【完結】カラスとすずらん ~意識低い系冒険者パーティの台所を預かっています~平凡なわたしと、闇を抱えた彼の恋の話~

天草こなつ

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終章 未来へ

◆ジャミル―見果てぬ夢(前)

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「"竜伯りゅうはく"? なぁに、それ」
「ああ……」
 
 3月末、とある木曜日の朝。砦の厨房で料理の仕込みをしながら世間話。
 "竜伯"という耳慣れない単語にレイチェルが目を丸くする。食堂ではカイルがテーブルに顔をべっちゃりつけて突っ伏している。
 
「……オマエさぁ、"三竜侯さんりゅうこう"って知ってる?」
「竜騎士団領の独立戦争で軍を率いてた英雄さんのことでしょ。今領地を治めてる侯爵様はその子孫なんだっけ」
「……そ。あっちじゃ侯爵様を"竜侯"って呼んでて……"竜伯"ってのはその次の位なんだってよ」
「へえ~。伯爵様みたいな?」
「たぶんな。……で、我が弟カイルがこの度その竜伯サマに選ばれちまったってワケだ」
「ええええっ! カイル、伯爵様になっちゃったの!?」
「なってないよ……」
 
 カイルは顔を机にくっつけたまま、気怠そうに返事を返す。
 
 ――なんでカイルがそんな称号を授かることになったのか。
 
 "聖女封印解放・行方不明事件"、そして"シルベストル侯爵邸襲撃・礼拝堂爆発炎上事件"――これら2つの事件は、ロレーヌ、ディオール南部、そして竜騎士団領など、ミランダ教を信仰する国々を大きく震撼させた。
 
 光の塾の残党によって聖女様の封印が解かれた。
 犯人は禁呪の魔器ルーンとするために、目覚めさせた聖女様の魂を狙う。……が、聖銀騎士団長セルジュ様がそれを阻止。
 セルジュ様は転移魔法で聖女様と共に逃げたが、疲労と精神の乱れのため知らない土地へ飛んでしまった。
 約1ヶ月の間各地を転々としてようやく自身の屋敷に辿り着くもそこに犯人が現れた。そして……。
 ――あの事件のことはそういう感じの筋書きで世間に伝わっていて、本当のいきさつや聖女様の封印を解いたカイルのことについては全く報じられていない。
 
 だが聖女様サイドは違った。
 前聖女――リタ・ユング侯爵令嬢は、聖女交代のあと故郷のユング侯爵領へ帰還。
 その際父親のゲオルク・ユング侯爵に、世間に伝わっている情報とは全く違う真実を話した。
 
「竜騎士クライブ・ディクソンが私を救ってくれた」
「彼は私が邪悪な者の手に落ちる前に私の封印を解き、それからずっと守ってくれていたのだ」……と。
 
 事実とはかなり開きがある。だが「違う時代から来たカイルだけは聖女様封印の影響を受けず、真名を唱えることもできた」という、ほんの一部ではあるが絶対的な事実がこの話に真実味を持たせてしまった。
 ゲオルク侯爵は娘の帰還及び、かつて臣下であったカイルの働きに痛く感激。娘との婚姻を認めるとともに、カイルに"竜伯"の称号を授けた……。
 
「そりゃあウソだろう」という人間が出てもおかしくない都合のいい話だが、人間ってやつはとにかくゴシップ話が好きだ。
「歴史で語られない真実」とか「英雄の影に隠れたもう1人の英雄」なんてやつも、大好物だ。
 
「時間を越えてやってきた1人の騎士が、英雄セルジュと聖女を救い守り抜いた」「騎士と聖女は密かに想いを寄せあっていた」――そのドラマチックかつロマンチックなお話が数ある矛盾を吹き飛ばし、カイルは今や時の人。ユング侯爵領において「おお勇者よ」みたいな扱いを受けている……らしい。
 
「はぁああ……」
 
 そういうことがあって、カイルは今ヘコみにヘコみまくっているというワケだ。
 無理もない。冒険者として気楽に過ごしてきたカイルにとっては、称号も賞賛も苦痛なだけだろう。「逆風評被害」ってやつだ。
 
「そんなヘコむなって、いい方に考えろよ。……あれだ、平民じゃなくなったんだろ? 良かったじゃねえかよ、お姫様とハッピハッピーじゃんか」
「……何が……」
「そうだよぉ、すごいよカイル。身分違いの恋が実るなんて。しかも、あんな女神様みたいな人と!」
 
 レイチェルがお祈りのポーズで目をキラキラさせる。
 
「時間と身分を超えた恋なんて、"時の勇者"の物語そのものじゃない? あーんロマンチック~! いいなーいいなー」
「いや……そんな大層なものじゃないんだよ、本当……」
「もう~照れなくても~! カイルったら、かっこつけでキザだけど、実は一途でロマンチストなんだあ~」
「いや、あの……うぅ……」
 
 カイルが顔を上げて何か反論しようとするが、乙女のキラキラ目線攻撃に耐えられず、沈黙。クソデカ溜息をつきながらまたテーブルに突っ伏してしまった。
 
「あ、ねえねえっ、ジャミルはどうなの~?」
「えっ?」
 
 カイルが沈黙したあと、レイチェルが今度はオレにキラキラ目線を向けてくる。
 ――まぶしい。……なんでだ、なんでオレがキラキラの餌食に?
 
「ジャミルも身分違いの恋だよねえ~ ふふふ」
「えっ」
「伯爵様のお許しは出たんだよね? いつ結婚するの~? ねえねえ~」
「え、いや、あの……」
 
 さっきのカイルと同じようにオレもまた言葉に詰まってしまう。ふと食堂の方を見ると、突っ伏していたカイルが顔を上げ半笑いでこっちを見ていた。……てめえ、この野郎。
 
(……そんなこと言われたってよ……)
 
 ――伯爵の許しはもらった。オレもベルに「離さない」って言った。
 もうそれは結婚するってことだ。けど、そんな今すぐには……。
 オレとベルは2人とも未熟だ。お互い心が欠けている部分が多い。親のこと、自分のこと……色々と見つめ直して、自分はどういうものか、何を望んでいるのか、どうやって生きていきたいか――そういうことを考えて、知っていかないといけないんだ。
 
 でもベルは伯爵令嬢だ。伯爵から許されたのに、結婚を2年も3年も先延ばしにすることはできない。
 けどだからといって、そんなすぐに決断できることじゃないだろ。
 
 ……って、それを今ここで言うのもな……。2人より先にベルに言うべきことだし。
 しょうがない、適当にごまかすか――。
 
「……あのなあ。伯爵の許しが出たっつっても、まだ1ヶ月くらいしか経ってねえし、そんなすぐに結婚なんかできねえよ。色々準備ってモンがあるし……。大体、結婚にはカネがいるだろ? オレはオマエの旦那みてえに金持ちじゃねえから……いでっ!」
 
 言葉の途中で、背中にとんでもない衝撃が走った。レイチェルがオレの背中をバチコンと平手で打ったんだ。
 痛い。痛すぎる。目の端から涙が出る。
 
「いって、痛えな! なんなんだよ、オマエ……」
「だって! やだもージャミルったら、"旦那"だなんてぇ~! んも~、まだ結婚してないったら~♡」
「……………………」
 
 レイチェルは赤くなった頬を両手で包み、「きゃー」「いやーん」とか言いながら身をクネクネさせる。
 しばらくクネクネしたあと、またオレの背中を力強くバンバン叩いてきた。
 
(凶暴……!)
 
 助けを求めてカイルを見るが、苦笑いしながら首をぶんぶん振って拒絶された。
 あの野郎、何が勇者だ竜伯だ……と思うが、逆の立場ならオレもきっとそうしただろう。
 
 ――オレ達兄弟は美少女レイチェル様の忠実なしもべ。楯突くことなど出来はしない。
 これは絶対的な運命、そして、大自然の理――。
 
 いやいや、そんなポエムはどうでもよくて。
 話をそらせたのはいいけどダメージがでかすぎる。背中に手形できてねえだろうな……?
 
 
 ◇
 
 
「やあ、こんにちはジャミル君」
「あ、セルジュ様。いらっしゃいませ」
 
 昼過ぎ、セルジュ様が砦にやってきた。
 あの事件のあとシルベストル邸に戻ったから、もう砦で寝泊まりはしていない。
 あれから2週間くらい経ったが、3、4日に一度こうやって顔を出しに来る。もちろん、ヒマなわけじゃない。仕事の合間を縫ってわざわざ来てくれている。
 何の用事かというと……。
 
「お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
「ありがとう。今日は何を食べさせてもらえるのかな」
 
 ――オレが作った料理を食べるためだ。朝からの仕込みもこのため。
 彼が砦に滞在している間、彼のメシ……いや、お食事の用意はオレが担当していた。
 オレがメインで料理を作り、レイチェルやベルはそのサポートをする――そういう感じで1ヶ月。いらないと言ったけど、グレンからは特別に給金ももらっていた。
 
 最初は「侯爵令息に適当なものを食わせるわけには」と、本を見ながら気合いを入れた料理を用意していた。
 だがそれが数日続いたある日、ご本人から「皆と同じもので構わないから」と申し入れがあり、そこからはみんなと同じものを出すようにした。
 出した料理はいずれも大衆料理に分類されるもの。だが、それがことのほかウケた。
 そういうわけで、全てが終わってからもこうやってオレの作った料理を食べに来ている。
 
 ちなみに今日の料理はローストビーフ丼だ。
 素材やソース、米に至るまでそれなりにいいモノを使っている。味見もちゃんとした。自信作だ。
 ――けど、アレだな。セルジュ様に丼物って、マジで似合わないよな……。
 
「今日のもとても美味しいな」
「ありがとうございます」
「……これで最後かと思うと、残念でならない」
「…………」
 
 セルジュ様が残念そうに眉尻を下げる。
 
 あと4日で砦の契約期間が終わる。数ヶ月前から延長を重ねてきたが、今度こそ本当に終わりだ。
 セルジュ様は仕事がある。最終日――解散の日には顔を出すそうだが、それまでの間はここに来られない。
 荷物や食材は最終日の前日までには全部片付けてしまうから、彼がここで食事をするのは今日で最後だ。
 
 グレンや他の仲間になら、「店に食いにくればいいじゃねーか」と言うところだが……。
 
「君の店は、ポルト市街の酒場だったね」
「はい」
「私は酒場への出入りは、決められた所以外は禁じられているから……」
 
 ――「決められた所」っていうのは高級ホテルのラウンジとか、貴族専用のサロンとかそういう場所だろう。
 オレの職場は冒険者ギルドのそばにある大衆酒場。ワイワイガヤガヤとうるさい。酔っ払った冒険者がケンカを始めたりもする。もし出入りが許されていたって、オレの側から断らないといけないだろう。
 
「……ジャミル君は、店を開く気はないのか?」
「えっ」
「君が店を開いたら、私は足繁く通うのに。そういう予定はないのだろうか?」
「……」
 
 ――思いがけない質問が飛んできた。そんなに料理気に入ってくれたのか。
 自分の店を開く――料理人になったなら、誰もが頭の片隅にそういう夢を抱くだろう。
 けどオレは料理人になってから2年しか経っていない。ここで食の神だなんだとイキがっているが、正直まだまだだ。「店を開く」なんて、結婚以上に何のビジョンもない。
 
「いやあ、オレなんかまだまだ未熟ですから」
「そんなことはないと思うが……。でももしそういう気持ちになったら私に相談してほしい」
「セルジュ様に相談……?」
 
 よく分からなかったのでそのまま聞き返すと、セルジュ様は「うん」と笑って拳をぎゅっと握った。
 
「父に頼んで、良い土地を用意してもらうから」
「ヒエッ……や、やめてくださいよそんな……」
「ふふ、冗談だ。でも、もし君が店を開いたら絶対に通わせてもらうから。……家族で」
「あ……ありがとうございます」
 
 そのあといくつか話をしてからセルジュ様は「また今度」と帰って行った。
 
 
「……店……」
 
 一言その単語をつぶやいただけで、なんだか胸がソワソワワクワクしてきてしまう。
 店を持ちたいか持ちたくないかと言われれば、そりゃあ持ちたい。
 けど、その為にはやらなきゃいけない、考えなきゃいけないことが山ほどある。カネを溜めて、経営を勉強して……仕入れはどこからするかとか考えないといけなくて……。いや、それより先に結婚を……?
 
 ――うーん、ダメだ。結婚もそうだけど、やっぱり何のビジョンも見えてこない。
 
「見果てぬ夢」ってやつだな……。
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