したかのように現れた。つまり、あたしの意思が反映されている……?
(ちがう、ちがうわ!)
確かにあたしは母が嫌いだ。軽蔑している。
さっきの聖女様に対する言葉だって許せない。
だけど、いくらなんでも"死"なんて望んでいない……!
「ヒッ……た、たすけ……」
「!」
剣に狙いを定められている母が座ったまま後ずさりをする。
驚きと恐怖と痛みで立ち上がれないのかもしれない。
剣はまた鈍色に輝き、一直線に母へと向かう――!
「キャアアアッ!」
「お母様っ!!」
「お、お嬢様!」
とっさに母と剣の間に割って入り、母を突き飛ばした。
次の瞬間、肩から背中にかけて強烈な痛みが走る。
「く……っ」
床に血がしたたり落ち、その上に髪がバサバサと落ちた。
「ヒッ、ヒイイイッ!」
「お嬢様!!」
背中に下ろしていた髪のおかげか、そこまで深く切り裂かれてはいない。だけど、痛いことは痛い。
視界にまた、あの剣が映り込む。母を切り裂く気だ。でも、さすがに次は動くことはできない。
「何事だっ!?」
「だ、旦那様っ!」
先ほど出ていった給仕が、父とハンスを連れて戻ってきた。
「こ、これは……」
目の前の惨状を見て、父は青ざめた顔で立ち尽くす。
給仕にはきっと「ルイーザ様が癇癪を起こした」くらいしか聞かされていなかったんだろう。
飛び散ったガラス、血塗れのあたしと母、そして薄黒いオーラをまとったまま宙に浮いている剣。どこから見ていいか分からないくらい食堂はめちゃくちゃだ。
始めは驚愕の表情で剣を見ていたけど、うずくまるあたしを見つけるとさらに大きく目を見開く。
「ベル!?」
「……お父、様……」
「ハ……ハンス! 早く治療を!!」
父とともにあたしの元に駆け寄ってきたハンスが、すぐさま持っていた杖を掲げる。
温かい光に包まれ、背中と肩の痛みが引いていく……。
「ありがとう、ハンス……」
「大丈夫か、ベル……一体、何が」
「分かりません、急にあの剣が窓を突き破って現れて……」
「剣はルイーザ様を狙っております。お嬢様は、ルイーザ様をかばって怪我を……。申し訳ありません、我々が動かねばならなかったのに!」
「ルイーザを、狙って……?」
あたしとトマスの言葉を聞いた父が、両手で顔を覆う。
「なんという、ことだ……」
「ごめんなさい、お父様……。あたしが叫んだら飛んできたの……あたしの、せいで」
「ちがう、お前のせいじゃない! 私が……私が……!!」
「…………?」
唇を震わせながら泣きそうな声でそう叫び、父はあたしを抱きしめた。
父に抱きしめられたのも、あたしに向かってこんなに感情を露わにしたのも初めてかもしれない。
「……あの剣は、私の物だ……」
「え……」
「私が……毎日毎晩あの剣を手にして、ルイーザを憎み死を願う気持ちをあそこに封じ込めた。それがまさかお前を……すまない、許してくれ……!」
「そ……そんな……」
剣の正体は想像よりもずっと酷いものだった。
父は母の死を望むくらいに憎んでいた。その気持ちがあの剣を闇に染めようとしていたのだ。
「……信じられないっ!!」
父の言葉を聞いた母が、裂けて血が流れる頬を抑えながら叫んだ。
剣はそんな母にずっと切っ先を向けている。だけどなぜか、浮いているだけで母を攻撃する様子はない。
持ち主である父が登場したからなのだろうか?
(なんなの……?)
