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15章 祈り(中)
21話 はずれの"土"
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「全員揃ったな……じゃあ、始めようか」
グレンさんのその言葉とともに、全員席に着く。
――日曜日の夜、砦の作戦室にて。
時刻は20時……ジャミルの仕事終わりを待っていたため、この時間に。
ジャミルが「仕事の時間ずらしてもらおうか」と申し出たけれど、日常は崩さないというルールなのでそのまま。
この話し合いの進行とまとめはグレンさんとセルジュ様が行う。
彼らは長机の短辺方向に並んで腰かけた。背面の壁には、大きな黒板が取り付けられている。
わたしは机の長辺方向――グレンさんの斜め横に座った。
わたしの向かい側にはカイルが座っている。こうやって何かの話をするとき、いつもカイルがグレンさんとともに色々情報をまとめてくれていたけれど、今回は聞き手側だ。
「ちょっと冷静になれなさそうだから」と言っていた。
――確かに、それがいいかもしれない。この時点ですでに眉間にしわが寄っているし、姿勢も悪い。立て肘をついて手の上に顔を載せて、だらりとして――でも、こうなってしまうのは仕方がないだろう。
今日の夕方、聖銀騎士団に押収されていた彼の私物が彼の手に戻ってきたらしい。……けれど、日記帳はイリアスによって何十枚もちぎり取られてグチャグチャ。
竜騎士のスカーフは返ってきたけれど、あの思い出のスカーフはどうやっても返ってこない。
本当は彼の名前すら耳に入れたくないだろう……。
「……それで、一体何から話し合うの? あいつのプロフィールとか?」
そのカイルが気怠げにつぶやくと、セルジュ様がコクリとうなずいた。
「そうだな。……まずは彼の経歴について、私の知っていることから話そう」
――イリアス・トロンヘイム、1531年6月9日生まれ、32歳。
見た目通り、ノルデン出身のノルデン人。
土の紋章をその身――額に宿す。もちろん術の資質は土。反対属性の"風"以外の属性の術を行使することができる。
ただ、司祭であるので攻撃よりは回復・治癒・防御の術の方が得意。
17年前、彼が15歳の時にミランダ教の僧侶見習いとして教皇猊下――当時は司教だったミハイール様に師事。
3年後、成人とともにミハイール様の元を離れ、教会で司祭の補佐などをしながら過ごす。
それから2年後、20歳の時に司祭の位を授かり、ミハイール様の推薦で聖銀騎士団へ。
以降12年、聖銀騎士団の司祭として真面目に務めを果たしている――。
(…………)
「…………なんか、あれだね。普通どころか割とエリートの司祭って感じ」
「うん……」
彼の情報を聞いて、気に入らないといった風にカイルが大きくため息をついた。
そんな彼の横ではジャミルが今聞いた話をノートに素早く書き留めている。
以前セルジュ様から光の塾のことを聞いた時と同じく、彼が書記を務めるらしい。
そして一通り書いてから顔を上げ、セルジュ様を見ながら「あの」と軽く挙手した。
「……どうした?」
「アイツ、紋章持ってますけど……それって教会内で何か有利になったりするんすか。王宮じゃあ優遇されるって話ですけど……」
「魔術師ならばそうだろう。もちろん、術の腕前あってこそだが……。しかし教会ではそれが有利に働くことはない。イリアスが今の地位にいるのは、彼の実力と行いによるものだ」
「実力、行い……」
「……そもそも、彼が術を使うときはいつも杖を……魔器を介してで、紋章を使うことはなかった。紋章保持者であるということは知っていたが、それが額にあるとは誰も……教皇猊下すら知らなかった」
「聖銀騎士団内で奴が使っていたのは、簡単な術ばかりだったのか?」
「いや……そんなことはない。彼の使う土属性由来の術は、高等な技術を有するものばかりだった」
「えと、あの……土の術って、どういうものなんですか? ……畑耕したり土を柔らかくしたりとかの生活魔法ばかりだから、専門の使い手は少ないって、わたしの学校では習いましたけど」
「あー。『地味だからサブで使うのが多い』ってジョアンナ先生が言ってたっけかなあ」
「うん」
――土の術は単純に「地味」というのもあるけど、何よりそれを用いた魔法の想像がしにくいために使いこなすのが難しい。
砂煙を巻き上げたり土の礫をぶつけたり槍の形にしたりで攻撃に使うこともできるけど、それよりは火や水や風の方が想像が容易だ。
