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15章 祈り(中)
25話 とある一家と司祭の話(後)
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「……ねえ、その司祭様ってどんな人だった?」
カイルが努めて穏やかな表情を作りながらチャドに問いかける。
「ん~。別に、フツー? 優しかったよぉ」
「普通、優しい……?」
「うん。おれとララの話いっぱい聞いてくれてさ。おれ、小説の話とかしたよ。司祭様も家族の話とか、将来の夢の話とかしてくれたー」
「…………家族、将来の夢」
「妹がいるんだって。そんで、昔は、船大工になりたかったんだーって言ってた!」
チャドがそこまで言ったところでアントン夫妻が「あっ」と声を上げた。
「……どうしました?」
「お、思い出しました……確かに、うちに司祭様がいました……」
「なんで忘れてたんだ」と言いながら、アントンが頭を抱えてうつむく。
顔が青い。奴に何かされた……というわけではなさそうだが……。
「その司祭……様、について教えていただけますか」
「はい……1週間ほど前、森で行き倒れているのを私が見つけまして。それで、家まで運んで看病をしました。かなり衰弱されていて……意識が戻ったのは、3日後くらいだったか……」
「名は何と?」
「お聞きしたのですが、『名乗るほどの者ではない』と……」
「…………」
――意識が戻ったものの、司祭の顔色は悪い。
外傷はなかったが左手の手首から先が黒・茶色・灰色の混じり合った、およそ血が通っているようには思えない奇妙な色をしていた。
それに対し子供達が「なんでそんな色なの」と無遠慮に聞いてしまい、アントンとホリーは慌ててたしなめる。
しかし司祭は「かまいませんよ」と笑い、「昔事故に遭ってしまって。あまり自由に動かせないんだ」と答えた。
(奇妙な色の手……)
キャプテンの義手のようなものかもしれない。
禁呪で生み出したのか……しかし話から推測するに、精巧に作ることは出来なかったようだ。
アントンの話は続く。
そんな状態であるにも関わらず、司祭は子供の話し相手や家の手伝いをよくしてくれた。
ホリーが「司祭様は休んでいてください」と言うと、「私が好きでやっていることですから」「奥様こそ休んでいてください」と優しく笑う。
「しかし」と渋るホリーに、彼は自身の家族のことを語りはじめた。
それは子供達には聞かせていない話だった。
司祭には妹がいた。しかし、産まれて間もなく母親とともに亡くなった。
だからこそ、命を預かっている者は特別にいたわりたいのだと。
(……それは、本当にイリアスなのか……?)
思わず、カイルと顔を見合わせてしまう。
あの土の術の痕跡と血の宝玉の杖、さらに「船大工になりたかった」という夢……少ないながらそれら全ての情報が、司祭がイリアスであることを示している。
しかし、彼らの話に出てくる「心優しき司祭」と、俺達の知るあのイリアスのイメージが全く噛み合わない。
「……不思議な方でした。私どもの畑を見て『とても良い土です、祝福の芽が出ている』なんて……」
「土、芽……」
「はい。何か……私達には見えないものが見えているようでした」
(……土の紋章の力か……)
「しかし、そのあとすぐに顔を曇らせて『ここを捨ててすぐに逃げてください』とおっしゃいました」
「……『逃げろ』? その司祭が、本当にそう言ったのですか?」
「……はい。『聖女様が目覚めたために魔物が強くなっている、じきにこの家に魔物がやってくるだろう』と」
「…………」
――しかし、アントンは司祭の言葉を本気に取らなかった。
『妊娠中の妻を連れて山を下りるのは無理だ』『聖女様が目覚めたといっても、あと2週間くらいでまた新しい聖女様が就任されるはず』『何かあっても家族は自分が絶対に守る』などと言って、家を出ようとしなかった。
それに対し司祭は、街に連絡する手段はないか、転移術師を呼んで妻子だけでも下山させるべきだ、どのような魔物が出るか分からない、地面から出るかもしれない、空を飛んでくるかもしれない、絶対に守るなど言い切れるものではない、と繰り返し繰り返しアントンを説得する。
しかしそれでもアントンは動こうとしなかった。『そんな大げさな』と思ったらしい。
――「『逃げろ』とはどの口が言うのか」という思いより、このアントンという男の愚鈍とも言える判断力のなさに嫌悪感を覚える方が先に立つ。
司祭もアントンの態度に業を煮やしたらしい。
始め優しく穏やかな口調で話していたのに語気が徐々に荒れていき、とうとう『逃げろと言っているんだ、死にたいのか』と怒鳴り散らしたという。