攻撃をしない代わりに、剣を覆う薄黒い瘴気が、今ハンスが母に使っている回復魔法の光とぶつかり合いその光を打ち消している。
母の傷は全く癒えていない。
あんな状態では喋ることすら困難なはず。
なのに興奮状態であるためか、それとも父を攻撃できる材料を見つけたからなのか、母の勢いは全く衰えない。
「あんな不気味な剣を作って娘を傷つけるなんて、それでも父親!? ……ねえ、ベルちゃん。やっぱりお母様と一緒に来なさい?」
「え……」
「それがいいわ、そうしなさい。だってここにいたら、誰かさんが作った呪いの剣に殺されちゃーう。……あああ、怖い! お腹を痛めて産んだ大事な娘をこんなところに置いておけないわぁ」
こんな場面だというのにおどけて芝居がかった口調で喋る母に、皮膚が粟立つ。
あたしが何も返せないでいるところ次に言葉を発したのは、思わぬ人物だった。
「その剣は、お嬢様を傷つけたりなんてしません!」
「!」
ニナだ。血が出そうなくらいに拳を握りしめ、怒りのにじんだ目で母を睨み付ける。
「ルイーザ様はお嬢様を酷く嘲り、罵倒しました。ただお嬢様の心を傷つけるためだけに、聖女様までも持ち出して侮辱して……! あの剣はお嬢様を守るために、背徳者に罰を与えるために飛んできたのです!」
「何を言うの! 成金子爵の娘風情が、主人に向かってなんたる無礼――!」
「私の主人はエルネスト様とベルナデッタ様だけよ! この地を汚すことしか言わない人間が主人なものですか!」
「な……」
「そうだ! 俺達の仕事に料理、土地や領民をいちいち馬鹿にしやがって!!」
「な……何なの! 今そんな話していないでしょう!?」
「俺達もお前にゃ我慢の限界なんだよ! あの剣は呪いの剣なんかじゃない、この家の……いや、この地に生きる全ての人間の怒りの心だ!! "呪い"というなら、この地を汚すお前こそが"呪い"そのものじゃないか!」
「な……な……」
「……やめよ、2人とも」
「ハンス様!」
「でも……!」
ハンスに制止され、ニナとトマスは憎々しげに母を睨みながら歯噛みをする。
そんな2人からまた薄黒い煙が巻き上がるもそれは剣の元には行かず、今ハンスが放っている癒やしの魔法の光にぶつかりその力を打ち消す。
母の傷は、未だ癒えない……。
「ハンス! 召使いにどういう教育をしているの! この2人は即刻クビにしなさい、分かったわね!」
「お断りいたします」
「なんですって!?」
「ニナに、トマス……それに他の召使い達。この家は、彼らによって常に快適に保たれている。皆心を込めて仕えてくれているのに、その心をひとつとして汲んでこなかったのは貴女ではありませんか」
「っ……そう、そういうこと! ここの召使いがみんな陰気で底意地が悪いのは、貴方が扇動していたから――」
「黙りなさい!!」
「ヒッ!」
「ハ、ハンス……」
父が心底驚いたような顔でハンスを見やる。
いつも物静かで落ち着いている彼がこんな大声で怒鳴るのを初めて見た。父ですらそうなのかもしれない。
「あの剣が貴女に対する暗い気持ちの集まりであるなら、中には私の心もありましょう。……貴女は長い時間をかけてエルネスト坊ちゃまの心を蝕んできたばかりか、血を分けた娘であるベルナデッタお嬢様までも……恥を知りなさい!」
「エルネスト坊ちゃま」という呼称を聞いて、父が少し顔を赤くする。
怒鳴られて泣きそうになっている母に、ハンスがさらに続ける。
――50年前からこの家に仕え始め、赤子の頃から父の遊び相手や教育係を務めてきた。
ずっとかわいがり見守ってきた「エルネスト坊ちゃま」が、結婚を機にどんどんと元気を無くし憔悴していく。
それを傍らで見ていることしかできず、悔しい思いをしていたという。
「坊ちゃまは幸せな結婚をして、幸せな家庭を築き幸せに生きるはずだった。それを……この土地が田舎であるというだけで、『かっこよくない』という理由だけでいつまでも坊ちゃまを蔑み続け、ハズレクジや不幸の象徴のようにした貴女を、私は到底許すことが出来ない……!」
「……ハンス……!」
