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「勝利の女神の塔」編

3-1.危機との遭遇

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 次の階は、これまで進んできた階とはまるで様子が違った。
 まず、階段を登りきった途端に魔物が群れをなして襲ってきた。まるで来るのを分かっていて、待ち構えていたみたいに。
 一匹一匹の強さも下の階とは桁違いで、他所では見たことのない奇怪な種族だった。
 なんとか片付けた後、経験豊富なヴィエイラが語ったところによれば、ナックラヴィーという水妖だそうだ。
 それから進んでいった先々で、首なし騎士の亡霊デュラハン、大型の鬼オーガ、残忍な小人レッドキャップといった、極めて危険な攻撃力を持つ魔物ばかりが出没した。
 とはいえ、俺はここでもやはりほぼ戦闘に参加せずだったので、消耗は俺以外の三人に積もっている。
 幸いと言うべきか罠や奇襲はほとんどなく、そこでも俺の出番はなかったため、ついにアメリアの堪忍袋の緒が切れた。

「お、お前……そろそろ、手を貸したら、どうなんだ」

 今まさにオーガとの戦闘を終え、息も絶え絶えのアメリアが俺にそう言ってきた。
 気持ちは分からんでもないが、俺にもおいそれと参加したくない理由がちゃんとあるのだ。

「これだけは言っとくが、単にサボってるわけじゃないんだ。みんなまだ余力はあるだろ、がんばってくれ」

 俺はそう言ってすげなく断るも、そう簡単に引き下がるアメリアではない。

「今さらお前の実力を疑っているわけではない。だからこそ、ちゃんと力を貸せと言っているのだ。理由があるというのなら、それを説明してみろ」

「あー、それも答えはノーだ。俺としてもなかなか難しい問題でな……いや、理由自体は簡単だ。俺が戦闘に参加すると、ここの攻略が失敗に終わる可能性がある」

 まあ、これだけ言われても何のことか分からないだろう。案の定、アメリアはなおも食ってかかってくる。

「そんな訳があるか、もっと分かるように言え! それともその剣は飾りか? そうだ、魔法は大したものかもしれないが、あんな曲芸まがいの技を見ただけでは、本当の剣技のほどは分からないものな!」

 曲芸とは、ギルドの修練場で行った最初の試験の時の話か。確かに、あれと実戦の技は違うと思うのも無理はない。
 実戦で役立つ技といえば、質実剛健で泥臭いものに限るという考えは根深いからな。

「俺は、こいつは剣の腕も相当なもんなはずだと思ってるけどな。しかし、ここで話してたってラチはあかねえ。次に魔物が出たら、ちょっとってみりゃいいんじゃねえか」

 ヴィエイラの提案に、ホンダも無言で頷いている。三対一の劣勢じゃどうしようもない。が、俺としても、少なくともこんな所で剣を抜く訳にはいかない。
 結局、俺は魔術での援護で参加するという折衷案で、納得してもらったのだった。

 ***

「ヴィエイラ、『火の力』行くぞ」

 デュラハンの群れにめがけて突進していったヴィエイラに、赤魔術をかけてやる。
 即座に効果が現れ、ヴィエイラの攻撃力は大きく跳ね上がった。その結果、凄まじいタフネスを誇る重鎧姿のデュラハンを、たった一撃で派手に吹き飛ばしている。
 続いて、ホンダが斬りかかったレッドキャップに向けて青魔術『反対呪文』を唱え、発動寸前だった魔術を阻止する。打つ手を失った上に隙だらけの姿を晒すレッドキャップは、そのままなす術なくホンダに斬り捨てられた。
 最後に残ったオーガが、破れかぶれに突撃してくる。俺は緑魔術の『迷霧』を張って迷わせることでそれを防ぎ、同時に、アメリアが引き絞った弓に黒魔術『猛毒の息』を吹きかけた。
 放たれた矢はオーガの頭に突き刺さり、即座に全身を巡った毒が、生命力の強さでならすこの魔物に速やかな死をもたらした。

「終わったな。誰も怪我してないか? 『治癒の光』をかけてやるぞ」

 そう声をかけるも、幸い誰も一人かすり傷すら負っておらず、この戦いは俺達の完全な勝利で終わった。

「いやー、楽チンだな! あれだけ抜群のタイミングでフォローしてもらえるとありがたいぜ」

「まったく、最初からこうしていればよかったものを」

「……見事」

 ヴィエイラ、アメリア、ホンダがそれぞれ労ってくる。約一名の言葉は、労いと言えるか分からないが。
 しばらく進んできたところ、この階での戦闘も無難に勝てるようになってきた。三人は俺のフォローのおかげと考えているようだが、単純にこいつらが慣れてきたのも大きい。
 特に、ヴィエイラの戦いぶりは頭一つ抜けていた。こいつの実力は冒険者ライセンス的にも今のB級、俗に一流プロフェッショナルと呼ばれるランクの範疇を超えて、その上のA級、超一流ワールドクラスのはずのアメリアを凌駕する活躍を見せている。
 さすがは、伝説級レジェンドと呼ばれるS級まで上り詰めた魔人・カルロスの"後継者"といったところか。
 ホンダもムラこそあるものの、そんなヴィエイラによくついていっている。
 これならじきに例の槍も見つかるだろうーーそんなことを考えていた俺の警戒網に、これまでにないほどの危険を訴える感覚が届いた。
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