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~神聖ザカルデウィス帝国 旅禍篇~
~神聖ザカルデウィス帝国後編~ 錯綜
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エアラルテ・ミッテ・フェノッサ……この男は神聖ザカルデウィス帝国の頭脳である。あらゆる状況に置かれても万里を見通す眼を持っており、万の軍勢を手足のように動かし、全てを覆してくる。それがエアラルテである。しかし、そのエアラルテは元帥ギルバートの執政には反対していた。そればかりかクーデターを起こし、革命を成功させ、そして自分が元帥の地位に就き、神聖ザカルデウィス帝国を再度支配して、執政を行うのが目標であった。武力に偏った時代よりも知力による整った時代を、そして神聖ザカルデウィス帝国の真の平和を、またコル・カロリの世界の統一を考えていた。元帥ギルバートでは神聖ザカルデウィス帝国を、世界の統一などできない。そう考えていた。しかし、そんなエアラルテも武人であった。史上最年少での将軍の地位に授かった男の複雑な精神は、誰が見ても天才たる所以だと思ったであろう。それは間違いない、しかし、この男はガトランのような優しさを持っていなかった。ガトランの人間臭さの一切を廃したような男、それがエアラルテであった。それをよく知るゲンドラシルは、この危険な思想を持つエアラルテを必ず止めなければいけないと考えていた。それは確かであった。ソーンがエアラルテを支持するのは最悪な出来事だが、このまま三つ巴の戦いになれば、インペリウス大陸は崩壊してしまう。しかし、これは止めようのない宿命であった。アイゼンが解放された。それも込みで、四人はミカエラで話していた。このままアイゼンが動けば、反乱分子の粛清に乗り出すであろう。そうなれば、この光都エリュシオンに死の連鎖が起こる。そうなった場合、徐々にではあるが、神聖ザカルデウィス帝国の均衡が崩れていく。まずは反乱分子を支持する政治家たちの粛清、近親者の虐殺が始まる。四人は一旦解散し、それぞれの血が流れないように動く事となった。どうすればいいのか、ゼイフォゾンとアルティスはとにかく宿を探した。ミカエラを本拠地として、動きやすいように小さな拠点を見つける必要があった。ミカエラの前身である戦艦を奪取した時に使っていた宿は光都エリュシオンの内部でも外れにあるような宿だったので使えない。なので、中央にある広い宿を探す必要があった。ゲンドラシルは自分の兵を使って、粛清に乗り出した者たちの監視を続けていた。カオウスは粛清に参加する者たちを逆に粛清するべく動いていた。元帥ギルバートは分かっていてこちらを泳がせていた。それは好機である。油断している今のうちが一番動きやすいのだ。なので、四人はそれぞれ自由意志で動いていた。一番恐ろしいのは、エアラルテがどう動くかである。もしかしたらクーデターを行うのは今日かも知れないし、明日かも知れない。
この先、どう情勢が動くか、それは誰にも読めなかった。ゼイフォゾンとアルティスは宿を見つけた。その宿は一つの城のような外観を持った建物で、巨大であった。その建物に入ろうとしたら、その宿の店員が出てきた。その店員は先ほどの服屋の人間のように綺麗でゼイフォゾンとアルティスの持っていた荷物をそっと持った。そして宿の中へと入り、案内を始めた。かなり広く、豪華な造りだった。宿というよりは、別の何かにしか見えない。この宿の事を神聖ザカルデウィス帝国ではホテルというらしい。ホテル…聞きなれない言葉である。素晴らしい部屋の数々、ロビーと呼ばれる場所から、ラウンジと呼ばれる場所、隅々まで凝った内観をしている。凄まじい建築費だったであろう。それも立地もいい。神聖ザカルデウィス帝国の中央に位置するだけあって、景色も良かった。この辺りだと一番いいホテルらしい。二人は案内されるがまま部屋に入った。その部屋の広さはゼイフォゾンの部屋に匹敵するレベルで、拠点として使うには丁度良い。店員が荷物を置いて、部屋から出ていった。サービスがとにかくいい、それだけではない、この神聖ザカルデウィス帝国の店は、光都エリュシオンの店の店員のサービスはどれも完璧である。行き届いているのである。裏を返せば機械的とも言えた。