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第35章:頭と体を動かすのデス

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 あの小僧どれだけ素早いのだ。

 我輩は地下から地上に出て、周囲を見渡す。

 いるのはただの人間ばかりだ。

 つい先ほど階上へ昇っていった筈だが、もう姿が見えん。

 負傷者やら医者やら…邪魔臭い。 

 いっそ死ねば楽だろうに。可哀想なことだ。

 「気配も無い…
 あの小僧、何をした…?」

 「どういうことだ?エウレス!
 あいつ…さっきの奴が何かしたのか!?」

 「ふん…地下にいたのはあの無礼者だけだ。何かするならばあの者しかあり得まい。」

 「そ…それもそうか。」

 「それに、兄も見ただろう。
 あの者の剣を。アレはただの剣では無いぞ。かなり厄介な剣だった。」

 「そういやそうだな…金色に輝く剣なんざ、まるでおとぎ話の勇者様だ…」

 「勇者か…あるいは…」

 「エウレスーー!!」

 その時、姉が人混みを掻き分け、こちらに近づいて来た。

 汗だくで息も切れている。

 「救急兵さんや、他の人も…あの男の姿、見てないって…あと、父さんと母さんも、見ていないって…」

 「…そうか……御苦労だった。
 少し休め。」

 「で…でも…」

 「次に働くのは兄の番だ。どうせ1人は僕に付いていなければならないのだから、休んでおけ。」

 「そうだぞ。ミレス。
 今度は俺が探してくる。
 お前はエウレスを頼むな!」

 そう言うと兄は人混みに飛び込んで行った。

 奴も内心探したくて居ても立っても居られなかったのだろう。
 恐らく見つからないとは思うが、動かしておけばいい。

 それで幾らか気も紛れるだろうからな。

 「…はぁ…はぁ…どうしよう…
 まさかこんなことになるなんて…」

 「ふん…
 未来を見通すなど誰にもできん。 
 神にもな。悲観し、後悔したところで父や母は探し出せぬぞ。」

 「うん…そうだよね…分かってる…
 分かってるんだけど…」

 我輩は、姉の隣に座り、目を覗く。

 今にも泣きそうな、情けない顔をしていた。

 「阿呆め。」

 ペチン!

 我輩は両手で姉の顔を挟み込み、ひしゃげさせた。

 酷い顔だ。情けないよりはマシだが。

 「ひょ…エウエフ…」

 「哀しみに暮れる暇があるなら考えろ。頭を動かせ。
 体は休めていても、それは出来るだろうが。」

 「……うん。でも、考えるって何を…」

 「まずは奴の素性だ。何か手掛かりは無かったか。」

 「うーん…旅人のような、冒険者のような格好はしてたかな…」

 「では、旅人か冒険者と仮定しよう。そんな奴が旅をする荷物としては、あの者は余りに軽装だった。違うか?」

 「確かに!…あ、でも…」

 「む?」

 「あのね、エウレス。
 マジックバックって知ってる?」

 「なんだそれは。」

 「すごい魔道具でね、容量を大幅に超えた量の荷物を入れられる鞄なの。」

 「ほう…そんな物があるのか。」

 「ふふっ…さすがにエウレスも知らなかったみたいね。」

 「ふん。言っても僕はまだ子供だ。
 知らない事もある。」

 そう言えば、元世でも戦神アレスの奴が鍛治神ヘパイストスに似たような物を作らせていたな。

 アレスはアテナと同じく戦の神。しかしその思考回路は戦争にのみしか使われない戦闘狂いの大愚者だ。

 真の戦神はどちらかを決めるため、良くアテナと戦争を引き起こしていた。

 まあ、その度に我が冥府は死者の魂で満ち満ちていたので、我輩としてはアレスを気に入ってはいたが。

 話が逸れた。

 そんな鞄があるならば、装備で拠点の遠近を決める事はできんな…

 …ん?そう言えば奴は冒険者か旅人と言っていたな…

 ふむ…。

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