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15章 祈り(中)
24話 とある一家と司祭の話(前)
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「う……うう……」
「!!」
ドームと杖をぼんやり見つめていると、中にいる男がうなりながら起き上がった。
「……大丈夫ですか?」
「ヒッ……!?」
声を聞いた男は顔を恐怖に引きつらせたが、俺達の姿を確認するとホッとしたように大きくため息をつく。
しかし、続いて視界に入った家族の姿にまた「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。
「ホリー! チャド、ララ……、あ、あ、あああ……、……うわああああああ――っ!!」
「……うーるーさーいー……」
「!! チャ、チャド……!」
横に寝ている少年――チャドが、大声を上げた父親に非難めいたまなざしを向けながらむくりと起き上がる。
それに続き、女の子と女性も「どうしたの」と言って身体を起こした。
――全員、生きている。
"火"が点いているから分かってはいたが、倒れているのと起きて動いているのとではやはり心持ちが違う。
お互いの無事を確認しあったあと、男が俺達に声を掛けてきた。
「……あの……あなた方は、冒険者さんですか」
「……はい。手紙を届けに来ました。息子さんのチャド君宛てに、お友達のヒュウ君から」
「えっ、ヒュウから!?」
俺が差し出した手紙をチャドがキラキラの目で受け取る。
首から肩にかけて結構な量の血がついているが、気にならないようだ。
チャドは「冒険者に依頼するなんてアイツやるなあ」と言いながら、いそいそと手紙の封を切って中の便せんを取り出し広げた。
そして……。
「『チャド君へ』!」
「!」
俺達の前で大声で手紙を読み上げ始めた。
内容は大体分かるが、聞いていていいのだろうか……?
『チャド君へ
お元気ですか?
新聞は、とどいていますか? よんでいますか?
今、ロレーヌは大さわぎなこと、しってますか?
先週のことです。
わるい奴がせいじょ様をめざめさせて、ロレーヌのモンスターがパワーアップしました。
本当です。リュシアン王子様が、えんぜつでそう言ってました。
だから、山でくらしている人は、街までひなんしてくださいって。
ぼくのお父さんは、
チャド君のお父さんのアントンさんは、つよい。
でも、つよくなったモンスターがいっぺんにおそいかかってきたら、どうなるか分からない。
って言ってます。
ぼくは、アントンさんは、つよいとおもってます。
でも、ぼくのお父さんや王子様の言ってることも、まちがってないとおもいます。
おねがいです。あぶないから、街へ、ひなんしてきてください。
山を下りてきたら、おしえてね。
いっぱい、あそびましょう。
たいくつさせないぜー
ヒュウ・バレット』
「………あ、ああ、あああ………」
チャドが手紙を全文読み上げたあと、彼の父親――アントンが顔を覆って泣き崩れた。
「……あなた」
「……すまない、すまない……、俺が自分の腕を過信したばっかりに、お前達を……!」
「…………」
――この家族には聞きたいことが山ほどある。しかし、今はそれどころではないだろう。
「……その手紙の通りです。すぐに山を下りるべきだ。魔物が強大化しているうえ、ここはあなた方の……人間の血の臭いが染みついてしまっている。新たな魔物がここへやってくる前に、早く」
「…………」
俺の言葉にアントンは怯えたような顔をして数度うなずき、家族に必要な荷物をまとめるよう指示を出し始めた。
その間俺達は現場の記録を取り、その後アントンの妻に頼んでシーツを1枚もらった。あの杖を包んで持ち帰るためだ。
――極秘重要任務、ヒュウ少年の手紙の配達。
極秘かどうかはともかくとして、本当に重要な任務だった。
人の死は見慣れているが、やはり積極的に見たいものではない――。
◇
「……グレンさん、カイルさん、何から何までありがとうございます。……お手間をかけて申し訳ありませんでした」
アントンが憔悴しきった顔で深々と頭を下げる。
アントン一家の荷造りが済んだあと、彼らを連れて転移魔法でポルト市街まで飛び、宿屋へ案内した。
「何か礼をしたい」と申し出たアントンに「礼はいらないから何が起こったか聞かせてほしい」と返すと、戸惑いながらも同意してくれた。
あの現場の様子からして精神のダメージが計り知れないだろうが、申し訳ないが彼の心が落ち着くまで待ってやれない。
今俺達がいるのは、アントン一家が泊まる客室の応接スペースだ。
子供は聞かない方がいい話だろうと判断し、チャド・ララ兄妹は別の部屋へ行ってもらった。
「ええと、話すのはいいんですが、一体何をお話すればいいのか……」
「あの魔物が出現したときの様子を聞かせてください」
「……魔物が……。そうですね、あれは、昼食を食べ終わったあとのことでした……」
――アントンの話は、なんとも不可解なものだった。
昼過ぎ、家族で畑仕事をしているところにガルムが出現した。
ガルムは最初に、チャドにかぶりついた。そして次は妻のホリーに体当たりして倒し上に乗り、彼女を喰らい始める。
アントンはそれを引き剥がそうとするがかなわない。
――ホリーを食ったあとは、自分か娘が喰われる……そう思ったアントンはそばで立っている娘のララに「逃げろ」と叫んだ。
だが、ララは恐ろしさのあまり動けない。
どうすべきか考えているところ、背後に気配を感じた。
振り向くと、そこにはヒグマほどの体躯のオークの姿――オークが手に持っている棍棒を大きく振りかぶったと思った次の瞬間、アントンの意識は途絶えた。
つまり……。
「……私も妻も息子も、確かに死んだのです。少なくとも、私は2人の無惨な姿を見た。それなのに、私達はなぜか生きている……」
「アントンさん。この杖と、その使い手に覚えはありますか」
言いながら、シーツで包んであった血の宝玉の杖を取り出した。
アントン夫妻が顔を見合わせるが2人とも心当たりがないようで、ほぼ同時に首をひねった。
「申し訳ありません、私達には――……」
――話の途中で、「バン」と扉を開け放つ音が響いた。
驚きそちらに目を見やると、女の子が立っていた。アントン夫妻の娘、ララだ。
「ララ~ッ、ダメだって~!」
兄のチャドがそれを追いかけて一緒に入ってくる。
――そういえば、このララという子は他の3人と違って血にまみれていなかった。この子だけは無傷で助かったということだろうか。
アントンの話からすると、恐らく目の前で家族が惨殺される場面を見ているはず。
だが、アントンのように怯えている様子が見られない――どころか、ご機嫌だ。あまりのショックで記憶を失っているのかもしれない。
ララは鼻歌を歌いながら部屋中を走り回っていたが、机の上に置かれている杖に気づくと「それだめー!」と言いながら、手に取ろうとしてきた。
慌てたホリーがそれを制止する。
「ララちゃん! だめよ!」
「ララ、パパ達は大事な話の途中なんだ、向こうへ――」
「それ、しさいのお兄さんのー! だめー!」
「えっ?」
娘の言葉に、アントンは怪訝な顔をする。
「……司祭の、お兄さんって……?」
「え~っ! 父ちゃん、覚えてねえのかよ~」
「え……」
「うちに司祭様いたじゃんか。そこのお兄さんと同じ、黒い髪のさあ」
「!」
言いながら、チャドが俺を指さす。
それを見てアントンは「人を指さすんじゃない」とたしなめた。だが、肝心な部分には首をひねったままだ。
「司祭、ノルデン人……。いや、父さんそんな人……」
「え~っ、やば~! 父ちゃんがあの人ひろってきたんじゃん。そんで1週間くらいいっしょにいたじゃん。ねえ、母ちゃん」
唇を尖らせながらチャドがホリーに問う。
しかし彼女も覚えがないようで、頬に手をやり首をかしげた。
「…………」
彼らと一緒にいたのは間違いなくイリアスだろう。
奴の記憶は消えていくと聞いた。だから確かに出会ったはずなのに抜け落ちてしまっている。
なぜ、子供2人が覚えているのかは分からないが……。
「!!」
ドームと杖をぼんやり見つめていると、中にいる男がうなりながら起き上がった。
「……大丈夫ですか?」
「ヒッ……!?」
声を聞いた男は顔を恐怖に引きつらせたが、俺達の姿を確認するとホッとしたように大きくため息をつく。
しかし、続いて視界に入った家族の姿にまた「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。
「ホリー! チャド、ララ……、あ、あ、あああ……、……うわああああああ――っ!!」
「……うーるーさーいー……」
「!! チャ、チャド……!」
横に寝ている少年――チャドが、大声を上げた父親に非難めいたまなざしを向けながらむくりと起き上がる。
それに続き、女の子と女性も「どうしたの」と言って身体を起こした。
――全員、生きている。
"火"が点いているから分かってはいたが、倒れているのと起きて動いているのとではやはり心持ちが違う。
お互いの無事を確認しあったあと、男が俺達に声を掛けてきた。
「……あの……あなた方は、冒険者さんですか」
「……はい。手紙を届けに来ました。息子さんのチャド君宛てに、お友達のヒュウ君から」
「えっ、ヒュウから!?」
俺が差し出した手紙をチャドがキラキラの目で受け取る。
首から肩にかけて結構な量の血がついているが、気にならないようだ。
チャドは「冒険者に依頼するなんてアイツやるなあ」と言いながら、いそいそと手紙の封を切って中の便せんを取り出し広げた。
そして……。
「『チャド君へ』!」
「!」
俺達の前で大声で手紙を読み上げ始めた。
内容は大体分かるが、聞いていていいのだろうか……?
『チャド君へ
お元気ですか?
新聞は、とどいていますか? よんでいますか?
今、ロレーヌは大さわぎなこと、しってますか?
先週のことです。
わるい奴がせいじょ様をめざめさせて、ロレーヌのモンスターがパワーアップしました。
本当です。リュシアン王子様が、えんぜつでそう言ってました。
だから、山でくらしている人は、街までひなんしてくださいって。
ぼくのお父さんは、
チャド君のお父さんのアントンさんは、つよい。
でも、つよくなったモンスターがいっぺんにおそいかかってきたら、どうなるか分からない。
って言ってます。
ぼくは、アントンさんは、つよいとおもってます。
でも、ぼくのお父さんや王子様の言ってることも、まちがってないとおもいます。
おねがいです。あぶないから、街へ、ひなんしてきてください。
山を下りてきたら、おしえてね。
いっぱい、あそびましょう。
たいくつさせないぜー
ヒュウ・バレット』
「………あ、ああ、あああ………」
チャドが手紙を全文読み上げたあと、彼の父親――アントンが顔を覆って泣き崩れた。
「……あなた」
「……すまない、すまない……、俺が自分の腕を過信したばっかりに、お前達を……!」
「…………」
――この家族には聞きたいことが山ほどある。しかし、今はそれどころではないだろう。
「……その手紙の通りです。すぐに山を下りるべきだ。魔物が強大化しているうえ、ここはあなた方の……人間の血の臭いが染みついてしまっている。新たな魔物がここへやってくる前に、早く」
「…………」
俺の言葉にアントンは怯えたような顔をして数度うなずき、家族に必要な荷物をまとめるよう指示を出し始めた。
その間俺達は現場の記録を取り、その後アントンの妻に頼んでシーツを1枚もらった。あの杖を包んで持ち帰るためだ。
――極秘重要任務、ヒュウ少年の手紙の配達。
極秘かどうかはともかくとして、本当に重要な任務だった。
人の死は見慣れているが、やはり積極的に見たいものではない――。
◇
「……グレンさん、カイルさん、何から何までありがとうございます。……お手間をかけて申し訳ありませんでした」
アントンが憔悴しきった顔で深々と頭を下げる。
アントン一家の荷造りが済んだあと、彼らを連れて転移魔法でポルト市街まで飛び、宿屋へ案内した。
「何か礼をしたい」と申し出たアントンに「礼はいらないから何が起こったか聞かせてほしい」と返すと、戸惑いながらも同意してくれた。
あの現場の様子からして精神のダメージが計り知れないだろうが、申し訳ないが彼の心が落ち着くまで待ってやれない。
今俺達がいるのは、アントン一家が泊まる客室の応接スペースだ。
子供は聞かない方がいい話だろうと判断し、チャド・ララ兄妹は別の部屋へ行ってもらった。
「ええと、話すのはいいんですが、一体何をお話すればいいのか……」
「あの魔物が出現したときの様子を聞かせてください」
「……魔物が……。そうですね、あれは、昼食を食べ終わったあとのことでした……」
――アントンの話は、なんとも不可解なものだった。
昼過ぎ、家族で畑仕事をしているところにガルムが出現した。
ガルムは最初に、チャドにかぶりついた。そして次は妻のホリーに体当たりして倒し上に乗り、彼女を喰らい始める。
アントンはそれを引き剥がそうとするがかなわない。
――ホリーを食ったあとは、自分か娘が喰われる……そう思ったアントンはそばで立っている娘のララに「逃げろ」と叫んだ。
だが、ララは恐ろしさのあまり動けない。
どうすべきか考えているところ、背後に気配を感じた。
振り向くと、そこにはヒグマほどの体躯のオークの姿――オークが手に持っている棍棒を大きく振りかぶったと思った次の瞬間、アントンの意識は途絶えた。
つまり……。
「……私も妻も息子も、確かに死んだのです。少なくとも、私は2人の無惨な姿を見た。それなのに、私達はなぜか生きている……」
「アントンさん。この杖と、その使い手に覚えはありますか」
言いながら、シーツで包んであった血の宝玉の杖を取り出した。
アントン夫妻が顔を見合わせるが2人とも心当たりがないようで、ほぼ同時に首をひねった。
「申し訳ありません、私達には――……」
――話の途中で、「バン」と扉を開け放つ音が響いた。
驚きそちらに目を見やると、女の子が立っていた。アントン夫妻の娘、ララだ。
「ララ~ッ、ダメだって~!」
兄のチャドがそれを追いかけて一緒に入ってくる。
――そういえば、このララという子は他の3人と違って血にまみれていなかった。この子だけは無傷で助かったということだろうか。
アントンの話からすると、恐らく目の前で家族が惨殺される場面を見ているはず。
だが、アントンのように怯えている様子が見られない――どころか、ご機嫌だ。あまりのショックで記憶を失っているのかもしれない。
ララは鼻歌を歌いながら部屋中を走り回っていたが、机の上に置かれている杖に気づくと「それだめー!」と言いながら、手に取ろうとしてきた。
慌てたホリーがそれを制止する。
「ララちゃん! だめよ!」
「ララ、パパ達は大事な話の途中なんだ、向こうへ――」
「それ、しさいのお兄さんのー! だめー!」
「えっ?」
娘の言葉に、アントンは怪訝な顔をする。
「……司祭の、お兄さんって……?」
「え~っ! 父ちゃん、覚えてねえのかよ~」
「え……」
「うちに司祭様いたじゃんか。そこのお兄さんと同じ、黒い髪のさあ」
「!」
言いながら、チャドが俺を指さす。
それを見てアントンは「人を指さすんじゃない」とたしなめた。だが、肝心な部分には首をひねったままだ。
「司祭、ノルデン人……。いや、父さんそんな人……」
「え~っ、やば~! 父ちゃんがあの人ひろってきたんじゃん。そんで1週間くらいいっしょにいたじゃん。ねえ、母ちゃん」
唇を尖らせながらチャドがホリーに問う。
しかし彼女も覚えがないようで、頬に手をやり首をかしげた。
「…………」
彼らと一緒にいたのは間違いなくイリアスだろう。
奴の記憶は消えていくと聞いた。だから確かに出会ったはずなのに抜け落ちてしまっている。
なぜ、子供2人が覚えているのかは分からないが……。
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