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終章 未来へ

◆ジャミル―見果てぬ夢(後)

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「綺麗……」
「ホントだな……」
 
 3月末。先週約束した通り、オレはベルと一緒に花見に来ていた。
 最初はもっと近場を考えていたが、ルカから「シルベストル侯爵領の桜の道が綺麗だった」という話を聞いたのでそこへ行くことに。
 
 ポルト市街を出て北西へ行くとシルベストル侯爵領だ。
 歩いて行けないこともないが、馬車や転移魔法がないとキツいだろう。
 行ったことがない土地だから、ウィルの魔法では飛べない。セルジュ様を思い浮かべて飛ぶ方法もあるが、現実的じゃない。お相手の身分や立場上、深刻なトラブルに繋がりかねないからだ。
 そんなわけで、冒険者ギルドにいる転移魔法専門の術師にシルベストル侯爵領まで飛ばしてもらった。
 
 ――けっこうカネがかかった。そんなにホイホイ利用できるもんじゃねえな……。
 
 街に着いたあと停留所を探し、乗合馬車に乗った。
 乗客はオレ達2人と、対面の席に親子連れが3人。夫婦が連れている小さい女の子が窓の外を見てキャッキャとはしゃいでいる。
 オレ達も同じように窓の外を見る――前ルカが通った時は咲いている花もまばらだったらしいが、今は満開に近い。
 右を見ても左を見ても、どこを見ても桜。花に興味のないオレでも思わず溜息が出てしまうくらいに幻想的で綺麗だ。
 隣に座っているベルが、前から後ろに流れていく桜に目を輝かせている。
 
「…………」
 
 ――綺麗だ。
 
 馬車の窓枠、窓枠の向こうの桜の花、桜の花を見つめる横顔……全部合わせて、絵になりすぎる。
 ベルがリタ様のことを「ほんとにすごくお綺麗よね」なんて言うけど、ベルだって十分すぎるほどに綺麗だ。美女だ。
 ……あー、ダメだ。桜が全然目に入ってこない。桜を見てるベルしか見てない。
 向かいに親子連れがいて助かった。変な気を起こさないで済む――。
 
 
 ◇
 
 
 桜の道を10分ほど走り、ミロワール湖畔にあるホテルに到着したところで乗合馬車を降りた。
 ホテルの建物のすぐそばに大きな桜の木が植わっている。庭にも春の花がいっぱい咲いていて綺麗だ。
 
「素敵なところね。セルジュ様に感謝しなくっちゃ」
「……だな」
 
 このホテルは「食事の礼」としてセルジュ様が紹介してくれた。
 最初はカネを渡そうとしてきたが、それを固辞。代わりに「ルカから聞いた桜の道への行き方と、オススメの場所を教えてください」と頼んだ結果こうなった。
 セルジュ様が使用人や部下の聖銀騎士の人から情報を集め、執事さんに言って良い宿を手配させたそうだ。
 ちなみに、料金はすでに支払い済みとのこと……。
 
「……結局カネもらってるのと一緒になっちまったな……」
「いいじゃない。食の神の料理は貴公子セルジュ様すら魅了するっていうことよ」
「ハハ……」
 
 そんなようなことを喋りながら、宿泊部屋へ。
 ホテルは高級感があるものの落ち着いた造りだ。王都の一流ホテルみたいなのを想像していたので安心した。もしかしたら、その辺も取り計らってくれたのかもしれない。
 案内されたのは1階の客室。めちゃくちゃ広い。でかいベッドが2つも置いてある。掃き出し窓に繋がるウッドデッキからは、ミロワール湖と今まで走ってきた桜並木を一望できる。
 しばらく湖と遠くの桜並木を眺めていると、ふわっと風が吹いた。桜の花びらがひらひらと舞い、やがて湖面に落ちる――入り口にあったあの木のものだろうか。
 
「綺麗……」
 
 ベルがうっとりとした顔でつぶやく。そして少しの間のあと口元を両手で隠しながら「ふふっ」と笑った。
 
「どうした?」
「ううん。あたし今日、『綺麗』しか言ってないなーって」
「ハハッ……まあ、実際綺麗だしなあ」
 
 ――そんなのなんてことない。オレなんか今日は「ベルかわいい」しか思ってないし。
 あー、ダメだダメだ、こんなんじゃ。
 今日は大事な話をするつもりなのに。結婚はまだもうちょっと待とう、まずは自分達を見つめ直そうって、そういう大事な話を……。
 
 
 ◇
 
 
「お食事、すごくおいしかったわね」
「ああ」
 
 夕食を終えたあと、客室のウッドデッキで酒を飲みながら夜桜見物。時刻は夜の9時。
 酒はルームサービスで頼んだものだ。ちょっとしたおつまみも一緒に頼んだ。
 ――さすがにこれはちゃんと自腹を切るぞ……。
 