ハンスの言葉を聞いた父の目から、涙がこぼれる。
「私は……自分が無能であるから、あんなに罵倒され嘲笑されるのだと思った。私さえ我慢すれば、全て丸く収まると……だがそれが逆に、お前達を苦しめていたというのか。それなのに私は、何にも向き合わず勝手に閉じこもって、剣にルイーザの死を祈るなどと馬鹿げたことを……!!」
「お父、様……」
「ベル、ハンス、皆……許してくれ。私は、父としても当主としても失格だ……!」
「そんな、そんなことを……」
「なによぉ! みんなで私を悪者にしてえええ!」
「!」
未だ傷の癒えない母が、涙を滝のように流しながら叫んだ。
皆の身体からまた煙が舞い上がり、剣の元に集まる。
「もう勝手にしてよおっ! なんでもいいから早くこの傷治して! ……ベルちゃん! ベルナデッタ!!」
「!!」
「ねえお願い、お母様お顔とっても痛いの! ハンスは意地悪なの、つまらない話ばっかりで全然傷を治してくれないのよ!」
「お嬢様はパニックになっております、今魔法を使うのは危険です、まずは……」
「早くっ! お母様なんか死ねばいいって思ってるのっ!?」
「……っ」
ハンスの言う通りに、あたしは今魔法を使える精神状態じゃない。
仮に使えたとしても、あの剣が癒やしの光を打ち消すだろう。今この場では、何をやっても無駄。
だけど拒否すれば「死ねばいいって思ってる」という言葉を肯定することになる――。
のそりと立ち上がって母の元に行き、ハンスから杖を受け取る。
「…………」
念じてもやはり魔法は出ない。
あたしの精神状態もあるかもしれないけれど、それとはちがう。
紡ぎ出した魔力が、全てほどけていく。
祈れば祈るほどに周りのみんなからあの煙が立ち上って、魔法が打ち消されてしまう。
「治らないわよ! それでも聖女候補!?」
「……っ」
――怪我人はいつも傲慢よ。もっと早く治せないかとか、こちらを先に治せとか、術が不完全でまだ痛みが残るだとか。……身勝手だと思わない?
いつか、エリスに勧誘された時の言葉が頭をよぎる。
治らない傷と痛みに苛立った母からはいつも以上にひどい罵倒の言葉が飛び出る。
皆からまた黒い煙が立ち上り、剣はそれを吸収していく。あの剣の正体が分かっても、何も止めることはできない。
「もう、いや……!」
杖が手からカランと落ちる。
「ベル……!」
「お嬢様!」
泣いているあたしの元に皆が駆け寄り、「なんてことを」と母をまた糾弾する。
そして母は「怪我してるのにみんなひどい」と泣きわめく。
ずっと同じことの繰り返し。
疲れた。頭が痛い。吐きそうだ。心臓が締め付けられる。
ここから消えてしまいたい。
……ちがう、消えたくない。
砦に帰りたい。みんなに会いたい。
彼に会いたい。彼の元に帰りたい。
ジャミル君、助けて。
助けて、助けて、助けて、助けて……。
「……ジャミル君……っ、たすけて……」
「ベルナデッタ! 何してるの!! 早く……」
「――やめなよ」
「は?」
(え……?)
聞き覚えのある声がした――と思うと同時に、うつむいているあたしの目線の下に1羽の鳥が飛来した。
紫色の、かわいい小鳥。
小鳥はピピピと鳴きながら首を左右に何度かかしげ、やがてあたしの視線を誘導するように飛び立つ。
そして、剣のそばに立って瘴気を見上げている"主人"の肩に止まる。
"主人"は小鳥を指でなで、やがてこちらに向き直った。
「あんたの傷は治らない。……この剣が、ここにある限り」
「な、なんでこんな所に……!」
「あ……」
突如現れた薄黒いオーラを放つ禍々しい剣。
剣は一瞬鈍色の光を放ったあと、その切っ先を母に向けた。
「ヒッ……!?」
息つく間もなく、剣は母に向かって一直線に飛んでいく。
「キャアアアッ!」
「お母様っ!!」
剣が母の頬を切り裂き、斬撃の勢いで母は数歩先まで飛ばされて倒れた。
綺麗に磨かれた食堂の白い床に、赤い水たまりがじわりと拡がる……。
「あっ……うう……」
「お、お母様……!」
母の血をまとった剣は空中で急停止してから瞬時に回転し、再びその切っ先を母の方へ。
(どうして……?)
