三千世界・完全版

あごだしからあげ

文字の大きさ
上 下
104 / 259
三千世界・始源(4)

本編 第五話

しおりを挟む
 大千なる竜の国・空中大地
 竜は空中に浮かぶ大地まで零を運ぶと、零は降りる。竜はすぐに飛び去る。空中大地の縁には、長身の坊主頭の男が立っていた。暮柳湊である。
「現れたな」
 湊は振り返る。
「あなたは結審に何を望むの」
「俺か。俺はただ、杉原のために全てを捧げる。自らを極限まで希釈し、やつのためだけに全てを滅する。それは白金、お前とて例外ではない」
「なぜそこまで……」
「俺は」
 湊は鞘の石突きを地面に突き立てる。
「どうしようもなく死にたくなった。何も変わらない現状に絶望して、何もかもを諦めようと思った。そのとき奴が傍に居てくれた。奴が俺に光をくれた。なら俺は、その恩に応えるのみ」
「……。本当に杉原くんがそんなことをしてくれたの?」
「ふん、信じられんか?まあ無理もあるまい。奴は道化だからな。善人にも、悪人にもなりきれぬ弱い人間だ。だからこそ、俺たちが支えてやらねばならん」
 刀を左手に持ち、湊は零を見据える。
「さあ構えろ、白金。結審は誰かが勝ち残らねば終わらない」
「わかってる」
 湊は瞬間移動で詰め、零は細剣でギリギリ刀を受ける。
「残念だが白金、今のお前では相手にならん」
 鞘で足を払われ、刀の一撃をガードするも弾き飛ばされる。
「殺さぬよう手加減するのは骨が折れる。戦えぬほどに痛め付けるのも趣味ではないが……」
 湊が身を引き、いくつもの空間の歪みを飛ばす。零は本能的な殺気を感じて躱す。空間の歪みは零の居た場所で無数の真空刃を生み出し、そして消える。
「これは」
 零はその常識はずれの攻撃にひどく驚く。
「この刀が俺の感情を吸い尽くす。それがこの刀の力になる。俺から吸い上げた力で、次元を引き裂く」
「どういうこと?」
「詳しい理論を知ったところで対策できるのか?」
 零は黙る。湊はまた瞬間移動で距離を詰め、突進しつつ抜刀する。零は素早く躱す。湊は続いて零の頭上へ瞬間移動し、抜刀しつつ急降下する。零はサイドロールで避け、間髪入れずに細剣で突きを放つ。しかし、鞘で弾かれ、撃掌を喰らい、吹き飛んでいくところに追撃で腹を刀に貫かれる。
「遅いな、白金」
「ぐっ……」
 湊は勢い良く刀を引き抜き、零は倒れ伏す。納刀した湊へ零は飛び上がりつつ蹴りを入れ、鞘で弾かれるが距離を取ることに成功する。傷口はすぐに塞がり、それを見た湊が軽く反応する。
「やはり剛太郎の言う通り、お前はシフルに順応しているようだな。ならば、一度完全に絶命させる他あるまい」
 湊は瞬間移動し、そのままの勢いで突進しつつ抜刀する。更に零を切り上げつつ上昇し、続けて連続で切りつけ、回転しつつ切り上げて、叩き落とす。地面に叩きつけられた零へ空間の歪みを発射する。対応速度が間に合わず零に直撃し、吹き飛ばされる。しかし零もすぐに踏みとどまり、盾を投げ、それをガードさせてからトンファーで打ち上げ、一気に氷柱を召喚して湊を吹き飛ばす。
「ほう?少しは楽しめそうだ……」
 肩に降りた霜をはたき落とし、湊は零を見る。
「文字通り死ぬまで戦うとしよう」
 刀を鞘に入れたまま湊はそれを前へ出して突進し、零は横に避ける。素早い抜刀を細剣で受け、湊は連続で刀を打ち付け、零はトンファーで防ぐ。刀の一撃をタイミング良く打ち返し、僅かに態勢を崩したところを逃さずに右のトンファーで頬を打ち、左のトンファーで顎をかち上げ、もう一度右のトンファーで腹を抉る。後退した湊へ追撃しようと零は接近するが、湊は瞬間移動で距離を離す。
「それが、杉原が羨む力か?」
「さあ、何のことやら。私としては、なぜ杉原くんが私に執着してるのかさっぱりわからないから」
「同感だ。世界が前のままだったとしても、奴には多くの仲間が居たはずだ。お前にだけ執着する理由は……もはや、個人的な執念としか言えんだろう」
「はた迷惑」
「まあそう言うな。奴もお前に憧れてここまでの災害をもたらしているんだ。少しは照れるなりしてやったらどうだ」
 零はため息をつく。
「ただの知り合いからどう思われていようと何とも反応できない」
 続けて零が湊へ言葉を投げ掛ける。
「さっき、あの人間のような化け物……プレタはシフルとかいうエネルギーに侵食されて生まれた人間の成れの果てだと聞いたわ。どうして私たちだけが、この結審を生き残っているの?」
「ふん、その理由はただひとつだ。俺たちは、本気で世界を変えたいと願った。誰を恨むでもなく、全ての人間の意識を変革しようとするでもなく、俺たち自身が、俺たちの手で、世界を変えたいと願った。それだけのことだ」
 零はその言葉に引っ掛かるものを覚えた。
「(杉原くんも来須さんも、そして暮柳くんも、皆自分の意思というものを強く意識している……)」
 そして再び、湊へ言葉を投げ掛ける。
「暮柳くんはさっき、自分を希釈すると言った。それはあなたの言う、自分の意思を放棄すると言うことにはならないの?」
「もちろん、違う。お前は何か勘違いしているようだが、自分の意思で自分を薄めると言うのは、自分の意思を放棄していない証だ。情報の流れに身を任せ、誰かの示す耳障りのいい規範に自覚のないまま組み込まれる。それこそがこの世で最も忌むべき邪悪であり、存在すべきでない愚劣な人間だ」
