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「勝利の女神の塔」編
6.悪の目的
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カリムは最初、まだ完全には目が覚めていなかったようで、首がフラフラしていた。
そりゃそうだ、あれだけ頭にダメージを与えてやったのだから。外傷はかすり傷程度だっだが、脳はグワングワン揺れているだろう。どっちかというと、あれだけやられて無事な方がどうかしてる。
「へい、へい! 俺が分かるか? ヴィエイラだ。目を覚ませって」
カリムの両頬を手で挟んで揺さぶりながら、ヴィエイラが呼びかける。それでやっと意識がハッキリしてきたのか、カリムの目の焦点が少し定まってきた。
「う、うるせぇ……もっと小さな声で話せ、頭がガンガンする……うおぇ」
こっちを見て肩をすくめたヴィエイラに代わって、俺から質問していくことにする。
「最初、エリックの名前を出したな。お前らはあいつの手下なのか?」
エリックの名前を出した途端、カリムの顔はスッと青ざめた。
「……くそ、あのバカマリオが。本当に余計なことを言いやがって……ああ、そうだ。己達は"悪王"のために動いている。お前らもこの塔の聖杯を手に入れに来たんだろう? 話は聞いてるぞ」
「"悪王"が今さら何をしようというのだ! 奴はもう何年も前に表舞台から消えたはずだ。答えろ!」
割り込んできたアメリアをどうどうと落ち着かせる。このじゃじゃ馬め……それから、改めて俺から順序立てて質問していく。
「俺もエリックとは因縁がある。一応聞いとくが、まだ生きてるんだな? 最後に見たのは例の討伐の時だったが、まさか戻ってきたのか?」
数年前のこと。当時、"悪王"エリックは、ギルドの長い歴史を通じてすら稀なS級ライセンス保持者として、数多いる冒険者達の頂点に君臨していた。
だが、その二つ名の通りに暴虐な感性の持ち主だった奴は、ある日ついに、口にするのもはばかられるほどの悪行に手を染めた。それで、冒険者ライセンスを剥奪の上、エリックという個人に対する討伐依頼がギルドから組まれるという、前代未聞の展開になった。
「当然、"悪王"はお前のことを特別よく覚えていらっしゃった……いやがったよ。ふん、お前に負けた俺はもう用済みにされるだろう。ならこっちだってあんな奴、知ったことか。さあ、なんでも話してやるぜ」
「さっきからの口ぶりだと、俺がここに来るのを知っていたんだな。俺を殺せと言われていたのか? それとも単に見かけたついでにーー」
「もちろん、絶対に殺せとよ! 情報はギルドから漏れていた。受付嬢を抱き込んでな。それに、俺達以外の奴も乗り込んできてる。せいぜい用心することだ」
俺が聞く前から、カリムはペラペラとよく話してくれる。こいつもよほどエリックが嫌いなんだな。まあ、好きになる奴がいるとは思えんが。
「他に何人来てる? そいつらは誰だ?」
「いや、それよりエリックの目的は何だ⁉︎ 聖杯を手に入れてどうするつもりだ!」
またも割り込んできたアメリアを落ち着かせようと、俺が振り向いた瞬間ーー
「っ! 伏せろ!」
どこかから飛んできた火球が、飛び退いた俺達の横をすり抜けて、カリムに直撃した。続いて、縛って放置していたマリオ達の体も発火する。
「ぐぅおおぉぉぉーー!?」
すぐさま青魔術で水を生み出して消火を試みるが、四人が負った火傷はかなり深く、回復には時間がかかりそうだった。
「やられたな。もう逃げられてる」
「……感じられた気配は一つだったが、二つの魔術の間隔が短かった。二人以上いたのかもしれぬ」
ヴィエイラとホンダが、それぞれ構えていた得物を下ろしながら告げた。
「しょうがない。こいつらは外に追放しておこう」
「待て、こんな奴らに貴重な魔力を使ってまで情けをかける必要などーー」
