三千世界・完全版

あごだしからあげ

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三千世界・終幕(5)

バロン編 第六話

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 北アメリカ区・エレクトリカルルイン
 バロンがエリアルを抱え、背中からアスファルトに激突する。
「……大丈夫か」
「ええ、大丈夫。ここは……エレクトリカルルインみたいね」
「……アメリカの東側ってことか?」
「そういうことね」
 二人は起き上がると、眼前には無数のビルが広がっていた。近くのビルの上から、鋼鉄の骨格だけの虎が飛び降りてくる。血と乾いた肉がこびりついている虎は、吠えるような動きと共に金属の軋む音が鳴り響く。
「裂界獣ゲキメツ!」
 エリアルが叫ぶ。それと同時にゲキメツは背中から鋭利な刃で作られた翼を腕のように広げる。飛びかかってきたゲキメツをバロンは重い闘気を乗せた拳の一撃で粉砕する。
「……なんだこいつは」
「裂界獣ゲキメツ。南アメリカ支部のものね」
「……僕たちはどこに行けば?」
「うーん……わかんない。とりあえずワールドアルカディアズに戻った方がいいかな。この辺の転送装置は……国会議事堂か、フェデラルホールのどれかね」
「……一番近いのは?」
「フェデラルホール。ウォール街にあるから、そう遠くはないはず……」
「……わかった、そこへ行こう」
 二人は歩き出す。