どう考えても剣は母だけを狙っている。
闇の剣がまとわりつくのは、自分が宿主に決めた人間だけのはず。
アルゴスをそうしたように、手に取った人間を乗っ取り殺戮に走らせることはあっても、剣自体が意志を持って人を切り裂くことなんて……。
(まさか……)
――あの剣はあたしの言葉に呼応したかのように現れた。つまり、あたしの意思が反映されている……?
(ちがう、ちがうわ!)
確かにあたしは母が嫌いだ。軽蔑している。
さっきの聖女様に対する言葉だって許せない。
だけど、いくらなんでも"死"なんて望んでいない……!
「ヒッ……た、たすけ……」
「!」
剣に狙いを定められている母が座ったまま後ずさりをする。
驚きと恐怖と痛みで立ち上がれないのかもしれない。
剣はまた鈍色に輝き、一直線に母へと向かう――!
「キャアアアッ!」
「お母様っ!!」
「お、お嬢様!」
とっさに母と剣の間に割って入り、母を突き飛ばした。
次の瞬間、肩から背中にかけて強烈な痛みが走る。
「く……っ」
床に血がしたたり落ち、その上に髪がバサバサと落ちた。
「ヒッ、ヒイイイッ!」
「お嬢様!!」
背中に下ろしていた髪のおかげか、そこまで深く切り裂かれてはいない。だけど、痛いことは痛い。
視界にまた、あの剣が映り込む。母を切り裂く気だ。でも、さすがに次は動くことはできない。
「何事だっ!?」
「だ、旦那様っ!」
先ほど出ていった給仕が、父とハンスを連れて戻ってきた。
「こ、これは……」
目の前の惨状を見て、父は青ざめた顔で立ち尽くす。
給仕にはきっと「ルイーザ様が癇癪を起こした」くらいしか聞かされていなかったんだろう。
飛び散ったガラス、血塗れのあたしと母、そして薄黒いオーラをまとったまま宙に浮いている剣。どこから見ていいか分からないくらい食堂はめちゃくちゃだ。
始めは驚愕の表情で剣を見ていたけど、うずくまるあたしを見つけるとさらに大きく目を見開く。
「ベル!?」
「……お父、様……」
「ハ……ハンス! 早く治療を!!」
父とともにあたしの元に駆け寄ってきたハンスが、すぐさま持っていた杖を掲げる。
温かい光に包まれ、背中と肩の痛みが引いていく……。
「ありがとう、ハンス……」
「大丈夫か、ベル……一体、何が」
「分かりません、急にあの剣が窓を突き破って現れて……」
「剣はルイーザ様を狙っております。お嬢様は、ルイーザ様をかばって怪我を……。申し訳ありません、我々が動かねばならなかったのに!」
「ルイーザを、狙って……?」
あたしとトマスの言葉を聞いた父が、両手で顔を覆う。
「なんという、ことだ……」
「ごめんなさい、お父様……。あたしが叫んだら飛んできたの……あたしの、せいで」
「ちがう、お前のせいじゃない! 私が……私が……!!」
「…………?」
唇を震わせながら泣きそうな声でそう叫び、父はあたしを抱きしめた。
父に抱きしめられたのも、あたしに向かってこんなに感情を露わにしたのも初めてかもしれない。
「……あの剣は、私の物だ……」
「え……」
「私が……毎日毎晩あの剣を手にして、ルイーザを憎み死を願う気持ちをあそこに封じ込めた。それがまさかお前を……すまない、許してくれ……!」
「そ……そんな……」
剣の正体は想像よりもずっと酷いものだった。
父は母の死を望むくらいに憎んでいた。その気持ちがあの剣を闇に染めようとしていたのだ。
「……信じられないっ!!」
父の言葉を聞いた母が、裂けて血が流れる頬を抑えながら叫んだ。
剣はそんな母にずっと切っ先を向けている。だけどなぜか、浮いているだけで母を攻撃する様子はない。
持ち主である父が登場したからなのだろうか?