しかし、二人の恰好は神聖ザカルデウィス帝国上流階級のそれと同化していたので、光都エリュシオンの人間も信用していた。二人は大人しくしている暇はなかった。神聖ザカルデウィス帝国の地図を広げて、今後の行動を話し合った。もしかしたら、この足の付く方法で行動しているから、元帥ギルバートは自分たちを泳がせているのかも知れない。あえて自分に付け入る隙を与えているのだとしたら、不可解である。ゼイフォゾンはアルティスにもう一度訊いた。元帥ギルバートと戦った時の話を。しかし、アルティスの口からは武を極めた一人の男という答えしか出てこなかった。おおよそ謀略を張り巡らすような男ではない気がする…そういう答えである。アイゼンが元帥ギルバートの力に仕えているのならば、何故、反乱分子の粛清に乗り出すのであろうか。それだけが疑問であった。この静かな戦争はいったい誰が仕組んでいるのだろうか。アイゼンが解放されたのにも関わらず、動きは全くと言ってもいいほど皆無である。目立った事をしない代わりに、何をしているのか。まったく読めない。二人は袋小路に入った。何もかもが分からない、それも不明瞭な部分しか洗い出せない。
そうしているうちに、二人のいる部屋にカオウスがやってきた。カオウスは冷や汗をかいていたようで、落ち着かない様子であった。何があったのだろうか。詳しく訊く必要があった。
「ゲンドラシルが、狂っている……あの男が仕組んでいた。元帥ギルバートとアイゼンはゲンドラシルの言葉に乗っている!僕たちの状況を逐一伝えて、スパイだったんだ。僕たちは皆騙されていた。それも反乱分子の粛清に乗り出した者は皆、ゲンドラシルの命令で動く私兵だった。僕はそれの粛清に努めていたが、これではっきりと分かった。エアラルテを殺したがっているのは、元帥ギルバートとアイゼンでもない。ゲンドラシルだ!」
「だとすれば……我々はいい道具だったわけか。最初に接触してきたのはその為で、この国を分裂させようとしていたのは、そうしようとしていたのは初めからゲンドラシルだったのか。ならば辻褄が合う。元帥ギルバートとアイゼンが動いているというよりは他に誰かいないと成り立たないのだ。今、この状況に説明がつかない。そうか、ゲンドラシルが連絡役を担っていたわけか。恐ろしい力を持った男だとは思っていたが、まさかここまで頭が回るとは思わなかった」
「あいつの神聖ザカルデウィス帝国を憂う気持ちは本物だ。それも保守的ときている。この牙城を崩すのは難しいぜ。どうすればいいのかはゼイフォゾン、お前に任せる。俺とカオウスはそれに従おうじゃねえか」
「僕にはゲンドラシルの思いが分からない。平穏を誰よりも求めているはずの男だと思っていたのに、こんな事になるとは、僕にも分からなかった。エアラルテを殺したいのは分かる。いつ動き出すか分からない急進派を抱えるのは、僕がこの国の君主だったら嫌がる。それは痛いほど分かる。でもゲンドラシルがここまで過激な行動に走るのは何か別の理由があると考えたい。あれほどの男だ、元帥ギルバートとアイゼンの相談役まで任せられる男だ。きっと友情があるからだと考えたい。けど……」
「それ以上は邪推となる。止そう……とにかくゲンドラシルの真の目的を探りたい。もう我々の行動は読まれていると考えていい。下手な真似をすると間違いなくこちらが壊滅的な打撃を受ける。どうにかして両陣営の動きを知りたいのだが……」
「あら……お困りのようね。まさか今になってゲンドラシルの本当の動きを知るなんて。貴方たち、何を見ていたのかしら?」
「ソーン・ロックハンス、我々に何の用だ」
「何の用って、私、エアラルテとゲンドラシルの本当の目的を知らせに来たのだけれど?」
「本当の目的?」
