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「勝利の女神の塔」編
2-1.そびえし魔境
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「そうらよ--っと!」
渾身の気合いを伴って振り下ろされたヴィエイラの魔斧・ブラックエックスが、キメラの頭をかち割った。
魔人の恵まれた体躯が持つ膂力を存分に乗せた一撃は、勝利の女神の塔に出没する高レベルモンスターであってもたやすく屠ることができる。
「そこだ、行け!」
崩れ落ちるキメラの体とすれちがうように高速で飛んでいったのは、アメリアの霊弓・シークレットヴィクトリアから放たれた風の矢だ。
魔力というエネルギー体を練りこんで作り上げられたこの矢は、風の抵抗を受けず、質量を持つ通常の矢ではありえない弾速を可能とする。
連続して放たれた矢に目を貫かれたもう一体のキメラは、あまりの痛みによってか思わず天を仰いで、盛大な叫び声を上げる。
「……ふっ!」
その隙を逃さず、ホンダの大業物・点火丸がキメラの首を切り裂いた。ご丁寧にも、奥義・二重鋏を用いたようで、傷口が二重に生じている。いかに生命力の強いこの魔物でも、これでまず間違いなく絶命しただろう。
「よし、全部片付いたな。お疲れさん!」
動かぬ死体を斧で突き回しながら、ヴィエイラが皆に声をかける。
「おい、お前! また何もしなかったな……どういうつもりだ!」
そう、アメリアが言う通り、それぞれが活躍を見せる中で俺だけは全く動かなかった。もっと言えば、動くつもりすらなかった。
「必要なかっただろう。罠の発見と索敵はやってやるから、そっちは心配するな」
「そういう問題ではない! 貴様、やはりあの時の腕前はまぐれか……⁉︎」
まだ食ってかかるアメリアをどう宥めるか考えていると、意外な助けが入る。
「構わぬ、それよりも早く先に行かんか」
まさか、ホンダからフォローされるとは。ここまでの無表情の獣面からして、こいつも俺に悪感情を抱いているとばかり思っていたが、考え違いだったらしい。
「俺も構わないぜ! その分俺が倒してやるから、ガンガン行こうじゃないの」
こんな危険な場所でも底抜けに明るい声は、ヴィエイラのものだ。俺を除いても、これで見解は二対一。アメリアは、依頼主とはいえ、今はパーティの一員でしかない。さすがに分が悪いと理解したようで、「ふん!」と吐き捨ててから迷宮の通路の奥へと歩き出した。
「おいおい、前衛役は俺だぜ。あんたは後ろだって」
慌ててヴィエイラが後を追い、アメリアの前に出る。俺とホンダは顔を見合わせて互いに肩をすくめ、そんな二人に続くのだった。
***
アメリアの依頼で四人パーティを組んだ俺達は、迷宮と呼ばれる通りに入り組んだ構造の「勝利の女神の塔」を探索しつつ、上の階を目指して進んでいた。
この手の迷宮攻略にはいくつかセオリーがあり、それを守ることがすなわち命を守ることになる。
たとえば、先に進む時は俺のような感覚に優れた者が、仕掛けられた罠や敵の息遣いを察知する警戒役にあたる。
まあ実際のところ、俺のテクニックを用いれば、目を閉じていようが耳を塞いでいようが、危険を見逃すことはない。ただ、それだとパーティメンバーが不安に思うので、普通にやっているふりをする必要に迫られるわけだ。
それから、いざ戦闘となれば、防御力と体力に優れた者が先頭に立ち、敵の攻撃を引きつける壁の役割を負う。
その点、ヴィエイラは非常に優れた壁役であり、しかも十二分に攻撃もこなせるという、噂に違わぬ実力者だった。
攻撃といえば、ホンダは身のこなしこそゆったりとして見えるものの、的確なタイミングで攻撃を繰り出し、相手にトドメを刺す。
アメリアもさすがの弓の腕前で、二人を見事に援護している。本国の騎士団所属なだけあって、壁役もこなせるそうだ。
この塔に入ってすでに三日が過ぎようとしているが、これまで危ない場面などまるでなく、俺達は順調な道のりを進んでいた。
そして今、俺達は三度目の野営に入るところだった。
「どうよ、この斧は! 故国の迷宮で手に入れたんだぜ。ありゃあ大変だったなぁ~」
ヴィエイラの自慢話がまた始まった。この話を聞くのは三回目。つまりこいつは、野営の度にこの話をしている。
「その剣もなかなかの業物だな! そんな細いのによく折れないもんだ。どこで手に入れた?」
いつもなら延々自分の話を続けていたヴィエイラだが、今日は珍しく、他人の得物に興味を示した。
話を振られたホンダは、正座した右足の横に置いた大太刀にそっと触れながら、呟くように答える。
「……これなるは我が一族に代々伝わりし家宝でな、銘は名工ミズノオオサカノカミ。幾代も前の先祖が、当時の主君より直々に誂えを聞き入れられ、戦の褒美として賜ったと聞く」
確かになかなかの年代物で、文字通りの伝家の宝刀のようだ。こうした刀の類は、古いほどに優れた切れ味と靭性を持つという。今では失われた太古の技術の結晶なので、なかなか再現できないのだそうだ。
「私の弓は、王国で最も優れた者を持ち主とする武具よ。ありがたく目に焼き付けておくがいいわ」
誰も聞いていないのに、勝手に説明を始めたアメリア。
わざとか知らないが、説明が一つ抜けている。俺の聞いた話じゃ、最も優れた女戦士に与えられるものだったはずだ。わざわざ混ぜっ返すのもなんなので、黙っておくが。