だから土の術をメインで使う人は少ないのだという。
「……黒天騎士団にいた魔術師は、隆起させた土を固めて壁や盾や鎧を作ったり、土の養分を光の魔力に転じさせて回復魔法に使ったりしていたな。4つの属性では一番防御・回復に特化した能力だろう」
「……防御……回復……」
グレンさんの言葉を反芻したあと、セルジュ様は眉間にシワを寄せ考え込む。
「……どうした?」
「……いや……少し、話が変わってしまうが、いいだろうか。……紋章そのものと、光の塾の話だ」
セルジュ様が立ち上がって、後ろの黒板の縁に置いてあるチョークを手に取った。
「……動植物、それに魔物は紋章の眷属とされているが、人間はそうではない。世に生まれついた瞬間から紋章を持っている人間はごく稀で、生きていくうちに自然の方から人に寄り添ってくるものだと伝承にはある」
「自然の方から……」
「そう。すなわち……天かける竜騎士ならば風、船乗りならば水、風。農業や園芸に携わる者ならば土――というふうに、その人間がどのように自然と向き合ってきたかで、どの紋章が発現するかが決まっていく。天と地が、自然が私達を……人を選定しているんだ」
セルジュ様が喋りながら黒板に術の属性などの単語とそれに結びつく矢印などを書いていく。
一通り書いたところで、セルジュ様は黒板を見ながら顔をしかめた。
「……光の塾の教祖ニコライ・フリーデンは、勉強を教えつつ、天気の良い日には子供達を山や川に連れて行った。そして、帰ってからは絵を描かせたりして楽しく自由に過ごさせていたという。子供達はその生活の中で紋章に目覚めていった。つまり、自然に触れ合う中で、紋章が子供を選んだということ。……最初は、確かにそうだった……」
「………………」
――背筋が凍りつく。
新聞でも読んだ、光の塾の歴史。
開祖ニコライは『彼は紋章使いを育成している』などと噂されるうちに増長していき、『自分には人の秘めたる力を引き出す能力がある』と吹聴し始める。
入塾の際に法外な金を取るなどという詐欺まがい行為まで働くようになり、とうとう聖光神団から破門を通告され……そんな時、事件が起こる。
神の力を得るための"試練"と称した大人達の苛烈な暴力によって、塾生の子供が死んでしまった。
ニコライは逮捕されたが脱獄し、ノルデンへ逃亡。その頃から、光の塾は狂った宗教へと変貌していく……。
「……宗教団体となって勢力が増大した頃、光の塾は『紋章実験室』という部門を設けて様々な研究を行っていたという」
「研……究……」
誰かが反芻した言葉に、セルジュ様が厳しい顔でうなずく。
「紋章に目覚める条件は『命の危機に瀕した時』と確定させた彼らは、どの条件下でどのような"試練"を科せば、どの紋章に目覚めるかということを調べていた。その研究によれば……命の危険度と緊急性に応じて紋章のランクが変わる――と」
「……"ランク"?」
不快な単語にカイルが顔を歪める。セルジュ様も同じような表情でうなずいた。
「……風と水は、ほぼ同条件。暴力を受けた、痛かった、怖い思いをした……いずれも、それほど命の危機が迫っていない時だ。それで――」
セルジュ様が黒板に"風"と"水"という文字を同列に並べて書いた。
その少し下に"火"という文字、そしてさらにその下に、"土"という文字……そしてその横に矢印を2つ書いた。上に向かう矢印、下に向かう矢印。
きっと、属性のランクと命の危機の度合いを示しているのだろう……考えただけでぞわりとしてしまう。
その図を見ながら、セルジュ様は説明を続ける。
――この世を構成する魔法の元素は、火・水・土・風・光・闇。
そして、天と地――それは天候や地震など、人が踏み入れてはならない神の領分。
人は、その眷属の力だけ使うことを許されている。
すなわち、天の眷属は光。そして、地の眷属は土。
魔法は、心の力。危機に瀕した時、神の領分に近い属性の方から寄り添ってくる――それは、その者の命が尽き果てる寸前であることを意味する。
死と絶望の淵で地に這いつくばって、救いを求め、嘆き、悲しみ……。
「あ……」
ある事実に思い至り顔を上げると、近くにいるグレンさんとちょうど視線がかち合った。
――きっと、同じことを考えている。
『おのれ、おのれ、ルドルフ・ベルセリウス、よくも、よくも――』
『呪われろ、呪われろ……!』
――グレンさんのお父様のシグルドさんは、自分の父親と光の塾に大切なものを全て奪われ、絶望の中死んでいった。
