【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

文字の大きさ
305 / 385
15章 祈り(前)

3話 神様、かみさま ※グロ描写・不快表現あり

しおりを挟む
 イリアス・トロンヘイム――光の塾の司教、"ロゴス"を名乗っていた人。
 光の塾の教えの通り心を持たず、"ヒト"としての感情を捨てた人。ずっと笑みを浮かべている不気味な人。
 額に宿る土の紋章、そして人間の魂を封じた「血の宝玉」を使って時間を越えて歴史を書き換え、新しい世界を創る神になろうとしていた人。
 ……それが、わたしが知っている彼の情報。
 だけど今ここにいる彼は、そのどれにも結びつかない。
 
「神……様、どうして、どうして、……かみさま」
 
 ガタガタと震えながらうわごとのようにそれだけ繰り返している。
 セルジュ様がさっき、「時代は元の流れに戻った」と言っていた。
 元の流れ……イリアスは時代の流れを創ることに成功したんだろうか。
 彼は一体、"どこ"から戻ってきたんだろう……?
 
「イリアス……!」
「あ、グレンさ……」
 
 グレンさんがイリアスの方へずんずん歩みよっていく。
 それを見たイリアスが「ヒイッ」と悲鳴を上げ、座ったまま後ずさりをする。
 
「なんだ、おまえ!! "何番"だよ!? ボクに近寄るなゴミがっ……! ボクは選ばれたんだ! おまえみたいなゴミとはちが……ギャッ!!」
「っ……!!」
 
 顔を蹴り上げられ、イリアスは水面に倒れた。
 一撃だけでは気が済まないのか、グレンさんがさらにイリアスににじり寄る。
 
「なんでっ……なんでなんだよお……! おまえなんかゴミのくせに、ゴミのくせに……! ボクは『天使』で、『聖司せいし』! 試練を耐え抜いたから、戒律を守ったから、優秀だから選ばれたんだ!! ヒトの楽しみなんかひとつも覚えないで、泥みたいな物食べながらずっと……! それなのに、なんで決まりをやぶったおまえがのうのうと生きている! ……そっちのガキだってそうだ!!」
「!!」
 
 怒鳴りつけながら、イリアスが狂気の眼差しでルカを指さし睨み付けた。
 突然水を向けられたルカは怯えた顔でジャミルとベルの後ろに隠れる。
 
「笑うな怒るな、悲しむな、喜びを与えるのは神だけって俺が教えただろ!? それなのに勝手にモノ作って勝手に喜びを得て……! 誰のお陰で生きていられると思ってるんだ役立たず! 『神様なんかいないって言う悪魔と戦った』だって? アッハハハハ、バァーカ!! いないんだよぉ神様なんてぇ……っ! お前らが信じてた神はただの無能のおっさんさ! いい肉食って、夜は好き放題、ただれたよろこびばっかり知ってる汚物中の汚物! ……ヒヒッ、アハハハッ……お前ら、どんな気分? あんなのありがたがって、崇め奉ってさぁ……アッハハハハ、ざまぁ――見ろ!! バ――――カ!!」
 
 グレンさんとルカを順に指さしながらイリアスは怒鳴り、罵り、せせら笑う……。
 
「……?」
 
 ふと見ると、水鏡を満たす水から湯気が立ち上っていた。
 心なしか室温も上昇しているように思える。
 
(グレンさん……)
 
 グレンさんの左手の甲に浮き上がった紋章が、赤く光を放っている。
 水鏡の変化は、彼の怒りの感情によるもの……。
 
「近寄るな、汚物!!」
 
 イリアスがそれに気づくはずもなく、歩み寄ってくるグレンさんを憎々しげに睨み上げながらなおも暴言を吐く。
 
「あれだけ怒りをさんざん煽りまくったのに、肝心な所で制御しやがって、役立たず! ……お前なんか怒りの感情にまみれて弾け飛んで、肉片撒き散らして死ぬのがお似合いだったんだ! 死ね! 薄汚い"ヒト"が!! 感情にまみれて死ね!!」
下衆ゲスが!! 汚物はお前だ……!!」
 
 グレンさんがイリアスの胸ぐらをつかんで水鏡から引きずり出し、拳を振り上げる――!
 