言いかけたアメリアを無視して、俺は四人を迷宮の外に送還する魔術を唱える。
外には衛兵がいるし、傷も手当てしてあるから、命は助かるだろう。
「貴様、また勝手な真似をしおって……あんな奴らを助けて何になる? そんなことに魔術を使うよりも、この先をいかに速やかに進むかが大事ではないのか!」
「その通り、これから先に進むことが大事だ。縛ったままであいつら四人を連れてくわけにはいかないし、どっちにしろこうすることだったのさ」
俺はあえて、アメリアの追及から論点をはぐらかして答えた。
アメリアもバカではない。議論に付き合う気はないという俺の意図に気付き、睨むだけ睨んでまた歩き出す。
「確かにあれはしょうがなかったさ。でもアメリアの気持ちも分かるよな。なんせ不意打ちで殺されかけたんだぜ? 戻ったら、マリオにはキツいお仕置きをしなくちゃだ」
にやっ、と俺に笑いかけて、ヴィエイラはアメリアの後に続く。ホンダもポン、と俺の肩を叩いて歩いていった。
やれやれ。大事なことはほとんど分からずじまいだったが、それは後をつけてきてる奴に聞けばいいか。
何者かがいたはずの通路の向こうを一瞥してから、俺も三人の後を追うのだった。
***
結局、四階をくまなく探しても、ホンダの目的である妖槍「気まぐれ毒蛇」は見つからなかった。その代わりと言っちゃなんだが、俺が手に入れたマリオの槍を、ホンダに渡してある。
「……ほう、レボ・マーフトか。素材の手触りと重心のバランスがよいために手足の如く操れて、時に素早く、時に重く、自在に攻撃を繰り出せるそうだ」
ホンダの評はこのようなものだった。やはり名のある槍だったか。
俺は不要なのでもらってしまえ、とホンダに言ったのだが、「これはあやつの力の源なのだろう? 帰還したならばあやつに返そう」だそうだ。律儀な奴め。
迷宮を進む間に交わしたそんなやりとりを、アメリアは怒りの表情を浮かべながら横目で見ていた。
あれから俺とは口も利かず、戦闘になっても黙って狙撃に集中している。幸い何事もなく攻略を進めてきてはいるものの、空気は最悪で、俺としても気分はよくない。調子が狂っちまう。
「そろそろ、この階の魔物にも慣れてきたな。簡単でつまんねえや、早く上に行こうぜ」
そんなギスギスした雰囲気の中、ヴィエイラはただ一人絶好調だった。余裕の軽口を叩くだけあって、明らかにめきめきと腕を上げ、次から次へと現れる魔物の集団を、ほとんど単独でぶちのめしてしまう勢いだ。
そのおかげもあって、やがて俺達は、五階へと続く階段の前まで来た。調べておいた情報によると、六階は聖杯が置いてある部屋だけらしいので、事実上次が最後の探索エリアとなる。
「これまで通り、階を上がる前のここで休憩していくか?」
「いや、すぐ先に進むぞ。何者かが我々を狙っているのだ。じっとなどしていられない」
俺の提案をアメリアが拒否する。そこには何か言葉以上の意図を感じるが、あえて何も言うまい。
「じゃ、そうするか……ん?」
「あ、あの! そこの方達、どうか待ってください!」
突然、俺達の後ろから声をかけてきたのは、背の低い女冒険者だった。正体不明の登場者に、皆が一瞬身構える。
が、その他には誰もおらず、わざわざ声をかけたのだから奇襲も考えにくい。
いったい何者かと訝しんでいるとーー
「ホマレ? ホマレじゃないか! あなたも来ていたのか!」
そう声を上げたのはアメリアで、これまでの不機嫌さが嘘のように満面の笑みで相手を見ている。
こいつ、こんな顔もするのか……さすがにこれだけの美人だけあって、笑うとすごいな……
それはさておき、女冒険者の方もアメリアに負けないほどの笑顔を見せ、それから軽やかに走り寄ってきてアメリアに抱きつく。
近くで見ると、こちらもなかなか整った顔立ちだ。ピンと立った耳とブンブン振っている尻尾からして、犬の獣人か。
「アメリア? アメリアなの⁉︎ すごい、会えて嬉しい!」
