CLOVER±H【天使病】 ~天使のように可愛い幼馴染が天使(化け物)になったので救いの旅に出たけど、悪魔に捕まってしまった~

響城藍

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[26話] だから人類は受け継いでいく

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 窓から入った太陽の光が、2人の天使を照らす。
 ベッドの白い布団とシーツが白飛びしてしまいそうなほど眩しい空間。
 あまりの美しさに俺は見惚れて動けなくなった。

「テオ……?」

 ベッドに寝転がるエレナの声で我に返った俺は、止まっていた足を動かしてベッドの傍へ歩いて行く。
 ゆっくりと備え付けの椅子に座ってベッドを眺める。

 ここは天国だろうか。
 それ以外になんて表現すればいいのか分からない。
 エレナの胸元で、産まれたばかりの子供が眠っている。
 こんなにも小さな赤ん坊はすぐに壊れてしまいそうなほどに儚くて、触れていいのか戸惑いながら見つめる。

「あなたの子供だよ」

 エレナは俺が戸惑っているのが面白いというように小さく笑って俺の手を引っ張った。
 小さな命は温かくて、生きているのだと実感できる。
 俺が守ってやらなければと、やわらかい顔へ慎重に手を添えた。

「エレナ……俺は死ぬのかもしれない」
「どうして?」

 子供に手を添えながら、視線をエレナに向ける。

「一生分の糖分を今とっている気がするんだ」

 太陽の光でキラキラと揺れる瞳は砂糖菓子のように甘い。
 俺は甘いものが苦手なんだ。
 だから、こんなに甘いものに触れていたら、気を失ってしまいそうだ。

「じゃあ、甘いものが好きになれるようにしてあげる」

 そう言ってエレナは微笑みながら、俺の手を包んだ。
 一緒に我が子を撫でる。それだけの時間がこんなにも愛おしいなんて、初めて知った。

「お手柔らかにお願いしたい」

 やっぱり、エレナには敵わない。
 エレナにそう言われたら、甘いものが好きになってしまいそうだ。
 相変わらず、砂糖菓子のようにベッドの上はキラキラと輝いている。

「ふふっ」
「どうした?」
「幸せだなってっ!」

 急に笑い出したエレナは窓の向こうの空を眺めてから俺を見つめた。
 俺は変な顔をしているだろうか。
 でも今くらい許してほしい。
 こんな表情はエレナにしか見せられないんだ。

 それにこれからは子育てをしながら天使病の治療法を探すことになる。
 嬉しいことや楽しいことだけではない、つらいことも苦しいこともたくさんあるだろう。
 想像しているだけではきっと足りないくらいの慌ただしい日々が待っていると思う。
 だから少しだけ、エレナと子供を独り占めしたっていいだろ。

 それが、父親の特権ってやつだ。


 ◆◇◆


 俺もエレナも子供も、天使と悪魔も、一緒に成長していって、忙しい日々が続く。
 お互いに助け合って、時には傷つけ合って、どうしようもない時も死ぬほどあった。
 だけど俺たち家族は誰ひとり欠けることなく生き続けた。
 それでも、俺たちの命には限りがある。
 不老不死の神様と死神以外には、寿命というタイムリミットが生まれた時から存在しているんだ。
 人間は子供を産んで、家系を受け継ぐことができる。
 そうやって人間は長い歴史を刻んできたんだ。
 これから俺たちは、人間と天使の遺伝子を持った新たな種族を繁栄させていく。

 簡単なことではないし、問題はたくさん出てくるだろう。
 俺たちでは見れない世界が、受け継がれた命によって広がっていく。
 俺は天使病が無くなった世界を見れないだろうけど、いつか天使病が無くなった世界で幸せに暮らす人々がいることを願う。

 かつて人々を苦しませた天使病があったことを語り継ぐ人々がいてくれるようにと願う。
 その頃には、世界はどんな景色になっているだろう。
 俺はその景色を見れないのが残念だが、見れる存在が家族にいることが誇りに思う。

 なあ、あんたは今どんな世界を見ているんだろうか。


 ◆◇◆


 天使病という病が流行ったのはもう300年ほど前だろうか。
 天使と人間の間に生まれた子から人間を侵していった疫病。
 それは人間が『天使という化け物になる』病気だった。
 CLOVER±Hという機関は人間界・天界・魔界の3種族が協力して天使病の治療術を開発し終息させた。
 天使病は今では語り部によって名前を聞くだけになった。

 今もなお、CLOVER±Hは存在している。
 3種族が協力したことで世界は発展し、交流も盛んになった。
 異種族との恋愛も当たり前になり、治療術や薬で耐性がついた人間は、当たり前のように異種族の子供を産む。
 それでも、人間と天使・悪魔の寿命は同じではない。
 それ故、衝突は起こってしまう。
 それを解決しようと立ち上がる人々は時には喧嘩し、時には話し合い、切磋琢磨して人生を紡いでいく。

 創設者である人間の名前は今では天使病の治療術の開発者として、また異種族との子供を築いた先駆者としても名を語り継がれている。
 その人間がいたからこそ今の世界はある。

 300年経っても鮮明に浮かぶその家族を思い出しながら、創設者である神様と死神は待ち合わせをしていた。
 白い死神のもとに虹色の神様がやってくると、神様は目を細めながら死神を観察する。

「お主、少し老けたのではないか?」
「おや、イリスさんは目が悪くなったのでしょうか?」

 上空で落ち合った神様と死神は、出会ってすぐにも関わらず、いつものように悪口を言い合う。
 神様と死神は今では我が子を信頼して世界を任せられると、空から世界を眺めることが多くなっている。
 眺めるだけでもこの世界に住まう人々がどのように楽しんでいるのか、苦しんでいるのかを知れるのだ。
 ただ眺めるだけでは刺激が足りなくなることも2人にはある。
 だから今日は待ち合わせをした。

「それでじゃな、最近退屈すぎて死にそうなのじゃよ」
「僕もそろそろ料理のレパートリーを増やしたいと思っていたのですよね」
「奇遇じゃのぅ」
「ええ、不思議ですね」

 上空に浮かびながら、神様は死神の膝に収まった。
 刺激が足りなくなると、2人は一緒に世界を足で回っていくことがある。
 空から見る景色と、地上を歩いて見る景色は全く違う。
 それに地上を歩いていると人々の声がよく聞こえるのだ。
 懐かしい歌も聴こえるかもしれない。新しい歌が聴こえるかもしれない。
 旅の始まりはいつだって心が躍るのだ。

「お主は、ウチにどんな景色を見せてくれるかのぅ?」
「ふふふっ、それはイリスさんが見たことのない景色でしょうね」

 神様を抱えて死神は空を飛んでいく。
 不老不死の2人に終わりはない。
 だからこそ、変わっていく世界を見ていると驚かされるのだ。
 我が子は幸せなのだと、世界を旅して知ることで、2人も幸せだと感じている。
 最初に降りる場所はどこにしようか、そこでどんな試練が待っているだろうか、と2人は鼻歌を奏で始める。

 空に虹が掛かるように、2人は遠くまで飛んで行った。



【END】
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