「さらに、ご自身がノルデンの内乱の戦災孤児であることを明かされた上で、『悲劇は突然だ。誰にも容赦はなく、心の準備などさせてはくれない』『あなたは悲劇を避けることができる、家族を守ることができる。それなのになぜだ、何もかも失わないと分からないのか』とまで……」
――そうまで言われてアントンはようやっと下山することを決めたが、時すでに遅し。
畑にガルムとオークが出現。結果はあの通りというわけだ……。
「…………」
冷ややかな目をアントンに向けてしまいそうになるが、今するべきはそれではないだろう。
「……司祭は、魔物が出現する前に去ったのですか?」
「いえ、その時は確か、庭の方におられたかと……」
「しさいのお兄さんがね! つえをキラキラ~ってさせたの!!」
「!!」
末娘のララが大声で会話に割り込んできて、杖を振るような動作をしながらくるくる回る。
「ララ、お兄ちゃんとあっちへ……」
「すごいのよ! みんなのケガが、ぜんぶ、ぜ~んぶなおったの!」
「えっ……?」
「…………この杖の魔法で、みんな治った?」
「うんっ!」
("死者復活"……)
――それは禁呪だ。死せる者の魂を呼び戻し肉体を復元するという、禁呪の中でも最大の禁忌とされているもの。
さすがに、幼児に襲われた時のことを根掘り葉掘り聞くことはできない。
彼女のつたない話から当時の状況を想像すると、こうだろう。
司祭のお兄さん――イリアスは、魔物を倒したあと、死んでしまったアントン達を蘇らせた。
再度時間を越えるために必要なはずの血の宝玉を全て擲ってまで……。
「なぜ」など、考えるまでもないだろう。
「優しい司祭のお兄さん」は、目の前で失われた命を、そして1人取り残された少女を捨て置くことが出来なかった。
助けたかった――ただ、それだけのこと。
(……駄目だ……)
俺は未熟だ。
セルジュが言った通り、イリアスには確かに善の面が存在している。
だが、認めたくない。そんなもの、あってほしくない。
――お前は"ヒト"であることを、心を捨てたんだろう。
「人間」の側面を見せるなよ。
お前は、歪な精神しか持ち合わせていない残酷非道な"神"であるべきなんだ。
……そんな考えばかりが頭に浮かんでしまう。
カイルが努めて穏やかな表情を作りながらチャドに問いかける。
「ん~。別に、フツー? 優しかったよぉ」
「普通、優しい……?」
「うん。おれとララの話いっぱい聞いてくれてさ。おれ、小説の話とかしたよ。司祭様も家族の話とか、将来の夢の話とかしてくれたー」
「…………家族、将来の夢」
「妹がいるんだって。そんで、昔は、船大工になりたかったんだーって言ってた!」
チャドがそこまで言ったところでアントン夫妻が「あっ」と声を上げた。
「……どうしました?」
「お、思い出しました……確かに、うちに司祭様がいました……」
「なんで忘れてたんだ」と言いながら、アントンが頭を抱えてうつむく。
顔が青い。奴に何かされた……というわけではなさそうだが……。
「その司祭……様、について教えていただけますか」
「はい……1週間ほど前、森で行き倒れているのを私が見つけまして。それで、家まで運んで看病をしました。かなり衰弱されていて……意識が戻ったのは、3日後くらいだったか……」
「名は何と?」
「お聞きしたのですが、『名乗るほどの者ではない』と……」
「…………」
――意識が戻ったものの、司祭の顔色は悪い。
外傷はなかったが左手の手首から先が黒・茶色・灰色の混じり合った、およそ血が通っているようには思えない奇妙な色をしていた。
それに対し子供達が「なんでそんな色なの」と無遠慮に聞いてしまい、アントンとホリーは慌ててたしなめる。
しかし司祭は「かまいませんよ」と笑い、「昔事故に遭ってしまって。あまり自由に動かせないんだ」と答えた。
(奇妙な色の手……)
キャプテンの義手のようなものかもしれない。
禁呪で生み出したのか……しかし話から推測するに、精巧に作ることは出来なかったようだ。
アントンの話は続く。
そんな状態であるにも関わらず、司祭は子供の話し相手や家の手伝いをよくしてくれた。
ホリーが「司祭様は休んでいてください」と言うと、「私が好きでやっていることですから」「奥様こそ休んでいてください」と優しく笑う。
「しかし」と渋るホリーに、彼は自身の家族のことを語りはじめた。
それは子供達には聞かせていない話だった。
司祭には妹がいた。しかし、産まれて間もなく母親とともに亡くなった。
だからこそ、命を預かっている者は特別にいたわりたいのだと。
(……それは、本当にイリアスなのか……?)