「本当に皆がそうだと思うの?」
「現に意思なきものはみなプレタと成り果てたか、既に消滅している。無関心、無感動、ただ流されるままに日々を食い潰す、誰かのミームに流されるだけの人間が、この世には多すぎた」
 湊は瞬間移動で距離を詰め、零はトンファーを交差してガードする。それを蹴って空中へ飛び、湊は空間の歪みを連発する。更に地上へ向けて斬撃を放ち、刀を突き立てて急降下する。衝撃波が零を襲い、零は盾で防ぐ。続いて湊は鞘による連撃から抜刀して零を吹き飛ばす。
「人は余りにも、人を生かすのに向いていない。今もこうして、人同士で争い続ける。争わずにはいられない、それが人間の本性であるがゆえに」
 湊は零が立ち上がるよりも先に頭上へ瞬間移動し、抜刀しつつ急降下する。零は瞬時に細剣で防ぐが、弾かれて取り落とす。そして再び、零の腹に刀が突き刺さる。
「俺の思いは杉原と完全に一致していた。力無くして、意思無くして人は生きられぬ。今こうして結審の時でさえ、己の身すら守りきることができない。実に愚かだ。こうして地獄を味わわなければ、自分の意思を変えようとはしない。だがもはや、気付いたときには全てが終わっている」
 刀を引き抜き、零を蹴り飛ばす。空中大地から放り出された零は途中で意識を取り戻し、トンファーの冷気で上昇して空中大地へ戻る。
「頑丈さだけは飛び抜けているようだな、白金」
 湊の体が青い闘気に包まれ、黒と銀の体の竜人へ変貌し、刀が手元から消える。
「ここまで耐えた礼だ。せめて派手に殺してやろう」
 零の意識は朦朧としていた。湊は一切の容赦をせず、瞬間移動による接近から、腕からジェットのように溢れる闘気の刃による連撃を放ち、刀を抜刀し、強烈な二振りを叩き込む。納刀と共に湊は竜化を解き、倒れ伏した零を見る。
「期待外れだな、杉原。こいつは所詮この程度、お前が執着するほどの価値もない」
 湊は踵を返し、元の場所へ戻ろうとする。が、背後で零が立ち上がる気配を感じて振り返る。
「失望するにはまだ早い……私は根性だけはあるから……」
 傷だらけながら、平然と立ち上がる零に、湊は口角を上げる。
「なるほどな。ではその根性がいつまで持つか……とくと見てやろう」
 零は貫かれた傷から、刀を生み出す。
「エクスハート」
「ほう、同じ武器で来るか」
 二人は高速で接近し、鍔迫り合いを繰り広げる。
「だが新たな武器を手にしたところで、これ以上何ができる」
 湊は零の刀を押し返し、素早く切り上げる。が、零はサイドロールで躱し、靴の裏に氷で刀を張り付け、蹴り上げつつ空中へ飛ぶ。完全に想定外の攻撃を受けた湊は空中へ打ち上げられ、トンファーに持ち替えた零のキックで叩き落とされ、しかし湊は瞬間移動で追撃を躱す。斬られた湊の胴体の傷は、凍りついていた。
「まだ戦える」
 零はそう言い切り、湊は鼻で笑う。
「戦えはするだろうな。だがその程度の力で、お前が結審を越えられるとは到底思えんな」
 二人はまた接近し、刀を高速で振り合う。
「あえて聞こう、お前は結審に何を望む」
「私は……杉原くんを回収する」
「ふん、下らんな……」
 湊の刀が零の刀に弾かれ、空中大地へ突き刺さる。
「ならば、やってみるがいい。俺には、お前を殺さずに叩きのめす技量がない。お前を殺せる時に決着を着けさせてもらう」
 身を翻し、刀を抜いて納刀する。
「勝負は預けておこう。お前のその刀が、その証だ」
 零は刀を消し、湊へ近づく。
「なぜ最後に力を抜いたの」
「言った通りだ。死なない程度に加減することなど俺には出来ん」
「ありがとう」
 そう言って零は空中大地から飛び降りる。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

安楽椅子から立ち上がれ

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:0

夏の光、思い出の光。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:0

飛竜誤誕顛末記

BL / 連載中 24h.ポイント:802pt お気に入り:4,983

小5のショタはお兄さんに誘拐されてしまいました

BL / 連載中 24h.ポイント:163pt お気に入り:357

天地人

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:8

公爵令嬢のRe.START

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:27,165pt お気に入り:3,025

記憶の魔女の涙と恋

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:469pt お気に入り:4

異世界転生双子旅

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:129

3分で解けるとっても簡単(いや全問正解したらすごいかも)ななぞなぞ10題

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:4

処理中です...