7 / 12
4-1
しおりを挟む
「恵って家族運ないよな」
中学のとき、心ない同級生にそう言われたことがある。
「母親が死んで、父親も忙しくて構ってくれないんだろ? よくそれでこんないい奴に育ったよな」
彼としては褒めたつもりだったのかもしれない。だが恵は、それまでに感じたことのないほどに怒りを覚えた。父を馬鹿にされたような気がしたのだ。
剣呑になった恵の目線に気が付いたのだろう同級生は、ごにょごにょと言葉を誤魔化して去って行ったが、あの出来事を今でも恵は忘れられない。尊敬する父を愚弄されないためにも、恵は人一倍笑顔で努力しなければと思ったのだ。
だというのに。
その大切な父の死と引き換えに、恵は、幼い頃から片想いをしている相手を手籠めにしてしまった。
それどころか、同棲めいたことになっていて、恵はそのことを悔やむべきなのか喜ぶべきなのか、測りかねている。
(嬉しくは、ないな。あんまり)
父のことが大好きだった。母を亡くしてから、たった一人で恵を育ててくれた。恵を寂しくさせないよう、ずいぶん配慮してくれた。それだけで感謝しているし尊敬もしている。ただ一人の、恵を守ってくれる家族。
そんな素晴らしい父に対して今、一番感じている感情は、嫉妬だった。
腕の中で眠っている由樹に、恵はずっと恋をしている。
東京から越して来たその日、雪の降る中、隣家への挨拶に行った自分たち親子を、不器用な優しさを持って迎えてくれたのが由樹だった。恵より年上なのに、見慣れない父子にまごついて、母親の後ろに隠れた子供の由樹だった。でも、寒さにくしゃみをして鼻水を垂らし、涙が出そうになった恵の顔を袖で拭ってくれたのだ。
「なんも、だいじょうぶ」
そうぎこちない笑顔で言ってくれた。『なんも』の意味はよく分からなかったけれど、その手の温かさに癒されて、ずっとふれていてほしくなった。
由樹はあまり笑わない子供だったけれど、活発だった恵に根気よく付き合ってくれた。雪が珍しくていつも外で遊ぼうとする恵のお兄ちゃん役として、いつも側にいてくれた。
雪玉の丸め方のコツも、雪だるまの作り方も、そして恋心も。全部由樹が教えてくれた。
父が帰ってこなくて寂しいのを顔に出さないように頑張っていたら、
「子供なのにしっかりしている」
「手の掛からない、賢い子だ」
そう周りに『いい子であること』を期待された。そんな中、由樹だけは自然に接してくれた。そのままの恵を受け止めてくれた。
ずっと、そんな由樹が好きで、たまに笑ってくれるのが本当に嬉しくて、もっと側に居て欲しくなった。
「お嫁さんになって」
そう何度も懇願したけれど、由樹は冗談の一種だと思ったようでいつも笑って流された。思春期になる頃にはそれが歯がゆくて。
(いっそ襲って分からせてやろうか)
そんなことを思った経験もなくはない。
だが由樹は、その頃から恵を引き離したのだ。由樹が高校でいじめを受けていたのは、恵には厳重に伏せられていて、ただ好きなひとが傷ついているのを遠くで案じるだけだった。
「由樹兄を助けて」
それを父に頼んだのは恵だった。
父は恵より由樹の事情を知っていて、そして頼りになる大人だった。本当は自分で由樹を救い出したかったけれど、由樹は恵からの連絡に一切答えてくれないし、由樹の親も恵を家に入れてくれない。
懇願した恵の言葉を父は承諾してくれて、しばらくの後由樹は部屋を出て父の店でアルバイトを始めた。
そのときは単純に嬉しかったけれど、次第に由樹が父を見る目に熱情が宿っていったことで、自分の行動を悔やんだ。
由樹にとって父は、白馬の王子様みたいな存在となってしまった。どれだけアプローチしても、恵を見てくれなかった由樹が。
たまに由樹と顔を合わせても、父への恋心ばかりを見せつけられるのが辛くて、彼とは徐々に疎遠になっていた。恵には勉強や受験もあったし、もうこんな恋心は忘れてしまおうと思っていた。
だけれど、父に恋をする由樹は、誰よりきれいで可愛かった。朝すれ違うとき、父の店に顔を出したとき。父を見詰める由樹を、どんどん好きになっていった。引き返せないほどに。
(見守ろう)
そう決めたのは大学に受かった頃。
この恋はもう恵の心に深く根を張っていて、切り倒そうにも抜こうとも、恵の心を壊してしまう。
好きなひとの恋うている相手が自分の父であるのは火に焼かれるよりも辛かったけれど、誰とも知らぬ男に由樹をやるよりはマシだ。そっと由樹を見守り続けて──そして今。
恵を父の代わりにして、由樹はこの腕に抱かれてくれるようになった。
中学のとき、心ない同級生にそう言われたことがある。
「母親が死んで、父親も忙しくて構ってくれないんだろ? よくそれでこんないい奴に育ったよな」
彼としては褒めたつもりだったのかもしれない。だが恵は、それまでに感じたことのないほどに怒りを覚えた。父を馬鹿にされたような気がしたのだ。
剣呑になった恵の目線に気が付いたのだろう同級生は、ごにょごにょと言葉を誤魔化して去って行ったが、あの出来事を今でも恵は忘れられない。尊敬する父を愚弄されないためにも、恵は人一倍笑顔で努力しなければと思ったのだ。
だというのに。
その大切な父の死と引き換えに、恵は、幼い頃から片想いをしている相手を手籠めにしてしまった。
それどころか、同棲めいたことになっていて、恵はそのことを悔やむべきなのか喜ぶべきなのか、測りかねている。
(嬉しくは、ないな。あんまり)
父のことが大好きだった。母を亡くしてから、たった一人で恵を育ててくれた。恵を寂しくさせないよう、ずいぶん配慮してくれた。それだけで感謝しているし尊敬もしている。ただ一人の、恵を守ってくれる家族。
そんな素晴らしい父に対して今、一番感じている感情は、嫉妬だった。
腕の中で眠っている由樹に、恵はずっと恋をしている。
東京から越して来たその日、雪の降る中、隣家への挨拶に行った自分たち親子を、不器用な優しさを持って迎えてくれたのが由樹だった。恵より年上なのに、見慣れない父子にまごついて、母親の後ろに隠れた子供の由樹だった。でも、寒さにくしゃみをして鼻水を垂らし、涙が出そうになった恵の顔を袖で拭ってくれたのだ。