(なんなの……?)
攻撃をしない代わりに、剣を覆う薄黒い瘴気が、今ハンスが母に使っている回復魔法の光とぶつかり合いその光を打ち消している。
母の傷は全く癒えていない。
あんな状態では喋ることすら困難なはず。
なのに興奮状態であるためか、それとも父を攻撃できる材料を見つけたからなのか、母の勢いは全く衰えない。
「あんな不気味な剣を作って娘を傷つけるなんて、それでも父親!? ……ねえ、ベルちゃん。やっぱりお母様と一緒に来なさい?」
「え……」
「それがいいわ、そうしなさい。だってここにいたら、誰かさんが作った呪いの剣に殺されちゃーう。……あああ、怖い! お腹を痛めて産んだ大事な娘をこんなところに置いておけないわぁ」
こんな場面だというのにおどけて芝居がかった口調で喋る母に、皮膚が粟立つ。
あたしが何も返せないでいるところ次に言葉を発したのは、思わぬ人物だった。
「その剣は、お嬢様を傷つけたりなんてしません!」
「!」
ニナだ。血が出そうなくらいに拳を握りしめ、怒りのにじんだ目で母を睨み付ける。
「ルイーザ様はお嬢様を酷く嘲り、罵倒しました。ただお嬢様の心を傷つけるためだけに、聖女様までも持ち出して侮辱して……! あの剣はお嬢様を守るために、背徳者に罰を与えるために飛んできたのです!」
「何を言うの! 成金子爵の娘風情が、主人に向かってなんたる無礼――!」
「私の主人はエルネスト様とベルナデッタ様だけよ! この地を汚すことしか言わない人間が主人なものですか!」
「な……」
「そうだ! 俺達の仕事に料理、土地や領民をいちいち馬鹿にしやがって!!」
「な……何なの! 今そんな話していないでしょう!?」
「俺達もお前にゃ我慢の限界なんだよ! あの剣は呪いの剣なんかじゃない、この家の……いや、この地に生きる全ての人間の怒りの心だ!! "呪い"というなら、この地を汚すお前こそが"呪い"そのものじゃないか!」
「な……な……」
「……やめよ、2人とも」
「ハンス様!」
「でも……!」
ハンスに制止され、ニナとトマスは憎々しげに母を睨みながら歯噛みをする。
そんな2人からまた薄黒い煙が巻き上がるもそれは剣の元には行かず、今ハンスが放っている癒やしの魔法の光にぶつかりその力を打ち消す。
母の傷は、未だ癒えない……。
「ハンス! 召使いにどういう教育をしているの! この2人は即刻クビにしなさい、分かったわね!」
「お断りいたします」
「なんですって!?」
「ニナに、トマス……それに他の召使い達。この家は、彼らによって常に快適に保たれている。皆心を込めて仕えてくれているのに、その心をひとつとして汲んでこなかったのは貴女ではありませんか」
「っ……そう、そういうこと! ここの召使いがみんな陰気で底意地が悪いのは、貴方が扇動していたから――」
「黙りなさい!!」
「ヒッ!」
「ハ、ハンス……」
父が心底驚いたような顔でハンスを見やる。
いつも物静かで落ち着いている彼がこんな大声で怒鳴るのを初めて見た。父ですらそうなのかもしれない。
「あの剣が貴女に対する暗い気持ちの集まりであるなら、中には私の心もありましょう。……貴女は長い時間をかけてエルネスト坊ちゃまの心を蝕んできたばかりか、血を分けた娘であるベルナデッタお嬢様までも……恥を知りなさい!」
「エルネスト坊ちゃま」という呼称を聞いて、父が少し顔を赤くする。
怒鳴られて泣きそうになっている母に、ハンスがさらに続ける。
――50年前からこの家に仕え始め、赤子の頃から父の遊び相手や教育係を務めてきた。
ずっとかわいがり見守ってきた「エルネスト坊ちゃま」が、結婚を機にどんどんと元気を無くし憔悴していく。
それを傍らで見ていることしかできず、悔しい思いをしていたという。