「綺麗ね……」
「うん」
 
 夜の湖畔は、明るい時間帯とはまた様相が違う。
 昼に馬車で走り抜けてきた桜並木の桜にはそれぞれ光の魔石が取り付けてあったらしく、それが夜の闇に反応してぼんやりと光を放っている。
 照らし出された桜の木が湖面に映って、湖の中にもうひとつ並木道を作り出す。幻想的で綺麗だ。
 遠景だけでも十分綺麗だが、ホテルの側もめちゃくちゃ綺麗だ。部屋から漏れる明かりが、湖面に浮かんだ桜の花びらを照らし出して……。
 
「はぁ……、住みてえ……」
 
 溜息交じりに思わずそうつぶやくと、向かいに座っているベルが「ふふふ」と笑う。
 少ししてから立ち上がってオレの隣に座り、肩に寄りかかってきた。
 
 ――いつもより心臓がうるさい。
 
 酒飲んでるせいもあるけど、ベルがいつもより距離を詰めてくるのが何より大きい。
 顔がほんのり赤い。酔ってるのかもしれない……。
 
「ねえ、ジャミル君」
「どした? 酔った?」
「酔ってないも~ん。ふふふ、あのねえ……あのね。笑わないで、聞いてね?」
「うん」
「あたしね、こういうところでぇ、お店、やってみたいなあって」
「店? ケーキ屋さんとか?」
「そう~。覚えててくれたの? ふふふ、うれしい~」
 
 言いながらベルがぎゅーっと抱きついてくる。
 
(ヤバい……)
 
 理性が決壊しそうだ。
 結局ここまでで結婚云々の話をひとつもできていないっていうのに、変な気ばかりが起こってしまう。
 何やってんだ、しっかりしろよ。
 
「オレ……オレさ」
「うん」
「……オレもさあ、こういうとこで店開きたいなーって」
 
 言い出そうと口を開いては、こうやって楽しい話題に逃げてしまう。……情けない。
 そんなオレの内心を知るはずもないベルが嬉しそうに飛びついてくる。
 
「素敵! ねえねえ、お店のメニューはどんな風にするの~? メイン料理は?」
「ええっ、そこまではまだ……けど、あんま気取ったコース料理は出さねえかな~。ベルはさあ、どういうの出したい?」
「え?」
「オレは料理全般得意だけど、デザート系はやっぱりベルの方が得意だろ? 飯時じゃない時間帯は、そっち系が重要だと思うんだよなー。季節の果物使ったデザートとか出して……。あっ、サンチェス領からブドウ仕入れたりとかいいよなあ。紅茶とか作ってんだっけ――」
「…………」
「ベル?」
 
 急に静かになったので寝てしまったのかと思い肩をゆすって名前を呼びかけると、ベルが潤んだ瞳でオレを見上げ笑う。
 
「どした?」
「ううん。……ねえ、ジャミル君のお店は、いつ頃オープンするのかしら」
「いつ……まあ、今は理想言ってるだけだし、そんなすぐには。5年後とか10年後とか……もっと先かもしれねえ」
「あたしね、あたし……嬉しい。ジャミル君が想像する未来には、あたしがちゃんといるのよね」
「…………」
 
 ……。
 …………。
 ………………。
 
 !!
 
「あっ……はは、そりゃ、当然だよ。は、は、『離さない』って……言ったろ」
 
 ベルの言葉で自分の発言の意味を理解した。顔が下から上に熱く赤くなっていく感覚を覚える。
 ――ダメだ、オレ酔ってるんだ。思ってることを無自覚にベラベラ言ってしまう。
 オレの未来話を聞いたベルが楽しそうに笑いながらグラスにシャンパンを注ぐ。ベルもたぶん、相当酔ってる。
 ベルは自分からはあんまりくっついてこない。なのに、さっきからずーっとオレの肩にしなだれかかって、時折トロンとした目でオレのことを見つめてくるんだ。
 
「……ジャミル君」
「んっ?」
「好き。大好き。ジャミル君に会えて良かった」
「うん。……オレも」
「本当?」
「ホントだよ」
「やーだー。ちゃんと言って~っ」
 
 押し倒すくらいの勢いでベルがガバーッと抱きついてくる。
 たぶん……いや、絶対誘ってるわけじゃない。純粋に気持ちを確かめ合いたいだけなんだろう。
 正直辛い。生殺しだ。
 
