深い森の彼方に

とも茶

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第十一章 今度は自分の意志で

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財布の中はもう小銭しかなかった。今日の夕食を買えばこれで終わりだ。一文なしになる。仕事はしなくていい、自分の持ち物を見ろ、と言われた。しかしないものはない。
先立つものもないので止む無く家に戻った。
途中で買ったどう考えても安いだけの弁当を広げ前に茫然としていた。いままで、リーダーから貰っていた「非常食」も在庫は尽きた。
そういえば、あの不可解な会社でOLをしていた時のバッグがあった。その中に何か忘れていたものはないのだろうか。クロゼットの中のバッグを開けたがレシート数枚とポケットティッシュがあるだけだ。化粧ポーチにも何も金目のものは入っていない。クロゼットにある僅かな服のポケットにも何も入っていない。何もあるはずないじゃないか。
部屋には造り付のデスクがあったが、使ったためしはない。たいして期待もせずに引出を開けると中に封筒が入っていた。封筒の中には固い手帳のような形のものが入っていた。封筒を逆さにし中身をだすと預金通帳だった。なんでこんなところに通帳が?
見ると、その銀行は元の世界で職場からの給与の振込口座として使っていた銀行だった。支店名はどこにも記入されていない。口座名義人の「おなまえ」はどういうわけか削り取られている。通帳の間にキャッシュカードも入っていた。通帳の中を見ると、毎月「キュウヨ」としてほぼ定額が振り込まれている。電気代、ガス代、水道代、家賃、新聞代などが毎月引き落とされている。そして、数万円ずつ何回か現金の引き出し。最後の引き出しは2日前、そしてそれなりの残高。
間違いなく私が元の世界で使っていた通帳だ。これを使っていいというのか。でもどこで引き出せというのか。
ひょっとしたらと思い、通帳を持って外に出た。夜になると汚物だらけになる飲食店街近くの繁華街に足が向いた。地下街のある広い道に通じる交差点にあった。今までなんで気付かなかったのか。「××銀行」とはっきり書いた看板がある。入口のガラスのドアにも「××銀行」とあった。ロゴも間違いない。ここか何支店なのか。支店名は普通はその支店のある地名だ。それが記載されているはずだ。しかし、出入口にものガラスにも看板にもどこにも記載されていなかった。
不審に思いつつ店内に入ると閑散とした窓口が並び、そしてカウンターの向こうには生気のない行員が数名デスクにうつむいて事務を執っているようだ。普通、カウンターや壁面に支店名が書いてあるはず。しかしすべて銀行名しか書いていない。行員のネームプレートを見たがない。行員に支店名を聞き出すか、名刺をもらうかすればわかるだろうと思った。しかし、ここで彼女たちに話しかけるとまた消滅してしまうのではないかと危惧し、無言のまま傍らにあった数台のATMに向かった。ATMコーナーには誰もいない。動くのだろうか。ATMの装置前に立つと、画面は取引を選択する画面に変った。「引出」を選択し、カードを挿入、暗証番号を問う画面で、一瞬迷ったが何となく指の赴くままに番号を押した。金額を入力すると無事に現金が出てきた。「紙幣をお取りください」という機械から出る大きな声が部屋中に響き渡った。
通帳も記帳してみた。特に支障なく今したばかりの引き出しも記帳されて返ってきた。2日前の預金引き出しの後に記帳されている。この世界に来て既に半年以上経っている。その間、お金は掃除の賃金と意味不明な会社からの給与とあの体を売った報酬、それだけだ。この通帳の記載内容はいったい何なのだろうか。明らかに通帳では、自分の元の世界での生活が今現在まで継続している。誰が生活しているというのか。またその人に今私がお金をおろしたことを知られてしまうのか。その人はそれを知ったらどう思うのか。そのお金はどのような扱いになるのか。
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