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15章 祈り(中)

22話 "極秘重要任務"

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「この辺って、遠足で来るようなとこなんだけどなあ。魔物出るようになったんだ」
「ああ。ギルドマスターがそう言っていた。……どういうのが出るか分からないから、調査隊を募っているらしい」
「そうか。……ヤバいのが出なきゃいいけど……」
 
 月曜日の昼過ぎ。

 俺はカイルとともに「モルト山」という山を登っていた。
 レイチェルの暮らすカルムの街からさらに東に行ったところにある、ロレーヌと竜騎士団領を隔てる山脈を構成する山のひとつだ。
 この山を越えれば竜騎士団領だが、別にそこへ行くわけではない。山を少し登ったところに住んでいる「ある人」に用事がある。
 俺個人に「特別な依頼」があったためここへ来た。
 
「いいなあ~、特別な依頼」
「……俺も、こういうのは初めてだ」
「うらやまし~、俺も受けてみたいな~」
 
 カイルが軽口を叩きながら先を歩く。
 この任務には最初俺1人で行くつもりだったが、カイルが「俺も連れてけよ」と言うので2人で行くことに。
 「身体がなまっているから運動したい」「どんな魔物がいるか気になるから」とか、色々と理由を言ってはいたが、本音は単に「むしゃくしゃしているから気晴らししたい」だろう。
 こいつはこのところ毎日、朝・夕と走りに出ている。練習場で1人剣を振っていることもある。
 俺も朝の走り込みには付き合っている。剣の打ち合いも、持ちかけてきたら応じることにしている。

 こいつはこいつなりに気持ちと頭を切り替えて整理したいのだろう。……だが、どうしてもうまくいかない。
 今朝は走る前に「昨日の会議、態度が悪くてすまなかった」と詫びを入れてきた。
 俺は「気にするな」とだけ返した。
 
 ――俺は相談に乗るのが下手だ。
 レイチェルのように、仲間が困っている時落ち込んでいる時に何気ない言葉で心を軽くするというようなことができない。
 だから、こういう時は行動で示すしかない。走ろうと言われれば走る。打ち合いをしようと言われれば応じる。山登りに同行したいと言えば、連れて行く。
 それと……。
 
「……報酬は分けてやるから」
「えーっ、いいのか?」
「『極秘重要任務』に付き合うのだから、当然です」
「極秘、重要……、ハハッ! さっすが隊長は話が分かる~!」
 
 ――軽口を叩いてきたら、軽口で返す。それが、俺がこいつに出来る最善のこと。
 その後もどうでもいいことを喋りながら、たまに魔物が出れば斬り払いつつ、さほど急ぎもせずモルト山を登った。
 
 
 ◇
 
 
 この「特別な依頼」を受けたのは、ほんの1時間ほど前のこと。
 王太子リュシアンの演説を見に行った帰り、久々に立ち寄った冒険者ギルドで「依頼者」に声を掛けられた。
 
「あれ……? あれ~っ? おにーさん! おにーーさん!!」
「え……?」
 
 冒険者ギルドではまず聞くことのない子供の声。振り向くと、そこには丸眼鏡をかけた茶髪青目の少年が立っていた。……見知った顔だ。
 少年は俺の姿を認めると、ニコニコ顔で駆けてきた。手には何かの紙を大事そうに持っている。
 
「わぁ、やっぱり~! 司書のお兄さんだっ!」 
「君は、……ヒュウ君」
「うん。えへへっ、ひさしぶり~」
 
 声をかけてきたのは、図書館の常連客だったヒュウという少年。
 年齢は確か、8歳だったか……最初は俺を怖がっていたが、そのうち話しかけてくれるようになった。
 図書館が閉館してからは会うことがなかった――顔を見るのは半年以上ぶりだろうか。
 
「お兄さんって冒険者だったんだー。ふだんはメガネかけてないんだねえ」
「ああ。……君は? どうしてこんな所に」
「えっとね、依頼をしにきたんだー」
「依頼」
「うん!」
 
 ニカッと笑って、ヒュウが依頼を書いた紙を見せてくる。
 
『つよい冒険者の人に、きんきゅうの おねがい

 モルト山でくらしている友だちのチャド君に、手紙をとどけてください。
 せいじょ様がめざめたから、山はキケンだと知らせたいのです。
 ゆうびん屋さんは、せんし じゃありません。
 だから、つよいモンスターがいるかもしれないところへは
 すぐに、はいたつに出られないみたいです。
 でもぼくは、こんな「ひじょうじたい」だからこそ
 早くおしえてあげないと とおもっています。 

 おねがいします。
 ほうしゅうは、2000リエール。
 これはなんと、ぼくのおこづかい2ヶ月分!
 それから、高級おかしのつめあわせです。
 どうか、よろしく
 
 ポルト市 5番街
  ヒュウ・バレット 』
 
「……手紙の配達」
「うん! これ貼ってもらおうって、ギルドマスターにおねがいしてたとこなんだけど……」
「うんん……気持ちは分かるけどなあ、ボウズ~」
「子供は、依頼の紙貼っちゃだめなの?」
「ダメってことはねえよ、……でもなあ……」
 
 ギルドマスターが困った顔で頭を掻きながらため息をつく。
 ヒュウの依頼文にある「モルト山」には、街の入り口に張ってあるような光の結界はない。
 加えて、聖女が目覚めたために魔物が活性化している。
 平常時ならともかく、今この情勢で2000リエールとお菓子のために危険を冒してまで子供の手紙を届けたいと思うものがいるかどうか。

 誰も依頼を受けてくれず、掲示板にこの紙が何日も貼られたまま。
 それをヒュウが毎日確認しに来て、がっかりしながら帰る――そういう状況を想像して、ギルドマスターはこの依頼の紙を貼ることをためらっているのだろう。
 なぜ駄目なのか明確な理由が説明されず、ヒュウは頬を膨らませる。
 
「う~~。……あっ、そうだ! ねえ、ねえ、お兄さん」
「ん?」
「お兄さん、この依頼受けてくれる?」 
「!」
「とくべつの依頼、……ううん、"ごくひ・じゅうよう・にんむ"だよ! ほうしゅうは、はずむよ!」
「こらこら~ボウズ。お前、この人はなあ……」
「ああ……いや、構いませんよ」
「えっ」
「わー 本当!? やったあ!!」
 
 俺の返事を聞いて、ヒュウがピョンと飛び跳ねる。
 ――どの道こちらから申し出るつもりだったから、ちょうどいい。
 たまには初心に返って手紙配達もしたい。……息抜きにもなるし。
 会議は、昨日と同じく夜から。
 転移魔法があるし、アルコールを含まない魔力回復薬エーテルのストックもある。
 魔物が出るだろうが、大体の奴は俺の相手ではない。それに親方のくれた剣も試したい。
 特に問題もなく、すんなり帰ってこられるだろう。
 
 ……その時は、そう思っていた。
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