「あの二人は協力関係にあるの。エアラルテとゲンドラシルはね……政敵を抹殺する粛清行為はエアラルテとゲンドラシルの話し合いによるもので、まるで演技のように人を殺していくわ。それだけじゃない、エアラルテの話に乗ったのはゲンドラシルの意志によるものじゃないの。ゲンドラシルは一度エアラルテに捕虜にされてね、洗脳状態にあるのよ。それも相当強力な洗脳よ、従わなければ家族を皆殺しにされる事を叩き込まれて、どうしようもないの。それでも貴方たちに接触を図ったのは、彼の精神が相当強いからなんでしょうね、だから助けて欲しい一心で接触してきたのよ。エアラルテは狡猾よ、今、洗脳状態が弱まっているから、再度洗脳している状態ね。洗脳は魔力由来のものだから、やり方によっては解除できるけど、大変よ。エアラルテは私を洗脳する事なく動かしている様子だけど、生憎、革命に乗るだけの精神は持ち合わせていないもの。私は二重スパイをここら辺でやめようかと思うのよ。エアラルテは動くわ……それも明日よ。ダイレーデンの山脈で陣営を整えて、光都エリュシオンの無血降伏を求める気よ。ゲンドラシルもそれに参加するでしょうね、それも相当数の戦力になるわ。そうなれば、当然元帥ギルバートとアイゼンの軍はダイレーデンに向って戦うと思う。そうなったら、インペリウス大陸で最大の内乱が起こるのは間違いないはずよ」
「皇帝は?ザカルデウィス皇帝は何をしている?」
「皇帝陛下は多分、偶像みたいなものよ。そこにいて、そこにいない。元帥ギルバートしかその実態を知らない。当然だけど、国民もザカルデウィス皇帝を見た事がない。もしかしたら、もういなくなって久しいのが皇帝陛下なのかも知れないわね」
「僕もそう思っている。神聖ザカルデウィス帝国はこのコル・カロリの世界で最大の領土と最古の歴史を持っている。そう考えれば、神聖ザカルデウィス帝国は人ではなかったのかも知れないが、もう実体はないんじゃないかな」
「なるほどな。ソーン・ロックハンス、お前の情報をどう信用すればよいか?」
「この傷が証明、エアラルテに付けられた傷よ。さっき脱出する時に付けられたの、エクスキューショナーの全員を避難させたいのだけれど、どこにするかまだ決まっていなくてね。私、旗艦型の戦艦を与えられていないの。どこかいい場所はないかしら?」
「だったらミカエラがあるぜ。人数次第だが、拠点には最適だろう。いいぜ、俺が案内してやろう。規模にして何人だ?」
「このザカルデウィスに住むエクスキューショナーの総数はざっと五百ね。あとの団員は世界各地に散らばっているから、頭数に数えなくていいわ」
「五百か……いいだろう。居住区を使えば確実に入る人数だ。じゃ、ついてきな」
アルティスはソーンを連れて部屋を出ていった。ソーンがこちら側とエアラルテ側の二重スパイだった事に驚愕しつつも、ゲンドラシルの洗脳を解ければ、この状況を打開する鍵になるのではないか。ゼイフォゾンはそう考えた。そう、ガトランの要領である。あのゲンドラシルという男は、武力だけで言えばガトラン以上である事は明白であった。あの巨竜を見れば分かる、あの男の力は想像を絶する。それをエアラルテによって制御されているのであれば、何とかなるかも知れない。ゲンドラシルが自分の意志でエアラルテに従っているなら、その力を抑えるのに苦労するだろう。しかし、そうはならないように洗脳しているのであれば、付け入る隙がある。その隙を逃さないように、行動せねばなるまい。明日、戦争が起こる。それもダイレーデンの山脈で。その周辺には村などない事が幸いだった。クセルクセスの砂漠に近く、ひどく乾燥した場所なので視界もいい。戦争するには丁度いいのかも知れないが、戦争は戦争である。起こしていいものではない。しかし、インペリウス大陸最大の内乱は起こるべくして起こる。間違いなく、ミカエラが必要になる。そんな事は国民にとって寝耳に水だろう。インペリウス大陸で戦争するなんて事は知らない。そもそも関係ないのだ。ゼイフォゾンは心を痛めていた。まさかこの世界を平たくする為にこの神聖ザカルデウィス帝国に来たのに、まさか戦争する事になろうとは思わなかった。戦いがなくては、人は生きていけないのか。どうしても戦わなくてはいけないのか。ゼイフォゾンは考えた。復讐のためにここに来たわけではないのに、どうしてこんな事になってしまったのか。自分たちはただの旅禍のはずだ。争いを起こしに来たわけではないのである。しかし、嘆いている暇などない。恐らく、この状況は起こるべくして起こったのだ。後はどうすればいいのかは、自分たちの行動にかかっている。とにかく、ゼイフォゾンはカオウスと話し合った。
