【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

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15章 祈り(前)

2話 光り、輝く

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「カイル! 大丈夫か! しっかりしろ、おい!!」
「カイル……!」
 
 ようやく助け上げたけれど、カイルはこちらの呼びかけに応えない。激しく咳き込み荒い呼吸を繰り返すばかり。
 短剣が突き刺さった足首から血が流れ、水鏡をじわじわと赤く染め上げていく。
 着ている服はいつもとちがって随分と粗雑だ。グレンさんが「捕らえられてすぐに魔法を封じる素材の囚人服に着替えさせられた」と言っていたから、きっとそれだろう。
 彼が捕らえられてから10日――その間、食事はあまり満足に与えられなかったのだろうか? 心なしかやつれているように見える……。
 
「カイル! カイル!!」
「ゲホッ、ゲホッ……! に……にい……ちゃん……? ゲホッ」
「そうだ、オレだよ! おい、一体何が……」
 
 ジャミルの言葉の途中で、カイルがバッと顔を上げた。
 
「兄ちゃん! 兄ちゃん! ……兄ちゃん……っ!!」
「うわっ!?」
 
 ジャミルの顔を見るやいなや、タックルするような勢いでカイルがジャミルの腰元辺りに抱きつく。
 兄弟はそのまま水の中にベシャッと倒れ込んだ。
 
「ぎゃっ! つ、冷てえ~~……っ!! なんだよオイ、一体どうし――」
「ごめん兄ちゃん……っ、ごめん、ごめん……ごめんよおっ……! うわあああ……っ」
「…………」
 
 兄にすがり付き、錯乱したようにひたすら「ごめん」と泣き叫ぶカイル。
 そのただならぬ様子にジャミルは目を見開いたまま固まっていたけど、少しの間のあと、なだめるように弟の頭をそっと撫でた。
 
「……泣くなよ。ええと……うん。……よく分かんねえけど、生きててよかった。……お帰り」
「…………っ」
 
 ヒックヒックとしゃくり上げながら、カイルは無言で何度もうなずく。
 ――ああ、なんだか5年前のやり直しをしているみたいだ……。
 
「…………とりあえず、ここを出よう。傷は教会で治してもらって、詳しい話はまた落ち着いてから――」
「……傷……」
 
 カイルがグレンさんの言葉を反芻はんすうしてからまたバッと顔を上げ、辺りを見回す。
 
「カイル? どうしたの……」
「……待ってくれ、俺の……傷なんかどうでもいい、それより――」
 
「グレン。……あそこに、人が」
「え……?」
 
 ルカがグレンさんの服の裾を引っ張り、険しい顔で遠くを指さす。
 水鏡の祭壇に続く道を挟んで向こう側――壁にもたれかかるようにして、人が倒れている。
 
「……セルジュッ!!」
「!?」
 
 カイルの叫びに全員が目を剥く。
 どうやら倒れているのは聖銀騎士団長のセルジュ様らしい――遠目からでは、彼がどういう状態なのか分からない。
 ただ彼の周辺の水が深紅に染まっているのだけがはっきりと見てとれる……。
 
 
 ◇
 
 
「セルジュ! セルジュ!!」
「セ……セルジュ様!! しっかりしてください! 一体どうなさったの……!?」
  
 神殿内が広すぎるため、転移魔法で倒れているセルジュ様の元に飛んだ。

(…………!)

 血の匂いが鼻を突く。お腹に短剣が突き刺さっている上、頭でも打ったのか額から血が幾筋も流れている。
 口元も血まみれだ。両手のひらには彼のものと思われる血がべっとりとついて……まさか、自分で刺したのだろうか? どうして……。
 
「セルジュ! セルジュ!! しっかり……死んじゃ駄目だ……!」
「………………」 

 カイルが泣きながらセルジュ様に呼びかける。
 どうやら彼はセルジュ様がこうなった原因を知っているようだ。
 ――返事はないけれど、辛うじて息がある。早くどうにかしないと……。
 
「ベルナデッタ!!」
「え……」
「頼む! 俺は……俺の傷はどうでもいい……! 今すぐセルジュを助けてくれ!!」
「……あ……、あ……の、あの……」
 
(……カイル、ベル……)
 
 カイルの懇願に、ベルが目に涙を溜めて唇を震わせる。
 この状況――ベルの力を知っている人間なら、当然そう言うだろう。
 だけど……。
 
「……カイル……ダメなんだ。ベルは今、魔法が使えない……」
「え……」
 
 ジャミルの言葉に、カイルはまるで自分が死の宣告をされたかのように目を見開く。
 
「そ、そんな……、なんで……」
「ごめんなさい……あ、あたし、あたし……ごめん、なさい……」
「うそだ……こんな、こと……」
「……カイル……どの……」
「!!」 
 
 セルジュ様がうっすらと目を開け、ガタガタと震えながら言葉を発する。
 
「……セ、セルジュ……」
「……この、空気……。時代は……、元の、流れに……戻った……のですね……」
「……ああそうだ。みんな、あんたのおかげだ……あんたがいなかったら、こうはならなかった……!」
「…………、よ、か……った。……はぁ、はぁ……」
「……もう喋るなセルジュ……大丈夫だ、すぐどっかの教会に運んで治療してもらうから!」
 