「……ひいいいっ、いやあああ――――っ! やめてえっ、神父様ああっ……!!」
「!?」
 
 神殿中に響くほどの声でイリアスが悲鳴をあげ、それに驚いたグレンさんの手が止まる。
 それと同時に、イリアスが天を仰いで大声で泣き始めた。
 
(……なんなの……?)
 
 ――さっきから、イリアスの様子がおかしい。
 言動や言葉遣いがコロコロ変わる。錯乱しているからと言えばそうかもしれないけど、あまりにも常軌を逸している。
 わたしが見てきたロゴスとイリアスとはまるでちがう。
 なんだか言葉を発するごとにちがう人間に入れ替わっているような……。
 
「ごめんなさい神父様っ、ごめんなさい! ボクが全部悪かったです……! 罪の証はちゃんと壊しましたから、だからお願い許して、もう打たないでええぇっ! ……うわああああん……!」
 
 そこまで言ったあと、イリアスは幼児のように泣き叫ぶ。
 そんな彼の様子にグレンさんはつかんでいた手をゆるめ、解放されたイリアスは水鏡の中で尻餅をついた。
 そのまま彼は、泣きながら両手を天に掲げる。
 
「ひっ……!」
「大丈夫よ」
「!」
 
 魔法を出すのかと思ってつい声を上げてしまったわたしに、聖女様が優しく微笑みかけてくれる。
 
「せ、聖女様」 
「もはや、彼には何をどうすることもできないでしょう。命を踏みにじり費やしたその報いが今……」
「!!」
 
 聖女様の言葉の途中で「ギャー」という悲鳴、そして何かがボチャンと落ちる音が響いた。
 
「ぎゃあああああっ、痛い痛い、どうして……っ!? うああああ……っ」
「やっ……」
 
 落ちたのは、イリアスの手。
 彼の手首から先が、腐った果実のようにちぎれ水鏡の中に――聖女様の魔法で透き通った水が、再度じわじわと赤く染まっていく。
『命を踏みにじり費やした報い』――彼は数え切れないほどの人間の命を、自らの望みを叶えるためだけに刈り取り禁呪の素材にしてきた。
 禁呪を使うと魂が損傷するという。魂を損傷するのなら、その器である肉体も、また……。
 
「どう……して……っ、どうして? ……神様……」
 
 イリアスは天に手をかざしたまま嗚咽おえつする。
 彼の言う「神様」とは何だろう。
 わたし達の信じる神、信じない神……それとも、彼しか存在を知らない特別な「神」だろうか……。
 
「私は、新たな時代を創りました。……だから、器を用意して貴方がお戻りになるのを待って……それなのに貴方は戻らず、声もかけてくださらない……どうして……」
 
 水鏡から立ち上る湯気が消え、神殿の空気が再びひんやりとしてきた。
 イリアスの今の様子に、グレンさんの怒りの感情が引いてしまったのかもしれない。
 
 「…………」
 
 ――こんな状況なのに、「月の光が綺麗だ」なんてよそごとを考えてしまう自分がいる。
 月の光が、天を、月を仰いで泣くイリアスをスポットライトのように照らし出している。
 何が起こっても不思議に思わないくらい、美しく幻想的な情景。
 だけど、何も起こらない……。
 
「神様……かみ、さま……」
 
 伸ばしていた手を下ろし、イリアスは顔を覆ってすすり泣く。
 やがて、「ポワ……」という音とともに彼の額が淡く光り始める。
 
「……かみさま……うっ、うう……」
 
 黄金こがね色の光が彼を包み込む。
 光は彼の姿が隠れるほどに集まりきると、突然太陽のように激しく輝き出した。
 
「きゃ……っ!」
 
 強すぎる光が、わたし達の視界を一瞬で奪い去る。
 目を開けていられない――もしかして術を発動する気かと思ったけれど、特に何も起こらない。
 
(治まった……?)
 
 光が止んでしばらくしてからようやく目を開けてみると、イリアスは消えていた。
 ちぎれた手首だけが、揺れる水面にぷかぷかと浮いている……。
 
「…………」
 
 全員、何も言葉を発することができない。
 光に包まれ、イリアスはどこへ消えたのだろう。
 また、神になるために人の命を狩るのだろうか。
 手首がちぎれてもなおすがろうとした「神様」を求めて、さまよい歩くのだろうか……。
 
「……悲しい人……」
 
 浮かんでいるイリアスの手を見つめながら、聖女様が悲しげにそうつぶやいた。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...