ゲンドラシルの洗脳を解く鍵である神剣エデンズフューリーの存在を伝え、その力を遺憾なく発揮できる状況を作らねばなるまい。それだけではない、ダイレーデンの山脈は限りなく荒野である。山々は草も生えていないほど乾き切っている。その規模は大きく、流石はインペリウス大陸唯一の山脈である。その場所で戦うのだ。それも戦艦と魔導巨神も総動員しての戦争となるであろう。五大竜騎士団が分裂して争うのはこれが初めてであろう。その戦場には元帥ギルバートもいる。軍略の読み合いというよりは、真正面からの激突となるであろう。それを止める者などどこにもいない、戦わなければ死ぬだけである。こういう時に帝王ゴーデリウス一世がいてくれれば良かったのだが、頼みの予見もない。この神聖ザカルデウィス帝国の内乱が終わったら、どちらにせよ皇国レミアムに一旦帰還しなくてはいけない。それは間違いなかった。この戦争を終わらせる鍵は、ゲンドラシルであろう。彼の力は想像を絶する、それを自分の軍にどれだけ取り込めるかである。元帥ギルバートとアイゼンの軍勢は特に強力であろう。カオウスの黒竜騎士団は神聖ザカルデウィス帝国最強を誇る軍勢だが、まだ足りない。ソーンのエクスキューショナーがどう動くかも分からない。不確定要素の強い部隊になるであろう。この神聖ザカルデウィス帝国の技術を結集した部隊を率いるのは、ゼイフォゾンとアルティスにとって初めての事だった。ゼイフォゾンにとっては空中戦は初めてではなかったが、アルティスにとってはまるで素人同然であった。それを言えばゼイフォゾンも素人のようなものであった。しかし、エアラルテの軍略は神聖ザカルデウィス帝国の頭脳と言われるほど強力なものであるという。どんな手を使ってくるか分からない。とにかく、ゼイフォゾンはミカエラで陣頭指揮を執らねばならない。何故なら、こちら側の戦力の総大将はゼイフォゾンなのだから。アルティスとカオウス、ソーンは彼の言う事を聞く事になっていた。
無窮の鬼神アルティス・ジ・オード、超王カオウス・オデュッセス・オーファン、閉ざす者ソーン・ロックハンス。この陣営は確かに強力であったが、それ以上に元帥ギルバートとアイゼンの陣営は強力である事は分かっていた。何故なら、元帥ギルバートの使役する竜は覇界全土を支配する大帝エクスマギアクレア。全ての竜王を支配し、頂点を極める力を有しているという。アイゼンの使役する聖竜王ズフタフも凄まじい力を持っている。それは皇国レミアムに侵攻してきた時に感じた。エアラルテの陣営も油断ならなかった。エアラルテの使役する竜王は、煌竜王アスカロン。全ての移動が光速となり、そのスピードを捉えられる生物は存在しないという。そしてゲンドラシルの灼竜王ダーインスレイヴ。速攻に優れる部隊を指揮する事は間違いないだろう。それを全て受け止める覚悟でいないといけない。いずれにせよ、楽な戦いにはならない。ゼイフォゾンはミカエラで一点集中突破を仕掛ける気でいた。両陣営が消耗しているうちに、ゲンドラシルのもとに何としても辿り着き、洗脳を解かなくてはいけない。覇界最強の大帝エクスマギアクレアの力は、おそらくアルティスに戦わせる事になるであろう。アイゼンはソーンが、エアラルテにはカオウスである。均衡を崩すには適材適所に軍を派遣する必要があった。ゼイフォゾンとアルティスはイレギュラーであった。二人に与えられた部隊は少ない。なので、逆を返せば動きやすい事の証左であった。ミカエラの機動力を最大限活用すればこその軍略であった。難しい戦いになるが、やるしかなかった。ゼイフォゾンとカオウスは、話を終えるとミカエラに向かった。カオウスは難しい表情をしていた。それもそうだ、この戦いは国民が最も望まなかった戦いである。いつも平穏を享受している者たちからすれば、全く関係のない話である。力を持った者たちのエゴによって引き起こされているのである。戦争に狂って戦争するのではない、互いに平和を求めるからこそぶつかるのだ。悲しい事に戦争という手段でしか解決しない。なまじ強大な武力を持つが故に、そうしなければならない真実を前にして、カオウスは苦慮していた。この戦争は正しさと正しさの激突である。国民を、国を、大陸を想うからこその激突である。ゼイフォゾンはそんなカオウスの哀しみを汲み取った。そして、前を向いた。確かにこの戦争は悲しいが、それに見合った大きなものを、神聖ザカルデウィス帝国は得るかも知れない。そう思う事にした。そうでもしなければ、正気を保てるものではない。自分はコル・カロリの世界を一つにしなければいけないのだから。そういう使命が、運命があるのだから。