「こっちこそだ! まさかこんな所で再会できるとは! 神の思し召しだな、素晴らしい……!」
二人は一体どういう関係なのか? 男三人は完全に置いてけぼりのまま、美女と美少女はしばらく、再会の喜びを分かち合うのだった。
そりゃそうだ、あれだけ頭にダメージを与えてやったのだから。外傷はかすり傷程度だっだが、脳はグワングワン揺れているだろう。どっちかというと、あれだけやられて無事な方がどうかしてる。
「へい、へい! 俺が分かるか? ヴィエイラだ。目を覚ませって」
カリムの両頬を手で挟んで揺さぶりながら、ヴィエイラが呼びかける。それでやっと意識がハッキリしてきたのか、カリムの目の焦点が少し定まってきた。
「う、うるせぇ……もっと小さな声で話せ、頭がガンガンする……うおぇ」
こっちを見て肩をすくめたヴィエイラに代わって、俺から質問していくことにする。
「最初、エリックの名前を出したな。お前らはあいつの手下なのか?」
エリックの名前を出した途端、カリムの顔はスッと青ざめた。
「……くそ、あのバカマリオが。本当に余計なことを言いやがって……ああ、そうだ。己達は"悪王"のために動いている。お前らもこの塔の聖杯を手に入れに来たんだろう? 話は聞いてるぞ」
「"悪王"が今さら何をしようというのだ! 奴はもう何年も前に表舞台から消えたはずだ。答えろ!」
割り込んできたアメリアをどうどうと落ち着かせる。このじゃじゃ馬め……それから、改めて俺から順序立てて質問していく。
「俺もエリックとは因縁がある。一応聞いとくが、まだ生きてるんだな? 最後に見たのは例の討伐の時だったが、まさか戻ってきたのか?」
数年前のこと。当時、"悪王"エリックは、ギルドの長い歴史を通じてすら稀なS級ライセンス保持者として、数多いる冒険者達の頂点に君臨していた。
だが、その二つ名の通りに暴虐な感性の持ち主だった奴は、ある日ついに、口にするのもはばかられるほどの悪行に手を染めた。それで、冒険者ライセンスを剥奪の上、エリックという個人に対する討伐依頼がギルドから組まれるという、前代未聞の展開になった。
「当然、"悪王"はお前のことを特別よく覚えていらっしゃった……いやがったよ。ふん、お前に負けた俺はもう用済みにされるだろう。ならこっちだってあんな奴、知ったことか。さあ、なんでも話してやるぜ」
「さっきからの口ぶりだと、俺がここに来るのを知っていたんだな。俺を殺せと言われていたのか? それとも単に見かけたついでにーー」
「もちろん、絶対に殺せとよ! 情報はギルドから漏れていた。受付嬢を抱き込んでな。それに、俺達以外の奴も乗り込んできてる。せいぜい用心することだ」
俺が聞く前から、カリムはペラペラとよく話してくれる。こいつもよほどエリックが嫌いなんだな。まあ、好きになる奴がいるとは思えんが。
「他に何人来てる? そいつらは誰だ?」
「いや、それよりエリックの目的は何だ⁉︎ 聖杯を手に入れてどうするつもりだ!」
またも割り込んできたアメリアを落ち着かせようと、俺が振り向いた瞬間ーー
「っ! 伏せろ!」
どこかから飛んできた火球が、飛び退いた俺達の横をすり抜けて、カリムに直撃した。続いて、縛って放置していたマリオ達の体も発火する。
「ぐぅおおぉぉぉーー!?」
すぐさま青魔術で水を生み出して消火を試みるが、四人が負った火傷はかなり深く、回復には時間がかかりそうだった。
「やられたな。もう逃げられてる」
「……感じられた気配は一つだったが、二つの魔術の間隔が短かった。二人以上いたのかもしれぬ」
ヴィエイラとホンダが、それぞれ構えていた得物を下ろしながら告げた。
「しょうがない。こいつらは外に追放しておこう」
「待て、こんな奴らに貴重な魔力を使ってまで情けをかける必要などーー」
言いかけたアメリアを無視して、俺は四人を迷宮の外に送還する魔術を唱える。
外には衛兵がいるし、傷も手当てしてあるから、命は助かるだろう。
「貴様、また勝手な真似をしおって……あんな奴らを助けて何になる? そんなことに魔術を使うよりも、この先をいかに速やかに進むかが大事ではないのか!」
「その通り、これから先に進むことが大事だ。縛ったままであいつら四人を連れてくわけにはいかないし、どっちにしろこうすることだったのさ」
俺はあえて、アメリアの追及から論点をはぐらかして答えた。
アメリアもバカではない。議論に付き合う気はないという俺の意図に気付き、睨むだけ睨んでまた歩き出す。
「確かにあれはしょうがなかったさ。でもアメリアの気持ちも分かるよな。なんせ不意打ちで殺されかけたんだぜ? 戻ったら、マリオにはキツいお仕置きをしなくちゃだ」
にやっ、と俺に笑いかけて、ヴィエイラはアメリアの後に続く。ホンダもポン、と俺の肩を叩いて歩いていった。
やれやれ。大事なことはほとんど分からずじまいだったが、それは後をつけてきてる奴に聞けばいいか。
何者かがいたはずの通路の向こうを一瞥してから、俺も三人の後を追うのだった。
***
結局、四階をくまなく探しても、ホンダの目的である妖槍「気まぐれ毒蛇」は見つからなかった。その代わりと言っちゃなんだが、俺が手に入れたマリオの槍を、ホンダに渡してある。
「……ほう、レボ・マーフトか。素材の手触りと重心のバランスがよいために手足の如く操れて、時に素早く、時に重く、自在に攻撃を繰り出せるそうだ」
ホンダの評はこのようなものだった。やはり名のある槍だったか。
俺は不要なのでもらってしまえ、とホンダに言ったのだが、「これはあやつの力の源なのだろう? 帰還したならばあやつに返そう」だそうだ。律儀な奴め。
迷宮を進む間に交わしたそんなやりとりを、アメリアは怒りの表情を浮かべながら横目で見ていた。
あれから俺とは口も利かず、戦闘になっても黙って狙撃に集中している。幸い何事もなく攻略を進めてきてはいるものの、空気は最悪で、俺としても気分はよくない。調子が狂っちまう。
「そろそろ、この階の魔物にも慣れてきたな。簡単でつまんねえや、早く上に行こうぜ」
そんなギスギスした雰囲気の中、ヴィエイラはただ一人絶好調だった。余裕の軽口を叩くだけあって、明らかにめきめきと腕を上げ、次から次へと現れる魔物の集団を、ほとんど単独でぶちのめしてしまう勢いだ。
そのおかげもあって、やがて俺達は、五階へと続く階段の前まで来た。調べておいた情報によると、六階は聖杯が置いてある部屋だけらしいので、事実上次が最後の探索エリアとなる。
「これまで通り、階を上がる前のここで休憩していくか?」
「いや、すぐ先に進むぞ。何者かが我々を狙っているのだ。じっとなどしていられない」
俺の提案をアメリアが拒否する。そこには何か言葉以上の意図を感じるが、あえて何も言うまい。
「じゃ、そうするか……ん?」
「あ、あの! そこの方達、どうか待ってください!」
突然、俺達の後ろから声をかけてきたのは、背の低い女冒険者だった。正体不明の登場者に、皆が一瞬身構える。
が、その他には誰もおらず、わざわざ声をかけたのだから奇襲も考えにくい。
いったい何者かと訝しんでいるとーー
「ホマレ? ホマレじゃないか! あなたも来ていたのか!」
そう声を上げたのはアメリアで、これまでの不機嫌さが嘘のように満面の笑みで相手を見ている。
こいつ、こんな顔もするのか……さすがにこれだけの美人だけあって、笑うとすごいな……
それはさておき、女冒険者の方もアメリアに負けないほどの笑顔を見せ、それから軽やかに走り寄ってきてアメリアに抱きつく。
近くで見ると、こちらもなかなか整った顔立ちだ。ピンと立った耳とブンブン振っている尻尾からして、犬の獣人か。
「アメリア? アメリアなの⁉︎ すごい、会えて嬉しい!」
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