しかし、この流れだと俺の得物の話になるな。それはちょっと困るぞ。とりあえず、俺は素知らぬ顔で、アメリアの自慢話に耳を傾けた。
渾身の気合いを伴って振り下ろされたヴィエイラの魔斧・ブラックエックスが、キメラの頭をかち割った。
魔人の恵まれた体躯が持つ膂力を存分に乗せた一撃は、勝利の女神の塔に出没する高レベルモンスターであってもたやすく屠ることができる。
「そこだ、行け!」
崩れ落ちるキメラの体とすれちがうように高速で飛んでいったのは、アメリアの霊弓・シークレットヴィクトリアから放たれた風の矢だ。
魔力というエネルギー体を練りこんで作り上げられたこの矢は、風の抵抗を受けず、質量を持つ通常の矢ではありえない弾速を可能とする。
連続して放たれた矢に目を貫かれたもう一体のキメラは、あまりの痛みによってか思わず天を仰いで、盛大な叫び声を上げる。
「……ふっ!」
その隙を逃さず、ホンダの大業物・点火丸がキメラの首を切り裂いた。ご丁寧にも、奥義・二重鋏を用いたようで、傷口が二重に生じている。いかに生命力の強いこの魔物でも、これでまず間違いなく絶命しただろう。
「よし、全部片付いたな。お疲れさん!」
動かぬ死体を斧で突き回しながら、ヴィエイラが皆に声をかける。
「おい、お前! また何もしなかったな……どういうつもりだ!」
そう、アメリアが言う通り、それぞれが活躍を見せる中で俺だけは全く動かなかった。もっと言えば、動くつもりすらなかった。
「必要なかっただろう。罠の発見と索敵はやってやるから、そっちは心配するな」
「そういう問題ではない! 貴様、やはりあの時の腕前はまぐれか……⁉︎」
まだ食ってかかるアメリアをどう宥めるか考えていると、意外な助けが入る。
「構わぬ、それよりも早く先に行かんか」
まさか、ホンダからフォローされるとは。ここまでの無表情の獣面からして、こいつも俺に悪感情を抱いているとばかり思っていたが、考え違いだったらしい。
「俺も構わないぜ! その分俺が倒してやるから、ガンガン行こうじゃないの」
こんな危険な場所でも底抜けに明るい声は、ヴィエイラのものだ。俺を除いても、これで見解は二対一。アメリアは、依頼主とはいえ、今はパーティの一員でしかない。さすがに分が悪いと理解したようで、「ふん!」と吐き捨ててから迷宮の通路の奥へと歩き出した。
「おいおい、前衛役は俺だぜ。あんたは後ろだって」
慌ててヴィエイラが後を追い、アメリアの前に出る。俺とホンダは顔を見合わせて互いに肩をすくめ、そんな二人に続くのだった。
***
アメリアの依頼で四人パーティを組んだ俺達は、迷宮と呼ばれる通りに入り組んだ構造の「勝利の女神の塔」を探索しつつ、上の階を目指して進んでいた。
この手の迷宮攻略にはいくつかセオリーがあり、それを守ることがすなわち命を守ることになる。
たとえば、先に進む時は俺のような感覚に優れた者が、仕掛けられた罠や敵の息遣いを察知する警戒役にあたる。
まあ実際のところ、俺のテクニックを用いれば、目を閉じていようが耳を塞いでいようが、危険を見逃すことはない。ただ、それだとパーティメンバーが不安に思うので、普通にやっているふりをする必要に迫られるわけだ。
それから、いざ戦闘となれば、防御力と体力に優れた者が先頭に立ち、敵の攻撃を引きつける壁の役割を負う。
その点、ヴィエイラは非常に優れた壁役であり、しかも十二分に攻撃もこなせるという、噂に違わぬ実力者だった。
攻撃といえば、ホンダは身のこなしこそゆったりとして見えるものの、的確なタイミングで攻撃を繰り出し、相手にトドメを刺す。
アメリアもさすがの弓の腕前で、二人を見事に援護している。本国の騎士団所属なだけあって、壁役もこなせるそうだ。
この塔に入ってすでに三日が過ぎようとしているが、これまで危ない場面などまるでなく、俺達は順調な道のりを進んでいた。
そして今、俺達は三度目の野営に入るところだった。
「どうよ、この斧は! 故国の迷宮で手に入れたんだぜ。ありゃあ大変だったなぁ~」
ヴィエイラの自慢話がまた始まった。この話を聞くのは三回目。つまりこいつは、野営の度にこの話をしている。
「その剣もなかなかの業物だな! そんな細いのによく折れないもんだ。どこで手に入れた?」
いつもなら延々自分の話を続けていたヴィエイラだが、今日は珍しく、他人の得物に興味を示した。
話を振られたホンダは、正座した右足の横に置いた大太刀にそっと触れながら、呟くように答える。
「……これなるは我が一族に代々伝わりし家宝でな、銘は名工ミズノオオサカノカミ。幾代も前の先祖が、当時の主君より直々に誂えを聞き入れられ、戦の褒美として賜ったと聞く」
確かになかなかの年代物で、文字通りの伝家の宝刀のようだ。こうした刀の類は、古いほどに優れた切れ味と靭性を持つという。今では失われた太古の技術の結晶なので、なかなか再現できないのだそうだ。
「私の弓は、王国で最も優れた者を持ち主とする武具よ。ありがたく目に焼き付けておくがいいわ」
誰も聞いていないのに、勝手に説明を始めたアメリア。
わざとか知らないが、説明が一つ抜けている。俺の聞いた話じゃ、最も優れた女戦士に与えられるものだったはずだ。わざわざ混ぜっ返すのもなんなので、黙っておくが。
しかし、この流れだと俺の得物の話になるな。それはちょっと困るぞ。とりあえず、俺は素知らぬ顔で、アメリアの自慢話に耳を傾けた。
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