「なんも、だいじょうぶ」
そうぎこちない笑顔で言ってくれた。『なんも』の意味はよく分からなかったけれど、その手の温かさに癒されて、ずっとふれていてほしくなった。
由樹はあまり笑わない子供だったけれど、活発だった恵に根気よく付き合ってくれた。雪が珍しくていつも外で遊ぼうとする恵のお兄ちゃん役として、いつも側にいてくれた。
雪玉の丸め方のコツも、雪だるまの作り方も、そして恋心も。全部由樹が教えてくれた。
父が帰ってこなくて寂しいのを顔に出さないように頑張っていたら、
「子供なのにしっかりしている」
「手の掛からない、賢い子だ」
そう周りに『いい子であること』を期待された。そんな中、由樹だけは自然に接してくれた。そのままの恵を受け止めてくれた。
ずっと、そんな由樹が好きで、たまに笑ってくれるのが本当に嬉しくて、もっと側に居て欲しくなった。
「お嫁さんになって」
そう何度も懇願したけれど、由樹は冗談の一種だと思ったようでいつも笑って流された。思春期になる頃にはそれが歯がゆくて。
(いっそ襲って分からせてやろうか)
そんなことを思った経験もなくはない。
だが由樹は、その頃から恵を引き離したのだ。由樹が高校でいじめを受けていたのは、恵には厳重に伏せられていて、ただ好きなひとが傷ついているのを遠くで案じるだけだった。
「由樹兄を助けて」
それを父に頼んだのは恵だった。
父は恵より由樹の事情を知っていて、そして頼りになる大人だった。本当は自分で由樹を救い出したかったけれど、由樹は恵からの連絡に一切答えてくれないし、由樹の親も恵を家に入れてくれない。
懇願した恵の言葉を父は承諾してくれて、しばらくの後由樹は部屋を出て父の店でアルバイトを始めた。
そのときは単純に嬉しかったけれど、次第に由樹が父を見る目に熱情が宿っていったことで、自分の行動を悔やんだ。
由樹にとって父は、白馬の王子様みたいな存在となってしまった。どれだけアプローチしても、恵を見てくれなかった由樹が。
たまに由樹と顔を合わせても、父への恋心ばかりを見せつけられるのが辛くて、彼とは徐々に疎遠になっていた。恵には勉強や受験もあったし、もうこんな恋心は忘れてしまおうと思っていた。
だけれど、父に恋をする由樹は、誰よりきれいで可愛かった。朝すれ違うとき、父の店に顔を出したとき。父を見詰める由樹を、どんどん好きになっていった。引き返せないほどに。
(見守ろう)
そう決めたのは大学に受かった頃。
この恋はもう恵の心に深く根を張っていて、切り倒そうにも抜こうとも、恵の心を壊してしまう。
好きなひとの恋うている相手が自分の父であるのは火に焼かれるよりも辛かったけれど、誰とも知らぬ男に由樹をやるよりはマシだ。そっと由樹を見守り続けて──そして今。
恵を父の代わりにして、由樹はこの腕に抱かれてくれるようになった。
0
あなたにおすすめの小説
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
染まらない花
煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。
その中で、四歳年上のあなたに恋をした。
戸籍上では兄だったとしても、
俺の中では赤の他人で、
好きになった人。
かわいくて、綺麗で、優しくて、
その辺にいる女より魅力的に映る。
どんなにライバルがいても、
あなたが他の色に染まることはない。
かわいい王子の残像
芽吹鹿
BL
王子の家庭教師を務めるアリア・マキュベリー男爵の思い出語り。天使のようにかわいい幼い王子が成長するにつれて立派な男になっていく。その育成に10年間を尽くして貢献した家庭教師が、最終的に主に押し倒されちゃう話。
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
仮面の王子と優雅な従者
emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。
平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。
おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。
しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。
これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。
【完結】エデンの住処
社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。
それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。
ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。
『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。
「兄さん、僕のオメガになって」
由利とYURI、義兄と義弟。
重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は――
執着系義弟α×不憫系義兄α
義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか?
◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·
有能課長のあり得ない秘密
みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。
しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる