341 / 385
15章 祈り(中)
28話 フェリペの杖(3)
しおりを挟む
「……フェリペ・フリーデン君。君の罪は重い」
「!」
冷たい調子の声に顔を上げると、シリルがフェリペの頭部に手を置いているのが見えた。
眼鏡の奥の表情は相変わらず読み取れない。これから一体、何をするつもりだろう。罪を断ずるつもりなのだろうか……?
「君の罪。……君は弱かった。弱さ故に弱きものを踏みつけにした。……君には勇気がなかった。間違いを間違いと認めることは自身の否定に繋がる――それ故に君は間違いから目をそらし、血の道を突き進み続けた」
『………………っ』
やはりシリルは光の塾の内情やフェリペのことを熟知しているようだ。
フェリペはシリルの厳しい言葉に何度もうなづく。
うなづく拍子に涙がこぼれるが、肉体が滅んだ精神体であるため、涙にも実体はない。
どこにも落ちず、何を濡らすこともない涙――それはまるで、フェリペ自身の心は誰にも受け入れられないという冷たい現実を表しているように思えた。
「私は君を責めることも罰することもしません。罰はもう下っている。どれほど泣いても悔いても、奪った命は戻らない。君の友は君を許さないし、謝る機会も永久に得られない。もはやこの世界には個としての君を知る者はない。多くの者にとって君は悪の象徴であり、邪教の僕。皆が君を嫌い、蔑み、憎悪している。それこそが、君への罰……」
そこで一呼吸置いて、シリルは「しかし」と言葉を続けた。
「今、この場……この円の中においてのみ、君は無垢な子供です」
言いながらシリルが両手を広げる。
「円の中」とは、祭壇を囲む魔法陣のことだ。
そこでのみ、奴は無垢な子供――そうだ、現に円のすぐ外には奴を「悪の象徴」としか思っていない人間が――俺達がいる。
後ろに立つカイルがどういう気持ちでいるか分からないが、内心は決して穏やかではないだろう。自分を壊す要因を作った人間が目の前にいるのだから。
「……フェリペ・フリーデン。君の罪を告白しなさい。この私……シリル・ヒュームが見届けます。無垢な子供たる君が悔いることを、私だけは許そう」
シリルが再びフェリペの頭に手を置き、静かに告げる。
それを受けフェリペは祈るように両手を組み合わせてひざまずき、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める――。
『っ……僕、フェリペ・フリーデンは、大勢の人を苦しめました。でも、その人達の名前や顔は、知りません。知る必要は、ありませんでした。その人達は僕にとって、神に仇なす者だったからです。神、……ニコライ・フリーデンの言うことが全部だと思っていました。……そう思わなければいけなかったんです。でないと、"フェリペ・フリーデン"の名前を捨てないといけなくなる……家族では、いられなくなるから……。……ごめんなさい、みんなを苦しめて。苦しめた人のことを覚えていなくて、ごめんなさい。……シモン、兄弟なのに、忘れてごめん。パオロ……友達なのに、兄弟なのに、ひどいことしてごめん、……ごめんよぉ……っ』
以降、フェリペの口から漏れ出るのは泣き声と"兄弟"に対する「ごめん」という謝罪の言葉のみとなった。
告白が全て終わったと判断したらしいシリルが、少しの間のあとまた口を開く。
「フェリペ・フリーデン君。………君の魂は意識の闇に回帰することはない。したとしても、自由意志を持った個体――生命として闇の湖面に浮き上がることは叶わないでしょう。君の今の言葉、思いは、友にも誰にも届かない。しかし、私だけは君の言葉を聞きました。……よくぞ、告白しました。よくぞ、自らと向き合いました」
言いながら、シリルはフェリペの頭を撫でるように動かした。
そして静かに目を閉じ、息をすぅっと吸い込み……。
「――フェリペ・フリーデン。私は、貴方を赦します」
その言葉と同時に血の宝玉の杖から光の粒子がいくつも舞い上がり、フェリペの身を包んだ。
「!!」
フェリペの姿が少年から大柄な大人の男の姿へと変化した――年齢は40代から50代くらいだろうか。
潰されていたはずのフェリペの目が開き、フェリペはシリルの方に向き直る。
『……ありがとう、ございます、……ありがとう……』
涙混じりにそう告げ、フェリペはシリルに深々と頭を下げた。
「…………もう、お逝きなさい。貴方の意識がいずれ現世に還ってこられるよう、私は祈ります。……フェリペ・フリーデン。貴方に、女神の加護のあらんことを……」
血の宝玉の杖からさらに光が羽根のように舞い上がり、杖が霧散するように消えていく。そして――。
『ありがとうございます、ありがとう……。ごめんなさい……ごめん……』
光とともに、フェリペの姿が消えていく。
フェリペは天を仰ぎながら感謝と謝罪の言葉を唱え、何かに祈り続ける。
光の粒の最後のひとつが天に昇り、自らの姿が消滅するまでそれは続いた。
「……女神の加護の、あらんことを……」
フェリペを見送ったあとシリルは目を閉じて手を組み合わせ、静かに祈りの言葉を唱える――。
(……あれが、あれが……"赦し"……)
「!」
冷たい調子の声に顔を上げると、シリルがフェリペの頭部に手を置いているのが見えた。
眼鏡の奥の表情は相変わらず読み取れない。これから一体、何をするつもりだろう。罪を断ずるつもりなのだろうか……?
「君の罪。……君は弱かった。弱さ故に弱きものを踏みつけにした。……君には勇気がなかった。間違いを間違いと認めることは自身の否定に繋がる――それ故に君は間違いから目をそらし、血の道を突き進み続けた」
『………………っ』
やはりシリルは光の塾の内情やフェリペのことを熟知しているようだ。
フェリペはシリルの厳しい言葉に何度もうなづく。
うなづく拍子に涙がこぼれるが、肉体が滅んだ精神体であるため、涙にも実体はない。
どこにも落ちず、何を濡らすこともない涙――それはまるで、フェリペ自身の心は誰にも受け入れられないという冷たい現実を表しているように思えた。
「私は君を責めることも罰することもしません。罰はもう下っている。どれほど泣いても悔いても、奪った命は戻らない。君の友は君を許さないし、謝る機会も永久に得られない。もはやこの世界には個としての君を知る者はない。多くの者にとって君は悪の象徴であり、邪教の僕。皆が君を嫌い、蔑み、憎悪している。それこそが、君への罰……」
そこで一呼吸置いて、シリルは「しかし」と言葉を続けた。
「今、この場……この円の中においてのみ、君は無垢な子供です」
言いながらシリルが両手を広げる。
「円の中」とは、祭壇を囲む魔法陣のことだ。
そこでのみ、奴は無垢な子供――そうだ、現に円のすぐ外には奴を「悪の象徴」としか思っていない人間が――俺達がいる。
後ろに立つカイルがどういう気持ちでいるか分からないが、内心は決して穏やかではないだろう。自分を壊す要因を作った人間が目の前にいるのだから。
「……フェリペ・フリーデン。君の罪を告白しなさい。この私……シリル・ヒュームが見届けます。無垢な子供たる君が悔いることを、私だけは許そう」
シリルが再びフェリペの頭に手を置き、静かに告げる。
それを受けフェリペは祈るように両手を組み合わせてひざまずき、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める――。
『っ……僕、フェリペ・フリーデンは、大勢の人を苦しめました。でも、その人達の名前や顔は、知りません。知る必要は、ありませんでした。その人達は僕にとって、神に仇なす者だったからです。神、……ニコライ・フリーデンの言うことが全部だと思っていました。……そう思わなければいけなかったんです。でないと、"フェリペ・フリーデン"の名前を捨てないといけなくなる……家族では、いられなくなるから……。……ごめんなさい、みんなを苦しめて。苦しめた人のことを覚えていなくて、ごめんなさい。……シモン、兄弟なのに、忘れてごめん。パオロ……友達なのに、兄弟なのに、ひどいことしてごめん、……ごめんよぉ……っ』
以降、フェリペの口から漏れ出るのは泣き声と"兄弟"に対する「ごめん」という謝罪の言葉のみとなった。
告白が全て終わったと判断したらしいシリルが、少しの間のあとまた口を開く。
「フェリペ・フリーデン君。………君の魂は意識の闇に回帰することはない。したとしても、自由意志を持った個体――生命として闇の湖面に浮き上がることは叶わないでしょう。君の今の言葉、思いは、友にも誰にも届かない。しかし、私だけは君の言葉を聞きました。……よくぞ、告白しました。よくぞ、自らと向き合いました」
言いながら、シリルはフェリペの頭を撫でるように動かした。
そして静かに目を閉じ、息をすぅっと吸い込み……。
「――フェリペ・フリーデン。私は、貴方を赦します」
その言葉と同時に血の宝玉の杖から光の粒子がいくつも舞い上がり、フェリペの身を包んだ。
「!!」
フェリペの姿が少年から大柄な大人の男の姿へと変化した――年齢は40代から50代くらいだろうか。
潰されていたはずのフェリペの目が開き、フェリペはシリルの方に向き直る。
『……ありがとう、ございます、……ありがとう……』
涙混じりにそう告げ、フェリペはシリルに深々と頭を下げた。
「…………もう、お逝きなさい。貴方の意識がいずれ現世に還ってこられるよう、私は祈ります。……フェリペ・フリーデン。貴方に、女神の加護のあらんことを……」
血の宝玉の杖からさらに光が羽根のように舞い上がり、杖が霧散するように消えていく。そして――。
『ありがとうございます、ありがとう……。ごめんなさい……ごめん……』
光とともに、フェリペの姿が消えていく。
フェリペは天を仰ぎながら感謝と謝罪の言葉を唱え、何かに祈り続ける。
光の粒の最後のひとつが天に昇り、自らの姿が消滅するまでそれは続いた。
「……女神の加護の、あらんことを……」
フェリペを見送ったあとシリルは目を閉じて手を組み合わせ、静かに祈りの言葉を唱える――。
(……あれが、あれが……"赦し"……)
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜
織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。
侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。
学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる