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2章 ロランと泥の人形
14話 とある青年の追憶(後)
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「……失礼します」
あの出来事から9年――23歳になった奨は、かつて通っていた学習塾を訪ねた。
栢木先生に会いたいが、連絡を取る手段がない。
月日が流れて職員は入れ替わっているだろうが、塾長は変わらずここにいるはず。塾長なら先生の連絡先を知っているのではないかと考えたのだ。
塾に入ると、まず女性の職員が奨を迎え入れた。
「ええと、アルバイトのご希望ですか?」
「あ……いえ。私、昔ここでお世話になってました、田中奨という者なんですが……」
「えっ! 田中君!?」
「!」
横から大声で呼びかけられたのでそちらを向くと、小太りの中年男性が立っていた。
「……安田、先生?」
「せやー! 覚えててくれたか? えらいカッコ良うなって……コンタクトにしてんなあ」
小太りの男性は、かつて特進Aクラスで国語を教えてくれていた安田先生だった。昔はもっとシュッとしていた気がする。
学校ではなく塾の先生が、いなくなって10年近く経つ生徒を覚えてくれていたことに目頭が熱くなる。
塾長も自分を覚えていて、再会を喜んでくれた。
その後応接に通され、塾を辞めてから今までのことを話す。
「……いやあ、元気そうで良かったわ。あの子今どないしてんねやろって、よう話しとってん」
「そう……やったんですか。ありがとうございます。あんなことなってもうたのに、心配してもろて」
「ハハッ、気にすることないて」
「栢木先生にも色々ようしてもらいました」
「えっ……?」
「引っ越す前にね、街で会うたんです。それで公園で、一緒に……?」
栢木先生のことを話し始めたとたん塾長と安田先生が沈痛な面持ちになり、2人は目を見合わせる。
「あの……?」
「……栢木先生。栢木先生な……。ハハ……懐かしいな、3年前までここで教えとってん」
「そうなんですか!? あのっ、連絡先とかって、分かりますか? ボク、先生にもっかい会いたくて――」
「ん……、田中君……あのな」
塾長が唇を噛みしめながら奨の顔を見て、顔を後ろにそらす。
「…………」
――心臓がドクドクと脈打つ。次に塾長の口から出るであろう言葉を聞きたくない。
「栢木先生な、……亡くなったんや」
「な……、えっ、……交通事故か、なんかですか……?」
奨の問いに塾長と安田先生が首を振ってがっくりとうなだれる。
少しの間のあと、塾長が再び口を開く。
「……自殺やて……」
「……!!」
――塾長と安田先生の話によると、栢木先生は就職活動のために退職、大学卒業後は一部上場企業に入社したが、入社式の日に交通事故に遭った。
数ヶ月後に復職したものの一身上の都合でその会社を辞め、またこの塾に戻ってきた。
2年ばかり講師のアルバイトを続けていたが、別の会社に就職が決まったため退職。
それから3年――今年の5月初旬、自宅アパートで首を吊った。遺書のようなものは見つからなかった。
塾長と安田先生が葬儀に参列。ご両親に頼まれ、塾長が弔辞を読んだという。
「なんで……あの人が、そんな」
「……会社で、色々あったみたいやわ……」
「あの栢木君がな……。辞めるとき引き留めれば良かったとか、もっと連絡取っとったら良かったとか、……そんなんばっかり、考えてまうわ」
「…………、かしわぎ、せんせい……」
涙がこぼれる。
奨の頭にあの日の先生の屈託ない笑顔が蘇る。
先生は、暗闇の中にいた奨に小さな光をくれた人。あの何気ないやりとりがあったから、今もここに立っていられる。
それなのに自分は何もできなかった。
……自分だけではない。塾長も安田先生も先生の家族も、誰一人彼の心をすくい上げられなかった。
――先生、栢木先生。
一体、何があったんですか。
なんで誰にも何も言わんと、そんな結末選んでもうたんですか――……?
――2章 終わり――
あの出来事から9年――23歳になった奨は、かつて通っていた学習塾を訪ねた。
栢木先生に会いたいが、連絡を取る手段がない。
月日が流れて職員は入れ替わっているだろうが、塾長は変わらずここにいるはず。塾長なら先生の連絡先を知っているのではないかと考えたのだ。
塾に入ると、まず女性の職員が奨を迎え入れた。
「ええと、アルバイトのご希望ですか?」
「あ……いえ。私、昔ここでお世話になってました、田中奨という者なんですが……」
「えっ! 田中君!?」
「!」
横から大声で呼びかけられたのでそちらを向くと、小太りの中年男性が立っていた。
「……安田、先生?」
「せやー! 覚えててくれたか? えらいカッコ良うなって……コンタクトにしてんなあ」
小太りの男性は、かつて特進Aクラスで国語を教えてくれていた安田先生だった。昔はもっとシュッとしていた気がする。
学校ではなく塾の先生が、いなくなって10年近く経つ生徒を覚えてくれていたことに目頭が熱くなる。
塾長も自分を覚えていて、再会を喜んでくれた。
その後応接に通され、塾を辞めてから今までのことを話す。
「……いやあ、元気そうで良かったわ。あの子今どないしてんねやろって、よう話しとってん」
「そう……やったんですか。ありがとうございます。あんなことなってもうたのに、心配してもろて」
「ハハッ、気にすることないて」
「栢木先生にも色々ようしてもらいました」
「えっ……?」
「引っ越す前にね、街で会うたんです。それで公園で、一緒に……?」
栢木先生のことを話し始めたとたん塾長と安田先生が沈痛な面持ちになり、2人は目を見合わせる。
「あの……?」
「……栢木先生。栢木先生な……。ハハ……懐かしいな、3年前までここで教えとってん」
「そうなんですか!? あのっ、連絡先とかって、分かりますか? ボク、先生にもっかい会いたくて――」
「ん……、田中君……あのな」
塾長が唇を噛みしめながら奨の顔を見て、顔を後ろにそらす。
「…………」
――心臓がドクドクと脈打つ。次に塾長の口から出るであろう言葉を聞きたくない。
「栢木先生な、……亡くなったんや」
「な……、えっ、……交通事故か、なんかですか……?」
奨の問いに塾長と安田先生が首を振ってがっくりとうなだれる。
少しの間のあと、塾長が再び口を開く。
「……自殺やて……」
「……!!」
――塾長と安田先生の話によると、栢木先生は就職活動のために退職、大学卒業後は一部上場企業に入社したが、入社式の日に交通事故に遭った。
数ヶ月後に復職したものの一身上の都合でその会社を辞め、またこの塾に戻ってきた。
2年ばかり講師のアルバイトを続けていたが、別の会社に就職が決まったため退職。
それから3年――今年の5月初旬、自宅アパートで首を吊った。遺書のようなものは見つからなかった。
塾長と安田先生が葬儀に参列。ご両親に頼まれ、塾長が弔辞を読んだという。
「なんで……あの人が、そんな」
「……会社で、色々あったみたいやわ……」
「あの栢木君がな……。辞めるとき引き留めれば良かったとか、もっと連絡取っとったら良かったとか、……そんなんばっかり、考えてまうわ」
「…………、かしわぎ、せんせい……」
涙がこぼれる。
奨の頭にあの日の先生の屈託ない笑顔が蘇る。
先生は、暗闇の中にいた奨に小さな光をくれた人。あの何気ないやりとりがあったから、今もここに立っていられる。
それなのに自分は何もできなかった。
……自分だけではない。塾長も安田先生も先生の家族も、誰一人彼の心をすくい上げられなかった。
――先生、栢木先生。
一体、何があったんですか。
なんで誰にも何も言わんと、そんな結末選んでもうたんですか――……?
――2章 終わり――
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