「アルティス、ソーンとエクスキューショナーの案内は終わったのか?」
「ミカエラの見学会は終わったよ。それに、エクスキューショナーの人間は覚えがいいな。一部の人間がクルーになってくれるようだ。このミカエラはほとんどが自動化されているが、索敵から砲撃まではやはり人の手が必要だって言ったら、やってくれるってよ。これで次の戦いも楽になるだろうな。とにかく、明日の戦いがどこまで続くかは分からないが、それが終わったらレミアムに戻るんだろ?」
「そうなる……このミカエラの改修を頼みたくてな。アルティス、元帥ギルバートの戦いに臨むなら、大帝エクスマギアクレアの大鱗と外皮を取ってきて欲しい。できればだが。私はこのミカエラを本当の箱舟にしたい。無敵の箱舟にな。そうしなければ、これから先の旅では生き残れないであろう。帝王ゴーデリウス一世にこの神聖ザカルデウィス帝国で起こった出来事を伝えたいのもある。アルティス、だが無理はするなよ。私の頼みなど忘れてもいい。生き残る事だけ考えて動くんだ」
「分かってるよ。心配しなくていい。俺は武の頂点を極める不敗の男だぜ?何とかしてやるよ。その大帝エクスマギアクレアがどれほどの力を持っているかは知らないがな」
決戦の日は近かった。この戦いが更なる苦しみを与えるのか、それとも新たなる未来を創造するきっかけとなるのか。それは全て、明日になれば分かる事であった。
この先、どう情勢が動くか、それは誰にも読めなかった。ゼイフォゾンとアルティスは宿を見つけた。その宿は一つの城のような外観を持った建物で、巨大であった。その建物に入ろうとしたら、その宿の店員が出てきた。その店員は先ほどの服屋の人間のように綺麗でゼイフォゾンとアルティスの持っていた荷物をそっと持った。そして宿の中へと入り、案内を始めた。かなり広く、豪華な造りだった。宿というよりは、別の何かにしか見えない。この宿の事を神聖ザカルデウィス帝国ではホテルというらしい。ホテル…聞きなれない言葉である。素晴らしい部屋の数々、ロビーと呼ばれる場所から、ラウンジと呼ばれる場所、隅々まで凝った内観をしている。凄まじい建築費だったであろう。それも立地もいい。神聖ザカルデウィス帝国の中央に位置するだけあって、景色も良かった。この辺りだと一番いいホテルらしい。二人は案内されるがまま部屋に入った。その部屋の広さはゼイフォゾンの部屋に匹敵するレベルで、拠点として使うには丁度良い。店員が荷物を置いて、部屋から出ていった。サービスがとにかくいい、それだけではない、この神聖ザカルデウィス帝国の店は、光都エリュシオンの店の店員のサービスはどれも完璧である。行き届いているのである。裏を返せば機械的とも言えた。しかし、二人の恰好は神聖ザカルデウィス帝国上流階級のそれと同化していたので、光都エリュシオンの人間も信用していた。二人は大人しくしている暇はなかった。神聖ザカルデウィス帝国の地図を広げて、今後の行動を話し合った。もしかしたら、この足の付く方法で行動しているから、元帥ギルバートは自分たちを泳がせているのかも知れない。あえて自分に付け入る隙を与えているのだとしたら、不可解である。ゼイフォゾンはアルティスにもう一度訊いた。元帥ギルバートと戦った時の話を。しかし、アルティスの口からは武を極めた一人の男という答えしか出てこなかった。おおよそ謀略を張り巡らすような男ではない気がする…そういう答えである。アイゼンが元帥ギルバートの力に仕えているのならば、何故、反乱分子の粛清に乗り出すのであろうか。それだけが疑問であった。この静かな戦争はいったい誰が仕組んでいるのだろうか。アイゼンが解放されたのにも関わらず、動きは全くと言ってもいいほど皆無である。目立った事をしない代わりに、何をしているのか。まったく読めない。二人は袋小路に入った。何もかもが分からない、それも不明瞭な部分しか洗い出せない。
そうしているうちに、二人のいる部屋にカオウスがやってきた。カオウスは冷や汗をかいていたようで、落ち着かない様子であった。何があったのだろうか。詳しく訊く必要があった。
