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第9章:死を知るのデス

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 我輩は胸の疼きをかき消すように、流れに向かって進んでいた。

 しかし、我輩の中から疼きは消えるどころか増しに増し、声は高らかに魂中に響きがなる。

___パパ!パパ!!
 ママ!ママ!!___

 「…ええい!うるさい!!
 大いなる流れだと言っているだろう!
 流れのうちなのだ!
 世の中にはしようがないことがある!」

___助けて!たすけて!
 タスケテ!___

 「黙れ黙れ黙れ!!!」

___…神様…___

 「黙れと!………神…?」

___神様…助けて…神様…___

 「神…そうだ。我輩は神。
 何故だ?
 我輩は何故それを忘れかけた?」

___違う…ながれ…じゃない…
 助けて…神様…___

 「我輩はいつから大いなる流れなどという戯言を吐く愚神に成り下がっていた?」

___壊して…流れ…
 ころして…流れ…___

 「ほう?面白いことを言うな?」

___神様…死の神様……___

 「…フハハハ…フハハハハハ!!!
 我が手に!バイデント!!」

 ヒュルンッ、パシッ!

 木製の杖に宿り、手応えが軽くなった二叉槍・バイデントが、我輩の手中に収まる。

 我輩はその手応えを確かめると投擲の構えをとる。

 狙いは……流れだ。

 「流れの口を射殺せ。"死をもたらす大穴ハーデス・メガロ・ケルドス"」

 キュインッ!!!…
     パアアアアアン!!!

 バイデントは彼方まで飛び、そこにある口を貫いた。

 流れの気配は消え去り、我輩の神たる意志もはっきりと冴え渡った。

 「フハハハハハ!!素晴らしい!!
 これぞ我が力!我が存在!!
 流れなんぞに呑まれるものか!!
 我輩こそが神なのだ!!
 残念だったな!"流れ"よ!!」

___助けて…パパ…ママ…___

 「ふん!言われずとも差し伸べねば…  
 我輩を育てさせ、前世へ戻る手掛かりを得ねば!!
 行くぞ!!バイデント!!」

 我輩は池に向かって大急ぎで戻る。

 胸の疼きは消えていた。

___(…ありがとう…神様…)___

 何か聞こえた気がしたが、声はすでにか細く、聞き取れなかった。

 我輩は全知でも全能でもないのだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 『…なんだ女。死ぬならば安らかに。
 でなければ死ぬために生きろ。』

 なんとか魂のまま神域から抜け出せた。

 神なのだからできなくはないが、魂を壊す危険は付きまとう。

 さながら、番犬・ケルベロスの餌骨を悪戯に攫うのと似ているか。

 「あ…あ……あな…たは…」

 『我輩は神。冥府の神ハデス。
 貴様らが祈っていた者だ。』

 ん?これはいかんな。

 我が器たる赤子が、胸から血を溢れさせて無様に転がっている。

 『やはり人は人か…』

 我輩はそれにそっと手を当て、死をいじくる。

 『目覚めよ…
 死は未だ貴様を認めぬ。』

 ピッ…ピピッ…ピュルルルルルル…

 血は胸の傷から心臓に戻り、赤子に体色をもたらす。

 ふむ。やはり我輩と同じく光るような色白だ。

 『そして、貴様らもだ。』

 夫と老いぼれを指差し、死をいじくる。

 死ぬことは変わらずとも、その時期を曖昧にする死の支配者たる力だ。

 まぁ、基本中の基本の力だが。

 だが、先程も言ったが、我輩は全能では無い。

 夫の腕は千切れたままだ。

 『さて。
 では、死をもたらす気高き諸君。
 諸君らにまずは死を味わわせてやろう。』

 「なんだてめぇこのやろう!!」

 ブォン!

 輩の1人が我輩に向かって棍棒を振り回して来たが、当たる訳が無い。

 『我輩は神の身。魂のみだ。
 そんな物が当たる訳なかろう。
 それにだ…』

 我輩は棍棒を指して操る。

 棍棒は輩の手から離れて頭上に浮かび、そして…

 ぷちゃっ!

 今まで頭があった場所には棍棒が鎮座していた。

 輩の体は支持力を失い、へシャリと床に崩れ落ちる。

 「「「…え」」」

 「なっ………」

 輩どもは皆、呆気に取られて動けないでいた。

 どうやら、まだ死がどういうものか分かっていないようだ。

 『ふむ…まだ伝わらぬか…
 では、。』

 ザザッ!!

 輩は全員、我輩の目の前に並んだ。4列横隊だ。

 「なんだこれ…」

 「体がかってに……」

 「ひぃいい…」

 輩どもの顔の青いこと…地下の空色、サファイアよりも青い。だがサファイアの方が美しいな。

 『おい。貴様。
 何をぼさっと死んでいる?
 。』

 我輩が命じると、頭と棍棒が入れ替わった輩が蘇生し、列に加わった。

 ああ、やはりポカンとしている。

 分かって無い顔だ。

 にぃっ。

 ようやく立ち並んだ輩どもを見渡し、極上の笑顔を浮かべて言葉を発してやる。

 『さぁ。死を知る時間だ。
 安心して何度でも…死ね。』

 ギャアアアアアア!!!!!!  

 輩どもの悲鳴は、我輩の耳を心地良く撫でた。

 この世界では、その日、とある街の教会から、死が始まったのだ。
 

 
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