その手には、土の紋章が赤黒く輝いて……。
「…………、それで……」
「!」
考えている間にも、セルジュ様の言葉が続く。……と、思いきや……。
「……セルジュ?」
「……すまない……」
セルジュ様が歪んだ表情を隠すように口に手を当てる。少しの間のあと、彼は息を吸ってからまた「それで」と同じ言葉を続けた。
「……光の塾の人間は……その土の紋章を……"はずれの土"と呼んでいた」
「な……、はずれ?」
「そうだ。他の紋章と違い、土の紋章には"需要"がない――そう考えた彼らは『殺すな、はずれが出るぞ』と、申し伝えに使っているノートに書き記した……」
紋章に目覚めさせた者は位が上がり、特別な好待遇が得られる。お金や食べ物、それに夜の相手……発現した紋章の"ランク"によって、褒美も変わった。
順位は上から順に風、水、火、そして土。
需要――風と水は攻撃・回復・防御に優れ、戦いの役に立つ。
火は攻撃特化であるため、少しランクが落ちる。
そして、土は紋章があったとしても使いこなすのが難しい……つまり、役に立たない。
その上、土を使えば"神"が禁じる「モノ作り」ができてしまう。
だから、「はずれの"土"」――。
それでも苛烈な暴力は止まなかった。
子供と同じく様々なことを禁じられストレスを溜め込んだ大人は、その発散のために気に入らない子供を痛めつける。
死ねばその子は試練に耐えられなかった無能としてゴミとして打ち捨てる。
そして「はずれの土」といえど、紋章が出ればとりあえずの"儲け"は出る……。
(………………)
怖くてたまらない。それは、本当に人間の所業だろうか?
イリアスは以前「自分が司教となってから光の塾を少しずつ是正した」と言っていた。「最低限の人権は保障されている」とも。
なぜ、そんなことをしたのだろう。
誰のために、何のために?
彼の紋章は死に至るほどの苛烈な拷問の末に発現したもの――だから、新しく入った子には同じ経験をさせるまいとした?
でも彼は自身の欲望のためにグレンさんやカイル、そして味方であるはずの"A"を痛めつけて殺した。
さらに、光の塾の内部の人間を……多くの子供を殺してもいて……。
――全然分からない。
彼の過去と経歴が、言動と行動に全く結びつかない。
"赦し"どころか、彼の実像をつかむことすら無理ではないかと思えてくる……。
グレンさんのその言葉とともに、全員席に着く。
――日曜日の夜、砦の作戦室にて。
時刻は20時……ジャミルの仕事終わりを待っていたため、この時間に。
ジャミルが「仕事の時間ずらしてもらおうか」と申し出たけれど、日常は崩さないというルールなのでそのまま。
この話し合いの進行とまとめはグレンさんとセルジュ様が行う。
彼らは長机の短辺方向に並んで腰かけた。背面の壁には、大きな黒板が取り付けられている。
わたしは机の長辺方向――グレンさんの斜め横に座った。
わたしの向かい側にはカイルが座っている。こうやって何かの話をするとき、いつもカイルがグレンさんとともに色々情報をまとめてくれていたけれど、今回は聞き手側だ。
「ちょっと冷静になれなさそうだから」と言っていた。
――確かに、それがいいかもしれない。この時点ですでに眉間にしわが寄っているし、姿勢も悪い。立て肘をついて手の上に顔を載せて、だらりとして――でも、こうなってしまうのは仕方がないだろう。
今日の夕方、聖銀騎士団に押収されていた彼の私物が彼の手に戻ってきたらしい。……けれど、日記帳はイリアスによって何十枚もちぎり取られてグチャグチャ。
竜騎士のスカーフは返ってきたけれど、あの思い出のスカーフはどうやっても返ってこない。
本当は彼の名前すら耳に入れたくないだろう……。
「……それで、一体何から話し合うの? あいつのプロフィールとか?」
そのカイルが気怠げにつぶやくと、セルジュ様がコクリとうなずいた。
「そうだな。……まずは彼の経歴について、私の知っていることから話そう」
――イリアス・トロンヘイム、1531年6月9日生まれ、32歳。
見た目通り、ノルデン出身のノルデン人。
土の紋章をその身――額に宿す。もちろん術の資質は土。反対属性の"風"以外の属性の術を行使することができる。
ただ、司祭であるので攻撃よりは回復・治癒・防御の術の方が得意。
17年前、彼が15歳の時にミランダ教の僧侶見習いとして教皇猊下――当時は司教だったミハイール様に師事。
3年後、成人とともにミハイール様の元を離れ、教会で司祭の補佐などをしながら過ごす。