「ゲンドラシルが、狂っている……あの男が仕組んでいた。元帥ギルバートとアイゼンはゲンドラシルの言葉に乗っている!僕たちの状況を逐一伝えて、スパイだったんだ。僕たちは皆騙されていた。それも反乱分子の粛清に乗り出した者は皆、ゲンドラシルの命令で動く私兵だった。僕はそれの粛清に努めていたが、これではっきりと分かった。エアラルテを殺したがっているのは、元帥ギルバートとアイゼンでもない。ゲンドラシルだ!」
「だとすれば……我々はいい道具だったわけか。最初に接触してきたのはその為で、この国を分裂させようとしていたのは、そうしようとしていたのは初めからゲンドラシルだったのか。ならば辻褄が合う。元帥ギルバートとアイゼンが動いているというよりは他に誰かいないと成り立たないのだ。今、この状況に説明がつかない。そうか、ゲンドラシルが連絡役を担っていたわけか。恐ろしい力を持った男だとは思っていたが、まさかここまで頭が回るとは思わなかった」
「あいつの神聖ザカルデウィス帝国を憂う気持ちは本物だ。それも保守的ときている。この牙城を崩すのは難しいぜ。どうすればいいのかはゼイフォゾン、お前に任せる。俺とカオウスはそれに従おうじゃねえか」
「僕にはゲンドラシルの思いが分からない。平穏を誰よりも求めているはずの男だと思っていたのに、こんな事になるとは、僕にも分からなかった。エアラルテを殺したいのは分かる。いつ動き出すか分からない急進派を抱えるのは、僕がこの国の君主だったら嫌がる。それは痛いほど分かる。でもゲンドラシルがここまで過激な行動に走るのは何か別の理由があると考えたい。あれほどの男だ、元帥ギルバートとアイゼンの相談役まで任せられる男だ。きっと友情があるからだと考えたい。けど……」
「それ以上は邪推となる。止そう……とにかくゲンドラシルの真の目的を探りたい。もう我々の行動は読まれていると考えていい。下手な真似をすると間違いなくこちらが壊滅的な打撃を受ける。どうにかして両陣営の動きを知りたいのだが……」
「あら……お困りのようね。まさか今になってゲンドラシルの本当の動きを知るなんて。貴方たち、何を見ていたのかしら?」
「ソーン・ロックハンス、我々に何の用だ」
「何の用って、私、エアラルテとゲンドラシルの本当の目的を知らせに来たのだけれど?」
「本当の目的?」
「あの二人は協力関係にあるの。エアラルテとゲンドラシルはね……政敵を抹殺する粛清行為はエアラルテとゲンドラシルの話し合いによるもので、まるで演技のように人を殺していくわ。それだけじゃない、エアラルテの話に乗ったのはゲンドラシルの意志によるものじゃないの。ゲンドラシルは一度エアラルテに捕虜にされてね、洗脳状態にあるのよ。それも相当強力な洗脳よ、従わなければ家族を皆殺しにされる事を叩き込まれて、どうしようもないの。それでも貴方たちに接触を図ったのは、彼の精神が相当強いからなんでしょうね、だから助けて欲しい一心で接触してきたのよ。エアラルテは狡猾よ、今、洗脳状態が弱まっているから、再度洗脳している状態ね。洗脳は魔力由来のものだから、やり方によっては解除できるけど、大変よ。エアラルテは私を洗脳する事なく動かしている様子だけど、生憎、革命に乗るだけの精神は持ち合わせていないもの。私は二重スパイをここら辺でやめようかと思うのよ。エアラルテは動くわ……それも明日よ。ダイレーデンの山脈で陣営を整えて、光都エリュシオンの無血降伏を求める気よ。ゲンドラシルもそれに参加するでしょうね、それも相当数の戦力になるわ。そうなれば、当然元帥ギルバートとアイゼンの軍はダイレーデンに向って戦うと思う。そうなったら、インペリウス大陸で最大の内乱が起こるのは間違いないはずよ」
「皇帝は?ザカルデウィス皇帝は何をしている?」
「皇帝陛下は多分、偶像みたいなものよ。そこにいて、そこにいない。元帥ギルバートしかその実態を知らない。当然だけど、国民もザカルデウィス皇帝を見た事がない。もしかしたら、もういなくなって久しいのが皇帝陛下なのかも知れないわね」
「僕もそう思っている。神聖ザカルデウィス帝国はこのコル・カロリの世界で最大の領土と最古の歴史を持っている。そう考えれば、神聖ザカルデウィス帝国は人ではなかったのかも知れないが、もう実体はないんじゃないかな」
「なるほどな。ソーン・ロックハンス、お前の情報をどう信用すればよいか?」