 エレクトリカルルイン・フェデラルホール
 いくつものブロックを抜けて、二人はフェデラルホールへ辿り着く。階段の途中にある像の前に、青い髪のメイド服の女が立っていた。
「お待ちしておりました、バロン・エウレカ様、エリアル・フィーネ様」
「……お前は?」
「私の名前はトラツグミ。明人様のメイドをさせていただいています」
「……待ち構えていた、というのは」
「字面の通りです。異界と化している福岡は、陸路でも空路でも、海路でも、次元門を繋げても侵入することはできない。ですから、大量のシフルでこちらとあちらの位相を合わせ、一時的に侵入を可能にさせなければなりません。ゆえに……」
 フェデラルホールの屋上から、暮柳が飛び降りてくる。
「南北アメリカをシフルに変え、次元の扉を抉じ開ける。穴井のワールドアルカディアズを使ってな」
「……どういうことだ?」
「お前たちはどうあれ、福岡に行かなければニルヴァーナには行けない。お前たちがニルヴァーナに行くには、どうやっても俺たちの描いた道を進むしかない」
「……そういうことか。僕たちがどうしようが、穴井も、お前も倒さないと話が進まなかったんだな」
「ああ――そうだ。だが、お前に敗れるつもりはない。ここでお前が死ねばそれで俺たちの目的は完遂される。だがお前が福岡に行ったとしても、それも俺たちの計画の一部だからな」
「……そうか。ならば……力ずくで押し通らせてもらう」
 暮柳は口角を上げ、刀を体に取り込む。
「荒涼たる原野に吹き荒ぶ我が儚き記憶の風よ、我が魂をさえ拭い去り、傲岸たる自我の壁を打ち砕け!我が名〈烈風〉!」
 暮柳の体から嵐が巻き起こり、深緑の竜人が姿を現す。
「行くぞ、エウレカ!お前をここで消し去り、その首を明人への手土産にしてやろう!」
 咆哮と共に、鋭利な爆風が飛び散る。バロンはすぐに竜化し、鋼の盾で弾き返す。両者の拳が激突し、周りのビルが激しく揺れて、割れたガラスが雨のように降り注ぐ。遅れて斬撃が黒鋼の拳に幾度も叩きつけられ、風を纏ったもう片方の拳が黒鋼の顎に叩きつけられ、解き放たれた爆風が黒鋼を吹き飛ばす。受け身を取って急速に落下し、地面を叩いて液状の鋼を噴出させる。烈風はその壁を引き裂いて接近し、風を纏った拳で殴打する。黒鋼は抑え込み、拳を振るうが烈風は躱し、地面から爆風を起こして黒鋼を打ち上げ、更に空中で抱え込んで頭から激突させる。黒鋼はすぐに起き上がり、鋼の波濤で攻撃する。烈風も強烈な風を吹かせ、二つが衝突して鋼の嵐が巻き起こる。熱を帯びてきた二人は、勢いよく激突し、烈風が右腕を振るう。黒鋼が上体を落として躱し、鋭く左でアッパーをぶつける。左に重心を逸らして躱し、烈風が拳を振り下ろす。右腕で防いで押し切り、両者は頭突きで競り合う。
「……確かにお前の力は……お前自身だけの力ではない……多くの、硬い意志を背負って作られている闘気だ……!」
「譲れないもののため戦う……俺たちはそういう意味では似てるのかもな……!」
 両者が同時に弾かれて距離を僅かに離した瞬間に再び拳をぶつけあい、その反動で両者空を舞う。烈風が壊滅的な威力の嵐を生み出してビルを街ごと空中へ巻き上げ、そして真下にいる黒鋼目掛けてビルを次々に投げ捨てる。黒鋼は躱しながら空へ駆け、空中で烈風ともつれあう。そして黒鋼の重い闘気を乗せた剛拳が烈風の胸を破壊し、そのままビル群と共に急速に落下していく。地面に激突した烈風にビルが突き刺さって倒壊する。ビルの残骸を吹き飛ばして烈風は再び空へ飛び、黒鋼と擦れ違いつつ拳をぶつけ合う。そして今度は黒鋼を烈風が叩き落とし、両腕から風の塊を放ち、それを振り上げた右腕の先で巨大化させる。
「お前の負けだ、エウレカ!」
 右腕を黒鋼へ振り下ろす。視界を覆い尽くすほどの風の塊が黒鋼目掛けて落下していく。表面を撫でる高速の風が大気と摩擦を起こして発火し、風の塊は火球へと変わる。
「……終わらせはしないッ!」
 着弾した火球は大爆発を起こし、炎と真空刃を撒き散らす。エリアルの水のバリアと自らの鋼の鎧でそれを無理矢理耐え、同時に突っ込んできた烈風と拳を重ね合う。烈風の腕が破壊され、そのまま胸を貫く。勢いのまま、二人はフェデラルホール前に竜化を解除しつつ落下する。そしてバロンは、暮柳の胸から腕を引き抜く。
「……勝負あったな」
 暮柳は左腕で、右の肩口の断面に触れる。
「まあ……所詮こんなものだろう……特別な力を何も持たないものには、これが限界だ……」
 胸に空いた大きな穴から、次第に体全体が白くなり、潤いが消えて粉末状になっていく。
「俺の役目は終わる……これでようやく……俺と言う自我は、完全に消え去る……誰かに託す必要も……俺が保つ必要もない……」
 そして、全身が塩になって砕け散った。バロンは階段に落ちた刀を拾い上げ、トラツグミを見る。
「命とは儚いものです。あの世界を生き抜いたバロン様に言うことではないのかもしれませんが。こちらへ」
 トラツグミは階段を登るように促し、奥へと消えていく。二人はそれに従ってフェデラルホールへ入っていく。内部へ入り、無数の柱が輪のように並んだ広間へと出る。
「楽園は失われ、人は永年の苦しみを味わう……はて、楽園とは何処に?どれだけ読み解いても我々が楽園に過ごしていたなどと言う事実はない。無論、無限の輪廻も、悟りや神なども、人間の妄想に過ぎない。世界を作れても、終わらせることのできない人間を終わらせるには、明人様の仰られる方法しかない」