それから2年後、20歳の時に司祭の位を授かり、ミハイール様の推薦で聖銀騎士団へ。
以降12年、聖銀騎士団の司祭として真面目に務めを果たしている――。
(…………)
「…………なんか、あれだね。普通どころか割とエリートの司祭って感じ」
「うん……」
彼の情報を聞いて、気に入らないといった風にカイルが大きくため息をついた。
そんな彼の横ではジャミルが今聞いた話をノートに素早く書き留めている。
以前セルジュ様から光の塾のことを聞いた時と同じく、彼が書記を務めるらしい。
そして一通り書いてから顔を上げ、セルジュ様を見ながら「あの」と軽く挙手した。
「……どうした?」
「アイツ、紋章持ってますけど……それって教会内で何か有利になったりするんすか。王宮じゃあ優遇されるって話ですけど……」
「魔術師ならばそうだろう。もちろん、術の腕前あってこそだが……。しかし教会ではそれが有利に働くことはない。イリアスが今の地位にいるのは、彼の実力と行いによるものだ」
「実力、行い……」
「……そもそも、彼が術を使うときはいつも杖を……魔器を介してで、紋章を使うことはなかった。紋章保持者であるということは知っていたが、それが額にあるとは誰も……教皇猊下すら知らなかった」
「聖銀騎士団内で奴が使っていたのは、簡単な術ばかりだったのか?」
「いや……そんなことはない。彼の使う土属性由来の術は、高等な技術を有するものばかりだった」
「えと、あの……土の術って、どういうものなんですか? ……畑耕したり土を柔らかくしたりとかの生活魔法ばかりだから、専門の使い手は少ないって、わたしの学校では習いましたけど」
「あー。『地味だからサブで使うのが多い』ってジョアンナ先生が言ってたっけかなあ」
「うん」
――土の術は単純に「地味」というのもあるけど、何よりそれを用いた魔法の想像がしにくいために使いこなすのが難しい。
砂煙を巻き上げたり土の礫をぶつけたり槍の形にしたりで攻撃に使うこともできるけど、それよりは火や水や風の方が想像が容易だ。
だから土の術をメインで使う人は少ないのだという。
「……黒天騎士団にいた魔術師は、隆起させた土を固めて壁や盾や鎧を作ったり、土の養分を光の魔力に転じさせて回復魔法に使ったりしていたな。4つの属性では一番防御・回復に特化した能力だろう」
「……防御……回復……」
グレンさんの言葉を反芻したあと、セルジュ様は眉間にシワを寄せ考え込む。
「……どうした?」
「……いや……少し、話が変わってしまうが、いいだろうか。……紋章そのものと、光の塾の話だ」
セルジュ様が立ち上がって、後ろの黒板の縁に置いてあるチョークを手に取った。
「……動植物、それに魔物は紋章の眷属とされているが、人間はそうではない。世に生まれついた瞬間から紋章を持っている人間はごく稀で、生きていくうちに自然の方から人に寄り添ってくるものだと伝承にはある」
「自然の方から……」
「そう。すなわち……天かける竜騎士ならば風、船乗りならば水、風。農業や園芸に携わる者ならば土――というふうに、その人間がどのように自然と向き合ってきたかで、どの紋章が発現するかが決まっていく。天と地が、自然が私達を……人を選定しているんだ」
セルジュ様が喋りながら黒板に術の属性などの単語とそれに結びつく矢印などを書いていく。
一通り書いたところで、セルジュ様は黒板を見ながら顔をしかめた。
「……光の塾の教祖ニコライ・フリーデンは、勉強を教えつつ、天気の良い日には子供達を山や川に連れて行った。そして、帰ってからは絵を描かせたりして楽しく自由に過ごさせていたという。子供達はその生活の中で紋章に目覚めていった。つまり、自然に触れ合う中で、紋章が子供を選んだということ。……最初は、確かにそうだった……」
「………………」
――背筋が凍りつく。
新聞でも読んだ、光の塾の歴史。
開祖ニコライは『彼は紋章使いを育成している』などと噂されるうちに増長していき、『自分には人の秘めたる力を引き出す能力がある』と吹聴し始める。
入塾の際に法外な金を取るなどという詐欺まがい行為まで働くようになり、とうとう聖光神団から破門を通告され……そんな時、事件が起こる。
神の力を得るための"試練"と称した大人達の苛烈な暴力によって、塾生の子供が死んでしまった。
ニコライは逮捕されたが脱獄し、ノルデンへ逃亡。その頃から、光の塾は狂った宗教へと変貌していく……。
「……宗教団体となって勢力が増大した頃、光の塾は『紋章実験室』という部門を設けて様々な研究を行っていたという」
「研……究……」
誰かが反芻した言葉に、セルジュ様が厳しい顔でうなずく。
「紋章に目覚める条件は『命の危機に瀕した時』と確定させた彼らは、どの条件下でどのような"試練"を科せば、どの紋章に目覚めるかということを調べていた。その研究によれば……命の危険度と緊急性に応じて紋章のランクが変わる――と」
「……"ランク"?」
不快な単語にカイルが顔を歪める。セルジュ様も同じような表情でうなずいた。
「……風と水は、ほぼ同条件。暴力を受けた、痛かった、怖い思いをした……いずれも、それほど命の危機が迫っていない時だ。それで――」
セルジュ様が黒板に"風"と"水"という文字を同列に並べて書いた。
その少し下に"火"という文字、そしてさらにその下に、"土"という文字……そしてその横に矢印を2つ書いた。上に向かう矢印、下に向かう矢印。
きっと、属性のランクと命の危機の度合いを示しているのだろう……考えただけでぞわりとしてしまう。
その図を見ながら、セルジュ様は説明を続ける。
――この世を構成する魔法の元素は、火・水・土・風・光・闇。
そして、天と地――それは天候や地震など、人が踏み入れてはならない神の領分。
人は、その眷属の力だけ使うことを許されている。
すなわち、天の眷属は光。そして、地の眷属は土。
魔法は、心の力。危機に瀕した時、神の領分に近い属性の方から寄り添ってくる――それは、その者の命が尽き果てる寸前であることを意味する。
死と絶望の淵で地に這いつくばって、救いを求め、嘆き、悲しみ……。
「あ……」
ある事実に思い至り顔を上げると、近くにいるグレンさんとちょうど視線がかち合った。
――きっと、同じことを考えている。
『おのれ、おのれ、ルドルフ・ベルセリウス、よくも、よくも――』
『呪われろ、呪われろ……!』
――グレンさんのお父様のシグルドさんは、自分の父親と光の塾に大切なものを全て奪われ、絶望の中死んでいった。
その手には、土の紋章が赤黒く輝いて……。
「…………、それで……」
「!」
考えている間にも、セルジュ様の言葉が続く。……と、思いきや……。
「……セルジュ?」
「……すまない……」
セルジュ様が歪んだ表情を隠すように口に手を当てる。少しの間のあと、彼は息を吸ってからまた「それで」と同じ言葉を続けた。
「……光の塾の人間は……その土の紋章を……"はずれの土"と呼んでいた」
「な……、はずれ?」
「そうだ。他の紋章と違い、土の紋章には"需要"がない――そう考えた彼らは『殺すな、はずれが出るぞ』と、申し伝えに使っているノートに書き記した……」
紋章に目覚めさせた者は位が上がり、特別な好待遇が得られる。お金や食べ物、それに夜の相手……発現した紋章の"ランク"によって、褒美も変わった。
順位は上から順に風、水、火、そして土。
需要――風と水は攻撃・回復・防御に優れ、戦いの役に立つ。
火は攻撃特化であるため、少しランクが落ちる。
そして、土は紋章があったとしても使いこなすのが難しい……つまり、役に立たない。
その上、土を使えば"神"が禁じる「モノ作り」ができてしまう。
だから、「はずれの"土"」――。
それでも苛烈な暴力は止まなかった。
子供と同じく様々なことを禁じられストレスを溜め込んだ大人は、その発散のために気に入らない子供を痛めつける。
死ねばその子は試練に耐えられなかった無能としてゴミとして打ち捨てる。
そして「はずれの土」といえど、紋章が出ればとりあえずの"儲け"は出る……。
(………………)
怖くてたまらない。それは、本当に人間の所業だろうか?
イリアスは以前「自分が司教となってから光の塾を少しずつ是正した」と言っていた。「最低限の人権は保障されている」とも。
なぜ、そんなことをしたのだろう。
誰のために、何のために?
彼の紋章は死に至るほどの苛烈な拷問の末に発現したもの――だから、新しく入った子には同じ経験をさせるまいとした?
でも彼は自身の欲望のためにグレンさんやカイル、そして味方であるはずの"A"を痛めつけて殺した。
さらに、光の塾の内部の人間を……多くの子供を殺してもいて……。
――全然分からない。
彼の過去と経歴が、言動と行動に全く結びつかない。
"赦し"どころか、彼の実像をつかむことすら無理ではないかと思えてくる……。
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