「坊ちゃまは幸せな結婚をして、幸せな家庭を築き幸せに生きるはずだった。それを……この土地が田舎であるというだけで、『かっこよくない』という理由だけでいつまでも坊ちゃまを蔑み続け、ハズレクジや不幸の象徴のようにした貴女を、私は到底許すことが出来ない……!」
「……ハンス……!」
ハンスの言葉を聞いた父の目から、涙がこぼれる。
「私は……自分が無能であるから、あんなに罵倒され嘲笑されるのだと思った。私さえ我慢すれば、全て丸く収まると……だがそれが逆に、お前達を苦しめていたというのか。それなのに私は、何にも向き合わず勝手に閉じこもって、剣にルイーザの死を祈るなどと馬鹿げたことを……!!」
「お父、様……」
「ベル、ハンス、皆……許してくれ。私は、父としても当主としても失格だ……!」
「そんな、そんなことを……」
「なによぉ! みんなで私を悪者にしてえええ!」
「!」
未だ傷の癒えない母が、涙を滝のように流しながら叫んだ。
皆の身体からまた煙が舞い上がり、剣の元に集まる。
「もう勝手にしてよおっ! なんでもいいから早くこの傷治して! ……ベルちゃん! ベルナデッタ!!」
「!!」
「ねえお願い、お母様お顔とっても痛いの! ハンスは意地悪なの、つまらない話ばっかりで全然傷を治してくれないのよ!」
「お嬢様はパニックになっております、今魔法を使うのは危険です、まずは……」
「早くっ! お母様なんか死ねばいいって思ってるのっ!?」
「……っ」
ハンスの言う通りに、あたしは今魔法を使える精神状態じゃない。
仮に使えたとしても、あの剣が癒やしの光を打ち消すだろう。今この場では、何をやっても無駄。
だけど拒否すれば「死ねばいいって思ってる」という言葉を肯定することになる――。
のそりと立ち上がって母の元に行き、ハンスから杖を受け取る。
「…………」
念じてもやはり魔法は出ない。
あたしの精神状態もあるかもしれないけれど、それとはちがう。
紡ぎ出した魔力が、全てほどけていく。
祈れば祈るほどに周りのみんなからあの煙が立ち上って、魔法が打ち消されてしまう。
「治らないわよ! それでも聖女候補!?」
「……っ」
――怪我人はいつも傲慢よ。もっと早く治せないかとか、こちらを先に治せとか、術が不完全でまだ痛みが残るだとか。……身勝手だと思わない?
いつか、エリスに勧誘された時の言葉が頭をよぎる。
治らない傷と痛みに苛立った母からはいつも以上にひどい罵倒の言葉が飛び出る。
皆からまた黒い煙が立ち上り、剣はそれを吸収していく。あの剣の正体が分かっても、何も止めることはできない。
「もう、いや……!」
杖が手からカランと落ちる。
「ベル……!」
「お嬢様!」
泣いているあたしの元に皆が駆け寄り、「なんてことを」と母をまた糾弾する。
そして母は「怪我してるのにみんなひどい」と泣きわめく。
ずっと同じことの繰り返し。
疲れた。頭が痛い。吐きそうだ。心臓が締め付けられる。
ここから消えてしまいたい。
……ちがう、消えたくない。
砦に帰りたい。みんなに会いたい。
彼に会いたい。彼の元に帰りたい。
ジャミル君、助けて。
助けて、助けて、助けて、助けて……。
「……ジャミル君……っ、たすけて……」
「ベルナデッタ! 何してるの!! 早く……」
「――やめなよ」
「は?」
(え……?)
聞き覚えのある声がした――と思うと同時に、うつむいているあたしの目線の下に1羽の鳥が飛来した。
紫色の、かわいい小鳥。
小鳥はピピピと鳴きながら首を左右に何度かかしげ、やがてあたしの視線を誘導するように飛び立つ。
そして、剣のそばに立って瘴気を見上げている"主人"の肩に止まる。
"主人"は小鳥を指でなで、やがてこちらに向き直った。
「あんたの傷は治らない。……この剣が、ここにある限り」
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