「……好きだよ。オレも、ベルのこと大好きだ」
「きゃっ! やったー、両思い! ふふふふ」
 
 オレの告白を聞き、ベルが嬉しそうにパチパチ拍手する。

「…………」
 
 ――あらゆる意味でもう無理だ。
 桜も月もミロワール湖もみんな綺麗だ。ベルはかわいいし綺麗だ。
 ダメだ、もう。クラクラする。
 ……ああ、オレ今日、「ダメだ」と「ベルかわいい」しか考えてないな……。
 
 
 ――――――………………
 ――――…………
 ――……
 ……
 
 
「……う……ん……?」
 
 鳥の鳴き声が聞こえる。
 目の前がぼんやりして視界が定まらない……ああ、メガネ外してるからだ。夜は目が利くけど、朝はどうもなあ……。
 
「……朝!?」
 
 いつの間にか寝ていた。視界は真っ白、体の下は何かフカフカ――どうやらベッドで寝てるらしい。ヘッドボードを手でペタペタ探りメガネを見つけ出してかけると、隣でベルがすぅすぅと寝息を立てている姿が写り込んできた。
 
「ヒッ! ……え、えっ……!?」
 
 まさかと思いガバッと身を起こすと……。
 
「き……、着てる! 服! 2人とも!」
 
 安心しすぎてなぜかカタコトになってしまう。
 ――よかった、何事もなかった。
 けど、何がどうなってこうなったんだっけ?
 
 確か告白しあったあとベルがシャンパンをグラスに注いできて、それでオレは「もう今日は酒に飲まれよう」って思って酒をあおりにあおって……。
 それでそのあと、ベルと「想像上のお店の話」で超盛り上がったんだ。
 メニューはどうするか、お店の名前は何にするか、裏メニューはラーメンにしようとか……そういう話してたらどんどん楽しくなってきて、2人でケラケラ笑いながらまた告白しあって……。
 
 
「ジャミル君、好き。大好き」
「うん、オレも~」
「ほんとー?」
「うん。だってオレ、結婚したいもん」
「わあっ、嬉しい~。あたしもね~、あたしも~、ジャミル君の、お嫁さんになりたい~」
「マジで~? ハハッ、両思いだ~」
「ふふっ」
「ハハッ。なあベル、結婚しよ?」
「うん!」
 
 ……そうだ、そのあとずっと、秒ごとくらいの勢いで結婚しよう結婚しようって……。
 
「……うああああ~~~~っ……!」
 
 間抜けな声を上げながらベッドに転がり悶絶する。
 ――死ぬ。恥ずかしくて死ぬ。なんでオレは酒飲んで記憶なくなる体質じゃないんだ……!
 
「うーん……」
「!」
 
 隣で寝ていたベルが目を擦りながら起き上がる。
 
「あら……朝? いつの間にか寝ちゃってたのね……」
「そうみたいだなあ。……あの、あのさあ、ベル」
「なあに?」
「き……昨日のことって……覚えてる?」
 
 寝転んだまま、座っているベルを見上げ尋ねる。
 ――まだだ。まだ望みはある。ベルが何も覚えてなけりゃあ、全部なかったことに……。
 
「……うんっ!!」
 
 ――ならなかった。
 満面の笑みで即答されてしまった。
 めちゃくちゃかわいい。朝日よりまぶしい。

 いやいやいや、ダメだこれじゃ。何回同じこと繰り返してんだ。
 
「ベル」
「んっ?」
「昨日、めちゃくちゃ酔っ払ってたけど……言った言葉は全部あの……本気だから」
「うん」
 
 起き上がって肩を抱き寄せると、ベルが潤んだ瞳でオレを見つめてきた。
 そのまま吸い寄せられるように唇を合わせる。
 
「ベル。……オレ達、一緒になろう」
「うん」
「大変なことだらけだけど……がんばろうな」
 
「うん」という返事と同時に、ベルの目から涙がぽろぽろこぼれる。
 抱きしめて頭を撫でると、背中に手が回ってきて力がこめられた。
 ――ああ、かわいい。好きだ。
 
(……バカすぎる……)
 
 オレはそこそこの学校行ってて、成績もずっとトップだった。
 なのに今めちゃくちゃバカだ。文学的で気の利いた言い回しで愛情を伝えられたらいいのに、「好きだ」しか言えない。
 頭の中は「彼女かわいい」でいっぱいだ。他に何も考えられない――。
 
「……嬉しい。好きよ、ジャミル君。大好き」
「オレも好きだ。ベル……ずっと一緒にいよう」
「うん」
 
 一度身を離してからキスをして、また抱きしめあう。

 ――別にバカだっていいや。
 抱きしめるだけで胸がいっぱいになる。「好きだ」って言ったら「好きだ」って返ってくる。
 それだけで、無限に力が湧いてくる気がするんだ……。
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