「この傷が証明、エアラルテに付けられた傷よ。さっき脱出する時に付けられたの、エクスキューショナーの全員を避難させたいのだけれど、どこにするかまだ決まっていなくてね。私、旗艦型の戦艦を与えられていないの。どこかいい場所はないかしら?」
「だったらミカエラがあるぜ。人数次第だが、拠点には最適だろう。いいぜ、俺が案内してやろう。規模にして何人だ?」
「このザカルデウィスに住むエクスキューショナーの総数はざっと五百ね。あとの団員は世界各地に散らばっているから、頭数に数えなくていいわ」
「五百か……いいだろう。居住区を使えば確実に入る人数だ。じゃ、ついてきな」
アルティスはソーンを連れて部屋を出ていった。ソーンがこちら側とエアラルテ側の二重スパイだった事に驚愕しつつも、ゲンドラシルの洗脳を解ければ、この状況を打開する鍵になるのではないか。ゼイフォゾンはそう考えた。そう、ガトランの要領である。あのゲンドラシルという男は、武力だけで言えばガトラン以上である事は明白であった。あの巨竜を見れば分かる、あの男の力は想像を絶する。それをエアラルテによって制御されているのであれば、何とかなるかも知れない。ゲンドラシルが自分の意志でエアラルテに従っているなら、その力を抑えるのに苦労するだろう。しかし、そうはならないように洗脳しているのであれば、付け入る隙がある。その隙を逃さないように、行動せねばなるまい。明日、戦争が起こる。それもダイレーデンの山脈で。その周辺には村などない事が幸いだった。クセルクセスの砂漠に近く、ひどく乾燥した場所なので視界もいい。戦争するには丁度いいのかも知れないが、戦争は戦争である。起こしていいものではない。しかし、インペリウス大陸最大の内乱は起こるべくして起こる。間違いなく、ミカエラが必要になる。そんな事は国民にとって寝耳に水だろう。インペリウス大陸で戦争するなんて事は知らない。そもそも関係ないのだ。ゼイフォゾンは心を痛めていた。まさかこの世界を平たくする為にこの神聖ザカルデウィス帝国に来たのに、まさか戦争する事になろうとは思わなかった。戦いがなくては、人は生きていけないのか。どうしても戦わなくてはいけないのか。ゼイフォゾンは考えた。復讐のためにここに来たわけではないのに、どうしてこんな事になってしまったのか。自分たちはただの旅禍のはずだ。争いを起こしに来たわけではないのである。しかし、嘆いている暇などない。恐らく、この状況は起こるべくして起こったのだ。後はどうすればいいのかは、自分たちの行動にかかっている。とにかく、ゼイフォゾンはカオウスと話し合った。
ゲンドラシルの洗脳を解く鍵である神剣エデンズフューリーの存在を伝え、その力を遺憾なく発揮できる状況を作らねばなるまい。それだけではない、ダイレーデンの山脈は限りなく荒野である。山々は草も生えていないほど乾き切っている。その規模は大きく、流石はインペリウス大陸唯一の山脈である。その場所で戦うのだ。それも戦艦と魔導巨神も総動員しての戦争となるであろう。五大竜騎士団が分裂して争うのはこれが初めてであろう。その戦場には元帥ギルバートもいる。軍略の読み合いというよりは、真正面からの激突となるであろう。それを止める者などどこにもいない、戦わなければ死ぬだけである。こういう時に帝王ゴーデリウス一世がいてくれれば良かったのだが、頼みの予見もない。この神聖ザカルデウィス帝国の内乱が終わったら、どちらにせよ皇国レミアムに一旦帰還しなくてはいけない。それは間違いなかった。この戦争を終わらせる鍵は、ゲンドラシルであろう。彼の力は想像を絶する、それを自分の軍にどれだけ取り込めるかである。元帥ギルバートとアイゼンの軍勢は特に強力であろう。カオウスの黒竜騎士団は神聖ザカルデウィス帝国最強を誇る軍勢だが、まだ足りない。ソーンのエクスキューショナーがどう動くかも分からない。不確定要素の強い部隊になるであろう。この神聖ザカルデウィス帝国の技術を結集した部隊を率いるのは、ゼイフォゾンとアルティスにとって初めての事だった。ゼイフォゾンにとっては空中戦は初めてではなかったが、アルティスにとってはまるで素人同然であった。それを言えばゼイフォゾンも素人のようなものであった。しかし、エアラルテの軍略は神聖ザカルデウィス帝国の頭脳と言われるほど強力なものであるという。どんな手を使ってくるか分からない。とにかく、ゼイフォゾンはミカエラで陣頭指揮を執らねばならない。何故なら、こちら側の戦力の総大将はゼイフォゾンなのだから。アルティスとカオウス、ソーンは彼の言う事を聞く事になっていた。