思わず、カイルと顔を見合わせてしまう。
あの土の術の痕跡と血の宝玉の杖、さらに「船大工になりたかった」という夢……少ないながらそれら全ての情報が、司祭がイリアスであることを示している。
しかし、彼らの話に出てくる「心優しき司祭」と、俺達の知るあのイリアスのイメージが全く噛み合わない。
「……不思議な方でした。私どもの畑を見て『とても良い土です、祝福の芽が出ている』なんて……」
「土、芽……」
「はい。何か……私達には見えないものが見えているようでした」
(……土の紋章の力か……)
「しかし、そのあとすぐに顔を曇らせて『ここを捨ててすぐに逃げてください』とおっしゃいました」
「……『逃げろ』? その司祭が、本当にそう言ったのですか?」
「……はい。『聖女様が目覚めたために魔物が強くなっている、じきにこの家に魔物がやってくるだろう』と」
「…………」
――しかし、アントンは司祭の言葉を本気に取らなかった。
『妊娠中の妻を連れて山を下りるのは無理だ』『聖女様が目覚めたといっても、あと2週間くらいでまた新しい聖女様が就任されるはず』『何かあっても家族は自分が絶対に守る』などと言って、家を出ようとしなかった。
それに対し司祭は、街に連絡する手段はないか、転移術師を呼んで妻子だけでも下山させるべきだ、どのような魔物が出るか分からない、地面から出るかもしれない、空を飛んでくるかもしれない、絶対に守るなど言い切れるものではない、と繰り返し繰り返しアントンを説得する。
しかしそれでもアントンは動こうとしなかった。『そんな大げさな』と思ったらしい。
――「『逃げろ』とはどの口が言うのか」という思いより、このアントンという男の愚鈍とも言える判断力のなさに嫌悪感を覚える方が先に立つ。
司祭もアントンの態度に業を煮やしたらしい。
始め優しく穏やかな口調で話していたのに語気が徐々に荒れていき、とうとう『逃げろと言っているんだ、死にたいのか』と怒鳴り散らしたという。
「さらに、ご自身がノルデンの内乱の戦災孤児であることを明かされた上で、『悲劇は突然だ。誰にも容赦はなく、心の準備などさせてはくれない』『あなたは悲劇を避けることができる、家族を守ることができる。それなのになぜだ、何もかも失わないと分からないのか』とまで……」
――そうまで言われてアントンはようやっと下山することを決めたが、時すでに遅し。
畑にガルムとオークが出現。結果はあの通りというわけだ……。
「…………」
冷ややかな目をアントンに向けてしまいそうになるが、今するべきはそれではないだろう。
「……司祭は、魔物が出現する前に去ったのですか?」
「いえ、その時は確か、庭の方におられたかと……」
「しさいのお兄さんがね! つえをキラキラ~ってさせたの!!」
「!!」
末娘のララが大声で会話に割り込んできて、杖を振るような動作をしながらくるくる回る。
「ララ、お兄ちゃんとあっちへ……」
「すごいのよ! みんなのケガが、ぜんぶ、ぜ~んぶなおったの!」
「えっ……?」
「…………この杖の魔法で、みんな治った?」
「うんっ!」
("死者復活"……)
――それは禁呪だ。死せる者の魂を呼び戻し肉体を復元するという、禁呪の中でも最大の禁忌とされているもの。
さすがに、幼児に襲われた時のことを根掘り葉掘り聞くことはできない。
彼女のつたない話から当時の状況を想像すると、こうだろう。
司祭のお兄さん――イリアスは、魔物を倒したあと、死んでしまったアントン達を蘇らせた。
再度時間を越えるために必要なはずの血の宝玉を全て擲ってまで……。
「なぜ」など、考えるまでもないだろう。
「優しい司祭のお兄さん」は、目の前で失われた命を、そして1人取り残された少女を捨て置くことが出来なかった。
助けたかった――ただ、それだけのこと。
(……駄目だ……)
俺は未熟だ。
セルジュが言った通り、イリアスには確かに善の面が存在している。
だが、認めたくない。そんなもの、あってほしくない。
――お前は"ヒト"であることを、心を捨てたんだろう。
「人間」の側面を見せるなよ。
お前は、歪な精神しか持ち合わせていない残酷非道な"神"であるべきなんだ。
……そんな考えばかりが頭に浮かんでしまう。
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