 トラツグミは天井のステンドグラスを見上げつつ呟く。
「誰の思想を否定する気はございません。なぜならば、全て間違っているから。『あなたは間違っている、なぜならこうだからだ』その考えそのものが間違っているから」
「……確かに、一理ある。誰かの間違いを否定できるのは完全な中立を維持できるものだけだが……この世にそんな存在はいない。……まあそんな話はどうでもいい。用件はなんだ」
「既に、ワールドアルカディアズを襲撃しています。あなた方は混乱に乗じて最深部まで向かい、穴井支部長を討ち取ってください。そうすれば、福岡の位相にこの世界を合わせることができます」
「……」
「そう言えば、バロン様はまだ記憶がお戻りになられていないとか。worldBでの記録はエリアル様からお聞きになられればよろしいかと思いますが、私からはChaos社のあなたについてお話ししましょう」
 トラツグミが指を鳴らす。広間の照明が落ち、轟音鳴り響く廃墟の一室が映し出される。
「バロン・クロザキ。彼は世界独立機構アフリカとChaos社の戦闘地域に捨てられた赤子でした。そこを通りかかった黒崎奈野花が彼を回収し、自らの名字を与えて育てました」
 赤子を奈野花が拾い上げ、そこで映像が切り替わる。2mはある大男と、青い髪の少女が二人で並んでいる。どちらも心底楽しくなさそうな表情をしており、特に少女の頬や足にはアザが浮かんでいた。
「成長したクロザキは、奈野花特別顧問の推薦により、Chaos社技術部に配属され、そこで類い希な才能を発揮します。彼が作ったのはエモーション・プログラムの発展系。私のOSである感情システムをパッケージ化し、機械に人類のような感情を与えるアプリ。それと、DAA。アガスティア神の再臨という意味が込められたこの装置は、イギリスの地下に封じられた聖剣・エクスカリバーを動力とし、多次元への干渉を可能にする。その二つの装置を作り上げたバロンは、技術部の部長となり、明人様のためにご尽力なされました」
 更に映像が切り替わる。大男が青い少女の振り上げた杖に殴打された場面のようだ。
「日常より、バロン・クロザキはエリアル・フィーネへの暴行が目立ちました。性的なものはなく、ただ物理的な攻撃が多分にありました。そのゆえかは存じませんが、バロン・クロザキはつい最近、エリアル・フィーネに殴打され、気絶したところをDAA内部へ放り込まれました」
 もう一度映像が切り替わり、竜化したロータと、融合竜化したレイヴンが相対している場面を映す。
「DAA内部に投入されたDWH……レイヴン・クロダ、そしてリータ・コルンツ、ロータ・コルンツとは何か接点があったのか、内部でシフルの感情レベルが上昇したのを確認できましたが、それを最後にDAAの崩落と共に彼の行方はわからなくなりました」
 映像が消え、広間は元の明るさに戻る。
「……つまり……」
 バロンが溜めた息を全て吐き出すように口を開こうとすると、先にエリアルが呟く。
「クロザキはまだ生きてる……」
 トラツグミが振り返り、また淡々と告げる。
「我々Chaos社の仮説としては、DAAに放り込まれたクロザキの意識が、同時に気絶したエウレカの意識と干渉し合って対消滅し、新たなバロンの人格が生まれたのではないか、というものが現在最も有力とされています。来須様の研究によれば、同時に存在する古代世界や新生世界には、完全同一存在というものが存在するようです。暮柳様とゼロ、クロザキとエウレカ、来須様とグラナディア。それらは他世界に引き千切られた自分という存在を完全な状態に戻すために、無意識に融合しようとしているらしく、今回、エウレカ様の記憶が混濁しており、記憶ではクロザキともエウレカとも判別できないのはこの作用によるもので、今のあなたこそがバロンという人間にとって最も完成された状態であるかもしれません」
 バロンは顎に指を添える。
「……僕が、二人のバロンの人格を融合した状態……確かに、それなら僕があちらの世界で度々見た夢も説明がつく。エリアルらしき女の子を傷つけていたのはクロザキの方の記憶だろうし……」
 エリアルがバロンのその言葉に熱烈な視線を送る。
「……あまり見つめないで欲しい」
「あ、ごめん」
 エリアルはトラツグミの方を向く。
「まあいいわ。早くワールドアルカディアズに送って」
「かしこまりました」
 トラツグミはお辞儀をする。姿勢を戻すと、奥へ手を向ける。
「こちらへ」
 二人はトラツグミに従い、フェデラルホールの奥へ進んでいく。赤と金で装飾された重い扉を開けると、灰色の石で作られた無機質な空間の中央に、円筒が置いてあった。エリアルほどのサイズである。
「これは……」
 エリアルの声に、トラツグミが反応する。
「奈野花様がインドで発見なされた記憶媒体のようですが、そのデータを全て移し替え、そのエネルギーを利用した短距離転移装置です。アルカトラズやコルコバードのものと性能は変わりませんが。前にお立ちください。既に準備は出来ております」
 二人は促されるまま前に立ち、光に包まれる。
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