無窮の鬼神アルティス・ジ・オード、超王カオウス・オデュッセス・オーファン、閉ざす者ソーン・ロックハンス。この陣営は確かに強力であったが、それ以上に元帥ギルバートとアイゼンの陣営は強力である事は分かっていた。何故なら、元帥ギルバートの使役する竜は覇界全土を支配する大帝エクスマギアクレア。全ての竜王を支配し、頂点を極める力を有しているという。アイゼンの使役する聖竜王ズフタフも凄まじい力を持っている。それは皇国レミアムに侵攻してきた時に感じた。エアラルテの陣営も油断ならなかった。エアラルテの使役する竜王は、煌竜王アスカロン。全ての移動が光速となり、そのスピードを捉えられる生物は存在しないという。そしてゲンドラシルの灼竜王ダーインスレイヴ。速攻に優れる部隊を指揮する事は間違いないだろう。それを全て受け止める覚悟でいないといけない。いずれにせよ、楽な戦いにはならない。ゼイフォゾンはミカエラで一点集中突破を仕掛ける気でいた。両陣営が消耗しているうちに、ゲンドラシルのもとに何としても辿り着き、洗脳を解かなくてはいけない。覇界最強の大帝エクスマギアクレアの力は、おそらくアルティスに戦わせる事になるであろう。アイゼンはソーンが、エアラルテにはカオウスである。均衡を崩すには適材適所に軍を派遣する必要があった。ゼイフォゾンとアルティスはイレギュラーであった。二人に与えられた部隊は少ない。なので、逆を返せば動きやすい事の証左であった。ミカエラの機動力を最大限活用すればこその軍略であった。難しい戦いになるが、やるしかなかった。ゼイフォゾンとカオウスは、話を終えるとミカエラに向かった。カオウスは難しい表情をしていた。それもそうだ、この戦いは国民が最も望まなかった戦いである。いつも平穏を享受している者たちからすれば、全く関係のない話である。力を持った者たちのエゴによって引き起こされているのである。戦争に狂って戦争するのではない、互いに平和を求めるからこそぶつかるのだ。悲しい事に戦争という手段でしか解決しない。なまじ強大な武力を持つが故に、そうしなければならない真実を前にして、カオウスは苦慮していた。この戦争は正しさと正しさの激突である。国民を、国を、大陸を想うからこその激突である。ゼイフォゾンはそんなカオウスの哀しみを汲み取った。そして、前を向いた。確かにこの戦争は悲しいが、それに見合った大きなものを、神聖ザカルデウィス帝国は得るかも知れない。そう思う事にした。そうでもしなければ、正気を保てるものではない。自分はコル・カロリの世界を一つにしなければいけないのだから。そういう使命が、運命があるのだから。
「アルティス、ソーンとエクスキューショナーの案内は終わったのか?」
「ミカエラの見学会は終わったよ。それに、エクスキューショナーの人間は覚えがいいな。一部の人間がクルーになってくれるようだ。このミカエラはほとんどが自動化されているが、索敵から砲撃まではやはり人の手が必要だって言ったら、やってくれるってよ。これで次の戦いも楽になるだろうな。とにかく、明日の戦いがどこまで続くかは分からないが、それが終わったらレミアムに戻るんだろ?」
「そうなる……このミカエラの改修を頼みたくてな。アルティス、元帥ギルバートの戦いに臨むなら、大帝エクスマギアクレアの大鱗と外皮を取ってきて欲しい。できればだが。私はこのミカエラを本当の箱舟にしたい。無敵の箱舟にな。そうしなければ、これから先の旅では生き残れないであろう。帝王ゴーデリウス一世にこの神聖ザカルデウィス帝国で起こった出来事を伝えたいのもある。アルティス、だが無理はするなよ。私の頼みなど忘れてもいい。生き残る事だけ考えて動くんだ」
「分かってるよ。心配しなくていい。俺は武の頂点を極める不敗の男だぜ?何とかしてやるよ。その大帝エクスマギアクレアがどれほどの力を持っているかは知らないがな」
決戦の日は近かった。この戦いが更なる苦しみを与えるのか、それとも新たなる未来を創造するきっかけとなるのか。それは全て、明日になれば分かる事であった。
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