「……ジャミル、ルカ。転移魔法で出るぞ」
「あ、ああ……」
 
 グレンさんが会話の流れを切り、ジャミルとルカに呼びかける。
 
「どこか教会……そうだな、ポルト市街だ。そこに飛ぼう」
「……いいえ、……駄目です……」
「!」
 
「私はもう……助からない。こ、こんな……私を、教会になど、連れて、行けば……あ、あなたがたに、いわれのない、罪が……」
「馬鹿なこと言うな!! そんな心配いいんだよ――」
「き……聞いて……下さい。イ、イリアス……は、生きている。……もうじき、彼も、ここに、戻る……はず。だ、だが……ゲホッ、ゲホッ……!!」
「セルジュ……!」
 
 セルジュ様は激しく咳き込み、その都度口から血が噴き出る。
 まだ何か言おうとしているけど咳のせいで何も喋ることができず、咳が治まっても口からはゼーゼーヒューヒューという音しか発することができない。
 
 ……死んでしまう。
 
 この状況は一体何なのだろう?
 誰ひとり何も把握できず、ただ目の前の人の命が失われるところを黙って見ているしかできない。
 そんなこと、あっていいはずが……。
 
(……?)
 
 ふと、背後から"パシャ……"という水音が聞こえた気がして、わたしは後ろを振り向いた。
 
「え……?」
 
 そこにいたのは、薄手の白いローブを身にまとった青銀色の髪の美しい女性。
 目をこすったり何度もまばたきしてみても、消えない。
 幻じゃない。確かにそこに……。
 
「だ、だれ……」
 
 思わず、そうつぶやいてしまった――みんな、わたしのその言葉で一斉に振り向く。
『誰』だなんて、何を言ってるんだろう。
 この"月天げってんの間"がどういう所か、誰が眠っている所なのか、ミランダ教徒なら誰だって知っている。

 ――聖女様だ。
 眠っているはずの聖女様が目覚め、わたし達の前に姿を現した。
 わたし達の心にずっと語りかけていたのは、間違いなく彼女だ。でも、どうして……。
  
「リ……、リタ……」
「………………」
 
 カイルに名前を呼ばれ、聖女様は悲しげに微笑む。
 ――不思議だ。今彼女の名前を聞いたのに全く記憶に残らず一瞬でかき消えてしまう。
 
「カイル、セルジュ……ごめんなさい。みんな、わたくしのせいね……」
 
 聖女様は静かにまぶたを閉じ、両手を身体の前で組み合わせた。
 その手に光が集まり、やがて光は杖の形を取る。
 大きな星の輝きを象った、白銀の杖――あれはきっと聖女様だけが持つことを許される、光の紋章の武具のひとつ。
 "光輝こうきの杖"と呼ばれているものだ……。
 
「光よ……」
 
 杖を天に掲げ聖女様が祈ると、杖にはめ込まれている白い宝玉がパアッと輝く。
 光がゆらめく水や壁面の魔石にいくつも反射して、神殿中が青や白に輝く――。
 
「きゃっ……!」
 
 床面を満たす水が揺れ、聖女様を中心にさざ波が円状にいくつも起こって広がる。
 カイルとセルジュ様の血で赤く染まっていた水が浄化されるように色を失う。
 それと同時に光がカイルとセルジュ様を包み、2人の傷がみるみるうちに癒えていく。
 セルジュ様の身体に突き刺さっていた剣が自然に抜けて水面に落ちる。あんなに青白かった顔も、元の命ある色に……。
 術の発動が終わると周囲に光の粒子がふわふわと舞いあがる。
 粒子が聖女様の長い青銀の髪に触れると、星のようにきらきらと輝いて消えた。 

「…………」

 目から涙があふれる。

 ――すごい。まるで、女神様みたいだ……。
 
 だけど、安心したのも束の間。
 光が治まったあと聖女様が目を開き、厳しい表情かおである一点を睨み付けた。
 
「……来ます」
「!?」
 
 直後、水鏡から「ドバァ」という落下音が響く。
 
「ひっ……!」
 
 わたしはとっさにグレンさんの後ろに隠れた。
 ……身体が勝手に震える。落ちてきたものの、正体は……。
 
「…………イリアス」
 
 グレンさんがわたしをさらに背の後ろに隠しながら、唸るようにそうつぶやく。
 セルジュ様の「彼もすぐに戻る」という言葉の通り、イリアスが"どこか"から戻ってきた。
 グレンさんとルカがそれぞれ紋章を光らせ警戒態勢を取る――しかし彼は水鏡の水深が浅いところまで這ったあと、その場に座り込んで動かなくなってしまった。
 体力も魔力も残されていないのか、両手のひらを見つめたまま荒い呼吸を繰り返すのみ。
 やがて……。
 
「神様、どうして」
 
 ……かすれた声で、それだけぽつりとつぶやいた。
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